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Writer/Jitian

映画『息子と呼ぶ日まで』ートランスジェンダー当事者が演じるトランスジェンダー男性のリアル

2024年11月1日から池袋シネマ・ロサにて上映する、短編映画『息子と呼ぶ日まで』。主演を務めたのは、トランスジェンダー男性当事者。先日開かれた試写会では、映画本編もさることながら、終始笑いにあふれたトークショーまで、楽しませてもらいました。

映画『息子と呼ぶ日まで』概要

ノンバイナリー当事者として、やっぱりトランスジェンダー男性当事者が主演を務めた映画というのは興味があります。

幸せのかたちをテーマにすえた短編映画『手のひらのパズル』黒川鮎美監督2作品目

トランスジェンダー男性と、家族との絆を描いた、短編映画『息子と呼ぶ日まで』。監督を務めているのは、黒川鮎美さんです。

ディレクターとしてだけでなく、俳優としても活動している黒川さん。エンターテインメントを通して、同性婚が実現できない現代の日本社会を描きたいとおもい、前作『手のひらのパズル』で初めてメガホンを手にしたといいます(映画『手のひらのパズル』は現在、動画配信サービス Amazon Prime や U-NEXT で視聴可能です)。

そして今回、トランスジェンダー男性の日常を、当事者を起用して表現したい! と、本作『息子と呼ぶ日まで』を製作したそうです。

トランスジェンダーに対するヘイト・バッシングが強まる昨今において、今まであまり光の当たってこなかったトランスジェンダー男性をメインにすえた映画を制作することは、なかなか根気のいることだと思います。

主演はトランスジェンダー男性当事者、しかも演技未経験

映画『息子と呼ぶ日まで』の注目点の一つは、なんと言っても、トランスジェンダー男性当事者がトランスジェンダー男性役を演じたことでしょう。

監督とプロデューサーによるオーディションの末に主演に選ばれたのは、普段はLGBTQ当事者向け住宅購入サービスを提供している合田貴将さん。

合田さんは以前、世界的に有名なヘアケアブランド・パンテーンの広告に大々的に起用されたことがあり、見覚えのある方もいるかもしれません。また、プライベートではインスタグラムを中心に、トランスジェンダー男性について積極的に発信しています。

しかし、なんと演技の経験はゼロ! ですが、オーディションを知ったときに「トランスジェンダー男性当事者、アラサー、不動産業に従事」という役柄がご自身とちょうど共通していて、運命だと思ったそうです。

実は、合田さんは私と同い年。「オーディション当時にアラサーの年齢にあって、よく新しい世界に挑戦できたな!」と、心底尊敬します。実際にお会いすると、そのチャレンジ精神を表すかのような瞳の輝きに、同年代ながらまぶしさを覚えました(笑)。

もちろん、映画はあくまでフィクション。ホルモン療法の有無など、ご本人と役柄で異なるところは見受けられますが、合田さんは脚本を読んで自分自身と重なるところが多い、と感じたそうです。

私自身も、仕事やプライベートで数多くのトランスジェンダー男性を含むLGBTQ当事者とお会いしてきていますが、トランスジェンダー男性やLGBTQ当事者が遭遇する苦い経験が、映画『息子と呼ぶ日まで』のなかにぎゅっと詰まっているな、と思いました。

主人公が日々の生活で「うっ」と感じる違和感は、身体や女性ジェンダーに違和感を覚えるノンバイナリー当事者として、私も共感できます。

そして、生まれついた性別にかかわらず、性別違和を抱えている人ならだれでも、共感できるシーンが必ずあるはずです。

映画『息子と呼ぶ日まで』あらすじ

ホルモン療法を受けながら、普段はトランスジェンダー男性として不動産会社で仕事をしている翔太は、パートナーの女性・絵美と一緒に暮らしています。職場では後輩から慕われ、家庭でもパートナーと幸せに暮らしている翔太。

しかし、父親に以前カミングアウトした際、セクシュアリティを受け入れてもらえなかったことから、実家の家族とは疎遠になっていました。

ある日の夜、翔太は不測の事態に巻き込まれます。電話を受けた絵美は急いで駆け付けます。そしてそこに、翔太の両親もやってきて・・・・・・。

果たして翔太はどうなったのか? 絵美や家族との関係はどうなるのか? 結末は、ぜひご自身の目で見届けてください。

家族へのカミングアウトだけではない、トランスジェンダー男性が直面する現実

映画『息子と呼ぶ日まで』には、性別移行治療中のトランスジェンダー男性が経験するさまざまなリアルが凝縮されています。

通称名と、本名と・・・

映画『息子と呼ぶ日まで』の主人公・翔太は、性別移行中のトランスジェンダー男性。

本作のなかで一番モヤモヤするのは、やはり翔太が女性として生活していた際の名前で呼ばれる場面ではないでしょうか。

ホルモン療法を受けている病院内でも、翔太は受付から大声で本名で呼ばれます。事故後に搬送された病室にも本名が掲げられています。それに対して、翔太は病院にクレームを入れたり、内心で腹を立ててだれかに愚痴ったりすることもなく、粛々と受け止めているようす。

正直、「LGBT」という言葉が世に浸透した今の日本において、性別移行のための治療や施術を行っている病院が、患者の性自認に配慮した対応をとらないというのは、現実的には考えにくいと思います。

しかしながら、性別移行とは関係ない病気や事故で通院・入院することになったら、やはり話は別でしょう。

性別移行の段階や当人の希望に関係なく、戸籍上の性別や名前に則った扱いを受けたり、場合によっては自分の性自認などについて、事細かに説明しなければならない場面に遭遇する可能性は、十分にあります。

女性扱いされることに嫌悪感を覚えている人にとって、女性名であると明らかにわかる本名で呼ばれると、そのたびに自分が社会的には女性であると再認識させられます。翔太も、心の内ではかなりモヤモヤしているのではないかと思います。

私の場合、病院ではありませんが、会社員時代、同じ苗字の社員が複数いたことから、社内では下の名前で呼ばれていました。

便宜上仕方ないことですし、そもそも社内でカミングアウトしていなかったこともあり、下の名前で呼ばれることはしぶしぶ受け入れていました。それでも、下の名前で呼ばれることに慣れるのに時間がかかったことを、よく覚えています。

パートナーは、赤の他人?

黒川監督は、撮影に当たって実際にいくつか取材を行いました。

翔太のパートナー・絵美は、実質的には家族なのにもかかわらず、戸籍上はつながっていません。

病院への取材では、あくまで戸籍に則った患者、家族対応をするという例が少なくないとのこと。病院側としては「戸籍以外の人を家族として扱って不測の事態が起こったとき、病院として責任を取れない」という考えが多いようです。

黒川監督は、こうした対応に憤っている様子でした。LGBTQ当事者が直面する問題に、自分事として向き合ってくれる人がいるということは、当事者の大きな力になります。

トランスジェンダー男性の生理

個人的にもう一つ印象的だったのは、生理(月経)です。

職場でのシーン。トイレの個室から出てきた翔太は、明らかに落ち込んだり、苛立っているわけではなさそうですが、なんとも言えない表情を浮かべます。

健康的な女性の身体であれば、月に一度はやってくる生理。トランスジェンダー男性にとっては、たとえホルモン療法で筋肉や髭といった変化を感じられていたとしても、自分の身体はやはり女性である、と現実を突きつけられる出来事です。

おまけに、生理中は大概の場合、腹痛などの不調で心身のパフォーマンスが下がる時期でもあります。ますます気分が落ち込みますよね。

映画『息子と呼ぶ日まで』では、思うところはありながらもぐっと飲み込む翔太の姿から、
日常のなかに潜むトランスジェンダーの生きづらさを、あらためて思い知りました。

あらゆる出来事にいちいち目くじらを立てていては、日常がままならなくなります。社会の無理解、課題の多い環境下でぐっとこらえ続け、慣れるしかなかったのかもしれません。

性別に対する違和感を受け入れながらも、ありのままに生活したいと模索する青年の姿が、映画『息子と呼ぶ日まで』に描かれています。それは、トランスジェンダーの「リアル」です。

トランスジェンダー当事者であれば「モヤモヤを可視化してくれている」と共感できるでしょう。非当事者は「トランスジェンダー当事者は、普段こういうときにモヤモヤしているんだ」と理解につながると思います。

映画『息子と呼ぶ日まで』の “意義”

トランスジェンダー男性を主人公としただけでも、意味があると思います。

LGBTQ当事者が演じる例に

十数年前に比べ、全国公開される映画や全国放送のドラマなどで、LGBTQ当事者が登場することが格段に増えました。一方で、公開規模が大きいほど、非当事者(LGBTQ当事者であると公表していない人)がLGBTQ当事者の役を演じているように、個人的には思います。

もちろん、当事者が演じない場合でも、当事者が作品作りに関わって演技指導をする、といった工夫によってリアリティを追及する姿勢は見受けられます。他方、そもそもLGBTQ当事者の役は、非当事者ではなく当事者が演じるべきだ、と考える人もいます。

私自身は「LGBTQ当事者の役は、必ず当事者が演じなければならない」とまでは思いません。しかし、そもそもトランスジェンダー男性が主軸となるフィクションの作品がまだまだ少ないなかで、トランスジェンダー男性当事者を主演にするという映画『息子と呼ぶ日まで』の試みは、とても画期的だと思います。

実際、『息子と呼ぶ日まで』では、黒川監督と主演の合田さんが脚本についてディスカッションして反映させた部分もあるといいます。ただ役者の多様性を広めるためだけに当事者を起用したわけではなく、当事者を起用することが作品そのものに影響を及ぼしているのです。

そのような制作過程が、私が特に印象的だと思った翔太の立ち居振る舞いに表れているのでしょう。

映画『息子と呼ぶ日まで』を応援しよう

映画『息子と呼ぶ日まで』は、2024年11月1日~14日の間、池袋シネマ・ロサにて開催される、ダイバーシティをテーマとした短編映画が上映されるイベント「Diversity CINEMA WEEK」の一環として、毎日上映予定です。

『息子と呼ぶ日まで』以外にも、多様性をテーマにしたさまざまな短編映画を一緒に鑑賞したり、出演者や黒川監督らによるトークショーも開催されます。

また、本映画の制作は完了していますが、池袋シネマ・ロサ以外での上映を目指し、2024年9月末までクラウドファンディングを行っています。

YouTubeには予告編の動画もアップされています。ぜひ本編を観てみたい! と思ったかたは、クラウドファンディングで応援してみてはいかがでしょうか。

 

<作品情報>
映画『息子と呼ぶ日まで』
監督・脚本:黒川鮎美
出演:合田貴将/正木佐和/鮎川桃果/秋吉織栄/黒川鮎美/高橋璃央/鮫島れおな
夢香/荒牧奈津希/升毅

 

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