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性差、調和、コンプレックスをぶっ飛ばしてくれたロンドン【前編】

小さい頃から、男女の区別なく波長が合う子と遊んできた。ところが、中学に進学すると、がっちりと構築された女の子コミュニティに直面。その堅牢な壁に弾き出され、「暗黒の6年間」を過ごす。そのつらい時期を支えてくれたのは、母と絵と音楽だった。ロンドンへの留学で凝り固まったコンプレックスを打破。信頼できるボーイフレンドを得て、自分らしさに自信を持って生きている。

2019/03/15/Fri
Photo : Rina Kawabata Text : Shintaro Makino
吉田 樹 / Itsuki Yoshida

1992年、東京都生まれ。芸術を愛する家族に恵まれ、お絵描きとピアノが大好きな子どもとして育つ。中・高生ではオーケストラでホルンを担当。舞台美術に興味を持ち、武蔵野美術大学に入学。卒業後、さらに知見を深めるために留学したロンドンで自分らしく生きる術を修得した。自らのセクシュアリティに疑問を持っていたが、現在はパンセクシュアルを自認している。

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INDEX
01 絵とピアノの幼少時代
02 友だちはみんな男の子
03 いじめにあった暗黒の中・高6年間
04 女子を装う虚構の自分と復讐
05 アセクシュアル? それともバイセクシュアル?
==================(後編)========================
06 パートナーに支えられてロンドンへ留学
07 LGBTに対しても偏見のない世界
08 女性として愛される喜びを知る
09 開き直って語り始める
10 パンセクシュアルだとおもう

01絵とピアノの幼少時代

楽しかった福岡での生活

1992年、川崎市で誕生。父親が国家公務員だった関係で転勤が多く、町田、福岡と幼い頃は、何度かの引っ越しを経験した。

「東京から来たといっても仲間はずれにされることもなく、寂しかったことはまったくありませんでした」

小学校1年生から3年生まで過ごした福岡は、肌が合った。人柄が温かく、自然も多く、楽しかった思い出ばかりだ。

「遊ぶ相手は男の子ばかりでしたね。虫取りも好きでした。近くの川でオタマジャクシを取ってきて育てたり。亀の卵を孵したこともあります」

福岡の生活にどっぷりと浸かったため、東京に戻ってもしばらくは博多弁が抜けなかった。

「今でも、『分からン。なんも分からン』とか、たまに出ることがあります(笑)」

小学4年生で町田に戻ったときに、なかなか友だちの中に入れてもらえなかった。それが初めて体験した疎外感だった。

「それが幼心にショックでしたね。東京の人のほうが冷たいなって思いました」

絵を描くのが好きな女の子

とにかく絵を描くことが大好きだ。

「幼稚園から今まで、ノンストップで絵を描いてきました。ものを作ることが、とても好きなんです」

叔父が動物の彫刻家で、叔母さんはデザイナー。母はピアノの先生をしていた。まさに芸術家の家系だ。

「私が芸術学部に進学するといったとき、みんな喜んでくれました」

一番好きだったのは絵を描くことだったが、習い事に選んだのはピアノだった。

「絵は人に教えてもらわなくても、描けると思っていたんでしょうね」

ピアノの先生は母ではなく、湘南に住むおばあちゃんだった。おばあちゃんは若い頃、声楽家だったという経歴を持つ。

「母に習うと、喧嘩になって泣いてしまうんです。3歳から18歳まで湘南に通って、習っていました」

もうひとつの習い事がバレエだった。ところが、これはまったく性に合わなかった。

「体が硬くてうまく踊れないうえに、女の子のコミュニティに圧倒されて、やる気を失くしてしまったんです」

「バレエを習っている子のお母さんたち雰囲気も苦手でした(苦笑)」

「人魚姫」で役をもらったが、ドライアイスが出る瓶の小道具に気を取られて、出番をすっ飛ばしてしまった。

「その頃から自分で踊るよりも、舞台の演出に興味があったみたいです」

「結局、中学受験をきっかけにバレエは止めました」

02友だちはみんな男の子

セーラームーンよりゲゲゲの鬼太郎

音楽系の習い事をしながらも、遊ぶ相手は相変わらず男の子が多かった。

「男の子がいいというよりも、男女の区別がなかったんです。気が合う子と遊んでいると、いつのまにか周りは男の子ばかりだったという感じです」

男の子たちとの共通の趣味は、ゲーム、アニメ、漫画。ゲゲゲの鬼太郎やウルトラマンに夢中になった。

「セーラームーンは、まったくダメでした。あの変身シーンがまるで受け入れられなかったんです(笑)」

服装にはまったく頓着しないほうだった。
女の子らしいフリフリを着たいと思ったこともない。

「母から与えられるものを着ていました。ただ、ロゴが入っているものはなぜか嫌いで、主に無地の服を着ていましたね」

ピアノやバレエで舞台に立つ機会が多かったが、実はすごくシャイだった。

「無口で恥ずかしがり屋の性格でした。だから、バレエが苦手だったのかもしれません」

「ピアノは楽器という媒体を介して音が出ますけど、バレエは自分の体で表現をしなくてはいけないでしょ?」

大人になってからおしゃべりになった。

「今は、よく喋ります(笑)」

彼氏彼女になりかけたが・・・・・・

初めて好きになった男の子は、小学校3年の同級生。

「ドラえもんの、できすぎ君みたいな子でした(笑)。頭がいいおぼっちゃん。生き物が好きで、特別な人と思っていました」

「東京に転校するときに、みんなと一緒に空港に見送りにきてくれました。空港では我慢していたんですけど、飛行機の中で寂しくなって泣いてしまいました」

「あのときの切なさは忘れられませんね」

2人目に好きになったのは、絵が好きな男の子。小学6年生のときだった。

「2人でずっと絵を描いていました。どういうふうに描いたらうまくいくか、一緒に研究していました」

「交互に漫画を描いて、ストーリーを作ってみたり。楽しかったですね」

その男の子とは、中1のときに彼氏彼女になりかけた。

「でも、『なんでこんなことしているんだろう』『面倒くさい』という気持ちになって、1カ月で元の友だち関係に戻りました」

「男女の関係なんて必要ない・・・・・・。特別な人だったんでしょうね」

友だちに戻った後も、ふたりでよく出かけた。

「親友みたいな関係でした」

03いじめにあった暗黒の中・高6年間

女の子のグループに入れない

小学生も高学年になると、ませた女の子たちがクラスでグループを作っていた。

「おしゃれや男の子のことを話題にして、交換日記をして誰かの悪口をいっているような子たちですよ」

そんなグループには、どうしても入ることができなかった。

「卒業式の前に、私の家でお別れ会を企画したんです。ところが、女の子たちはみんなキャンセル。来たのは、男の子ばかり15人!」

「最初は、特に気にも留めず、だったら男の子を誘おうと思うくらいだったんですけどね」

でも、中学に入ってから気づいた。

「そうか、私は彼女たちから弾かれていたんだ」

苦手な女の子グループの巣窟に飛び込む運命が待っていた。

「オーケストラ部に入りたくて、私立の中学校を選んだんです。他の学校だと吹奏楽部しかなかったので」

入学して驚いた。

クラスで幅を利かせているのは、幼稚園、小学校からエスカレーター式に上がってきたお嬢様たち。

彼女たちが完璧なソサエティを形成していた。

「しばらくしても、まったく友だちができなかったですね」

「お母さんたちのやり合いも影響していて、どうにもこうにもなりませんでした。これはダメだ、うまくいかないなあ、という感じでした」

学校を辞めたい、と母に相談

暗黒期はさらに深刻化する。

「中2のときがどん底でした」

恋愛には興味がない。
ジャニーズも分からない。
スポーツもダメ。

彼女たちと共通の話題は何も見出せなかった。

すると、友だちができないばかりか、いじめに遭うようになる。

「容姿のことをバカにされたり、『やっていることが変!』と切り捨てられたり・・・・・・」

いつもひとりぼっちで、どうしたらいいか分からないので、教室の隅でいつも絵を描いていた。

「彼女たちにしてみれば、得体の知れない妙な生き物だったんでしょうね」

「ヒエラルキーの中で完全にのけ者になりました」

耐えきれなくなり、母に「学校を辞めたい。つらい」と相談した。

「母は、ここで逃げていいの? と、励ましてくれました」

姉妹のように信頼していた母の言葉で、頑張ってみようという気持ちになった。

オーケストラ部での活動が支えになった

「もともと気が強いほうなので、逃げてはダメだと思い直しました」

それまで、コソコソと描いていた絵を堂々と描くようになった。開き直って、絵も見せびらかすことも覚えた。

「ヘンなヤツから、面白いヤツに変わっていったんだと思います(笑)」

「仲間には入れないけど、いじめはなくなりました」

もうひとつの支えは、オーケストラでの活動だ。担当はホルンだった。

「本当は、チェロかトランペットがやりたかったんですけど、空きがなくて・・・・・・」

最初はがっかりしたが、演奏をしてみると、オーケストラではけっこう目立つ。

仲間と演奏をしていると、クラスでの嫌なことも忘れることができた。

「クラスでの私と部活の私は、まったく別人でしたね」

最初は50人だった部員が、卒業する頃には100人規模になった。
オーケストラ部の成長と歩みを共にする幸運に恵まれた。

04女子を装う虚構の自分と復讐

女の子の毛皮を被る

中学3年生に進級。

多少、状況が改善したとはいえ、生徒も先生もメンバーが変わらない中高一貫校だ。
まだまだ、先は長い。

「彼女たちが好むことを研究して、思い切って中に入ることにしたんです」

最初にしたことは、少女漫画を読むことだった。これも初めての体験だ。

「好きな芸能人も無理やり作りました。誰だったのか、もう覚えていませんけど(笑)」

「私、あの人がカッコいいと思うんだ」というと、「へえ、そうなんだ」と、とりあえず会話になる。

それで一歩前進だ。

女の子っぽい服を着て、流行の髪型に変えた。

「ものすごく頑張りました。高3までの4年間、ずっと努力をしました」

女性を装うことは、自分を否定すること。
次第に自分が本当は何を求めているのか、分からなくなった。

「ある意味、いじめられている以上に苦しかったですね。ずっと嘘をつきながら生活しているわけですから」

もがきながら生きる中で、助けになったのは音楽だった。
ピアノとホルンを一生懸命にやることで、つらい現実から逃避できた。

高3のときに、彼氏を作る。

オーケストラ部の年下の子で、バイオリンを担当していた。

「彼氏がいると、コミュニティの中でウケがいいんです」

「へえ、彼氏、できたの? すごい!」と、完全に認めてもらった。

「金メダルみたいなものです(笑)」

しかし、その彼が本当に好きだったわけではない。デートは1、2回だけ。悪いけど、飾りが欲しかっただけだった。

「全然、好きじゃなかったですね。卒業とともにお別れしました」

密やかな復讐

中1から高3まで続いた6年間の牢獄。

「母がいたからやっていけたと思います」

励まして、自分で考えさせて行動を促す。そのやり方が助けになった。

「卒業が近くなった高3の文化祭で、学校への復讐を企てました(苦笑)」

「仲が良かった美術の先生に頼み込んで、2メートルの大作を飾らせてもらいました」

大きなフレームの中に描かれたのは、たくさんの冷たい視線がひとりの怯える女子生徒に突き刺さる地獄絵だ。

「タイトルは私の名前でした。この学校では、こんなことが起こっているんだよ。それをダイレクトに表現したかったんです」

「先生は見た瞬間に、おうっ、と唸りましたね」

展示には多くの人が立ち止まって、迫力のあるメッセージに見入った。

「印象的なものを作って、相手に自発的に考えてほしかったんです」

「直接、なじっても仕方がないじゃないですか」

口で言い返すことはなかった。

05アセクシュアル? それともバイセクシュアル?

美大進学と同時に、自我が爆発

中学の頃から、美大に進学すると決めていた。

「高校2年生のときに劇団四季の舞台を見る機会があって、音楽と美術の両方ができるのは舞台だと分かったんです」

絵を描くのが得意でも、基礎を学んだことはない。

受験のときはデッサンなど苦労したが、なんとかクリア。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科に合格した。

それは、同時に暗黒の6年間が終わったことを意味した。
専攻は舞台演出を選んだ。

「何をしても許されると思ったら、すごいことになりました(笑)。あれは反動でしょうね」

洋服は原色×原色×原色。
指輪10個。
爪はハデハデ。
髪の色は緑から金髪へと、コロコロ変わった。

「中学入学時に失敗をしていたので、意識をして目立たせよう、個性を表現しようと
しました。最初から自分をヒットさせたい一心でした」

その変化に一番ビックリしたのは、当時、同居していたおじいちゃんだ。

奇抜で顔のようなデザインのリュックに「おい、リュックから舌ベロが出ているぞ。仕舞わなくていいのか〜?」。

しかし、次第に美大ではそれほど肩肘を張る必要がないことを学ぶ。

「美大に来るのは、個性があるからか、いじめられた経験のある子も少なくないんです
。無理をしなくても、友だちはできると分かりました」

1対1で自分の身の上話をすると、相手も自分の苦労を明かしてくれる。

こうして自分の居場所を次第に確保していった。

自分のセクシュアリティって何だ?

相変わらず恋愛に興味が沸かない自分が、「変かな?」と悩み始めたのは大学1年生のときだった。

「ばっちりと波長が合う男の子がいたんです。彼と毎日、つるんでいました」

彼には彼女がいた。

だから面倒なことを求められることもない。この関係が一番楽だと実感した。

「心を許せる友だちに相談すると、『それってアセクシュアルじゃない?』」と指摘されて、そうかもしれない、と思うようになりました」

「そうしているうちに、かわいいなと思う女の子が現れたんです」

その感情は淡い恋心のようだった。
自分が性的に興奮する相手は女の子? もしや、私はバイセクシュアル?

「その子には自分の気持ちを話すこともなく、何も起こりませんでした」

次に好きになったのも女の子だった。

「同じアトリエで寝泊まりをして制作活動をする仲間でした」

つき合うまでには至らなかったが、自分の気持ちを伝えることはできた。

「男の友だちと同じで、波長が通じ合う人でした。恋人というよりは、『合う人』だったのかな」

女としての魅力はゼロ以下

セクシュアリティに悩む背景には、女としての自信を喪失していたことがあった。

「高校の頃、毎日、ひどいことを言われるうちに、自分が醜いと思い込んでしまったんです。肯定してくれる人は誰もいませんでした」

「女としての魅力はゼロ以下、マイナスだ」

「自分に興味を持つ男の子など、この世にいない」と自分の中で凝り固まってしまった。その考えは大学に入っても抜けなかった。

「大学時代、男性と恋愛してみたこともありましたけど、あれ〜? バイセクシュアルでもないのか? っていう感じでした」

様々なことに違和感を感じて、混乱するばかり。

自分のセクシュアリティについて、ますます整理がつかなくなってしまった。


<<<後編 2019/03/17/Sun>>>
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06 パートナーに支えられてロンドンへ留学
07 LGBTに対しても偏見のない世界
08 女性として愛される喜びを知る
09 開き直って語り始める
10 パンセクシュアルだとおもう

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