INTERVIEW
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男にも女にもなれる、やっと見つけた私の居場所。【前編】

セクシュアリティについて悩んだことがない、と若杉凩さんは言う。「と言うより、悩む暇がなかったんです。学校のこと、家のことで、悩みすぎていたんで・・・・・・」。自らのセクシュアリティに違和感をもち続けながらも、考えないようにしていた思春期を過ぎ、ようやく自分と向き合う余裕をもてるようになった今、何を思うのか。揺らぎながら進み続ける20歳の今を切り取った。

2018/10/23/Tue
Photo : Tomoki Suzuki Text : Kei Yoshida
若杉 凩 / Kogarashi Wakasugi

1998年、愛知県生まれ。幼い頃に自分の感覚が女の子よりも男の子に近いと気づき、さらに成長するにつれFTXであると自覚する。高校3年生の時に、講談社主催のオーディション「ミスiD 2017」の “わたしはこの星で生き残る賞” を獲得。その後、俳優として映画やMVなど映像作品を中心に活動している。

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INDEX
01 女の子でいなきゃダメなんだ
02 男の子になるための準備
03 カテゴライズされたくない
04 暗闇で一点を力なく見つめて
==================(後編)========================
05 居場所を求めてミスiDに
06 オナベキャラをつくれ
07 女性も男性も演じられる俳優
08 アセクシュアルかノンセクシュアルか
09 このままいけるところまで

01女の子でいなきゃダメなんだ

男の子に生まれたかった

小学校低学年のある日、父親とお風呂に入っていると、思っていたことがふと口から漏れた。

「なんで私、男の子に生まれなかったんだろう。男の子に生まれたかったな・・・・・・」

すると急に怒り出した父親はこう言った。

「そんなふうに言う子に育てたつもりはなかった」

そうか、女の子として生まれた自分は、男の子に生まれたかったと言ってはいけなかったんだ。

女の子のままでいなきゃダメなんだ。

そうして「男の子になりたい」と自然に湧き出す想いにふたをした。

それでも、女の子と一緒にいるよりも、男の子といた方がラクだし、楽しい。

物心ついた時から、そう思っていた。

戦隊モノごっこをする時だって、紅一点のキャラクターなんかやりたくなかった。

「小さい頃はよく『爆竜戦隊アバレンジャー』ごっこをしてたんですが、私はアバレブルーの役がやりたかったんです」

「女の子のアバレイエローの役は絶対に嫌でした」

体育の着替えが辛い

しかし、親が買ってくれた女の子用の服を着ることに抵抗はなかった。

むしろかわいい服ならうれしかったくらいだ。

だから、やっぱり自分は女の子なんだと思おうとした。

「でも、体育の着替えの時は辛かったですね」

小学生も高学年になると、男女で分かれて別の教室で体操着に着替えることになる。

女の子と一緒に着替えるのが辛かったのだ。

「見られることにはそんなに抵抗がなかったんですが、逆に女の子たちが着替えているのを私が見てもいいのかって、申し訳ない気持ちになりました」

だからと言って男の子と一緒に着替えたいとは思わなかった。

「男の子のなかで着替えたとしても、私は性別が違うし・・・・・・。性別の違いを周りに意識されたくありませんでした」

「だから、どっちつかずな感じでしたね」

初恋は男の子だった。でも、女の子を好きになることもあった。

自分は何なんだろう。

その疑問にも、ふたをした。

02男の子になるための準備

再確認ののち、再度カミングアウト

封じ込めたはずの想いが再び溢れ出したのは、高校生の時。

制服がない学校だったので、いつも好きな服を着て通っていた。

入学当時はロングヘアにスカート姿。
男子テニス部のマネージャーに就任。

しかし、徐々に髪の毛は短くなり、パンツ姿で過ごすようになった。

「最初に髪を切ったのは、たぶん暑かったから(笑)」

「そうやって男の子みたいな格好になっていく私を『いいんじゃない』って言って、一緒にいてくれたのが部活の仲間たちでした」

スカート姿でいる自分よりも、パンツ姿でいる自分の方がしっくりくる。

「やっぱり私、こうだな」

改めて父親に話すことにした。

しかし怖かった。お風呂での一件が頭をチラつく。

意を決して、父親の部屋に向かった。

「パパ、私、男の子になりたいのかもしれない」

父親の反応は拍子抜けするくらいに軽かった。

「あ、そうだったんだね」

そこで、かつてお風呂で言われたことにショックを受け、親が望むならと女の子のままでいようと努力をしていたことも言った。

「ごめん、そんなこと言ったんだ・・・・・・」

父親は静かに話を聞いてくれた。

生きていてくれさえすれば

「でも父は、急にLGBTとか言われても分からなかったみたいで。一つひとつ説明しながら、自分が考えていることを伝えました」

今後どうしていきたいかと問われ、性別適合手術の話もした。

「驚いて『マジかぁー』って言ってましたけど、否定はしませんでした。成人したら好きにしてもいい、生きていてくれさえすればいいよって」

「今まで知らなくてごめんね」とも言ってくれた。

「ええ親やなぁって思いました(笑)」

母親にはカミングアウトらしいことはしていない。

「気づいてくれているとは思います。『男の子っていいな、なりたいなぁ』って、いつも言っていたし、徐々に変わっていく私を見てたんで」

男の子になりたい気持ちを伝えても、両親の態度はまったく変わらなかった。

「あ、でも。父に『思春期の揺らぎかもね』とは言われましたけど(笑)」

「そのあとは、親に言ったから先生にも言おう、友だちにも言おうって感じで。テニス部のみんなからは『いまさら!』って(笑)」

誰もが「あなたはあなたでしょ」と応えてくれた。

現在は、性同一性障害の治療のためジェンダークリニックに通っている。

「最終的には、やっぱり男性になりたい」

「仕事のことを考えると、治療の副作用とか手術をするタイミングとか難しい部分もありますが、カウンセリングだけでも進めておきたくて」

以前はふたをして、封じ込めておいた「男の子になりたい」という想いを、ようやく叶えるための準備をしているのだ。

03カテゴライズされたくない

LGBTという枠組みなしに

今回LGBTERへエントリーしたのは、自分のことを周りにちゃんと知ってもらいたいからだ。

「いずれはLGBTという枠組みなしに自分らしく生きることができるようになったらいいなと思い、応募しました」

本当は、セクシュアリティについてカテゴライズされるのは好きではない。

「男の子だけでなく女の子とも付き合えるならバイでしょ、とか。男の子になりたいならトランスだよね、とか」

「FTMなんでしょ、私もFTMの友だちがいるよって言われるのとかも・・・・・・」

「枠組みのなかに放り込まれるのが嫌で」

自分とは異なる考えや属性をもっている人に名前をつけて“何者であるか”をはっきりさせないと、不安になる気持ちも理解できる。

「でも、私は “FTXの人” ではなくて、一人の人間として扱ってほしいんです」

無理にカテゴライズしようとすると、本質からズレることもある。

そして、同じカテゴリーに属していたとしても、そのなかには一人として同じ人間なんていない。

しかし、相手をカテゴライズし、貼られたレッテルを鵜呑みにして、理解したつもりになっている人が意外に少なくないこともまた事実だ。

自分だけじゃないんだ

「セクシュアリティのことは、私にとっては大きな問題じゃないし特別なことじゃありません」

「質問されたら答えますが、わざわざこちらから言うことじゃないと思うんです」

「でも、さすがに初対面の時に『どっちなんですか?』って聞かれるとびっくりします。それ、他の人に言ったら怒られるで、って(苦笑)」

しかも、芸能界では比較的フランクに聞いてくる人が多い。

「きっと最初に確認しておきたいんでしょうね。なので、どっちと聞かれたら『女の子です』と答えています」

そんななか、2018年5月に初めて、東京レインボープライドに参加した。

それまで周りにはLGBT当事者はいなかったので、その時初めて “同じカテゴリーの人” に会うことができた。

「なんか、泣きそうになって。自分だけじゃないんだ、って安心したんです」

セクシュアリティについて聞かれたら答えられる自分は、比較的オープンに生きることができていると思う。

そして、ここにも胸を張ってオープンに生きている人たちがいる。

「きっと私と同じようなことで悩んだり、考え込んだりしている人もいるんだろうなって思って」

カテゴライズされるのは嫌だが、“同じカテゴリーの人” がいるおかげで、一人じゃないことを実感して安心することができた。

04暗闇で一点を力なく見つめて

SNSで悪口を書かれて

多感な頃に頭を悩ませていたものの一つは、学校での問題だった。

高校1年生の時、文化祭の代表に選ばれた。

クラスごとの企画の取りまとめをする役割だったが、開催直前に起こった問題の責任もすべて負わされることになった。

それから、クラスのなかで居場所がなくなった。

「クラスの女子グループが、SNSの非公開アカウントをつくって、そこで私の悪口を書きまくっていたらしくて」

ロングヘアにスカート姿で入学した頃、マネージャー勧誘のために運動部の先輩たちが次から次へと私へ声をかけた。

その様子は、嫌でもクラスメイトの女子生徒たちの目に付いただろう。

そんな風に目立つ存在だったことが、目の敵にされる原因だったのかもしれない。

「そのうちグループの一人が、私のことをかわいそうだと思ってくれたのか、わざわざ教えてくれたんです。『こう言ってたよ、腹たつよね』って」

「でも正直、それ聞かんでよかったのに・・・・・・って思いました(苦笑)」

自分が陰で悪く言われているだろうことは感じていたけれど、それをあえて確認したくはなかった。

選択していた美術科は、3年間ずっとクラス替えはない。

つまり、3年間ずっと居場所がないままだということだ。

学校も家も、しんどい

ただ、なんでも腹を割って話すことができる仲間がいた部活だけは安全地帯だった。

「親友と呼べる人もいました。一緒に遊んだり、ご飯を食べに行ったりするような友だちも」

それでも、学校に行くたびに気分はどんどん塞いでいった。

「追い詰められて、死にたくなる日もありました」

「学校は辛いし、家の中もいろいろゴタゴタしていたから辛いし。未成年のうちは家にいるしかないと思いながらも、結構しんどかったです」

「ある日、暗闇で一点を見つめてぼんやりとしている私を見て、母が病院に連れて行ってくれて・・・・・・」

「睡眠薬や精神安定剤を飲んで、なんとか生活してました」

どん底まで落ちていた頃、とにかく自分が自分でいられる居場所がほしかった。

どこかに自分の居場所はないかと探した。

そして見つけたのが、オーディション「ミスiD」だった。


<<<後編 2018/10/25/Thu>>>
INDEX

05 居場所を求めてミスiDに
06 オナベキャラをつくれ
07 女性も男性も演じられる俳優
08 アセクシュアルかノンセクシュアルか
09 このままいけるところまで

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