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一つずつ変えていけば、働きながら性別を変えていける。【後編】

一つずつ変えていけば、働きながら性別を変えていける。【前編】はこちら

2019/04/04/Thu
Photo : Taku Katayama Text : Ryosuke Aritake
村井 真理奈 / Marina Murai

1985年、福島県生まれ。両親と弟との4人家族で育つ。小学生の頃から女の子が着ている服に憧れを抱き、高校1年生の終わりに「性同一性障害」を知る。観光系の専門学校を卒業した後、福島県内のリゾートホテルに就職。現在も同ホテルに勤めながら、ホルモン治療を進める。2021年に性別適合手術(SRS)を受ける予定。

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INDEX
01 性別に捉われずに遊んでいた幼少期
02 仲良くなりたかった相手
03 知られてはいけない女の子タイム
04 自分が性同一性障害である証拠
05 MTFの先輩がかけてくれた言葉
==================(後編)========================
06 地元のために働き続けた日々
07 恋愛だと勘違いしていた友愛
08 女性として生きていくための決断
09 当事者だから生み出せる商品
10 “女性の当たり前” であふれる日常

06地元のために働き続けた日々

辞めようと思っていた観光業

観光系専門学校を卒業してから現在まで、福島のリゾートホテルに勤めて10年以上。

「もともと観光業は、軽く興味があるぐらいだったんです」

「東京に憧れてたけど、『上京してこれをやりたい!』って言えるものがなかったから、地元の専門学校に進みました」

なんとなく観光業を選んだため、1つの会社に長く勤めるつもりもなかった。

「大阪出張から戻ったら5年経つから、辞めようと思ってたんです」

「やっぱり東京に出たい、って気持ちも大きくなってたんですよね」

「それに、一人暮らしを始めてから自分と向き合う時間が増えて、性転換を考えるようになっていたんです」

性別を変えるために、離職して1からやり直したい、という思いも強かった。

しかし、出張から福島に戻り少し経った頃、東日本大震災が起こる。

地域復興のための仕事

「自宅も実家も勤務先のホテルも、大きな被害には遭わなかったんです」

「でも、福島は原発問題があったから、衝撃的なことがたくさん起こりました」

福島全体から観光客が激減すると同時に、ホテルは被災者の受け入れに追われた。

会社からは「原発が爆発した場合の避難先を提出しろ」と指示された。

「目の前にはやらなきゃいけないことがいっぱいで、会社を辞めるって気持ちは薄れていきましたね」

震災後の1年間は、被災者受け入れに伴い、国から補助金が出た。

補助金が打ち切られた2年目からが勝負だった。

減ってしまった観光客を再び増やすため、営業と市場調査のために飛び回った。

「修学旅行で福島に来てもらうために、関東の学校を30~40校回りました」

「『県の依頼で来てます』って話しても、多くの学校では『保護者が許さないと思うから』とやんわり拒否されました(苦笑)」

時には「お前らの県の問題だろ!」と、否定の言葉を投げつけられることもあった。

「学校の先生とは思えない言葉に、驚かされましたね(苦笑)」

震災からの5年間は、がむしゃらに働いた。

「地元のために仕事しよう、って気持ちだけでしたね」

07恋愛だと勘違いしていた友愛

女性と抱き合うこと

働き始めた頃、職場の先輩に誘われて風俗店に行った。

「先輩に言われるからついていったけど、面白さがわからなかったです」

「女性を抱くっていう行為そのものが、よくわかんないというか・・・・・・」

それでも、夜の営みに興味がないわけではなかった。

女性と抱き合えば、自分が男か女かわかるかもしれない、という淡い期待もあった。

「結果的には違うと思ったし、うまくできなかったんですよね」

「自分のせいだと思ったのか、風俗嬢の子が『ごめんね』って言って帰っていきました」

何度か風俗店に連れていかれたが、自分のセクシュアリティにつながる何かは見つからなかった。

辛いだけの行為

20代半ばに入り、仕事で知り合った女性との交際が始まる。

「どちらかが告白したわけじゃなくて、自然といい感じになったんです」

「学生時代と一緒で、2人で出かけているうちは楽しかったんですよね」

仲が深まれば、ベッドをともにすることもある。

「そういう雰囲気になったら彼女も待ってるし、しなきゃいけないって責任感が湧いたんです」

「でも、彼女を前にしても興奮しないし、性器もなかなか反応しないし、キツかったです。違うことを想像したりして、がんばってはみたんですけどね」

回を重ねるごとに、嫌悪感のようなものにさいなまれた。

「彼女が積極的だったから、求められることが辛くなっていったんです」

彼女から「関係を終わりにしたい」と告げられる。

「ずっと女性が好きだと思っていました」

「でも、初めてつき合ったことで、やっぱり何かが違うって実感したんです」

「今思うと、学生の頃に好きだった子も彼女も、恋愛的な好ききじゃなかったのかなって」

抱いていた感情は、恋心ではなく憧れだったのかもしれない。

「女子=異性だと思ってたから、恋心だと勘違いしたんでしょうね」

「一緒にいて楽しかったのは事実だから、友だちになりたかったんだと思います」

「かといって、男に好意を抱くことはないんです」

「自分の恋愛対象が誰なのか、今もよくわからないですね」

08女性として生きていくための決断

性別を変える第一歩

新宿二丁目や箕面でMTFと話した経験や、彼女との別れを通じて、自分がMTFであるという確信は強まっていた。

それでも、病院でカウンセリングを受けるには、至らなかった。

「医者は何かしらの答えを出すから、『性同一性障害じゃない』って否定されるのが怖かったんでしょうね」

「でも、27歳の時に、決断するならそろそろ最後だろうな、って思ったんです」

当時、ホルモン治療や手術の話を聞くため、ニューハーフの風俗店に行っていた。

「もちろん、行為はしませんよ(笑)」

風俗嬢に「実はMTFかもしれないから、話が聞きたい」と打ち明け、経験談を聞いた。

「そこで『ホルモン始めるなら、早い方がいい』って言われたんです」

風俗嬢の「性転換するんだったら、30歳前後には決めた方がいい」という言葉に背中を押された。

それまでセクシュアリティのことは、当事者にしか話してこなかった。

しかし、ホルモン治療を始めれば、周囲にも気づかれるかもしれない。

「まずは、プライベートでも仲が良かった職場の部下と、取引先の方に話してみたんです」

「どちらも女性だったんですけど、2人とも『いいじゃないですか』って言ってくれました」

すんなり受け入れられたことで、さらに治療に対して前向きになれた。

思いがけない上司の応援

仕事を辞める意思はなくなっていたため、職場で受け入れてもらえるか、伺い始めた。

「女性になるなら地毛を伸ばしたかったから、上司に許可を得る必要があったんです」

女性になろうと考えていることを伝え、「髪を伸ばしたい」と告げた。

上司からは「仕事さえしっかりしてくれればいい」という、思いがけない答えが返ってきた。

「男性の上司だったのでもっと驚かれると思ったら、あっさり受け入れてくれて、逆に驚かされましたね」

「会社のトップも、多少驚きつつ『好きにしたらいいよ』って言ってくれたんです」

「上司に『月1回、カウンセリングのために東京に行く』って話したら、味方になってくれました」

「東京出張を増やしてやるから、そのついでに行ってこい」と、支援してくれたのだ。

実際は月1回行けない時もあったが、カウンセリングに通い、1年ほどかけて診断書を出してもらった。

女性ホルモンを打ち始めることもできた。

「今はなかなか東京に行けないので、錠剤でのホルモン投与がメインです」

「地元でホルモン注射を打ってくれるところを、探そうと思ってます」

在職トランスの進め方

会社から許可が下りたため、働きながら男性から女性へと移行していくことを決めた。

「一気に変えると抵抗感を抱く人もいると思ったんで、1つずつ変えていきました」

まずは、スポーツ刈りに近いほど短かった髪の毛を伸ばした。

ある程度長くなったら、男性もののワイシャツを女性もののブラウスに変えた。

男性用のスーツから、ZARAのユニセックスのスーツに切り替えた。

月に1つずつ、女性もののローファー、女性用スーツ、パンプスへと変えていった。

「最後には化粧をして、リボンのついたシュシュで髪をまとめていきました」

「見た目を変えるのと並行して、職場でも何人かに打ち明けたんです」

「あえて『あいつには言っちゃダメ』ってみんなに言われるような口が軽い人に(笑)」

自分がMTFであることが少しずつ広まっていってくれたら、それでいいと思った。

周りは知っているだろう、と思った方が気がラクだった。

「化粧をして出社するようになったのは、2018年の夏ぐらいなんです」

「すべて変えてから、改めて全社員が集まる朝礼で、女性になることを話しました」

「総務のおばちゃんが女性用の制服を発注してくれて、11月から着て働いてます」

「保険証の名前も、変えてもらっている最中なんです」

女性の同僚は「変えたんだね」「かわいいじゃん」と言ってくれる。

男性の同僚とは少し距離が開いた気がするが、女性として見てもらっているからかもしれない。

在職したまま移行するという計画は、無事に完遂できた。

09当事者だから生み出せる商品

LGBT当事者のための旅行プラン

女性として、日常を送ることができるようになった。

「仕事でも自分の特性を強みに変えて、商品を作れそうだなって動き始めているんです」

勤めているホテルで、LGBTツーリズムに着手した。

もともと宿泊プランを作る部署にいた経験も、生かしていきたい。

「LGBTってとっつきづらいジャンルなので、私が積極的に開拓していこうかなって」

旅行会社のビッグホリデーに挨拶に行くと、運命的な出会いがあった。

女装ニューハーフイベント「プロパガンダ」に携わっていた人が、ビッグホリデーで働いていたのだ。

「私にとって『プロパガンダ』は憧れだったんです」

「土曜日の夜に開催していたから、ホテル勤めの私は一度も参加したことがなくて」

「その方が、『プロパガンダ』を作ったモカさんにつないでくれたんです」

モカさんをはじめ、当事者の人脈を広げていった。

そして、知り合った当事者のほとんどが「LGBTツーリズムに協力する」と言ってくれた。

「レズビアン向けのスキーツアーは、作れそうなところまで来てるんです」

レズビアン女性にヒアリングすると、「温泉を貸し切ってしゃべりたい」という要望が出てきた。

求めているものが明確に見えれば、プランの一つとして提案できる。

本当に必要な配慮

「国もオリンピックに向けて動き出しているし、使いやすいホテルや旅行を考えるいい機会だと思うんです」

「ただ、あからさまにレインボーフラッグを掲げるのは、あんまり好きじゃないかな(苦笑)」

社内でLGBTツーリズムの話題が出た時、「『誰でもトイレ』を設けよう」という話になった。

部下が手配して生まれた「誰でもトイレ」は、虹色の表示が際立っていた。

「周囲の配慮の気持ちの表れなんですけど、当事者としては入りづらいなって(苦笑)」

「レインボーフラッグを出しすぎちゃうと、『あなたはここを使いなさい』って言われてる気がしちゃうんですよね」

ホテルの楽しみ方は人それぞれで、当事者に対して特別なことをしなくてもいいかもしれない。

「その前提を踏まえた上で、プランを提案していきたいなと思ってます」

身につけたい力

プライベートで身につけていきたいものは、家庭力。

「周りの女子から『女子力はあるよね』とは、言ってもらえるんです」

「でも、『家庭力なら絶対負けない』って言われてしまうんですよね(笑)」

長く一人暮らしをしてきたが、忙しさにかまけて、ほとんど外食で済ませてきた。

掃除も苦手で、なかなか部屋を片づけられない。

「家事の腕を、もう少し磨きたいですね」

10 “女性の当たり前” であふれる日常

家族とのわだかまり

カウンセリングを受けることを決意し、上司に打ち明けた20代後半。

職場で受け入れられた勢いに任せ、両親にも話した。

「言いにくいことだけど、注射を打つ前には言わなきゃ、って思ったんです」

「自分は女なんだと思う」と告げると、両親は「勝手にしたら」と言うだけだった。

「反応は微妙でした。でも、一晩経って考えが変わったんでしょうね」

翌朝、「やっぱりあんまり認めたくない」と言われてしまった。

今も、全面的には受け入れてくれていないように感じる。

「今でもギクシャクしてます(苦笑)」

「実家には年に1回ぐらいしか帰らないけど、女性の服を着ている私を見ても、家族は黙ってる感じです」

MTFのロールモデル

家族の関係は未修復のままだが、自分自身の生活はますます楽しくなっている。

「毎日スカートをはく生活とか、ストッキングが消耗品になったことが、うれしいですね」

「女子の当たり前が私の当たり前になって、日常に入ってきたことが支えになってます」

表では男、裏では女という二重生活を送らなくてよくなったことは、大きな変化だ。

「仲のいいMTFから『もっと早く注射を打っておけば良かったのに』って言われることもあります」

「でも、生活の基盤を作った上で治療を始めて良かった、って思ってます」

在職トランスを目指すに当たって、モデルにしたMTFブロガーがいた。

仕事をこなしながら、女性へと変化していくステップは、彼女から学んだ。

「20代後半の頃には、1歳上のMTFの友だちとも、よくメールでやり取りしてたんです」

「その方は『服はいつでも着れるから、先に脱毛しなさい』とか、具体的なことを教えてくれました」

「近い立場の人が先を歩いてくれていたので、心強かったですね」

友だちにブロガー、新宿や箕面のニューハーフ、さまざまなMTFの経験を聞いてきたから、途中で諦めずに自分なりの道を進めた。

主張する前に受け入れること

女性として生きていくには、現実を受け入れることも大事。

「MTFって、女性専用車両とか女子トイレとか、女性用のものにやたら憧れちゃうんですよ」

「でも、それだけを求めると、反発を受けることもあると思うんです」

主張するだけで女性になれるなら、苦労はいらない。

女性である前に人間同士だから、主張する前に一歩引いてみる冷静さが必要だと思う。

「女性の輪に入るには、女性のルールも知らなきゃいけないんですよね」

ルールがわかっていれば、主張しなくても女性の輪に入っていけるから。

「女性同士で時間を気にせずに遊べるって、すごく楽しいから、決断して良かったです」

自分の性別もよくわからなかった学生の頃の自分に、こう言ってあげたい。

「自分を信じて、進んでいいんだよ」

あとがき
「一気に変えると抵抗感を抱く人もいると思って」。真理奈さんは現在も、計画的に性別移行を続けている。キーワードは、一歩ずつ、淑やかに■お母さんの洋服、スーパーで買った女児用の赤いスカート・・・。悩みを抱えて過ごす時も、小さなうれしい出来事が心を癒やしてくれた■今はもう、[こっそり]とはさよならだ。口元は、鮮やかな真紅。鏡の前で美しいラインひいて、真理奈さんは今日も魔法をかける。「自分を信じて進んでいいんだよ」。(編集部)

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