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2度も友情結婚をしたけれど、レズビアンカップルとして生活している今が一番しあわせ【後編】

2度も友情結婚をしたけれど、レズビアンカップルとして生活している今が一番しあわせ【前編】はこちら

2024/07/06/Sat
Photo : Yasuko Fujisawa Text : Hikari Katano
西羅 実和 / Miwa Nishira

1972年、徳島県生まれ。幼少期にソウルに住んだあと、東京・渋谷で育つ。小学生のうちから女子にときめきを感じる。大学卒業後、就職浪人をきっかけにフランスへ留学。男性との2度の友情結婚を経て、現在は100年以上続く日本企業でLGBTQ理解促進に尽力している。

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INDEX
01 一気に暗い子に
02 一転、大荒れ
03 女性への恋心と隠せない緊張
04 もう、男性はいいや
05 一念発起、フランスへ
==================(後編)========================
06 子どもがほしい
07 営業職へ
08 2度目の友情結婚
09 レズビアンへの理解を諦めないでくれた母
10 やっと巡り合えた天職

06子どもがほしい

日本に彼女がいたけれど

日本でアルバイトをしてお金を貯めて、フランスに戻って勉学に励む生活サイクルを繰り返して6年目のころだった。

日本でシングルマザーの女性と出会い、遠距離恋愛をすることになる。

「日本に帰って来てる間はウチに泊っていいよ、って言ってもらってました」

自分自身も20代後半になり、母の実家のある徳島で親戚と顔を合わせると、結婚はいつするのか? と聞かれる。

シングルマザーの彼女を見ているうちに、子どもがいる生活に漠然とうらやましさを感じるように。

一方、フランスでは親切なフランス人と知り合う。

「女性に親切な男性で、私のことを好きだと言ってくれたんです」

恋愛対象としては男性に興味はないが、この人と結婚してフランスで家庭を築きたいと思った。

「日本にいた彼女も、私が描いてた家庭を築く憧れを理解してくれて・・・・・・。すごく懐の深い人でしたね」

男性には自分のセクシュアリティを伝えないまま、30歳になる直前に国際結婚した。

重なる災い

夫も子どもを望んでいたので早速妊活に励んだが、芳しい成果を上げられなかった。

私は、結婚前にフランスで受ける厳しい婚前健康診断に合格しており、妊娠には問題がない。

「不妊治療の検査で、夫が無精子症だとわかったんです」

夫は男性としての自信を喪失し、精神的に不安定に。

「そこにさらに姑が入ってきて『お前のせいだ』って、私は責められました」

家族の仲が険悪になっている最中、日本でも突然の出来事が降りかかる。

2歳下の弟が、事件に巻き込まれて亡くなった。
20代半ば、人生これからというときだった。

「弟は私より先に結婚していて、奥さんと3人で飲んだりもするくらい仲がよかったんです」

急いで日本に帰国すると、あまりのショックな出来事に、母が精神的に崩壊していた。

「弟が帰って来るかもしれない、って言ったりしていて・・・・・・」

すでに家庭に仕事と、フランスでの生活基盤はできあがっていた。

でも、母を一人で放っておけないからと、夫と離婚し、日本に戻ることに。

07営業職へ

新作のパンの準備もしていたのに

本格的に日本で働くのは、これが初めてだった。

「彼女の家に泊めてもらいながら、オーガニック商品を取り上げる雑誌で編集のアルバイトを始めました」

雑誌の取材で仲良くなったお店から、オーガニック料理を提供する新しいレストランのシェフとして引き抜かれ、パンの担当となる。

「1年くらい経ったとき、たまってた有給休暇を使って、パンの勉強をしようとフィンランドに旅行に行きました」

10日間ほど旅をして帰国すると、上司に叱られる羽目に。

「チーフなんだからそんなに休まれると困るって言われて・・・・・・。ほぼクビ状態でしたね」

せっかくフィンランドで黒パンのレシピを学んできて、新しい商品も考えていたのに・・・・・・と不満を抱きつつも、転職を余儀なくされる。

現場のほうがいい

人材派遣業者に登録し、大手商社の営業事務に就く。

「Excelの使い方から学ばなきゃいけなくて、大変でした」

営業社員から渡された稟議書の承認を得るために、さまざまな部署を回らないといけないシステムに疑問を感じる。

「1つの決裁を得るために、役職者のところに行って順々にハンコを10個くらいもらわないといけなくて、全然仕事が進まなかったんです」

営業事務としてサポートするのではなく、営業の現場に出るほうが向いているかもしれない。

そう思った矢先、派遣切りに遭う。

セクハラが横行していた時代

慌てて探して見つけた次の仕事が、家電量販店に出向く営業職だった。

「パソコン関係の仕事を18年くらい続けました」

男性の多い家電業界を渡り歩く術として、女性らしさを活用せざるを得なくなる。

「本当はジャージでもよかったくらいなんですけど、タイトスカートに網タイツをはいてました。女性らしさを見せてたほうが相手の食いつきがよかったんです」

独身だと知られると「結婚相手を紹介してやろうか」などと平気で言われた。

「苗字が変われば黙るんですか?(怒) って思ってましたよ!」

そんなさなかに知ったのが、友情結婚だった。

08 2度目の友情結婚

1時間で友情婚決定

友情結婚とは、お互いに恋愛感情はないが法的に結婚して、友人に近しいパートナーシップを築き、家族として支え合うこと。

「思い切って、友情婚の掲示板に自分の情報を載せてみたんです」

怪しい人ばかりから連絡が来るうちに婚活の熱も冷め、掲示板の存在を忘れかけていた3か月目。

「新宿でその人と会って、同居、財布、親戚づきあい、いろんなことを話し合いました」

お互いに条件が一致し、わずか1時間で結婚することで話がまとまった。

順調な友情結婚生活

2度目の友情結婚では、初対面の段階で自分のセクシュアリティを相手に伝えていた。

「私が外で彼女をつくることにも同意してくれてました」

当時、家を買ったばかりだった夫は、仕事の都合で週末しか滞在できなかった。

その間、家を借りるようなかたちで私が家で生活を送り、週末には一緒に映画を観に行き、ご飯をつくってあげた。

「相手もおいしい、って喜んで食べてくれました」

友情結婚ではあったが、親を安心させたいということもあり、ハワイで家族だけの小さな結婚式を挙げた。

「母親同士が意気投合して、一緒にムームーを着て式に出てました(笑)」

彼女のカップルと夜逃げ

でも、楽しい生活はそう長くは続かなかった。

「相手が、付き合ってた人と別れることになったんです。それなのに、私が彼女と楽しそうにしてるのが気に食わなかったみたいで・・・・・・」

財布やスマートフォンを見られる、彼女と会いに行くのをとがめられる・・・・・・。

その間、妊活を並行して進めていたが、二度妊娠するも流産してしまう。

「この人との間に子どもを授かっていいのか? と思ってたし、ストレスも溜まってたから、赤ちゃんが来てくれなかったのかなと思います」

夫との間でケンカが続き、これ以上は耐えられないと、当時付き合っていた彼女に相談。

「でも、彼女が実は自分以外に男性ともお付き合いしてることがわかって・・・・・・(苦笑)」

彼女が男性と付き合っていることには面食らったものの、その彼女の彼氏が私の身を案じてくれた。

「夜逃げしたほうがいいってことになって。翌日には人手をかき集めて、車7台で私の家にやって来たんです」

数時間のうちに家財道具を持ち出し、2人目の夫とも別れた。

09レズビアンへの理解を諦めないでくれた母

レズビアンであることは伝わらない?

母には、2度目の離婚のときにレズビアンであることをカミングアウトした。

「元夫とは好き同士で結婚したんじゃない。あのとき連れてきた女性は、友だちじゃなくて彼女なんだ、って伝えました」

「母は『わからないから、もう言わないで』って言われてしまって・・・・・・」

母からシャットアウトされ、レズビアンについて話すのはタブーなことになってしまった・・・・・・と思っていた。

「でもこの間、母を連れて徳島に行ったんです。そのときに母が『実和と一緒に住んでる人のお土産、何がいいかな』って言ってくれたんです」

現在同居している彼女について母とあれこれ話したことは、これまでなかった。

「『そんなこと、今までしてくれたことなかったのに、なんでお土産買うの?』って聞いたら、『長いことお世話になってるでしょう?』って」

「これからもどうぞよろしく」と一筆添えて、母は彼女にプレゼントを渡してくれた。

「母なりに理解しようとしてくれてたんだって、うれしくなりました」

レズビアンのコミュニティに飛び込んできた女性

現在のパートナーとの出会いは、何十人ものレズビアンが集う大規模なホームパーティーだった。

「前に付き合ってきた男性が上から目線で、結婚したら家庭に入るよう強いられるのに嫌気がさして、女性とお付き合いしてみようと思ったらしいです」

たくさんの参加者のなかで、見目麗しく若々しかった彼女は、パーティで注目の的だった。

複数人でのお出かけでの猛アプローチやデートを重ね、お付き合いできることになった矢先だった。

「当時の勤め先から、愛知への転勤するよう言われたんです」

付き合い始めの、少しでも彼女と一緒にいたい時期。

でも、会社から声が掛かったのは、大きなプロジェクトのための数年間の転勤。出世のチャンスでもあった。

「彼女に相談したら、お互いに忙しいんだし、私はいいよ、って言ってくれたんです」

東京での会議のタイミングで、彼女とは月1回のペースで会い、愛を育んだ。

父との別れ

愛知での勤務中に、父が亡くなった。

「父は、倒れたときに認知症になってたんです。徘徊したりしてたので、母が仕事を辞めて介護してました」

最期は脳にがんが発症し、余命宣告通り1か月で亡くなった。

大好きだった父の死に悲しんでいたとき、彼女がある洋楽を教えてくれた。

「優しい曲が心にしみわたって、悲しみを乗り越えられました」

父にカミングアウトしようと思っていたときに認知症になってしまった。カミングアウトできていないことだけが心残りだ。

10やっと巡り合えた天職

パートナーシップ宣誓

愛知での2年半の勤務を終え、戻って来たタイミングで彼女と自治体にパートナーシップ宣誓をした。

「宣誓前に、私と本当に一緒になっていいの? って、パートナーには意思を最終確認しました。でも、彼女の決心は堅かったです」

法的根拠がなくても、パートナーシップ宣誓制度はやっぱりある程度の安心感をもたらしてくれる。

「今住んでる家を探してたときにも、不動産業者に宣誓したことを示すカードを見せました」

「入院することになったときにも、以前は家族じゃないからって面会拒絶されるってこともありましたけど、証明できるものがあったほうが、話が早いと思います」

50歳を目前に、新たな仕事にチャレンジ

新型コロナウイルスが蔓延し始めたころは、世界的に有名な外資系のIT企業に勤めていた。

「会社に守られてるっていう安心感はありました」

そろそろ50歳。60歳で定年すると考えると、ビジネスパーソンとして活躍するのはあと10年ほど。

この限られた時間で、自分に何ができるのか? 自分は何をしたいのか?

「LGBTQの分野で貢献したいと思ったんです」

社内でLGBTQへの理解と支援を目的としたERG(従業員リソースグループ)を立ち上げ、コミュニティを広げた経験を活かしたいと思ったのだ。

でも、仕事としてLGBTQに関わりたいとなると、営業ではなくこれまでは未経験だった人事の分野となる。

「ボランティアでやるしかないかな、と思ってたときにご縁があったのが、今の会社でした」

いろんな人の立場に立つ

現在、関連会社を含むと2万人近くの従業員がいる組織のなかで、DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)を推進する部署で働いている。

「女性活躍、障害者雇用などさまざまなセクションがあるなかで、私はLGBTQ理解促進を担当してます」

部署内のメンバーには、レズビアンであることをカミングアウトしている。

「メンバーの過半数が、LGBTQの当事者に会ったことがないって言っていて」

「みんなでレインボーフラッグをかたどったグッズを作って、目に見えるところに身に着けてくれたりしてます」

性の多様性についての勉強会や社員へのグッズ配布など、やりたいことは山積している。でも、その前に気を付けないといけないと思っていることがある。

「私はレズビアン当事者だけど、たとえばトランスジェンダーのかたの生きづらさとか、性別の違和感とかは自分にはまだ計り知れないところがあると思っていて、今、LGBTQについて勉強中です」

考えなければならないのは、LGBTQ当事者のことだけではない。

「いくら社長がDEIをやるぞ! と声を上げたところで、なんでLGBTQのことを理解する必要があるのか、現場にまで伝わらないと意味がない」

「現場で働く人たちのことを考えて仕事しないといけないなと思ってます」

ようやく手にした天職。この場所から日本にイノベーションを起こすことが、今の私の使命。

 

あとがき
取材日を迎えるまでのメールから感じたとおり、気さくで明るい実和さん。大波小波、起伏の多いエピソードが語られた半生。波瀾万丈?ドラマチックな?人生を、たくましくくぐり抜ける実和さんが見えるようだった■「今は、毎日が熱い気持ち」という。新しい職場では虹色のバッチを胸に、やりがいにあふれた課題に挑んでいるはずだ。言葉では表せないくらいの苦しい出来事も、そのなかで知った安らぎも、重ねた経験は自分の価値観や進む道を明確に示してくれると知った。(編集部)

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