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Writer/Jitian

『ハリー・ポッター』『ファンタスティック・ビースト』作者J.K.ローリング氏は、トランスジェンダーを差別しているのか?

2022年4月8日から、映画『ファンタスティック・ビースト ダンブルドアの秘密』が公開されます。『ハリー・ポッター』ファンの一人である私は、この映画公開を長らく待ちわびていました。その一方で気になるのが、原作者であるJ.K.ローリング氏が「トランスジェンダー差別だ」と指摘され、度々「炎上」している件。今回は、トランスジェンダーに関するローリング氏のこれまでの言動を振り返ります。

『ハリー・ポッター』『ファンタスティック・ビースト』作者J.K.ローリング氏の、トランスジェンダーに関するこれまでの言動

特に、ローリング氏が2020年にツイートした発言内容は『ハリー・ポッター』ファンらだけでなく、トランスジェンダー界隈でも大いに話題になりました。

フェミニスト、慈善活動家としての側面を持つJ.K.ローリング氏

ローリング氏は、自身の公式サイトのほか、Twitterで公式アカウントを所有しており、作品に関することだけでなく、社会問題に対しても意見を積極的に発信しています。自身もシングルマザーであったことや、生活に苦労した経験を持っていることから、支援団体を立ち上げるといった活動もしています。

ローリング氏は、トランスジェンダー女性を差別し、除外するフェミニストのツイートに「いいね」していることなどが、以前から指摘されていました。ただ、「いいね」やリツイートをしているからといって、必ずしもその意見に賛同しているとは限りません。しかし、決定的な事件が起こりました。

「月経のある人」を揶揄する発言

2020年6月のこと。” Opinion: Creating a more equal post-COVID-19 world for people who menstruate” (意見記事:月経のある人々のために、より平等なコロナ後の世界をつくる)というネット記事のタイトルに対して、ローリング氏は以下のようにツイートしました。

‘People who menstruate.’ I’m sure there used to be a word for those people. Someone help me out. Wumben? Wimpund? Woomud ?

(「月経のある人々」。こういう人たちに対して使われる言葉があったはずなのだが。誰か手助けして欲しい。ウンベン? ウィンパンド? ウーマッド?)

「ウィメン(女性)」という言葉を、まるで忘れたかのように茶化して表現し、「月経がある人」ではなく「女性」という言葉を使うべきだと遠回しに発言したのです。

記事の内容は、新型コロナによっていわゆる「生理の貧困」への支援が途絶えてしまうなどというものです。

この記事のタイトルは「月経のある人=ジェンダーアイデンティティが女性」とは限らないことに配慮して「月経のある人々」という表現をしたと考えられます。実際、ジェンダーアイデンティティが女性ではなくノンバイナリーである私も、女性の身体をもって生まれていて、現在も月経があります。

ジェンダーはグラデーションだと言われています。女性の身体をもって生まれた人のなかには、私のようなノンバイナリー以外にも、トランスジェンダー男性やクィアなど、様々な広義のトランスジェンダーの人がいます。

ローリング氏の発言は、記事タイトルの意図を理解したうえで、それでもなお「月経のある人は女性である」という考えを曲げるつもりがないものを示したと思われます。しかも、「『月経のある人』という表現をせず『(月経のある)女性』と書くべき」などと率直に意見を述べるのではなく、”Wumben? Wimpund? Woomud ?” (ウンベン? ウィンパンド? ウーマッド?)と、「ウィメン(女性)」ではなく煽るような書き方をしたところに、個人的にも不快感を覚えました。

トランスジェンダーに対するブログの長文弁明で、火に油を注ぐ展開

2020年6月のこのツイートが世界的に「大炎上」した数日後、ローリング氏はさらに以下のようなツイートを連投しました。

「私はトランスジェンダーの人たちのことも知っているし、大好きだが、生物学上の性別という概念を取り除くと、多くの人たちが自分の生活について有意義に議論する可能性を奪うことになる」

「私のような女性が、生物学上の性別が『リアル』だと考えているからといって、トランスの人々を嫌っていると考えるのはナンセンスだ」

「私はすべてのトランスの人々を尊重する」

このように、ここでは、あくまで自分はトランスフォビア(トランスジェンダー差別主義者)ではないことを主張しています。一方、ローリング氏が生物学上の性別(身体的性別)を殊更重要に考えていることも読み取れます。

さらに数日後である6月10日、ローリング氏は自身の公式ウェブサイトのブログページに、トランスジェンダーに対する考えをまとめた長文記事を発表しました。

ここでは、多くのトランスジェンダー当事者は危険人物ではなく弱い立場にあると考えていると述べています。一方で、事の発端であった「月経のある人」という表現については「女性を非人間的だと思わせる」とも書いています。

ローリング氏の意見が長々と書かれているものの、結局のところ、これまでのトランスジェンダーに関する発言について謝罪したり、撤回したりするものではなかったことから、余計に「炎上」を招く結果となりました。

その後も現在に至るまで、ローリング氏はこれまでの発言に対して撤回や謝罪をしていません。

トランスジェンダーのいう、ジェンダーアイデンティティは「リアルではない」?

ここで、改めてローリング氏の一連の発言を振り返り、トランスジェンダーに差別的だと捉えられている点がどこなのかを考えてみます。

身体的性別が、ジェンダーアイデンティティより「優先される」?

今回、ローリング氏の発言を改めて振り返っているなかで、何度も出て来る ” sex is real”(身体的性別が「リアル」)という発言に引っ掛かりを覚えました。

(この ”real” をどう翻訳するか、非常に悩ましいところですが、ロングマン現代英英辞典での定義のうち “exists and is important”(実在し、重要なもの)、“not false or artificial”(嘘や人工的でないもの)、” not just imagined”(想像だけではないもの)あたりが、ローリング氏の主張にフィットすると思います。)

私の場合、女性の身体をもって生まれていますが、その身体をもって今まで生きているという事実(リアル)を否定するつもりはありません。しかし、ローリング氏の発言は、文脈によってはその身体的性別からもたらされるジェンダーも含めて「リアル」である、すなわち身体的性別の方がジェンダーアイデンティティより優先されるべき事項であるという意味が含まれているように思えてならないのです。

例えば、先ほど触れたように、ローリング氏のブログでは「月経のある人」といった表現に対して次のように書いています。

Moreover, the ‘inclusive’ language that calls female people ‘menstruators’ and ‘people with vulvas’ strikes many women as dehumanising and demeaning.

(さらに、女性を「月経のある人」や「外陰部をもつ人」と呼ぶ「包括的」な言葉は、多くの女性を非人間的で品位を傷つけるものと見なします。)

「月経のある人」という表現の中には、月経がありながらもジェンダーアイデンティティが女性でない人(トランスジェンダー)もいるという事実に配慮した「包括的」なものであることを、ローリング氏はしっかりと認識しています。

しかし「月経のある人」を「女性」と表現しないことに不快感を覚えるというローリング氏の発言は、すなわち「月経のある人」のなかに含まれるトランスジェンダーの存在を無視している、もしくは除外したいという意図の現れではないでしょうか。

確かに、「包括的」な表現を常に使うようにすると、本当に伝えたかったことが伝わりづらいこともあるかもしれません。ですが、ローリング氏が取り上げた記事はまさに「月経のある人」にフォーカスする内容であり、内容に適したタイトルだったと考えます。

明確な意図をもって使用された「包括的」な表現に含まれているトランスジェンダーを無視するような考え方は、ローリング氏の「すべてのトランスジェンダーの人々を尊重する」という発言と矛盾すると思います。

性別移行したいと勘違いし、後悔するトランスジェンダーが増えている?

ローリング氏の発言の中には、トランスジェンダーのアイデンティティを「それは本当なのか? 思い込み、勘違いではないのか?」と疑問視するようなものも見受けられます。

例えば、ブログでローリング氏は「性別移行したい女子が急増していて、しかもその後に元の性別(女)に戻る人も増えている」と書いています。これに対してトランスジェンダーの情報をまとめたサイト「trans101.jp」では、過去の調査をふまえたうえで「そのようなことは極めて稀」と結論付けています。

また、2020年7月にローリング氏が行った連投ツイートの中に「メンタルヘルスに問題を抱えている若者に、ホルモン治療等が最善でないのに、ホルモン治療や手術という脇道へと誘導されていることを懸念している」という発言もあります。

確かに、若くて知識も少ないために、性的指向と性同一性を混同して、例えば「女性(男性)が好きだから、自分は本当は男(女)なのだ」と短絡的に考えてしまうこともあるかもしれません。

しかし、若いトランスジェンダー当事者が最も傷付くのは、自分の性別違和を「思春期の一時的な迷い」とか「そのうち『普通』になる」などと言われ、相談先の大人に受け入れてもらえないこと、軽んじられることだと、私は考えています。

私自身、10代のときにトランスジェンダーかもしれないとスクールカウンセラーに相談した際「思春期の一時的な迷い」と言われたことが二度もあり、落胆しました。

多くのトランスジェンダー当事者は、長い期間悩み続けたうえで、自分の性別違和やジェンダーアイデンティティに確信をもって治療に臨んでいると思います。そのような決心をいぶかる発言には、トランスジェンダー当事者の一人として引っ掛かりを覚えます。

「トランスジェンダーである」というだけで除外できる「特権性」

J.K.ローリング氏は立場の弱い女性や子どもを守るという「使命感」が強いようです。

トランスジェンダー女性は、自分を女性だと信じている「男性」?

ローリング氏はかつてDVを受けた経験があると告白しています。その経験から、ブログでは ”I do not want to make natal girls and women less safe.”(生まれつきの女の子や女性の安全性を下げたくない)と書いています。そして、「自分を女性だと信じたり、感じたりしている男性」に女性トイレのドアを開放することが認められると、その安全性は低下するとも主張しています。

また、「自分を女性だと信じたり感じたりしている男性」については「現在、手術やホルモン治療なしに性別確認証明書をもらえる」ことから、当人が「自分が女性です」と言えば何でもOKになってしまうではないか、とローリング氏は危惧しているようです。

女性や子どもを守りたいという気持ちは分かるが・・・

実際に配偶者からの暴力のなかを生き抜いてきた経験から、ローリング氏に子どもや女性を守らなければと思う強い気持ちがあることは理解します。

一方で、シスジェンダーは「男性」「女性」の中に何の証明もなしで入れる「特権」があるかたわらで、トランスジェンダーは権利を侵害されてもいいのかということは、疑問を呈しておきたいです。

トランスジェンダー男性/女性にとって、身体的性別で割り当てられた場所にいることは苦痛を伴うことが多いと思います。場合によっては身の危険を伴います。とはいえ、ジェンダーアイデンティティに従って行動すると「お前は男/女だと思い込んでいるだけだ」と言われ、犯罪者予備軍のように扱われてしまう。しかし、それは致し方ないことだと、ローリング氏の発言は言っているようなものです。

ローリング氏自身が書いている通り、多くのトランスジェンダー当事者が危険な状態にあるなかで「自分を女性だと信じたり、感じたりしている男性」と表現することは、トランスジェンダー当事者には暴力的に聞こえます。

はっきり言って、これだけ長い間自分の主張を曲げないローリング氏に、発言の撤回などはいちファンとして求めていません。

しかし、『ハリー・ポッター』や『ファンタスティック・ビースト』の世界を好きな人のなかには、トランスジェンダー当事者も少なくないでしょう。そのなかには、ローリング氏の ” sex is real” の考えに「沿わない」生き方を選んだ人や、ローリング氏の発言に自分のジェンダーアイデンティティを軽んじられているように感じた人もいるはずだということは、ローリング氏の頭の片隅に入れておいて欲しいなと思います。

■参考記事

性別移行してから後悔する人がたくさんいるのか(trans101.jp)https://trans101.jp/2021/10/26/1-3/

 

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