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Writer/HIKA

トランスジェンダーの貧困を引き起こす就活の壁

トランスジェンダーは貧困におちいりやすい。一体なぜなのか、自らの経験を通して原因を考えてみる。

知ってる? トランスジェンダーの貧困問題

トランスジェンダーの貧困の深刻な状況

貧困はトランスジェンダーにとって身近な問題だ。まずはどのような貧困を経験しているのか、その深刻な状況から紹介したい。

2020年に行われた、認定NPO法⼈虹⾊ダイバーシティと国際基督教⼤学ジェンダー研究センターの共同調査「niji VOICE 2020」(参加者2,231人/有効回答数2,029⼈)によれば、過去1年間で貯金の総額が1万円を切ったことのあるトランスジェンダーの割合が約30%という結果だ。トランス女性に限るとなんと45%ほど。

貯蓄1万円を切る生活とは、いったいどのような暮らしか。聞くところによれば生活保護の受給、漫画喫茶での寝泊まり、路上生活・・・・・・などを経験するトランスジェンダーがいると聞く。貧困率の高さから見ると納得できてしまう状況だ。

また、性別移行を望む場合、性別移行に必要な金額を用意できないという状況もあるようだ。どのような性別移行を本人が望んでいるかにより金額も変わってはくるものの、性別移行は想像するより高くつく。

医療ケアはもちろん高額だし、服やメイク道具などを一から新調するのは思ったよりお金がかかる。日常生活がままならず、日々生きていくのに必死なら、なおさら捻出するのは難しい。

このようにトランスジェンダーの貧困の状況は深刻だ。

私が経験した貧困

私はトランスジェンダーを自認するノンバイナリー。そんな私も、過去1年間ほど貧困に直面してきた。

1ヶ月に使える生活費は家賃や食費など生活に必要な諸々を含めて10万円以下。もちろん外食はほとんどせず自炊。買い物では、生活に絶対に必要な物しか買わない。

さらに生活費は常に貯金を切り崩していた。貯金はみるみる減っていき、最後に「もうだめだ」と絶望したときの預金額は5千円だった。

それでも私の言う「貧困」は、全然危機的ではない。私はパートナーと一緒に暮らしていて、パートナー(シスジェンダー)は光熱費を払ってくれたし、どうしても払えない生活費を肩代わりしてくれた期間もあった。

かなり恵まれた状況での「貧困」だったことは間違いないと思う。明日食べ物を買うお金がない、今日泊まる場所がないトランスジェンダーに比べれば。

貧困がまねく精神不安や危険

私は恵まれていたが、お金がないことによる精神的ストレスは私を追い詰めた。何をしているときも胸中には不安がいっぱいで、「お金がなくなり死んでしまったらどうしよう」という考えにとらわれ、パニックになり泣き叫んでしまうこともたくさんあった。

しまいには、お金が稼げない自分に生きている価値などないかもしれない、などと思うようになってしまった。

私のように精神の健康に支障をきたし、うつ病や希死念慮を抱えてしまうトランスジェンダーの多さも問題になっている。うつ病を発症しているトランスジェンダーは約20%。これもやはりトランスジェンダー女性の割合は、群を抜いて高く34%だ。

さらに2019年に厚生労働省主体で行った「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」(参加者15,000人/有効回答数4,285人)によると、深刻な精神的苦痛を感じている人の割合はシスジェンダーの異性愛者が6.9%なのに対し、トランスジェンダーでは18.8%となった。この数字の裏には様々な要因があると思うが、貧困も確実にそのうちのひとつだろう。

ここまで話したような貧困の状況を知れば、深刻な問題であることが分かる。では、この問題を生んでいる原因は何なのか?

原因は、トランスジェンダーである個々人の人格の問題では決してない。原因の大きなひとつに、トランスジェンダーを差別する就活のシステムがあると思う。

就活の難しさがうむトランスジェンダーの貧困

トランスジェンダーの就活を難しくさせ、貧困をまねくシステムとは

差別的な就活のシステムにより、トランスジェンダーは就職が難しくなりお金が稼げなくなる。そして貧困へ。一年間ほどの貧困の経験を経て、私はそう思うようになった。

差別的なシステムとは、トランスジェンダーの労働者を無意識に排除してトランスジェンダーの就活を著しく難しくしてしまう会社や非営利法人、団体など事業者の仕組みだ。

差別的なシステムに反映されているのはシスジェンダー規範。

シスジェンダー規範とは、すべての人はシスジェンダーでありシスジェンダーこそが正しいあり方だという偏見にもとづくルールのこと。事業者が提供する就職のプロセスはシスジェンダー規範で構成されていると思う。

募集広告にもあるシスジェンダー規範

応募先を探している際には、こんな求人広告ばかりがヒットする。「男性も女性も活躍中!」「主婦(夫)も活躍中!」のキャッチコピー、典型的な男女の性役割が反映された広告の写真(女性は可愛い、男性はバリバリ働くなどの)、男女別の制服の情報、職場の男女比・・・・・・。

この場合の男女は、おそらくシスジェンダーの男女のことを言っているんだろう。というか、トランスジェンダーや男女の枠組みの外にいる人たちが応募してくるとすら思っていないはず・・・・・・と思わせられる。そんなところで、トランス自認&ノンバイナリーの私は働くイメージはもてない。

ここなら! と思う事業者をようやく見つけて応募しようとしても、履歴書の性別欄に何を書くべきか、写真はどんな性表現をしているものを載せるべきなのかをまた悩む。もちろん性自認通りのものを載せたいし受け入れてくれる仕事先で働きたいが、履歴書のせいで受からなかったらどうしよう・・・・・・。

面接でも立ちはだかる困難

たとえ書類選考を通っても、最大の難関とも呼べる面接が待っている。性自認に関するアイデンティティを表現するスーツを着ていっていいのか、それとも苦痛に耐えながら着たくないスーツを着なければいけないのか。

また私は自分がノンバイナリーであることをオープンにできる企業を探していたため、セクシュアリティをオープンにできる企業か、またはオープンにはできないが一部の人にカミングアウトができそうなのかも、面接時に見極めなくてはいけなかった。面接は、それでなくとも大変なのに・・・・・・。

これらの壁が就活中いちいち現れて、シスジェンダーではおそらく体験しないような悩みを抱えなくてはいけなくなる。

LGBT関連の情報をよく知る人にとっては、これらの就活時の困難は特に見新しいことではないかもしれない。私にとってもそうだった。しかし実際に自分の身に降りかかると、これらがいかに強力にトランスジェンダーを差別する壁なのか実感することになった。

想像の何倍も大変なトランスジェンダーの就活、そして貧困へ・・・

想像と違ったトランスジェンダーの就活

私にとって意外だったのは、就活の壁に阻まれて仕事に就けない時間が想像の何倍も長いことだった。

私はもともと、ジェンダー・セクシュアリティ関連のアクティビストとして活動したり研究活動をしていたりしたこともあって、トランスジェンダーの就職が難しいという知識はもっていた。

でも社会はトランスジェンダーフレンドリーでない事業者であふれていて、それにより無職の期間が長くなることはまったくもって知らなかった。

だから私は誤算をしてしまった。まさか一年近く経っても就職できず、貯金も底をついてしまうなんて・・・・・・。

就活の壁で悩む時間の長さ。そして気づいたら貧困に・・・

最初のうちは、ノンバイナリーとして働けそうな仕事が今日見つからなくても、明日は見つかるかもしれないという希望をもっていた。

だが求人広告を何百件と見ても、そんな仕事は見つからない。

そのため、折り合いをつけることができそうなレベルの(大々的に「男性」「女性」の記載がないもの)の広告にしぼり、数件に応募した。しかし書類審査が通らなかったり、面接が通らなかったり、女性として働くことになりそうだったり・・・・・・と様々な理由で就職はできなかった。

そうこうしているうち、気付いたら半年近くが経っていた。

もしかして、もうあきらめて戸籍上の性別の女性として働くしかないのか? 残り少なくなってきた預金残高を見て、急に心臓が悪い音を立てはじめた。なんとか女性として働くことを避けるため、今度は探す仕事のタイプを変えることにした。

在宅で、誰とも会わずにすむ仕事。これなら最初履歴書に性別と写真を載せるところだけ我慢すれば、そのあとは職場でシスジェンダー規範にさらされなくてすむかもしれないと思った。

しかし問題は、そういう仕事は給料が低く安定しにくいこと。私は他にも少し副業(きもち的には本業)をしていたのでパートでなければいけなかったが、給料が低く労働時間の短いパートは主収入にしようとしたら安心して生活できない。

こうした問題と格闘しているうちに、気づいたら就活を始めてから一年ほどが経っていた。預金残高を見ると5千円。貧困におちいっていた。

もうノンバイナリーとして生きることはやめて、女性として仕事をするしかない・・・・・・。そうあきらめかけた。

見つかった就職先

でも私は運がよかった。

ちょうどこれまで行っていたジェンダー・セクシュアリティ関連のアクティビストとしての活動が生かせるような仕事に出会い経験を認められ、就職ができた。仕事の分野からして、私もノンバイナリーとしてオープンにしていられる。

でも社会にあるほとんどの仕事が、こうしてオープンにできるものではないだろう。

だから私があきらめかけたように、クローゼットになり自分ではない性別としてばれないように細心の注意を払って「らしい」性表現をして仕事をしていくことを選ばざるを得ないトランスジェンダーが多いのかもしれない。

でも私たちはただ私たちであるだけなのに、働く前の就活で苦しみ貧困におちいりやすく、クローゼットを選ばざるを得ないなんて絶対におかしい。こんな現実を変えるためにはどうすればいいのだろうか?

トランスジェンダーが就活しやすくなり、貧困が減ってほしい

トランスジェンダーの貧困を引き起こす就活の壁をなくす

私の経験から、必要だと思うことは就活システムの変化だ。ここまで紹介したような、仕事をしたいトランスジェンダーの前に立ちはだかる就活の壁を取り払ってほしい。

具体的には
・シスジェンダー規範による表現を求人広告から削除すること
・履歴書から性別欄と写真貼り付け欄を削除すること
・面接でシスジェンダー規範の服装のルールを求めないこと、そしてそのことを応募者に知らせることなどだろうか。

また事業者が職務上、性別を聞かなければならない場合は、どの性別を聞いているのかを明記してほしいと思う。性自認を聞いているのか、戸籍上の性別を聞いているのかなど。同時に、何故その性別を聞くのかを付記し、プライバシーの保護も行ってほしい。

そうすれば、トランスジェンダーが応募すらできず、貧困におちいる状況は減るのではないか。

貧困を解決するため、積極的なアクションを

既存の就活システムを変えるためには、事業者が採用に関するあらたな方針を打ち出す積極的なアクションが必要だと思う。欧米には、トランスジェンダー等の多様な人材を採用するための採用方針や施策の策定に乗り出している企業が多くあるようだ。

具体的には、トランスジェンダーがこれまで就職しにくいバリアとなるシステムがあったことを認めたうえで、問題のあるシステムを変えるために努力していくことを事業者の方針として明言する。そして、前述したような就活時のバリアを取り払うための具体的な方法を明記する。

また就職後、トランスジェンダーが安全に働き続けることができ、公正平等な評価に基づいて昇進していけるような方針も必要だ。就職した後にもバリアがあるなら、入り口のバリアを取り払った意味がない。

例えば、性別移行時のサポート、戸籍上の名前や性別、性別移行に関するプライバシー保護、SOGIハラスメント発生時に責任をもって対処してくれる部署を設置するなど。

方針作りやシステムの大胆な変化には強い動機や勇気がいることだ。特にそれが、存在すら可視化されず、様々な権利が守られていない社会的弱者のためなら、なおさら難しいことだと思う。

この記事が、トランスジェンダーが抱える理不尽な貧困の状況を広めるきっかけのひとつになってほしい。

そして「自分たちが積極的にアクションをとらなければ」といった意識が社会全体に根付き、就活のシステムが原因で仕事に就けず、でトランスジェンダーが貧困に直面しない未来がくることを願ってやまない。

 

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