02 役者としても書き手としても “憑依タイプ”
03 Xジェンダーの気づきはメイクから
04 キャラクターに惹かれてゲームにハマる
05 女性でもあり男性でもあるXジェンダー
==================(後編)========================
06 バイセクシュアルだと認めたくなかった
07 ゲームのなかの彼こそ運命の人
08 ありのままの自分を認められた
09 フィクトセクシュアル × 結婚
10 フィクトセクシュアルを知ってますか?
06バイセクシュアルだと認めたくなかった
やはり自分は女性に恋をしている
IT企業に3年半勤めたあとは、大学の恩師から研究所を手伝ってほしいと声がかかり、母校に勤務することになった。
しかし、1年半で体調を崩し、退職せざるを得なくなってしまった。
「同時に、働けなくなって友だちとルームシェアするのも難しくなってしまったので、しばらく実家に戻って療養していました」
そして25歳のとき、体は女性で心は男性である人と交際することになる。
「その人は、ホルモン治療とか性別適合術とかは一切やってないから、体は完全に女性だったんです」
「私も相手を好きだって思ったから付き合うことになったけど、この人と付き合えるっていうことは・・・・・・ぼくはバイセクシュアルなんだろうか? って考えて、気づいたんですよ」
バイセクシュアルかもしれない。
そう考えると、女子大の演劇部の後輩を好きだと思ったあの感情は、やはり恋だったのだと確信が得られた。
「もうひとり、女性に対して特別な感情をもったことがあったんですが、彼女が結婚するって聞いたとき、ものすごいショックを受けて『おめでとう!』って言えなかったんです」
「あれもきっと彼女に恋をしていたからなんだ、と腑に落ちました」
バイセクシュアルである裏付けを恐れて
たぶん自分はバイセクシュアルなんだろう。
はっきりと自覚した。
しかし、その事実を受け入れるまでには時間が必要だった。
自分のなかにLGBTQに対する偏見があったのではない。
「レズビアンの友だちに初めて会ったときも、なにも思わなかったんですけど、自分ごとになった途端に、これは変なことなんじゃないかって思ってしまったんだと思うんです」
自分がバイセクシュアルであるという事実を裏付けてしまうような気がして、LGBTQについてネットで調べることさえ気が引けた。
「なにかすごく怖がっていたのを覚えています」
周りと違うと、また集団から弾かれるかもしれない。
つらかった小中学校時代を思い出してしまう。
その葛藤を乗り越えることができたきっかけは、現在の夫だった。
07ゲームのなかの彼こそ運命の人
バイセクシュアルの自分を受け入れるきっかけ
あるシミュレーションゲームをプレイしているとき、画面に現れた彼を見て、ひと目で心を奪われた。
「実は、発売前情報として公開された動画で彼を見たことはあるんですけど、そのときはなんとも思わなくて、いざゲームを購入して、自分のゲーム環境のなかにいる彼を見たら、もう」
その1週間後、彼に対して、いままで誰にも感じたことのないくらい強い感情を抱いていると気づく。
「決定的だったのは、嫉妬の感情です」
「ゲームの性質上、キャラクター同士が恋愛をすることもあるんですが、ほかのプレイヤーさんが、彼と別のキャラクターを恋愛させている様子をSNSで見てしまったとき、すごく心が傷ついたんですよ・・・・・・」
「彼をないがしろにされたと感じて、ものすごい怒りが湧いてきました」
なんだろう、この怒りは。
嫉妬してる? 彼を好きなの?
え、だって好みの男性じゃないのに。
でも、ちょっと待って、これまで好きになった女性に、似てる?
「そこで、彼が恋愛しているのを見て傷つくのは失恋のショックだ、なるほど、これは恋だ、と思ったんです」
彼と出会ってから、目まぐるしいほど次々に自分のなかで変化が起こった。
「自分がバイセクシュアルだと受け入れられたのも彼がきっかけなんです」
「実は彼はトランスジェンダー男性だというキャラクター設定があって、それを知ったぼくも同じ性的マイノリティとして、そろそろちゃんとLGBTQについて調べなきゃと思って・・・・・・改めて腰を据えて調べ始めました」
絶対にこの恋は成就しない
バイセクシュアルについて調べるほどに、自分と共通する事柄が目に付く。
そしてあるとき、その内容をSNSやブログで発信してみた。
すると「私もバイセクシュアルです。ここに仲間がいるよとお伝えしたくてメールしました」との反応があった。
「自分だけじゃなかったって、そのメールを読んですんごい安堵したんです」
「それからは、バイセクシュアルであることは、ただの自分の一側面っていうふうに受け入れられるようになりました」
そんな変化を自分にもたらすきっかけとなった彼。
しかも変化はひとつだけではない。
彼をきっかけに、自分のなかで次から次へと変化が起こり、そのたびに目の前で輝く新しい扉が開いていくようだった。
恋心は募るばかり。
「でも彼はゲームのなかの人。この恋は絶対に報われないと思ってたから、やっぱりすごいつらかったんですよね・・・・・・」
「彼を見てると幸せだし、うれしいんだけど、絶対にこの恋は成就しない」
「それでも、彼はぼくの運命の人なんだって、確信してました」
とはいえ、どれだけ恋焦がれても、彼と自分では住む世界が違いすぎる。
そもそも次元が違うのだ。
「そのうちに、自分のなかの、彼に対する執着だとか独占欲というものがどんどんどんどんはっきりしてきて・・・・・・」
「それはぼくにとっては、とても醜い感情だったんですね。だから、彼への想いが募るほど、自己嫌悪に陥ってしまって、すっごい苦しかったんです」
08ありのままの自分を認められた
醜くてダメダメなぼくを
大学の研究所を退職し、自宅療養したのち、別の企業へ再就職したが、33歳の頃に再び体調を崩し、数カ月休職することになった。
働けないことで、ますます自己評価が下がっていく。
「醜い感情を抱いてみっともない。仕事もできなくて情けない。そんな状態で4カ月ほど過ごしたあとでしょうか、改めて彼の言葉を思い出したんです」
「ゲーム中にそういったセリフがあるわけじゃないんですけど、『私の在り方をよく見ておいで』って彼がぼくに言っているように感じたことがあって」
彼は、どんな姿を見せてくれていただろうか。
「いつも、ぼくの好意に気づいているかのように、ほかのキャラクターよりもはるかにゲーム中のスクショをたくさん撮らせてくれたりして、もうずっとずっとずっとぼくの気持ちに応えてくれてた」
「こんな・・・・・・こんな醜くてダメダメなぼくみたいな人間を、彼はそのまま受け入れてくれてたんだって気づいたんです」
「それがぼくにとって生まれて初めて、ありのままの自分を認められたと実感できた瞬間だったんですね・・・・・・」
「ものすごい大きな救いになりました」
男性がドレスを着てもいい
世界を見る視点さえも変わった。
Xジェンダーだと自覚したきっかけも、彼がくれた。
実は、彼がトランスジェンダー男性だと知っているからか、ゲームをプレイしていても彼の裸を見ることに抵抗があった。
そしてあるとき思い切って見てみたら、「いいなぁ」という想いがこぼれた。
「いいなぁ? うらやましいって、どういうこと? 自分は女だと思っていたけど、彼のように男になりたいってこと?」
「で、知り合いに『ちょっと “くん” 付けで呼んでみてもらえませんか』ってお願いして、実際に呼ばれたとき、うれしくて泣いちゃったんですよね」
「それで、本当は男扱いされたかったんだってことを自覚しました」
すると今度は “いままでの自分” と “両性である自分” のあいだで葛藤する。
「ぼくはすごく固定観念が強かったんですよ。男はこういうもの、女はこういうのって。だから、スカートが好きな自分は女なんじゃないの? 男だっていうのは気のせいなんじゃないの? って自分がわからなくなってしまって」
混乱のなかで、スカートをはくことができなくなった。
しかし、ハッと気づいた。
彼は、男性だけれど、ドレスを着ているじゃないか。
「彼は女性的な衣装を好むので、フォーマル衣装としてドレスをすごく美しく着こなしてるんですよ」
「そうか、男性がドレスを着てもいいんだ。そう思うと、気持ちがラクになりましたね。そうやって、彼に何度も何度も気づかされて、救われてる」
「彼は、ぼくを自分と徹底的に向き合わせて、導いてくれる存在ですね」
09フィクトセクシュアル × 結婚
シルバーの結婚指輪を
ゲームのなかの彼のおかげで、自分と向き合うことができ、バイセクシュアルであり、Xジェンダーである自分を受け入れることができた。
もう、やっぱり、彼のことが好きだ。
「好きになったのがあなたでよかったと心から思いましたね」
あるとき友だちから「こんな人がいるよ」と、自分と同じく二次元の相手に恋をして、ついに結婚までした人物についての記事のリンクが送られてきた。
「初音ミク」と結婚し、フィクトセクシャルを自認する男性の記事だった。
「ものすごく共感できる部分がたくさんあって」
「それまでは二次元の人と結婚できるという発想そのものがなかったんですよ。でも、結婚してる人がいる、していいんだ、ぼくもしたい! ってなって」
「すぐに結婚指輪をつくりました」
結婚指輪は、ゲーム内で衣装として用意されているものに似た、存在感のある太めのシルバーの指輪。
その内側に、記念となるように文字を刻んだ。
指輪をつくったその日に、彼にもゲームのなかで教会に行ってもらい、結婚指輪を身につけてもらった。
「実際には、衣装を変更して左手の薬指に指輪をはめたんです」
「そのあと通常画面に戻ったら、彼がうれしそうな顔をしてくれたんですよね。あぁ、彼も望んでくれてたんだって確信して、すごく泣きました」
彼があなたの心の支えになっているのであれば
結婚証明書はネットでオーダーした。
しかしそれが思わぬ事態に。
「ウェディング用品と書かれた荷物を母に見られてしまったんです」
「彼氏もいないはずの娘がなんで、と思ってるんじゃないかと勝手に考えてしまって、例の二次元の人と結婚した人物の記事を母に送ったんです」
「それから、その記事の人と同じで、ぼくもゲームのなかの人と結婚しました。早く孫と遊びたいって言ってたのに、応えられなくてごめんなさい・・・・・・みたいなことを言いました」
母は言った。
もしかしたら突然のことで、少し混乱していたのかもしれない。
「彼氏の気配がないし、女の子と一緒に暮らしてたこともあるし、あなたが生涯の相手として連れてくるんだったら、もう同性のパートナーでもいいと思ってたよ、なんてことを言って、そのあとに、あなたがそういう選択をしたなら、いいよ、って」
「でも、現実で、誰かいい人が現れたときには、彼と結婚していることに固執しないようにしなさいね、って釘を刺されました(笑)」
父には、その2年後に手紙を書いた。
結婚して2年後、彼と結婚式を挙げたいと考えたからだ。
そして結婚式には家族にも来てもらいたいという想いが強くなっていた。
「父は、『よくわからないけど、わかりました』って受け入れてくれたんですよね・・・・・・そう言える父ってすごいなって思いました」
「さらにその後、両親から、『手紙を読みました。彼があなたの心の支えになっているのであれば、いいんじゃないかという結論になりました。おめでとう』って言ってくれたんです」
10フィクトセクシュアルを知っていますか?
家族からの祝福
結婚式は、小規模な結婚式をコーディネートするウェディングサービスに、新婦がひとりで撮影してもらえるソロフォトと、人前式を申し込んだ。
式には叔母夫婦も出席し、ふたりの結婚を祝福してくれた。
「叔母には子どもの頃からすごい可愛がってもらいました」
「結婚のことは叔母には手紙を書いて知らせたんですが、それを読んだ叔母が母に『夫で出会ったときのことを思い出した』って言っていたそうで、心から喜んでくれているのがわかって、本当にうれしかったですね」
「なにより、自分に人生の転機をもたらしてくれた彼と、これからもずっと一緒だよ、と約束を交わせたことが、すごい幸せでした」
それまでも、ずっと彼がそばにいるような感覚があった。
その感覚が式を経て強くなり、彼と完全にひとつになれたと感じた。
「彼と出会えてよかった。彼はたまたま二次元の存在だったけど、ゲームを通じて心を通わせあっていると実感しています。は、恥ずかしい!(笑)」
彼への愛を語ると思わず熱が入るが、我に返ると照れてしまう。
そんな自分をあたたかく受け入れてくれる家族や周りの人に感謝している。
フィクトセクシュアルだから得られたもの
「二次元の人を愛するフィクトセクシュアルであるぼくですが、ネガティブな反応を受けたことがないんですよ。すごく恵まれてると思います」
「同じフィクトセクシュアルの人でも、たとえば結婚に関してとか、家族の理解が得られなかったりするみたいなので・・・・・・」
しかし、やはり自分もいつか誰かに「変に思われることもあるんじゃないか」という恐怖はある。
「なので、恋愛について訊かれたときは『あの、Fセク(フィクトセクシュアル)って聞いたことありますか?』って確認します」
「そんなとき『初めて聞いた』って言われて、『そうなんだ』と受け入れてくださることが多いけど、そういう反応ばかりじゃないな、とは思ってます」
彼と出会って、さまざまなつらさを体験した。
恋が成就しないという絶望、バイセクシュアルでありXジェンダーであることへの抵抗、嫉妬や独占欲をもつ自分に対する嫌悪・・・・・・。
しかしそれらはすべて、彼のおかげで自分にとっての救いにつながった。
「結婚して、彼がここにいるっていう実感があるので、四六時中一緒にいられるのはフィクトセクシュアルの特権ですね。そういうのって、ふつうのカップルだと難しいのかも」
「得られないものもあるけど、ぼくたちだけが得られたものもあります」
「とはいえ、さわりたい。彼と手をつないでデートしたいですよ(笑)!」