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Writer/Honoka Yan

コロナ禍の性的マイノリティ

LGBTQ含む性的マイノリティの居場所が消えた時、当事者の居場所はどこにあるのかーー。新型コロナウイルスに関する最初の報道がされたのは2019年12月。早10ヶ月が経とうとしている。世間は自粛ムード。会社もリモートが推奨され、外へ出る機会も減った。家族と過ごす人、パートナーと過ごす人、一人暮らしの人など、様々な環境の中で一人一人が生活をしている。

毎年行われる日本最大級のLGBTQイベント、東京レインボープライドも今年はオンライン開催となった。新宿二丁目のいくつかのお店は閉店をせざるを得なくなり、ドラァグクイーンなどの多くのイベントも中止となっている。そういった状況下で、私たち性的マイノリティの居場所はどこにあるのだろう。

新宿二丁目という居場所

世界中の人々が、コロナにより今までとは違う生活を余儀なくされ、まだ慣れない人も多いだろう。その中でもLGBTQに関する生活の変化を、当事者の私が個人的経験を交えながら紹介する。

新宿二丁目に行けない

コロナ時代に生きる私にとって辛いことは、新宿二丁目に行けないこと。と言ったら「二丁目なんて我慢すればいい」「そんなに遊びたいの?」と非難されるかもしれない。私自身、自分のセクシュアリティに気づいてから、初めて二丁目デビューを果たした。

大抵の人は、生活をしていて「自分にとっての普通が相手にとっての普通」である確率が高いかもしれない。しかし、その枠から少し外れると、変わり者とみなされることがある。そのため、当時の私は自分のセクシュアリティを隠し、透明人間のように過ごすことが多々あった。

そんな経験は自分だけだと思っていたが、二丁目には同じ境遇の人が何人もいるようで、安心したことを覚えている。たとえ「自分にとっての普通が相手にとっては普通でない」場合も受け入れてもらえていたので、不思議と「普通」といわれる枠から外れることさえも自分の誇りとなっていた。だからこそ、二丁目と現実社会のギャップに耐えられない時もあるし、実際そういった理由で自殺する人がいる。

仕事帰りに同性の恋人と手を繋いで二丁目の街を歩くサラリーマンの背中は、社会の不条理を物語っているように感じる。二丁目という聖地から足を一歩踏み出すと、そこは私たちにとっての異世界。さっきまで手を繋いでいたカップルも手を離して歩いている。

コロナの影響で外出を控えるようになってから、もちろん、二丁目に行く機会はなくなった。なんとなく行きたい時に行っていた二丁目だが、もしかしたら心のどこかで生きづらさから解放されたくて訪れていたのかもしれない。唯一の心理的支えとなる居場所が消え去ろうとしている。そして性的マイノリティは、何もなかったかのように平然と社会に溶け込む(そう見えるだけ)。しかし、居場所はない。

夜の街を攻めるのではなく

テレビでは、夜の街に繰り返し注意を呼びかける小池百合子都知事の姿が目に映る。バー、キャバクラ、ホストクラブといった、いわゆる接待を伴う飲食店の多い新宿は、感染者が増えている場所として非難の的となった。「夜の街」という言葉が、より社会と私たちを分断させるかのように頭に響く。そして、コロナによって新しく問題が生じたというよりは、元々存在していた世の中の偏見や歪みが浮き彫りになったように感じる。「どうせ夜からバカ騒ぎしたいホモがいる街なんでしょ」「同性愛者は病気にかかっても怖くないのだ」と性的マイノリティを揶揄するようなコメントも見た。「夜の街」と一括りにして責めるのではなく、同じ社会に存在するコミュニティとして、共存したい。

居場所がなくなった時

私は社会の片隅で生きることに窮屈さを感じたものの、居場所があったから救われていた。そういった居場所がなくなった時、「さて今日からどこで過ごそう」と今日からの生き方に少し戸惑う。性的マイノリティが透明化された社会で、他の当事者たちはどこへ消えたのか、自分でも疑問だった。

LGBTQコミュニティは、常に自分のために存在すると当然のように思っていたが、今となってはコミュニティの衰退どころかLGBTQ当事者すら見なくなった(消えたのではなくどこかに隠れているのだろう)。

性的マイノリティが衝突している壁

私には同性のパートナーがいる。パートナーはシンガポールで、私は日本在住。いわゆる国際遠距離恋愛中だ。コロナが流行する前までは、3ヶ月に一度、互いの国を行き来していた。しかし、現状国を跨ぐことは許されず、マイノリティとして、障害の多さに気付かされた。

選択肢の皆無

私たちの場合、法律上の結婚は出来ないので、名目上付き合うまでに留まるカップルとしての関係を構築している。結婚という選択肢がないため、結婚について真剣に話したことはない。私と同じように海外在住の異性パートナーと国際遠距離恋愛をしていた友達は、コロナ禍で会えないことをきっかけに、永住権の取得を目的とする結婚をした。私の場合、在星を望むなら、労働ビザを手に入れるか、異性と結婚をする二択しかない。後者は論外だし、前者を叶えたとしても、将来永住できる保証はない。同性かつ異国籍のダブルパンチは想像以上に痛いものだ・・・・・・。

さらに先日、新婚生活60万円補助の政策が明らかになったが、世帯年収が540万未満であっても、対象外となるカップルがたくさんいて、当たり前のように結婚ができるカップルもたくさんいる。私とパートナーは、今まで何年も培ってきた夫婦同然の関係でも、たまたま互いの性別が同性だから、他人として扱われてしまうと考えると呆気ない。

プライベートの可視化

私自身、父以外の家族には同性のパートナーがいることを伝えている。SNS上でもオープンにしている。しかし、全ての人にカミングアウトしている訳ではない。自分のセクシュアリティやジェンダーを他者に伝えることを「カミングアウト」というが、カミングアウトはするかしないかの二択ではない。「ゾーニング」という言葉があるように、どの範囲までカミングアウトをするかは自分が決めている。例えば、家族は知っているが、親戚は知らなかったり、友達は知っているが、初対面の人は知らなかったり。ここで勘違いされやすいのは、「あなたはカミングアウト済だから、難なく過ごせるね」ということだ。

パートナーと過ごせない人は電話やテキストなどを通し、連絡を取り合う人が多いと思う。私もその一人であるが、ゾーニングをしながらカミングアウトをしているため、パートナーの存在を知らない人がいる。特に電話をするタイミングなどには気を使うことが多い。コロナで外出の機会が減った分、余計にだ。要するにバレのリスクが高いから。

父の前では電話を控えたり、そんな状況が続くことでパートナーの存在を隠そうとする自分が嫌になる。ただこれは私だけでなく、多くの当事者が同じ経験をしている。例えば、会社に同性パートナーの存在を知らせず、一人暮らしをしているよう伝えていた場合、コロナなどの予期せぬ事態が発生した時は、特に気をつけるかもしれない。ビデオ会議などにより、プライベートが可視化されることや、家族など自分の領域に常に人がいることから、家にいても肩身が狭く感じてしまう。そういった私生活の中で生きづらさを抱え、他の人に相談できず、一人で悩んでいる話を聞くと、コロナ禍においてマイノリティにとっての安全な居場所作りはとても重要だと思う。

アウティング

韓国のゲイクラブでクラスターが発生した際、クラブに訪れた約5500人のうち、2000人ほどが虚偽の連絡先を残した。感染者動線公開では「感染者はゲイクラブに行っていた」と「ゲイ」という言葉を使って報道されていた。「ゲイはコロナにかかってでも遊びたいのか」「ゲイは病気を持っている」などの書き込みもネット上で殺到している。アウティングは問題視されるべきだが、「ゲイ」という言葉をあえて使って報道することもマジョリティの配慮のなさを感じる。

実際、自分がその中の一人だったらと考えると恐ろしい。「誰と接触していたか」という問いですら性的マイノリティにとってはハードルの高い質問。同性愛者であることが会社や家族に知り渡れば、クビや絶縁だって考えられる。

他人となるパートナー

またパートナーがコロナに感染したら、どうなるだろう。私は恋人としてみなされず、緊急連絡先とみなされないかもしれない。世間で考える恋人や家族とは違うから、身元の安否や病院の場所すら教えてくれないのかもしれない。もし私が異性であれば、すぐ面会や看病ができ、隣で安否を確認できていたかもしれない。そう考えると、他人事には思えなくなる。急に連絡が取れなくなるだけで、不安が襲いかかる。長い時間を共に過ごしても、「他人」として今までの関係はなかったことにされてしまうことは、とてももどかしいことだ。

性的マイノリティは意外と、どこにでもいる話

日常の何気ない会話で異性愛者を演じることはある。いまだに、彼女を彼氏に置き換えて話してしまうことがあるし、説明が面倒くさくなるので「パートナーはいない」と言ってしまうこともある。パートナーの存在を隠し、嘘をついているようで罪悪感を抱えることが多い。マイノリティの人権が保障されない世の中で、マイノリティの透明化が起こることは問題であるのに、ヘテロノーマティブ(異性愛規範)な社会は透明化をさらに加速させる。そういった状況下で、マイノリティだから衝突する出来事にも、一人で対処していかなければならない。カミングアウトをしてない人なら尚更、家族や友達に助けを求めることは難しくなってくる。

日本には、LGBTQ当事者が11人に1人存在すると言われている。その数は左利きの人と同じ割合で、マイノリティと言われるものの、世の中には多く存在する。しかし、日常生活を送っていると出会わない。表面上見える人たちに向けた社会を作ることで、幸せになる人は増えるかもしれないが、同時に生きづらさを抱える人が増えることを意味する。左利きだから差別されることは想像できないが、LGBTQ当事者にはそういったケースが多く考えられるのは不思議なことだ。

社会全体がマジョリティ色に染められる中、マイノリティの居場所を確保していた二丁目などが消えたなら、当事者はどこに行けばいいだろう。実は身近にいるマイノリティ。私たちの居場所を与えて欲しい。

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