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Writer/Jitian

「ゲイ? オネエ?」。カテゴライズしない・されない氷川きよしさん

言わずと知れた超有名演歌歌手である氷川きよしさん。ここ数年、歌手活動20周年を機に “kii” というあだ名を用いて、より自分らしく表現されるようになりました。そんな氷川さんのこれまでの表現活動と、私の身近なところでの周りの反応について考えたいと思います。

歌手活動の幅の広がりとともに、表現にも変化の兆し

氷川きよしさんは、歌手活動20周年を迎えたころから大きく活動の幅を広げられたように思います。

新境地のアニソン

2000年のデビューから、演歌を中心に歌手活動を続けてきた氷川きよしさん。演歌に裏打ちされた歌唱力もさることながら、端正な姿でも人気です。現在のようなジェンダーレスな格好をする前からも、王子様のような煌びやかな衣装をさらりと着こなしていましたよね。

そんな氷川さんが以前に話題を呼んだのが、2017年にリリースした『限界突破Xサバイバー』。アニメ『ドラゴンボール超』のオープニングテーマ曲です。紅白歌合戦などでも度々ド派手な演出で披露してきたので、見たことのある方も多いと思います。

今までにない派手な衣装とメイクで “限界突破”

この楽曲で「演歌歌手がアニソンを歌った」ということ以外に、もう一つ注目されたことがあります。それまでとは違う様子の衣装やメイクです。今までのキラキラとした王子様のイメージから一転して、目の周りを黒く塗った派手なメイクを施してパフォーマンスしました。

シースルーの黒いレースや赤いレザーといったインパクトのある素材で、胸元や太ももが見えるような衣装を身にまとって歌う姿にも注目が集まりました。今までの爽やかな好青年的イメージとは打って変わったものでしたが、新しい衣装もとても似合っていたことから、好意的に受け取る声も少なくありませんでした。

氷川さんは、この曲でのパフォーマンスを機に、だんだんと変わっていきました。

“オネエ” とも “ゲイ” とも言っていない

他人のジェンダーアイデンティティを勝手にカテゴライズするのは、あまりよくありませんね。

ホットパンツとニーハイブーツから、ワンピースまで

2019年からはインスタグラムで公式アカウントを開設し、歌手活動の宣伝のほか、日常のシーンを切り取った写真を投稿しています。

インスタグラムの投稿から垣間見える氷川さんの私服は、モデル並みにファッショナブルです。最初のうちはスキニーのロングパンツが主だったのですが、時折自身で丈を切ったというホットパンツなども見られるようになりました。

アップされているのは服だけではありません。ネイルした手先が映っているほか、グロスなどのメイク道具や、髪の長さについても触れています。現在は、ミディアム(肩~鎖骨の上くらいの長さ)まで伸びているのですが、髪を伸ばすのは念願だったようで、まだまだ伸ばすつもりのようです。どこまで髪を伸ばすのか、伸ばした姿がどのようになるのかも、これから楽しみです。

また、ステージ衣装でも従来のイメージとは違う様子が見受けられます。従来のような王子様のようなスーツや、演歌歌手らしい和装も時々アップされているのですが、ウェディングドレスを連想させるような白いレースのドレス風の衣装、前述のような肩や胸、脚を露出するデザイン、長身をさらに美しく見せる高さのあるブーツ、そして高さ10cm以上はありそうなハイヒールもちらほら見られます。

そして、2021年7月20日にアップした画像では、私服の黒いワンピース姿を披露しました。この時期に黒いタイツとブーツも着用していてかなり暑そうだなとは思いますが、とてもお似合いです。

オネエやゲイとはカミングアウトしていない

これまでの衣装や私服の変化について、氷川きよしさん本人は「ありのままの姿でいたい」「ジェンダーを超えて」などとはメディアで発言しています。これらの発言は、一部の人たちからは “カミングアウト” とも捉えられています。一方で、自身のジェンダーアイデンティティについて具体的に「ノンバイナリー」「トランスジェンダー」などと言っているわけではありません。ましてオネエやゲイとも口にしていません。

ただし ”男性” 歌手がメイクをしてワンピースを着た私服姿をアップしているという事実は、社会に与える影響は大きいのではないかと思います。少なくとも、ワンピースは女性が着るものという固定観念に一石を投じていることは疑いようもありません。

それ以外にもハイヒールやネイルなど、一般的には女性が身につけるとされている多くのものも違和感なく身につけている姿には、美容やファッションを楽しみたい男性のみならず、女性(シスもトランスも)も参考になるのではないでしょうか。

「きれいだね」じゃダメなの?

自分らしくいるための変化を「ゲイ」「オネエ」などと面白おかしく消費されてしまうのも、有名人であるからこそなのでしょうか。

”変” だと言い張る母

氷川きよしさんのこの一連の変化を私が最初に知ったきっかけは、私の母でした。ちょうど氷川さんがインスタグラムでの発信を始めた頃に、母から「最近、氷川きよしくんがオネエみたいになった」と写真を見せられたのが最初だったと記憶しています。

そのときの氷川さんは、現在インスタグラムやメディアの映像で確認できるような、やや長くなったヘアスタイルでメイクを施した姿でした。確かに、前のイメージとは違うなとは思いました。以前の王子様スタイルも「きれい」であることは変わりありませんでしたが、ありのままの姿の氷川さんは、明らかにジェンダーニュートラルを感じさせました。

しかし、新しい姿の氷川さんも違和感なく、宝塚歌劇団の役者のように凛々しくもきれいでした。何よりも、超有名人で、年齢も経歴もベテランの域に差し掛かっているのにもかかわらず、美容に励んで若々しい見た目を維持していること、ありのままの自分でいようと決意したことがすごいなと、好感を持ちました。

「きれいだね。いいんじゃない」と私は母に返しました。しかし、母はなおも「変だよ」と、氷川きよしさんの変化を “変” であると認識するよう私に求めてきたのです。

氷川さんや ”女装” を否定したわけではない

ここで断っておきたいのは、母は氷川きよしさんの変化そのものを否定しているわけではなかったということです。従来も現在もきれいだし、似合っていると思っています。ただ、氷川さんのありのままの姿を「そうなんだ」で流せなかっただけなのです。

母は、氷川さんのデビュー当初から、唯一無二の衣装でレベルの高いパフォーマンスをする姿をテレビで見ては「本当に王子様みたいだ。あんな衣装を着こなせる人は、そうそういない」と褒めたたえていました。そんな “王子様系爽やか好青年” のイメージからは確実に変化している氷川さんの姿を「今の新しいスタイルもいいね」の一言ですぐに受け入れることが難しく、どうしても「変だ」「オネエなんじゃないか」などと思いたかったのかもしれません。

ノンバイナリーの一人としての意地(?)

母は、ジェンダー規範にとらわれずにありのままに生きる人をそのまま受け入れることで、自分のジェンダーアイデンティティも否定するような気分になるかもと、無意識のうちに考えたのかもしれません。

絶対に “変” だと認めたくない!

「氷川きよしさんが変わった」件における、母と私のやり取り上の問題は、むしろ私自身だったとも言えます。言ってしまえば、私が母に合わせて「そうだね、変わってるよね。きれいだけど」と返せばそれで済む話でした。しかし、それを分かっていてもなお、私は自分らしく振る舞うことを決意し実行している氷川さんを “変” だと言いたくありませんでした。

当時、私はすでに自分のことをXジェンダー、ノンバイナリーとしてすっかり認識していました。家族や学生時代の知人の知らないところで、Xジェンダーを含めたLGBTQ当事者の知人もたくさんできていました。普段からスカートを身につけるノンバイナリーのMtX当事者をはじめとして、生まれたときに決められた性別とは異なる性表現をしているときこそありのままの自分だと感じている知人も少なくありませんでした。

そんなで、氷川さんの行動を “変” だと言うと、ノンバイナリーの自分も、ありのままの姿で頑張って生きている知人たちのことも否定するような気分になると、無意識的に感じたのかもしれません。そう思うと、母も私も自分のジェンダーアイデンティティを否定したくないという意味では、同じような反応だったとも言えます。

そのうえで、シスジェンダーである母の反応は「ジェンダー規範からずれている行動をしている有名人をそのまま受け入れたら、今までの自分自身の生き方や考え方までも否定されるような気がする」と直観的に感じたためだったのかなと今になって思います。

どうしても「ゲイ」「オネエ」としないと気が済まない?

もっとも、確かに氷川きよしさんの変化に対して世間のみんなが好意的かと言ったら、そうでもありません。オネエとかゲイ、トランスジェンダー女性なのではないかとカテゴライズしたり、単に気持ち悪いと思っている人もいるでしょう。その点、私の母は氷川さんの変化そのものを歓迎していないわけではなかったので、「マシ」と言えるかもしれません。

「どう感じるか」は変えられません。「気持ち悪い」などとマイナスのイメージを抱いたとしても、内心の自由が保障されている以上、その気持ち自体は否定されることではありません。ですが、もしその気持ちをSNSなど不特定多数の人が見られるところで発言するときには、長年第一線で活動を行ってきた有名人が、ありのままの自分を表現しようと決意した重みを考えてもいいのではないかと思います。

また、こういった否定的な反応は、「LGBT」という言葉が日常的に聞かれるようになった過渡期の今だからこそ起こりやすいとも考えられます。あと10年も経ったら、世間の反応もずいぶんと違うものになるかもしれません。

感づかれていたとしても、それはそれでいいや

結局のところ、母とは「氷川きよしさんが変わった」件では「変だ」「変だとは思わない」で、平行線のまま話が終わりました。しかも、その頃から私が帰省して氷川さんをメディアで見かけるたびに、なぜか母がこの話を持ち掛けてきました。そのたびに「変だよ」「別に変だとは思わないけど」のやり取りを繰り返しました(笑)。

もちろん、一方的に見知っているだけの芸能人についてのたわいもない話なので、ケンカに発展したり、いたたまれない雰囲気になったということは全然ありません。もしかしたらこの一件で、母は私のことをジェンダーレスやトランスジェンダーに興味のある人だと認識した可能性はあるかもな、と今振り返ると思います。

 

氷川きよしさんの今後の歌手活動を含めた発信に注目していきたいです。

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