INTERVIEW
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夫が女性になることは嫌だった。でも、支えてあげたかった。【前編】

淑やかな空気を漂わせる北林寛子さん。そんなイメージとは裏腹に、語り口はさっぱりしていて痛快。人に左右されない芯の強さを感じさせてくれた。しかし、10代、20代の頃を振り返ると、他者に気を使い自分自身を演じていた過去が見えてきた。その殻を打ち破れたのは、MTFの夫が、交際10年目にようやくカミングアウトしてくれたから。

2019/04/07/Sun
Photo : Taku Katayama Text : Ryosuke Aritake
北林 寛子 / Kitabayashi Hiroko

1978年、兵庫県生まれ。中学生の頃、塾講師のひと言をきっかけに看護師を目指し、看護学校卒業後、病院に就職。27歳の頃、仕事を退職し、語学留学のために韓国へ。現地で出会った韓国人男性と意気投合し、後に結婚。夫婦でさまざまな国を渡り歩く生活を送る中で、夫がMTFであることを知り、現在はパートナーを応援中。

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INDEX
01 変わった子なりの処世術
02 追い求めた “平均的な生活”
03 きっと必然だった韓国での出会い
04 2人で動かし始めた歯車
==================(後編)========================
05 生活を揺るがす夫の告白
06 治療による代償と優先したもの
07 突き放せなかった大切な人
08 MTFの妻だから知った想い

01変わった子なりの処世術

兵庫生まれのひとりっ子

物心がついた時には、祖父母と母、そして自分の4人家族だった。

「寂しくはなかったです。大事に育てられたんだな、って思います」

母は朝から晩まで仕事に出て、祖母が面倒を見てくれた。

「祖母は家事も仕事も全部できて、キャリアウーマンみたいな人でしたね」

「その分、母が仕事に集中できる感じでした」

祖母や母から、口うるさくしつけられた記憶はない。

「私のすることに関しては、全部応援してくれましたね」

「たまに母とケンカすることがあると、祖母が仲裁してくれました」

「だからか、祖母の言うことだけは聞くっていう、勝手な子どもでしたよ(笑)」

おとなしい子・・・・・・?

周囲からは、よく「変わった子」と言われていた。

「自分では普通のつもりだし、普通でありたいと思いましたね」

「でも、母から『変わったことしないでちょうだい』って言われてました」

集団行動が苦手だったが、輪に入らないわけではない。

「小学生になると、女子のグループができるじゃないですか。その中に無理やり入れてもらってました」

グループの中の女の子が「男性アイドルが好き」と言えば、話を合わせた。

うまく世渡りしていこうと、一生懸命周りと同じことをした。

「その頃には、人と違うことをしたら、はぶられることがわかってましたね」

「でも内心では、一匹狼ってラクよね・・・・・・って、思ってたな」

友だちの話を聞いているだけだったため、周囲からは「おとなしい子」と思われていただろう。

「自分が中心になれないのが嫌だったから、わざと目立たずに黙ってたんでしょうね(苦笑)」

嫌がらせに屈しない精神

中学生になると、同級生の男の子から嫌がらせを受けるようになる。

「授業中に消しゴムを投げられたり、机をグチャグチャにされたりしましたね」

「クラスメートはその子のことを恐れていたのか、止めずに傍観してるだけでした」

嫌がらせをされた理由はわからない。

しかし、屈してはいけないと思った。

「嫌がらせをされたら、その子をにらんで、『やめて』って言ったこともありました」

「そこで私が抵抗していなかったら、いじめになってたと思います」

中学の途中で、その男の子はなぜか学校に来なくなった。

「嫌がらせもなくなったし、周りの子たちの接し方も普通になりましたね」

02追い求めた “平均的な生活”

女の子らしい女の子

オシャレには、てんで興味がない子どもだった。

しかし、中学で出会い、同じ高校に進んだ女友だちの影響で、考えが変わっていく。

「その子はかわいくて、男子にモテたんです。彼女みたいになれたら、って思いましたね」

高校生になると、髪の毛に気を使うようになった。
彼女と一緒に、男子ソフトテニス部のマネージャーを務めた。

恋愛も何度か経験したが、長くは続かなかった。

「唯一、高校3年の終わりぐらいにつき合い始めた人とは、5年ぐらい続きました」

女友だちの前と同じように、彼の前でもおとなしい女の子キャラを演じた。

「本当の自分じゃないみたいでしたけど、 “平均的” になりたかったんだと思います」

現実的な目標

高校卒業後は、看護助手のアルバイトをしながら、午後は准看護学校に通った。

准看護学校を卒業した後、看護学校に進学し、看護師の資格を取得。

「中学生の頃、塾の先生に『看護師資格を持ってたら便利よ』って言われて、目指したんです(笑)」

「大人になってからワーキングホリデーで海外に行って、帰国した時に再就職できたので、確かに便利です(笑)」

「でも、看護助手のバイトを始めた時点で、選択肢を間違えたって思いましたね」

「私って鈍感だし、人の面倒を見るのも苦手だから、向いてないんじゃないかなって(苦笑)」

病院で働き始めてから、当時の師長に「あなた、向いてないわよ」と言われる。

仕事は苦痛で、寝る前に必ず「明日起きれなかったら辞めてやる」と、心に決めていた。

「でも毎朝起きれちゃうし、友だちには『あと1年頑張りなさい』って言われて、結局4年働きました」

彼とは、社会人1年目で別れた。

「私の年代は就職氷河期で、彼は就職できなかったんです」

「私は働き始めていたし、彼も負い目を感じてしまったのかもしれません。関係はフェードアウトしました」

外国語への関心

実は、高校で進路を考えた時、看護師とは別に英語を学ぶ道も視野に入れた。

「でも、看護師の勉強をしながら英語を学ぶのは、ハードルが高かったです」

語学は断念し、看護師に絞ったが、社会人になっても英語への熱は冷めていなかった。

インターネット上の英会話教室を受講し始めると、生徒同士でのコミュニケーションも活発化した。

「その中に、ワーホリで日本に来ている韓国人の人がいました」

「その人は日本語もしゃべれて、『韓国語と日本語は語順が一緒なんだよ』とか教えてくれたんです」

「そこから、韓国語に興味を持ち始めましたね」

2005年、27歳の時に仕事を辞め、韓国への留学を決意する。

03きっと必然だった韓国での出会い

言葉が通じない授業

韓国には、1年間の予定で留学した。

「ほとんど韓国語がしゃべれない状態で、行ったんです」

「現地の語学学校の先生は一生懸命教えてくれるんですけど、わかんないんですよ」

先生は、英語は堪能だったが、日本語がつたなかった。

そのため、英語がしゃべれる日本人留学生に、先生の話を訳してもらうしかなかった。

「結構厳しい環境だったので、もっと勉強しておけば良かったなって・・・・・・」

授業だけでは韓国語をマスターできないと考え、SNSで韓国語を教えてくれる人を募る。

「掲示板に『日本語ができて、韓国語を教えてくれる方』って書きこんだんです」

「返信は『あなたと友だちになりたいです』って、出会い目的ばっかりでした(笑)」

その中で1人だけ、「勉強会をやっています」と、丁寧な文章で返してくれた人がいた。

真面目な勉強相手

連絡をくれた勉強会の主催者は好印象だったため、さっそく返信した。

「もともとは韓国人だけで日本語の勉強をしていたみたいですけど、『日本人ともしゃべってみたかった』って言ってました」

「最初は、同じ留学生の日本人3人と、韓国人3人で会ったんです」

待ち合わせの店に行くと、メガネをかけ、パソコンを持った韓国人男性が待っていた。

「オタクっぽかった(笑)。この人なら恋愛に発展することはないから勉強に集中できそう、って思いましたね(笑)」

しかし、6人での勉強会は、あまりうまくいかなかった。

「その場にいた全員が、1対1でないとダメだ、って感じたと思います」

初めての勉強会が終わり、別れた後、主催者の男性から電話が。

「2人での勉強会のお誘いで、私も個人だったらいいかな、って受けました」

午前中は学校に通い、彼の仕事が終わるのを待って、夜は毎日のように2人で勉強した。

信頼できる瞳

「一緒にいると、彼がいい人だってことはわかりました。やさしかったですね」

彼に対して、恋愛感情を抱くことはないはずだった。

「私の髪が伸びてきて、美容室に行きたかったけど、韓国語でうまく伝えられなかったらって心配だったんです」

「だから、彼に『一緒に来てくれない?』って聞いたら、ついてきてくれました」

美容室に向かう日、いままでメガネ姿だった彼が、初めてメガネを外してきた。

「メガネを外すと私より目が大きくて、びっくりしました」

「その目を見て、この人は信用できる、って思ったんですよね」

その日から彼を見る目が変わり、男性として意識するようになっていった。

04 2人で動かし始めた歯車

恋人と一緒に帰国

彼を意識し始め、自然な流れで交際が始まる。

「彼は日本語を勉強していて、日本に来る計画も立てていたんです」

「だから、私の留学期間が終わるタイミングで、連れてきちゃいました(笑)」

彼と共に、大阪で暮らし始めた。

「その頃は、過去の恋愛と同じで、おとなしい女性であることを意識してました」

「家のことも頑張って、私がやってましたね」

「やっぱり向いてないな、とは思ってましたけど(苦笑)」

それでも2人の関係は良好につづき、結婚という選択に至る。

「この人なら大丈夫、みたいな安心感があったんですよね」

「彼は女遊びもギャンブルもしなかったし、タバコも吸わないし、お酒も飲まなかったから」

「綺麗事で『お金はなくてもいい』とか言ってたんですけど、実は条件が厳しかったな、って今は思いますね(笑)」

プロポーズされた時には、30歳を超えていた。

「私の母は、彼に『もらってくれて、ありがとう』って言ってました(笑)」

慣れない土地での生活

彼とつき合い始めてから、さまざまな国を旅した。

最初は英語習得のためにフィリピンに3カ月滞在し、その後すぐにオーストラリアで1年過ごした。

彼の母親ががんを患い、看病のために韓国で2年半を過ごし、2011年に日本に戻る。

「東日本大震災を経験して、2人の中で海外移住が現実的になったんです」

「候補の挙げた中から選んだ国が、ニュージーランドでした」

2013年にニュージーランドに引っ越し、現地での生活をスタートさせる。

「その頃、夫は英語と韓国語の翻訳の仕事を始めるぐらい、英語がしゃべれたんです」

「でも、私はそこまで英語が得意じゃなかったんですよね・・・・・・」

ニュージーランドで生活を営むには、自分の英語レベルでは限界があった。

彼が日常会話を教えてくれても、同じレベルに達することができない自分が不甲斐なかった。

「私はこのままここにはいられない、って夫と別れることを考えました」

2人の関係がギクシャクし始め、相手のすることすべてに嫌悪感を抱いた。

「夫は1人でニュージーランドにいた方がいいんじゃないかとか、私は日本に帰ってもいいんじゃないかとか、考えましたね」

2人を包む空気が最悪なものになった時、話し合う場を設けた。

「その時に、2人が出会った頃の話になったんです」

「ニュージーランドでの生活は辛かったけど、最初の頃を思い出したら、別れられなかった・・・・・・」

慣れないニュージーランドの地を離れ、再び2人で歩いていくことを決めた。


<<<後編 2019/04/07/Sun>>>
INDEX

05 生活を揺るがす夫の告白
06 治療による代償と優先したもの
07 突き放せなかった大切な人
08 MTFの妻だから知った想い

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