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Writer/Jitian

性別変更「未成年子なし要件」は本当に合憲か?

2021年11月30日、最高裁判所で、戸籍上の性別変更要件の1つである「未成年の子供がいないこと(子なし要件)」は憲法に違反しないという判断が初めて下されました。今回は、日本の戸籍上の性別変更要件から見える日本のLGBTQ当事者の人権問題と、世界の性別変更要件はどうなっているのかをあらためて振り返りたいと思います。

戸籍上の性別変更における、未成年子なし要件とは

性別変更の要件にトランスジェンダー当事者自身の状態ではなく、周りとの関係性が含まれるということは、世間的にはあまり知られてないかもしれません。

様々な制約がある戸籍上の「性別変更要件」

まずは、現状の日本における戸籍上の性別変更要件を確認しましょう。「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」という法律により定められています。内容は、以下の通りです。これらすべてをクリアしている必要があります。

・成年(※)であること(年齢制限)
・結婚していないこと(婚姻制限)
・未成年の子がいないこと(子なし要件)
・生殖腺がないこと、生殖腺の機能を永続的に欠いていること(不妊要件)
・他の性別(戸籍を移行する性別)に似た外性器を備えていること(外観要件)
※現状は20歳だが、2022年に成年の扱いが変わることにより、18歳に引き下げ予定。

戸籍の性別変更など考えたことのない人も、性別適合手術(SRS)で通常クリアされる不妊要件や外観要件は知っている人も多いと思います。しかしながら、それ以外にも条件が意外と多いなと感じるかもしれません。

今回の裁判で争点になったのは、3つめの「子なし要件」です。

これでも緩和された? 性別変更の子なし要件

実は、戸籍上の性別変更要件の「子なし要件」については、これでも最初の法施行時から少し緩和されていると言えます。
というのも、2004年に最初に戸籍の性別変更の法律が制定されたときには、この要件は文字通り単なる「子なし要件」でした。つまり、子どもがいたら、子どもの年齢にかかわらず親は戸籍の性別を変更できないことになっていたのです。

これが2008年に変更され、「未成年の子なし要件」になりました。子どもがいたとしても、子どもが成人すれば、この要件をクリアできることになったのです。

戸籍上の性別変更は、家族の秩序を乱し、子どもの福祉を害する?

戸籍上の性別変更要件そのものが、「あるべき家族像」のステレオタイプを助長させ、そこから外れる家族に「家族の秩序を乱す者」と烙印を押しているのではないでしょうか。

今回の裁判の振り返り

さて、今回の裁判を振り返ります。

原告は50代のトランス女性。男性として女性と以前結婚しています。また、前妻との間に未成年の10歳の娘がいます。このトランス女性は、離婚後に性別適合手術(SRS)を済ませ、戸籍上の性別変更を裁判所に訴えました。しかし、未成年の子どもがいるため却下。

これを不服とし、トランス女性は最高裁に抗告しました。しかし、今回の訴えも退けられました。

今回の最高裁では、「子なし要件」について2007年に最高裁が示した「家族の秩序を混乱させ、子どもの福祉の観点からも問題が生じないよう配慮したもので合理性がある」という判断を踏襲したと言われています。

トランスジェンダーの親は、家族の秩序を乱し、子どもの福祉を害する?

しかし、「家族の秩序を混乱させる」とか、「子ども福祉の観点」とは、一体何なのでしょうか。

私はつまるところ、今回の判決は、日本の法律が「家族とは、『男女1人ずつの親』と子の関係である」という関係以外を認める気がない、という考えを持っていることを強調したと思っています。

これは、裏を返せば「家族とは、男女1人ずつの親と子の関係である」「親とは、男女一対のカップルがなるもの」という考えが払しょくされれば、「子なし要件」もなくなるということです。また、戸籍上の性別変更の一つである婚姻制限も自ずと不要になります。

さらに目線を広げると、パートナーシップとは必ずしも男女一対のものではないという考えが浸透すれば、同性カップルが結婚してもOKになります。

LGBTQをめぐる家族の在りようを考えているなかで、「家族とは、男女1人ずつの親と子の関係である」という考えは、優性思想が根底にあるのではないかと個人的に感じました。つまり、「LGBTQは病気なので、LGBTQ当事者を親とする遺伝子を引き継ぐ子孫を残すべきではない」という考えが、どこかに潜んでいるから、トランスジェンダーの戸籍の性別変更要件がこれほどまでに厳しく、また同性婚なども実現しないのではないでしょうか。

しかしながら、法律でトランスジェンダーや同性愛者を親として認めなかったところで、実際にはLGBTQ当事者でありながら現状の制度の中で結婚したり、子どもを産み育てている人もたくさんいるはずです。つまり、今の法規定では、「家族とは、男女1人ずつの親と子の関係である」という関係以外を、見えないもの・存在しないものとして蓋をしているだけなのです。

宇賀裁判官1人だけ違憲判断

ただ、今回の最高裁で、裁判官5人のうち1人は、戸籍上の性別変更の未成年の子なし要件を違憲としました。

反対意見を出した宇賀裁判官は、トランスジェンダーの親によって子どもが混乱するのは性別移行初期(本来の自分が望む性別で生活を始めたばかりの頃)であって、戸籍上の性別変更を申請する段階では他の要件はクリアしていて、実生活の状態に戸籍上の性別を合わせるだけのことであるため、「子なし要件」は合理性を欠く、と言いました。
まさにその通りではないでしょうか。

親がトランスジェンダーだと知ったら、家族や周囲で混乱する人が出て来たり、拒否反応を示す人いること自体は当たり前で、仕方のないことだと思います。

しかし、戸籍上の性別変更の申請をする段階では、上記のような混乱した状況はすでに通った後であるはずです(トランスジェンダーであることを受け入れてもらったうえで、家族として引き続き生活しているかもしれません)。

また、性別適合手術(SRS)の前には、移行する性別で生活を送ってきた「実績」をもつ人が多いといわれています。この段階では、むしろ戸籍の性別が現状に追いついていない状態の方が、あらゆる場面でトランスジェンダー当事者や周りの人たちの生活に支障を来す可能性があります。

宇賀裁判官の意見は、トランスジェンダーの現実を見据えた非常に「合理的な」ものです。

世界の性別変更要件と「性同一性障害」の捉え方

世界の中で見ると、日本の性別変更の要件はかなり厳しく、特殊であると言わざるを得ません。また、国際的に「性同一性障害」の捉え方は変わりつつあります。

性同一性障害(性別違和・性別不合)の診断書が必要な国は多い

海外に目を向けてみると、国籍の性別変更要件は、日本より「ゆるい」ところが多いです。
日本ではSRSで生殖腺を摘出し、移行する性別に近しい「外観」を整える必要があります。

しかしながら、この要件がない国は、ヨーロッパや南アメリカの国々では少なくありません。日本では「父であるトランス女性」や「母であるトランス男性」は、かなり違和感を覚えられるのかもしれませんが、それを良しとしている国も多くあるのです。

一方、性同一性障害(性別違和・性別不合)の診断書が必要な国はかなり多いです。また、基本的に性別を変更できるのは成年に達してからとする国がほとんどです。

性別移行はさくっと簡単にできるものではありません。治療をすれば、性別適合手術(SRS)ではなくホルモン治療であっても、元の身体には戻れない不可逆性もあります。

また、子どもの生きづらさ、違和感を否定するつもりはありませんし、第二次性徴が与えるストレスを考えると早めの性別移行が望ましいとも言われています。しかし、性別移行に関する治療は健康にもかかわることです。成長中の治療や性別変更は、慎重に判断する必要があります。

これらのことを考えると、「思い立ったが吉日!」という軽い気持ちで性別を変更できる法規定になっていないことは、当然のことでしょう。

性別変更「子なし要件」は論外

しかしながら、性別変更にあたって今回一番注目している「子なし要件」は、実は世界で日本以外にありません。

日本の戸籍は、出生から死亡までの親族関係を登録したものであり、家族と密接に関係しています。親は男女一対という前提から、戸籍上の性別変更においても「婚姻制限」や「子なし要件」が設けられていると考えられます。

一方、海外の多くは「国民識別番号」と呼ばれ、国民一人一人に付与されている番号があります。日本でいうマイナンバーカードがそれにあたるでしょう。海外は身分登録が「戸籍」のような形をとらない個人のものなので、子なし要件も不要なのです。

世界的に見ても、日本の「子なし要件」がいかに特殊で浮いているかということが、よく分かっていただけたのではないでしょうか。

性同一性障害は「障害」ではなくなる。人生の選択肢を狭めないで

WHOの発表している「国際疾病分類」により、来年2022年から国際的に性同一性障害は疾病の部類ではなくなり、性同一性障害を病気の一つから多様な性の一つと位置付けることになりました。今までの性同一性障害に対する取り組みを、病理的観点から人権的観点へ転換する動きが加速しています。

一方、日本の戸籍変更要件は、「<性同一性障害者>の性別の取扱いの特例に関する法律」という法律名からも明らかな通り、性同一性障害を病気と捉えています。

「性同一性障害は病気である」という考えが、一朝一夕で日本から払しょくされるとは思いません。しかし、「性同一性障害は病気なので、その遺伝子を引き継いだ子どもが産まれるべきではない」という思想は変えるときが来たのではないでしょうか。トランスジェンダー当事者や性同一性障害と診断された人たちも、自分や相手の性別を気にせず好きなパートナーと結婚し、子どもを授かったり、結婚をした後にパートナーとの法的関係を気にすることなく性別を変更できる選択肢が必要です。

今回のニュースで、裁判官のうち一人が違憲だと判断したこと以外で唯一の光だと個人的に思ったのは、今回のニュースが各マスメディアでしっかりと取り扱われたことです。戸籍の性別変更の「子なし要件」が日本独特のものであることまでは、なかなか伝わらないものの、これまで性同一性障害と診断された方々やトランスジェンダーを別世界の住人だと思っている人が、このニュースを見知ったときに「家族の秩序?」などと少しでも引っ掛かりを覚えてくれたなら、それだけでも社会を好転させる種が十分撒かれたと言えるでしょう。

性同一性障害と診断された方々やトランスジェンダー当事者の人生の選択肢が法律によって狭められることのない社会が一刻も早く実現することを祈っています。

 

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