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性差、調和、コンプレックスをぶっ飛ばしてくれたロンドン【後編】

性差、調和、コンプレックスをぶっ飛ばしてくれたロンドン【前編】はこちら

2019/03/17/Sun
Photo : Rina Kawabata Text : Shintaro Makino
吉田 樹 / Itsuki Yoshida

1992年、東京都生まれ。芸術を愛する家族に恵まれ、お絵描きとピアノが大好きな子どもとして育つ。中・高生ではオーケストラでホルンを担当。舞台美術に興味を持ち、武蔵野美術大学に入学。卒業後、さらに知見を深めるために留学したロンドンで自分らしく生きる術を修得した。自らのセクシュアリティに疑問を持っていたが、現在はパンセクシュアルを自認している。

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INDEX
01 絵とピアノの幼少時代
02 友だちはみんな男の子
03 いじめにあった暗黒の中・高6年間
04 女子を装う虚構の自分と復讐
05 アセクシュアル? それともバイセクシュアル?
==================(後編)========================
06 パートナーに支えられてロンドンへ留学
07 LGBTに対しても偏見のない世界
08 女性として愛される喜びを知る
09 開き直って語り始める
10 パンセクシュアルだとおもう

06パートナーに支えられてロンドンへ留学

お互いに助け合えたらいいね

大学4年のとき、がっちりと波長が合う同世代の男性が現れた。

「会話していくうちに、共通点がたくさんみつかって、お互いのことを分かり合える大切な人になりました」

「彼には、自分がアセクシュアルかもしれないと、思い切ってカミングアウトしたんです」

彼は、すんなりと受け入れてくれた。

お互いに助け合えたらいいね、と自然にパートナーの関係になる。

カミングアウトの後には、2人で海外旅行もした。

友だち以上で、家族みたいな存在。まさに唯一無二のパートナーだった。

「お互いに相手の幸せを願うことができました。彼が将来、いい相手を見つけてくれればいいと心から願っていました」

ロンドンの大学院を目指す

大学卒業後、舞台の本場でさらに勉強を続けたいと思った。

「ニューヨークかロンドンに目標を定めて、在学中に1週間ずつ現地を下見に行きました」

「ロンドンはニューヨークに比べて歴史もあるし、マルチに勉強ができるという印象を持ちました」

ロンドンにある「ユニバーシティ・アート・ロンドン」の大学院を目指し、英語の勉強と資金集めのためのアルバイト生活が始まった。

そして、1年後、見事に合格。

「不安定な1年間を支えてくれたのも彼でした。本当に精神的な支えになってくれました」

07 LGBTに対しても偏見のない世界

カルチャーショックの連続

ロンドンに行くと、その懐の深さに圧倒された。

「芸術と生活がとても身近なんです」

「たとえば、街にある美術館はすべて無料です。小さい頃から芸術に触れて育つ環境ですよね。それが日本との大きな違いだと感じました」

学校での授業も、世の中に芸術を発信していこうという教育方針が明確に表れている。翻ってみると、日本の教育は社会とマッチしていない。

「芸術的感性を持っている芸術家を作るだけなんですよね」

「習ったことと社会のギャップが大きくて、お金にならないために、別の道に進む卒業生がたくさんいました」

ロンドンに移ったことで勉強への意欲が沸いた。
建設的な議論ができる友だちがたくさんできた。

「実は、アジア人として差別されるんじゃないかと、最初はかなり身構えていました。でも、実際には、そんなことは一度もありませんでした」

誰と話しても、「アジア人だから、女だから」という差別の目で見られることは一切ない。

「あなた、女なんでしょ」「女ならこうしなさい」。

ずっとそう言われて自信を失っていた23年間とは大きな違いだった。

素敵なゲイのカップル

LGBTに関しても、考え方が一変した。

「同級生に37歳のゲイがいるんです。その人には旦那さんがいて、養子縁組でもうけた息子もいます」

「素敵なファミリーで、とにかく幸せそうなんですよ」

ゲイのカップルが何の心配もなく、楽しそうに暮らしている。もちろん、コソコソ隠したりなどしていない。

その姿に衝撃を受けた。

「女性同士で手を繋いで歩いている光景もよく見かけます。肩身が狭いという感覚は、まったくありませんね」

LGBTのパレードにも参加した。その規模の大きさ、多様さにも圧倒された。

「イギリスではメイクも髪型も、みんな自分の好きにしています。『こうあるべきだ』『・・・・・・らしく』という定義はまったくありません」

人間の価値は、見た目より内容だ。

「こういうルックスがモテる」などという話は聞いたことがない。

「ハデなドレスで闊歩するお婆さんが歩いていても、変な目で見る人もいないんですよ」

「そういう社会にどっぷりと浸かって、私は私、とようやく割り切れるようになりました」

良くも悪くも、日本は調和的社会。
変わった意見をいうよりは、調和の中で評価されたいという意識がある。

それを海外に出てみて実感した。

「ロンドンに来て、すべての枠組みを吹っ飛ばした感じですね。これからもこうして生きていきたいと思います」

08女性として愛される喜びを知る

パートナーからかけがえのない友人へ

イギリスに渡ってから、LGBTが特別ではないことを知った。

「新しい出会いとか価値観を吸い込むうちに、前に進む勇気も生まれました」

しかし、同時にパートナーとの関係は少しずつ変わっていった。

女性として生きていく自信がついて、彼のことを前とは別の角度でとらえるようになったのだ。

「ロンドンに行ってからも、連絡を取っていましたし、遊びに来てくれたり、精神的に支えてもらってました」

「でも、いつからか、彼には我慢してもらったり、合わせてもらったりしていたな、って思えてきて・・・・・・」

「話し合うと、彼もまた同じように考えてました」

お互い幸せになるために、友だちに戻ることを決めた。

アセクシュアルであると思っていた頃に支えてくれた彼。

「今でも、彼とは性別を超えた絆でつながってます」

初めての日本人、初めてのウクライナ人

ロンドンでの生活には出会いも多い。

「パブで開かれる自由参加型のパーティーによく顔を出しています。そういう場では、すぐに友だちができますね」

あれほど友だちができなくて苦労した中・高の6年間が嘘のようだ。

「ロンドンの人はリベラルでフレンドリーです。いろいろな国籍の人がいて楽しいですよ」

たくさんの出会い。何度か恋愛も経験した。

「今、ボーイフレンドがいます。32歳のウクライナ人の弁護士です」

彼にとって私は人生で初めて会った日本人。私にとって彼は初めて会ったウクライナ人。

「話は、文化のシェアから自然に始まりました」

ウクライナはロシアとの関係など、つらい環境におかれている。彼は新しい可能性を求めて母国を出て、ロンドンにやって来た。

「苦労をしている人と合うんですよ(笑)。自分が受けてきたつらい体験も話しました」

「その苦労があるから、今の君は魅力的なんだよ」彼はそう言ってくれた。

「普通のカップルみたいにいちゃいちゃしているよりは、ディスカッションに時間をかけていますね」

「本当に彼を信用しています。彼と一緒にいると、女性として自信をもっていられます」

09パンセクシュアルだとおもう

すべての人に分かってもらうのは無理

自分のことにしても、創作にしても、ポジティブな意味で諦めがある。

「すべての人に分かってもらうのは、不可能だと割り切っています。分かってもらえる人にだけ見てもらえれば、それで満足です」

いくら一生懸命に制作しても、理解してくれる人としてくれない人がいる。

「ある程度は否定されても仕方がないと考えると、また楽になります」

それは決してネガティブな意味ではない。
逆にいえば、自信を持って伝えれば、分かってくれる人もいる、ということだ。

「美大に入るまでは、ただ、自分の好きなことさえ表現できればいいと、勝手に思っていました」

「でも、グループワークを経験して、人とコミュニケーションを取る大切を学びました」

発表する媒体も、見てくれる人がいなければ意味がない。

「それがアーティストよりデザイナーを選んだ理由です。これからもコミュニケーションを主軸とした芸術活動をしていきたいですね」

今はパンセクシュアル

今はつき合っている男性がいて、女性として愛されている。

「でも、女性を好きになる未来もあったかもしれない、って感じています。だから、自分はパンシェクシュアルです」

少し前まで、「女性」として扱われることが嫌だった。

「それは、女性としての自分のバリューに自信がなかったからでしょうね」

「女性としての私は価値が低い。だから、自分は自分としてみられたい、とずっと思っていました」

ゆるい意味での「女性」ならいいけれど、間口の狭い日本的な女性観の中に、存在価値を見出せない。

「たとえば、二十代になると結婚が話題になりますよね。会社でセクハラの言葉を受けて傷ついた友人もいます」

「結婚なんか無理だ」「お前は処女だろう」など、信じられない言葉を投げつけられたという。

日本は調和の社会だ。セクハラの背景には、周囲と足並みをそろえなければ弾かれてしまう現実がある。

「海外に出てもうひとつ気がついたのは、日本人の若い人は、自分のやりたいことを見つけるのが遅いということです」

個人の力をつけてこそ、幸せになれるはずだ。

「何がしたいか分からない〜、ではダメだと思うんですよね(笑)」

どんなものでも、打ち込める仕事が見つかれば、調和社会から抜け出す自信が持てる。

「いつか日本も、周囲を気にしなくていい社会になるといいですね」

10開き直って語り始める

正規採用を目指して就活中

大学院は1年で卒業した。ロンドンを離れたくないし、勉強ももっとしたい。

「ワーキングビザでロンドンに残りました。仕事を探すのは、そう簡単ではありません。レストランで働いた時期もありました」

「4月から一番やりたい舞台の仕事も入って、6カ月間、携わりました」

今は翻訳の仕事を見つけ、定期的な収入を得ている。

「そのほか、ツアーガイドや通訳もしています」

「でも、あと1年の間にどこかの正社員にならないと、ビザが切れてしまうんです」

「ある程度、職種は妥協しても何とか就職したいですね」

年末年始は、里帰りした。

「イギリスの生活は大好きですけど、食事はイマイチです。やっぱり食べ物は日本が一番ですね」

今はポジティブに振り返ることができる

ロンドンでの生活を経験し、ガチガチに固まっていた心のしこりもほぐれていった。

「自分のことを知ってもらうために、暗黒の6年間を知ってもらうことも大切、と開き直って考えられるようになりました」

それまでは隠そう、消し去ろうとしていた自分の過去を積極的に人に話すようにしている。

「語ることで、より私を分かってもらえると思っています」

「あのつらい期間があったから、こんなに考えることができる人間になった、と感謝するようにさえなりました」

考え方を変えると気持ちが楽になった。
その経験を悩んでいる人に教えてあげたい。

「セクシュアリティのことを隠したい、という人の気持ちは分かります。でも、隠し続けても何も生まれないですよね」

悩んでいる人へのアドバイスが、もうひとつある。

「大切なのは、毒抜きです。こもっていてはダメです」

「私には母と絵がありました。それがストレス解消になって、生き続けることができました」

親にカミングアウトできない人が多いことも知っている。

「親にいえないんだったら、この人だったら大丈夫、という信頼できる人を探すことです」

誰かにカミングアウトするだけで、溜まっていた毒ガスがすっと抜けていくはずだ。

「あとは夢中になれる何か。私の場合は絵でしたけど、それを見つけてほしいと思います」

あとがき
繊細さと大胆さ。吉田樹さんはカッコよかった。怒りも悲しみも健全な復讐も、全部を詰め込んだ過去から現在の話し。静かな気持ちで聴けたのは、自分が感じる不幸を相手に運ばないと、誓っているように思えたから■地球の裏側にいる人とも、すぐにつながれる現代。いいね! の数が自分の評価? 孤独=存在価値も低い?? 協調・対立、個人・社会・・・対極にあるものは丸めて、世の中の枠組みもぶっ飛ばして、リアルな世界に樹さんは立っている。(編集部)

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