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いま18歳、来年から社会人。だれかの目標となる人になりたい【後編】

いま18歳、来年から社会人。だれかの目標となる人になりたい【前編】はこちら

2025/01/30/Thu
Photo : Taku Katayama Text : Hikari Katano
菅原 希鈴 / Kisuzu Sugawara

2006年、秋田県生まれ。幼少期から、男女分け隔てなく一緒に遊び、交流することを大切にしてきた。社会でLGBTの認知度が高まるにつれて、自分の性自認や性的指向に目が向くようになり、現在はFTM(トランスジェンダー男性)を自認している。高校ではレスリング部に所属し、全国大会に出場した。

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INDEX
01 リアル・サザエさん一家
02 原体験となった、東日本大震災
03 朝から鬼ごっこ
04 柔道部はバク転目当て
05 教科書に載っていたLGBT
==================(後編)========================
06 レスリングに転向
07 FTMにたどり着いたけれど
08 親へのカミングアウト
09 学ランで初登校
10 消防も、総合格闘技も

06レスリングに転向

期限付きのチャレンジ

中学で柔道に打ち込んでいる間、高校でレスリングをやらないか? とスカウトを受ける。

「柔道をまだやりたいなっていうおもいもあって、スカウトを受けるか、結構考えました」

でも、新しい競技に打ち込むことで別の道が開けるかもしれない。

それに、消防士という将来の夢を考えると、レスリングが適当と思える部分もあった。

「腕の力だけで縄を引いて登る練習がレスリングにあるんですけど、消防士でも似た訓練があるんですよ」

一つのことを継続することは、とても大切。だけれど、新しい経験を積むことで得られることもあるはず。

運動部が盛んな秋田市立の高校に推薦で進学する。

「高校の間の3年間だけ、って決めてレスリングを始めました」

目標達成

オリンピックで活躍する選手が多いことからレスリングの認知度は高いが、レスリング部のある高校はまだまだ少ない。

「秋田県内にレスリング部のある高校は、自分のところを含めて2つだけです」

女子の場合、秋田県内だけでは競技人口が少ないので、いきなり東北大会に出場することとなる。

「1年生のデビュー戦では、先輩の選手には負けたんですけど、同年代のなかでは1位になれたんです。それで、高3までに東北1位になることを目標にしました」

今年2024年6月に行われた東北大会では1位となり、目標を達成した。

「佐賀県で行われたインターハイでは、2回戦で逆転されて負けてしまいました。悔しいですけど、今度は消防士になる夢に向けて頑張ります」

07 FTMにたどり着いたけれど

自分はFTM?

「トランスジェンダー」という言葉は、LGBTについて学んだ中学生のときから知っていたが、自分がFTM(トランスジェンダー男性)だと自認するようになったのは高校生になってからだ。

「よく図書館に行って本を読むんですけど、LGBTについての本を読んだときにFTMって言葉を知りました。アライとか、LGBT以外の用語を知ったのもこのときですね」

高校生になって買ってもらったスマートフォンで「FTM」について検索し、当事者の記事などを読んだ。

「スカートが嫌だとか、自分を男として見てほしいっていう経験談が自分にも当てはまったんですけど・・・・・・」

最初は、自分をFTMだと認めたくない気持ちが強かった。

「自分はただのボーイッシュな人だ、って思いたかったんですよね」

当時は、いわゆるオネェタレントがもてはやされていたころ。

「世間にいじられて笑われるような存在にはなりたくない! って、思ってたんです」

「でも、FTMについて調べるうちに、人としての在り方の問題であって、ウケをねらう存在ではないんだな、って気づいたんです」

その人自身の捉え方によるものだ、と考え方が変わり、自分をFTMだと受け入れることができた。

さらりとカミングアウト

自分のセクシュアリティについて、すぐ人に話すことはしなかった。

「最初のうちは、自分のなかでまだ確信がもてなくて・・・・・・」

もともと、自分自身が見聞きしたことであれば自信をもって話せるが、噂話などを話すことがあまり好きではないたち。

「定まってないことを話したくなかったんです」

高校1年生の冬になるころ、気持ちにだんだんと変化があらわれる。

自分のなかで、FTMというセクシュアリティがしっくりする感覚を得られるようになった。

クラスメイトの女子数人と話しているときだった。

「女子ってよく恋バナをするじゃないですか」

いつもの会話のなかで、ある女子のことを「かわいい」と口にしたら、「女の子が好きなの?」と周りから質問された。

「そうだよ。言ってなかったっけ? って答えました(笑)」

初めてのカミングアウトは、クラスメイトから「そうなんだ、めっちゃいいじゃん!」と受け入れてもらい、大成功。

でも、性的指向についてはカミングアウトしたが、性自認のことはまだ言わなかった。

08親へのカミングアウト

彼女に会いに行きたい

両親に女の子が好きだと最初にカミングアウトしたのも、高1の冬だった。

「インスタで知り合った、2個上の人とお付き合いを始めたんです」

でも、まだオンラインでのやり取りだけで、実際に会ったことはなかった。

「相手が卒業式の日に会いに行こうと思って」

でも、彼女の卒業式の日、自分は通常通り学校の授業がある。

しかも、相手は離れた場所に住んでいて、会いに行くには交通費がかかる。お小遣い制ではないため、両親にお金をもらう必要がある。

「親に全部話したんです。すごくドキドキしました」

女の子が好きで、彼女がいること。
インスタグラムで知り合ってまだ直接会ったことはないが、卒業式に会いに行きたいこと。
学校を休みたいこと。
交通費が欲しいこと。

「親は、女の子が好きなこととか、彼女のことは受け入れてくれましたし、学校を休むことも問題ありませんでした」

ただ、インターネット上で知り合った人に子どもが一人で会いに行くことには反対した。

「どうしても会いに行きたい! って泣きながら説明しました」

両親は自分の気持ちを理解し、話し合いの結果、母が車で送ってくれることに。

「相手が変な人じゃないってのを、お母さんが確認したあとは、彼女と2人で遊びました」

ただ、このときも両親にFTMであることはカミングアウトしなかった。

「このときは彼女に会いに行くことが目標で、そのために女の子が好きなことは言いましたけど・・・・・・」

目標達成が最優先であることを考えれば、わざわざFTMであることをカミングアウトする必要性がなかった。

「FTMだって言い出す勇気も、まだなかったですね」

学ランが着たくて、再びカミングアウト

高校の制服は、ブレザーにかわいらしいチェックのスカート。

「入学前はかわいいなって思ったんですけど・・・・・・」

客観的に服を見てかわいいと思う気持ちと、自分が実際に着用して感じる気持ちは異なるもの。

「いざ自分が着なきゃいけないとなると、やっぱり嫌だなって」

高3になると、男子の制服である学ランを着たいと思うようになった。
そのためには、家族にふたたびカミングアウトする必要がある。

インスタグラムで知り合ったFTM当事者から、家族には手紙を家に置いて、自分が学校に行っている間に読んでもらった、と聞いて、自分もそうしようと思い立つ。

「高3の新学期にレスリングの全国大会があって、そのあとからは学ランで登校したかったので、その1週間前にお母さんにカミングアウトしました」

母に向けてしたためたルーズリーフ1枚両面の手紙を家に置いて、学校に向かった。

「なんて書いたかは覚えてないですね」

学校にいるうちに、手紙を読んだ母からLINEが届いた。

「『何も心配ないです、否定なんてしないから』ってメッセージをくれました。否定されるとは思ってなかったですけど、想像以上に温かい言葉をもらえました」

兄の学ランをおさがりとして着用することになり、続けて父や兄にもカミングアウトした。

「お父さんは、『そうなんだ。別にいいんじゃない?』って言ってくれました」

家族へカミングアウトしても否定されないと信じられた理由は、これまで築き上げた絆があったから。

09学ランで初登校

インスタグラムでオープンに

家族へのカミングアウトは無事終わったものの、いざ学ランで登校する現実が目前に迫ると、緊張を覚え始めた。

「友だちにFTMってことはカミングアウトしてなかったので、どう思われるんだろうって・・・・・・」

学ラン初登校が近づいてきたある日、インスタグラムのストーリーでクラスメイトに向けて「自分が3年生から急に学ランを着てきたら、みんなはどう思いますか?」と問いかけた。

「2年生から3年生の間はクラス替えがないので、2年生のときにクラスメイトだったみんなに向けて投稿しました」

すると、「別にいいんじゃない?」「明日から着てくればいいじゃん!」とポジティブな反応が返ってきた。

「ネガティブな反応は一つもなかったですね」

緊張の初登校

初登校の前日は緊張のあまり「明日、休もうかな」とさえ考えていたが、翌朝、友だちから応援メッセージが届いていた。

「今日から学ランでしょ? 楽しみやわ。きついんだったら一緒に合流してから学校に行こう、ってメッセージをくれたんです」

教室に足を踏み入れても、よそよそしい反応を見せる人はいなかった。

「めっちゃかっこいい! 写真撮ろう! って声をかけてくれて」

同学年のほかのクラスには「制服は変わっても、希鈴は変わらない」と先生が予め伝えてくれていた。

1年生には特にカミングアウトしていないが、授業を通して一緒に活動する際、率直に質問されたことがある。

「まだ声が全然低くないから、性別どっちですか? って聞かれたんです」

身体的な性別は女性だが、男性だと思っている、と答えると「そうなんですか! めっちゃかっこいいですね」と返してくれた。

今のところ、学ランを着ていて嫌なことを言われたことは一度もない。

学校の対応

男子生徒として学校で生活するようになってから、学校側の対応にも少々変化があった。

「トイレは、教員用の女性トイレを使ってます。多目的トイレを設ける学校も少しずつ増えてるみたいですけど、自分のところはまだですね」

体育で着替えるときには、以前から部室で一人で着替えており、その対応を継続している。

「体育の授業は、好きなほうで受けていいよって言われてます」

柔道のような、身体的な接触が強い競技のときは安全面を考慮し、女子の授業を受け、球技などの場合は男子の授業に混ざっている。

「男子とは、放課後にラーメンを食べに行ったりしてます」

学校の柔軟な対応のおかげもあり、小学校のときと変わらない、男女の垣根を超えた付き合いができている。

10消防も、総合格闘技も

父のアドバイス

2024年11月、秋田県の消防士採用試験に見事合格した。

「東京消防庁は例外ですけど、基本的に地方の消防庁は退職者で空いた枠を補充するかたちで募集をかけるので、年によっては倍率30倍、ってこともあるんです」

地元である秋田を受験したが、第一希望は東京消防庁だった。

「東京はやっぱり人口が多い分、出動回数も多い。秋田だとどうしても救急が多くて、消防は少ないんです。東京での仕事は大変だと思うけど、その分たくさん経験を積めるって思ったんです」

父はいつも自分の決断を尊重してくれるが、先のことも考えておくように、と言う。

「もし試験に全部落ちたらどうするのか? 東京での多忙な生活に耐えられなくなったら秋田に戻ってきていいけど、そのあとどうするのか? そういうことを考えておいたほうが後々楽だから、って採用試験の前に言われました」

一見するとシビアな問いかけ。でも、こうした両親のサポートがあったからこそ、自律した人間に成長できたのだと思う。

興味の幅は広まるばかり

消防士として就職する切符は手に入れたが、それ以外にもやりたいことがある。

「先々はスポーツインストラクターとして、ジムで働きたいなって思ってます」

レスリングは高校3年間のみと決めていたが、格闘技への関心も尽きていない。

「総合格闘技に興味があるんです。消防士って24時間シフトの分、休みが多いので、その間に個人でトレーニングを積みたいなと」

総合格闘技の試合・RIZINに出場したい。

「試合を見てると、自分でもいけそうだなって(笑)」

FTMとしての在り方は、自分が決める

将来、性別移行の治療を受けたり、戸籍の性別を変更したりすることも視野に入ってはいるが、すぐに動く予定はない。

「スポーツで身を立てたいと思うと、ホルモン療法がドーピング扱いになるので。治療によってやりたいことが狭まるくらいなら、やりたいことを優先させたいな、って」

治療を始めるまでは戸籍上の性別、すなわち女性として扱われることもある。でも、やりたいことのためならば、葛藤はない。

「SNSを見てると、性別移行治療を受けるFTMが本当のFTM、っていう風潮がありますけど、それは違うんじゃないか? って」

治療を受けることが「正しい」わけではないはず。

「自分みたいな人もいるってことを、世間に知ってもらいたいです」

受け入れてもらえるかどうかは別だ。でも、自分のような生き方を受け止めてもらえる世の中になれば、みんながもっと生きやすくなる。

そう信じている。

 

あとがき
送られた希鈴さんへのエール。それは、希鈴さんの元気はつらつを作っている。「彼女に会いに行きたい!」を応援してくれたお母さん。学ランでの登校日、一緒に学校へ行こうとメッセージをくれた友だち。楽しい思い出はこれからもっと輝くし、できなかったことは全部のびしろだ■受験生のみんなへ。勉強なんかやめてしまいたい、そう考えたことは一度や二度ではなかったかな。今日までよく努力したね。あとは自信をもって挑むだけ。大丈夫、がんばれ!(編集部)

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