INTERVIEW
等身大の「私」を、まだ出会っていない人たちへ届けませんか?
サイト登場者(エルジービーター)募集

自分事に置き換えて想像してほしい【前編】

過去の辛い記憶も、セクシュアルマイノリティに対する世間からのヘイトについても、その語り口は常に淡々としている。感情に支配されず物事を客観視しようとする冷静さと、冗談を挟んで場を和ませてくれる優しさ、ふと見せる人懐っこい笑顔・・・・・・。それが河上りささんという人だ。

2022/12/03/Sat
Photo : Tomoki Suzuki Text : Chikaze Eikoku
河上 りさ / Lisa Kawakami

1982年、大阪府生まれ。3人きょうだいの長男として生まれる。高校生でニューハーフという職業を知り、その世界に飛び込むが “暗黙の了解” に息苦しさを覚えた。女性として生きる道を発見した今、同じ境遇の人々のロールモデルとしてYouTubeなどで発信を続けている。

USERS LOVED LOVE IT! 10
INDEX
01 「女性の体に戻りたい」と考えていた幼少期
02 男ぶることで身を守った思春期
03 TVで観たニューハーフに「これや!」
04 失敗したカミングアウト
05 ニューハーフの世界への違和感
==================(後編)========================
06 「女性として生きれるんや」
07 業界のボスが性別変更、風向きの変化
08 日本語教師を志す
09 両親との和解、夫との出会い
10 MTF当事者として発信する理由

01 「女性の体に戻りたい」と考えていた幼少期

今の自分の体は、本当の自分じゃない

身体への違和感は、物心つくころにはすでに明確にあった。

「今の自分の体は本当の自分じゃない、っていう感覚はずっとあったんですよ」

「ただ、それが何かはわからへんっていう感じでした」

いちばん強く残っている幼少期の記憶は、幼なじみの男の子2人からの「自分の取り合いっこ」だ。

「その子たちから交互に遊具の滑り台の下の空洞みたいなとこに連れて行かれて、独占されてましたね(笑)」

「別に何か変なことをされるわけじゃないんですけど、『君は僕のものだ!』みたいな。そうするともう1人がヤキモチを妬くっていう」

まだあまり性別の概念が理解できていないということもあり、「友だちとの距離感」は、それが普通だと思っていた。

そのころの両親からの評価は、「にこやかで優しい子」。

「弟が2人いるんですけど、すぐ下の2歳差の弟が事故で障害を持ってるんです。親はその弟のお世話で大変やったんで、3、4歳のころいっときおばあちゃんに預けられてたんですね」

いわゆる「きょうだい児」だったこともあり、あまり構ってもらえない時期があった。

「親に気に入られたいって気持ちもあったんじゃないですかね。それもあって、人の気持ちを考えるようになりました」

小学校に上がり、手のひら返しに遭う

小学校3、4年生くらいになると、状況が一変する。

「男のくせにべったりすんな、気持ち悪い!」と、周りの男の子から唐突に拒絶をされた。

「もう男女で分かれてくる年齢じゃないですか。そんな中で『男同士でべったりするもんじゃない』っていう感覚から出た言葉やったと思うんですけど・・・・・・」

「近づくな! って言われて、ショックでしたね」

また、クラス内の女の子とばかり遊んでいるナヨっとした子が「オカマ!」といじめられているのを見て、危機感を覚える。

「ああいうふうになったらあかんのやなって思って、それからめっちゃ男ぶるようになりました」

当時『らんま1/2』を観て、「水をかぶったら女に戻るのでは」と漠然と考えていた。

「今日も女の体に戻らへんかったなあって、ボーッと思ってましたね。だから『やっぱり男として生きていかないと』って」

いじめられないためには、喧嘩に強くならなけらばならない。
男として生きるためには、それは必須のことのように思えた。

喧嘩で負けたことをきっかけに、リンチ開始

5年生のときに一度だけ喧嘩に負けた。そこからいじめの標的になってしまう。

「弱くなかったし、仕返しできるタイプではあったんですよ。でもたまたまそのとき負けて、そっから『こいつ弱い』ってレッテルを貼られて・・・・・・」

「夜にクラスの男子が家に『遊ぼ〜!』って来て、河原に連れ出されて、みんなからリンチされるっていうのが、6年生まで続きました」

「そのとき初めて、青あざって青にならないんだって知りましたね・・・・・・治りかけは黄色くなるんですよね」

嫌だと言って拒否すれば、「逃げた」と言われてしまう。それがわかっていたから、突っぱねることもできなかった。

「最終的に両親に話したんですけど、それは今でも失敗やったと思ってるんです。結局うちの父親がみんな呼びつけて思いっきり説教したんですけど、余計にいじめられるようになりましたね・・・・・・」

「ちくり魔」とあだ名を付けられ、状況は悪化した。

02男ぶることで身を守った思春期

バスケットボール部へ入部

中学入学後、バスケットボール部へ入部する。

「いじめっ子の何人かは同じ中学やったんですけど、バスケに専念して筋トレめっちゃしまくって、とにかくそいつらと関わらんようにしたら、自然にいじめはなくなっていきました」

部活が違うため、次第に接点もなくなった。

「今の時代は不登校っていうのが一つの手段としてありますけど、当時はその言葉自体もなかったんじゃないかな」

「学校に行かない」という選択肢がそもそもなかった時代、苦しくても通うほかなかった。

「本当は休みたかったですね・・・・・・」

反抗的な態度こそが「男らしさ」だと思い込んでいた

両親は「男のくせに泣くんじゃない」というような発言はしなかった。
しかし自分の中では、「男らしさ」へのこだわりが強かった。

「今でもあんまり私、泣かないんです。1人のときは泣くけど、堪えてしまう。たぶんそれは今でも自分の中で抱えてるもので、自分の中に残った『男らしさ』ですね(苦笑)」

男らしくあらねばならない。その気持ちは、大人への反抗という形で表出する。

「とりあえず先生に歯向かってました。『帰れクソババア!』とか言ったり・・・・・・(苦笑)」

金属バットやバタフライナイフを振り回す生徒もいた世代で、学校自体が荒れていた。

「周りからはちょこっとイキがってんな、くらいに思われてましたね。過激なことはしなかったんで、本物のヤンキーじゃないなって(苦笑)」

「髪の毛を伸ばして、GLAYのTERUさんみたいな男らしいセットにしてました」

父の顔に似ていることへのショック

男として生きていくと決めたことで、生活はそれなりにうまく回っていった。

「でもあるとき、ふとトイレで鏡を見ると、自分の顔が若いときの父親にそっくりだったんです。なんかそれがめちゃくちゃショックで・・・・・・」

「父親には申し訳ないんですけどね(苦笑)」

父親は世間一般でいういわゆる「イケメン」で、もし自分が「男性」だったら嬉しかったのだろう。でも、胸を支配したのは真逆の感情だった。

ただ一方で公立中学だったこともあり、校則についてはそこまでうるさくなかったのは幸いだった。

「ジャージで登校できたし、『男らしくしろ!』みたいなことも言われへんし、その辺はあんまり考えずに済みましたね」

「バスケ部なんで『髪切れ!』とかも言われましたけど、それには違和感を覚えてたんで意地でも伸ばしてました(笑)」

03 TVで観たニューハーフに「これや!」

成長する身体への苦痛

中学時代は勉強が得意ではなく、素行も悪かったため、進学は危機的だった。

「3年生の最後だけちょっと頑張りました(笑)」

高校進学後も、「男は弱かったら生きていけない」という考えは変わらなかった。

「『おまえホモやろ!』っていじめられてる子がいて、男子に囲まれて指で浣腸されたりしてたんです。『こういうのされて喜ぶんやろ』って」

「そういうの見て、やっぱり弱いとこ見せたらあかんって思ってましたね・・・・・・」

それでも、身体への嫌悪や違和感は募る。

「髭も生えてくるし、どんどん男らしくなっていく自分に抵抗したくて、すね毛剃ったりとか眉毛整えたりしてたんですけど・・・・・・」

高校の校則は厳しく、髪も短くしなければならない。そのことに苦痛を覚えた。

「だけど男らしい部分を削ぎ落としたら、たぶん生きていけへんって思ってましたね」

彼女を作った理由

周囲から「男」として認識されるため、彼女を作ることもあった。

「『らんま1/2』みたいに女に戻るっていうのは勘違いやから、もう男であろうって思って、一応彼女作ったりもしました」

初めて付き合ったのは中学生で、相手から告白された。

「でもやっぱり『違う!』って思って、すぐ別れましたね。最低なやつなんですけど・・・・・・」

既成事実によって周囲からの「疑い」を避けたかっただけの交際だったため、彼女ができたうれしさや感動を覚えることもなかった。

「親は『彼女できたん?! よかったやん〜!』って喜んでたんで、『ええことなんや』とは思ってたんですけどね・・・・・・」

過去のいじめのトラウマもあり、当時は生きることで精一杯で、付き合うこと自体にも憧れは抱けなかった。

「好きな男の子もできなかったし、そもそも気になるっていう感情を持ってしまうと苦しくなるので、考えないようにしてました」

ニューハーフのお店で働きたい

やがて進路を考える時期に差しかかるが、将来像を描くことができない。

「高校のときは勉強頑張ってたんで、そこそこいい大学に行けるって言われたりもしたんですけど、大学でしたいこともないし・・・・・・」

「このまま自分なんなんやろっていうのを引きずったまま、時間を過ごすんかなと思ってた時期に、TVでニューハーフの特番がやってたんです」

たまたま観たバラエティ番組に映る「ニューハーフ」と呼ばれる人々は、低い声を持ちながらもとても綺麗に見えた。

「男がただカツラを被ってるとかじゃなくて、体のラインとかも “男” じゃないんですよ」

「これや! これしかない!」。ようやくモヤモヤが晴れた瞬間だった。

「今までの全部が繋がって、頭に雷が落ちたみたいな感じでした」

04失敗したカミングアウト

両親から突きつけられた絶縁

進路を決める時期に、両親へ「ニューハーフのお店に行くわ」と告げる。
しかしながら良い反応は返ってこなかった。

「自分の性別の違和感とかもそこで話したんですよ。でも、自分は男じゃないねんって言っても、理解できるわけがない(苦笑)」

「普通にそれまでは男らしく生活してたんで・・・・・・」

「男じゃないって、どういうことやねん」。両親は困惑し、話し合いは難航する。

「そんなんで生きていけんのか」
「仕事どうすんの」
「将来どうすんねん、結婚とかできへんぞ」
など、混乱からの疑問をぶつけられる。

「ニューハーフが仕事やから、それで生計を立てていく」
「結婚なんかする気ないわ」
と言い返すも、受け入れてはもらえなかった。

「父親は母親がいちばん大切なんで、母親が受け入れられないって言ったから、父親ともそれから絶縁しました」

最終的には「出ていけ!」と言われてしまう。

友だちへのカミングアウト

高校卒業の直前に仲の良かった友だちにカミングアウトするも、失敗に終わった。

「その時代はトランスジェンダーって言葉が浸透してなかったので、『自分、ニューハーフやねん。ニューハーフのお店で働く』って伝えたんですけど・・・・・・」

意識して男らしく振る舞っていたこともあり、驚いていた様子だったものの、その場では普通に「そうなんや〜」と聞いていた。

しかし卒業後、連絡が取れなくなってしまう。

「結局、そこまでの信頼を得られてなかったんでしょうね・・・・・・」

ニューハーフのお店へ

バラエティ番組の中で店の名前が出ていたために、インターネットで検索して電話をかけ、面接を受ける。

「その年の冬、はるな愛さんが勤めてた大阪の『冗談酒場(冗談パブ)』ってお店でデビューさせていただくことになりました」

TV番組を観て「これだ!」と思った。そして、当時MTFの勤め先は夜の世界しか見当たらなかった。

「当時、それしかなかったから確信しちゃったんですよね。そのときはそれが自分の答えやったんです」

05ニューハーフの世界への違和感

ニューハーフは「あくまで男」

ようやく答えを見つけたと思い、18歳で意気揚々とニューハーフの業界へ飛び込んだ。

しかし、そこは想像とはかけ離れた厳しい世界だった。

「ニューハーフ業界って、基本的に自分のことを『女』やと思ったらダメな業界なんですよ。『女の格好してる男』っていうのがウリだから、今まで以上に自分を『男』やって意識して働かないといけない現場でした」

女性として生きようとする人を、徹底的に否定する世界だと感じた。
またホルモン治療なども、自分の意志で開始することは許されない。

「ホルモンもSRS(性別適合手術)も仕事に必要やからやる、って感じやったんです。だからある程度お店から信用してもらってからでないと始められなくて・・・・・・入店から数ヶ月してから始めました」

SRSに関しても、「セクシー衣装で出演しないんだったら、する必要がない。休みもあげない」と言われ、自分の希望を通すことはできなかった。

「SRSをやり切るまでは割り切れたんですけど、でもやっぱり手術してホルモンやって豊胸もして、そこまでしても『男』として振る舞わないといけないのがけっこう辛くて・・・・・・」

「辛いって言うと、今度はシバかれるんですよ。『ホルモンぼけかコラ!』みたいな感じで」

当時ホルモン治療の副作用で情緒不安定になったり、誇大妄想で自分を「女だと思い込む」症状が出ると言われていたのだ。

男性経験がないゆえの「ニセモノ」扱い

入店してしばらくのうちは、劣等感から焦りを覚えたりもした。

「最初のうちは化粧してもドレス着ても、どう見ても男にしか見えないんで、お客さんにも『チェンジ!』って言われたりして・・・・・・」

「もっと綺麗にならないと、もっとちゃんとしないと、みたいな焦りがありました」

当時のニューハーフ業界は、ゲイの業界から女装を経てニューハーフへ移る「ホモ上がり」と呼ばれる人が多数派だったために、お店の同僚たちほとんどみんなに男性経験があった。

しかし自分にはその経験がなかったために、しばしばニセモノ扱いを受ける。

「あんた、ただの男やろ」
「おまえは本物じゃない」
「女が好きで女とやりたいからそんな格好してんやろ」
「俺はニューハーフとしゃべりにきたんであって男としゃべりにきたわけじゃないから、席離れてくれ」

そんな心無い言葉をぶつけられたりもした。

「入ってからも地獄でしたね・・・・・・。だからとにかく見た目をなんとかせなあかんって努力して、男性経験を積むために出会い系サイトに登録したりもしました」

女性らしい所作

想像とはいくぶんか違っていた世界ではあったものの、それでも得られたものは多かった。

「ある程度身なりが整ってきてからは、当時は若かったんで、アイドル系を目指しましょうって、アイドルの先輩を教育係にあてがわれました」

その先輩に、女性らしい所作などを教えてもらった。

「たとえばコーヒー飲むときは手を添えて脇締めて、とか。それが案外勉強になりましたね」

また、わざとらしいほどに女性的な仕草をしてから、低い男性的な声で「ああ、おいしい」などと言うなど、そのギャップで笑わせることも求められた。

抵抗感がなかったわけではないが、それでしか生きていけないと思い込んでいたため、疑問に思う余地もなかった。

「選択肢がもしあったんやったら、そんな仕事やってないですよ(苦笑)」

 

<<<後編 2022/12/10/Sat>>>

INDEX
06 「女性として生きれるんや」
07 業界のボスが性別変更、風向きの変化
08 日本語教師を志す
09 両親との和解、夫との出会い
10 MTF当事者として発信する理由

関連記事

array(1) { [0]=> int(32) }