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女性として生きてきた日常が、誰かに勇気を与えられたらいいな。【後編】

女性として生きてきた日常が、誰かに勇気を与えられたらいいな。【前編】はこちら

2021/04/28/Wed
Photo : Taku Katayama Text : Ryosuke Aritake
髙橋 大奈 / Daina Takahashi

1973年、北海道生まれ。幼い頃は女性アイドルに憧れ、人形遊びを好む男の子だった。小学生でいじめに遭うも、中高では友だちができ、趣味も増えていく。高校卒業後、就職し、24歳で上京。30歳の時に、男性パートナーとの将来を考え、性別適合手術を決意。その後、戸籍を変更し、パートナーと結婚。現在は、インスタグラマーとして活動中。

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INDEX
01 思いをしまいこむしかなかった幼少期
02 幼いいじめと1人ぼっちの時間
03 熱中できる「趣味」のチカラ
04 ようやく見つけた自分の居場所
05 社会に出て見えてきた理想像
==================(後編)========================
06 「男」として出会った恋人
07 トランスジェンダーとしての決心
08 家族に認めてもらうタイミング
09 いくつもの涙を超えて手に入れた今
10 私の夢は “人の役に立つ人生”

06 「男」として出会った恋人

ダンサーという仕事

クラブで出会った友だちの影響で、ダンスを始める。

「ヴォーギングダンスをしていた2人組と出会って、教えてもらって、その子たちと一緒にパフォーマンスするようになりました」

22歳でホテルの仕事を退職し、アルバイトをしながら、ダンサー業を続ける。

クラブで踊ることが主だったが、札幌を拠点に活動するビジュアル系バンドと出会う。

「一方的に『私たちがPVに出るから』って連絡したら、そのバンドが認めてくれたんです」

「ライブにもパフォーマーとして出演するようになって、バンドがメジャーデビューした後は、仕事をいただくたびに東京に行ってました」

バンドが紹介される音楽雑誌に、ちらりと写真が掲載されたことがある。

「両親はその雑誌を見て、『こんなに活躍するなら』って、活動を認めてくれました」

惹かれ合った2人

クラブでダンサーをしていた22歳の頃、ある男性と知り合う。

「私が主催側で出ていたイベントで、モデルの活動をしている男の人と出会ったんです」

「ステキな人だったし、『メンズノンノ』が好きだった私としては、モデルの男性って憧れだったんですよ」

「ただ、その時は既に彼氏がいたし、その男性にも彼女がいたから、特に発展しませんでした」

その出会いからしばらくして、2人は再会。その時には、互いに恋人と別れていた。

「意気投合して遊ぶようになって、彼がすごくアプローチしてくれたんですよ。約束してないのに、迎えに来てくれたり」

「後になって聞いた話だけど、彼は出会った時から私に興味が湧いたんですって」

彼から「一緒にいたい」と告げられ、自然な流れで交際が始める。

つき合ってすぐに、同棲生活がスタート。

「キスをしたり、手をつないだり、誰もが想像するような恋人関係でした」

「ただ、一緒に寝ても、何も起きないんです(苦笑)」

彼から触れてもらえないことに、ショックを覚える夜もあった。

「後々聞いたら、彼は『大奈に惹かれてたけど、いざ裸になると、自分と同じものがついてたから・・・・・・』って、言ってました」

「彼はもともと女性が好きなので、男である私に惹かれていることに、悩んだみたいです」

それでも彼は、恋人として一緒にいる道を選んでくれた。

新たな地での挑戦

24歳の頃、バンドの活動も活発化してきたため、東京に行くことを決意する。

「その時に、彼もいっしょに上京してくれたんです」

「彼はバイト感覚でモデル業をしていたので、東京に来てからは堅実に働いてくれました」

自分自身は、パフォーマー業を続けながら、アルバイトを掛け持ち。

「東京は厳しいですね(苦笑)。でも、バンドのツアーに参加するとギャラも良かったので、なんとかやっていけました」

バンドが解散する30歳まで、その生活は続いていった。

07トランスジェンダーとしての決心

“トランスジェンダー” という気づき

30歳を超えた頃、彼から思いがけない一言を告げられる。

「大奈との未来が見えない」

これからも一緒にいるのだろうと思っていた彼から、別れを切り出されたのだ。

「その時に、『男同士でどうやって生きていくか、悩んでるんだ』って、言われたんです」

職場の同僚が結婚し、子どもを育てる姿を見て、彼は思うところがあったのだろう。

男性のパートナーと生活をともにし、今後どのように未来を築いていくのだろう、と。

「だから、男同士のカップルはどうしたら一緒にいられるのか、調べたんです」

その過程で、トランスジェンダーや性別適合手術(SRS)の存在を知る。

「昔から『女っぽい』って言われてきたし、バービー人形が好きだったし、自分はゲイじゃなくてトランスジェンダーだったのかも、って感じました」

「トランスジェンダーの方の体験談なども読んで、ニューハーフの方の見方も変わりました」

「私が見ていたのは一部だけで、実際は悩みを抱えながら、自分で道を選んできた方々だったんだって知りましたね」

そして、彼に告げた。

「僕が女になる」

反対された性別移行

「最初、彼は『やめろ』って、言ってました」

SRSが成功するのか、世の中に認められるような女性になれるのか。

さまざまな問題や不安を理由に、「取り返しがつかなくなる」と、反対された。

「それでも、私は彼と別れたくなかったから、泣いてすがりました。私が全然諦めないから、彼も少しずつ受け入れて、見守ってくれるようになったんです」

日本で治療を開始し、タイでSRSを受けることを決める。

タイでの手術には、彼も連れ添ってくれた。

「一度やると決めてからは、トントン拍子で進んでいきましたね。治療を始めて、名前を変えて、豊胸して、SRSを受けて、戸籍変更まで」

“女性” になる努力

「性別移行している最中は、彼に否定されることもありましたよ(苦笑)」

外見に男性特有のたくましさが残っていたため、スカートをはいても女装に見えてしまう時期があった。

その間、彼から「スカートをはくなら、一緒に外出できない」と言われた。

「その言葉が悲しかったし、私自身も女性に見てもらえるか不安だったから、努力したんです」

「髪を伸ばして、メイクを工夫して、美容整形で目を大きくしました。まつエクすると、格段に女性らしくなることも知りましたね」

ヘアメイクの仕事をしている友だちに、アドバイスをもらいながら、美しさを追求する。

毎日のように、彼に「私、女の子に見える?」と、チェックした。

「ホルモン注射の影響で雰囲気も丸くなってくるし、努力の甲斐もあって、変わっていったんですよ」

「スカートをはいても違和感のない姿になって、彼も喜んでくれました」

「今は、会社の人がいるパーティーに私を連れていって、『キレイな奥さんだね』って言われるのがうれしいみたい(笑)」

08家族に認めてもらうタイミング

結婚の報告

手術を終え、戸籍変更も済み、あとは彼と結婚するだけ。

「そこまで来ても、彼は『親になんて言おう』って、抵抗したんですよ(苦笑)」

「私はすぐ結婚したかったから、彼がグズグズしてる間にストレスが溜まって、蕁麻疹が出るようになってしまって」

恋人の体調を心配した彼は、「親に報告する」と、約束してくれた。

彼はかつて母を病気で亡くしていたため、報告したのは父と現在の妻、そして姉。

「その時に、結婚することも私がトランスジェンダーであることも、全部話しました」

「彼のお父さんは『自分も好きなように生きてるし、何も言えないから』って、承諾してくれたんです」

「彼のお姉さんも、『受け入れるよ』って、言ってくれました」

つながらない電話

自分の家族には、治療を始める前に一度電話をした。

「30歳の時かな。『彼と一緒にいたいから、女になることにした』って、電話で伝えたんです」

「その時に、母から『何バカなこと言ってるの、やめなさい!』って、言われました」

何度も何度も電話をかけ、説得を試みたが、両親の態度は変わらない。

時に、「お母さんがこんな風に育てたんでしょ」「私の育て方が悪かったって言うのかい」と、ケンカのようになってしまうことも。

いつしか、両親も妹も、電話に出てくれなくなってしまう。

「最後に父が出てくれた時に、『好きなように生きていけ。その代わり、帰ってくるな』って、言われました」

「・・・・・・家族に見捨てられた、と思いましたね」

その電話以降、家族とは音信不通。彼から何度も「連絡した方がいい」と言われたが、自分から連絡することはできなかった。

十数年ぶりの再会

2年前のある日、十数年ぶりに母から電話がかかってくる。

「父が事故に遭って、危篤状態なんだ、という連絡でした」

父が亡くなる瞬間に立ち会うことはできなかったが、彼と2人で急いで地元に帰った。

「初めて女性の姿で会った瞬間、母は泣き崩れました」

「その涙の理由はわからないけど、きっと母は彼女自身を責めていた時期があったと思います」

過去に自分が「お母さんがこんな風に育てたんでしょ」と、言ってしまったから。

「母が落ち着いてから、今の私が葬儀に出たら親戚が驚くから出ない、って家族で決めました」

「葬儀の場で、母が親戚から『息子は帰ってこないのか?』って、聞かれたんですって」

ウソをつけなかった母は、「実は、女性になって帰ってきてる」と、話したという。

「親戚から呼ばれて、葬儀の場に向かいました」

「想像していた反応とは違って、親戚は割とすんなり受け入れてくれました」

「その場で、いとこの男性が『お前をバカにするやつがいたら、俺が守ってやる』って、言ってくれたんです」

「彼は私の父にすごくかわいがられていたので、もし父が生きていたら、彼と同じように言ってくれたのかな」

現在は、母と妹と連絡を取り合い、たまに実家にも帰っている。

「たまに母から、『ちゃんと夕飯作りなさいよ』『旦那さんの洗濯、ちゃんとしてるの』って、LINEが来ます(笑)」

「父には今の姿を見せられなかったけど、きっと父が家族を元に戻してくれたんだろうな、って思ってます」

09いくつもの涙を超えて手に入れた今

変えられるもの

「父が亡くなった年に、18年間飼っていたネコも亡くなって、その時期は精神的にどん底でした」

その姿を見た友だちが、「自分と向き合って、前向きになれるような学校があるよ」と、心理学の学校を勧めてくれた。

「そこで2年間、心理カウンセラーの資格を取る勉強をして、精神的に変化していきました」

「ネガティブでどんどん落ちてしまう性格だったんだけど、気の持ちようで世界は変わることを知ったんです」

心理学を通じて、変えられるものは “自分” と “未来” だけなのだと知る。

「それまでは過去を変えたかったし、自分をバカにする相手を変えようとしてたんですよね」

「でも、今は、私が人とどう接していくかが大事、って思えるようになりました」

「人にどう思われるかよりも、私がどう思うかが大切なんですよね」

考え方が変わったことで、精神的な負担が減り、前向きになれた。

女性としての生活

戸籍変更を終えてからは、女性として就職し、女性として生活してきた。

「夫もいるから、これまであえてカミングアウトはしてきませんでした」

「40歳手前くらいかな。もっと世に出たい、って欲が出てきたんです(笑)」

もともとダンサーをしていたこともあり、表舞台に立つことは好きだった。

「トランスジェンダーのミスコンに出ようかと思ったけど、年齢的に遅かったんです(笑)」

「だから、女性が出場するミセス向けのコンテストに出場しました。そこから輪が広がっていって、今の仕事につながるんです」

現在はインスタグラマーとして、日々の生活や美容情報を発信している。

「かつて男性だったことは明かさずに、コンテストに出たり生活を発信したりすることで、当事者の方に勇気を与えられるかな、って気持ちもありました」

それでも、隠したままでは届かない。打ち明けるタイミングが来た。

10私の夢は “人の役に立つ人生”

ようやくできたカミングアウト

「友だちや同僚にカミングアウトしたい、という気持ちは、前からあったんです」

「ただ、 “妻” という立場もあったので、ずっとしてきませんでした」

2020年、新型コロナウイルスの影響で自宅で過ごすことが多くなり、自分と向き合う時間が増えた。

ブラック・ライヴズ・マターが起こり、世界的にも人権を見直す動きが出てきている。

「その中でLGBTに関する声も上がっていて、私も何かに携わりたい、って気持ちが強くなったんです」

そのタイミングで、心理学のオンラインセミナーに参加。
一緒に学んできた100人の前で、思い切ってカミングアウトした。

「心理学を学んできた仲間たちは、みんな受け入れてくれたんです」

「そして、『大奈の生き方を発信することで、救われる人はいっぱいいると思うよ』って、背中を押してくれました」

「いままでは自分が良ければいい、って判断軸で生きてきたけど、人のために生きたい、と思うようになってきたんですよね」

10代の頃のように、着飾れば自分の価値が上がる、と思える時期は過ぎていた。

人の役に立ちたい。

自分が存在する価値を、そこに見出したくなった。

「彼は私がカミングアウトすることに躊躇してたので、周囲に伝える時期や今後の目標を、プレゼンしたんです」

「その話を聞いて、『大奈が人の役に立ちながら、2人の生活を維持できるなら』って、考え直してくれました」

そして、2020年末から2021年の春にかけて、身近な人にカミングアウトをしてきた。

「でもね、私が『トランスジェンダーなんだ』って話しても、ピンとこないみたい」

「『大奈さんって女が好きなの?』って、男になりたいんだと思われるんですよ(笑)」

「それって、私の性別移行が成功してることの証明だから、うれしいんですけどね」

「今のあなたでいいよ」

幼い頃のいじめは、ツラい思い出であると同時に、バネにもなっている。

「その経験があったから弱者の気持ちがわかるので、『ありがとう』って、伝えたいですね」

「そして、今まさに苦しんでいる人がいるなら、『今のあなたでいいよ』って、言いたいです」

「苦しい時って、自分自身を否定してしまうこともあるけど、否定し続けるのはツラいでしょ」

「きっとあなたは1人じゃないし、味方になってくれる人はいるから」

髙橋大奈には、ずっと隣で見守ってくれた夫がいるように。

「理解者を見つけて、その人に話を聞いてもらうことが、苦しみから抜け出す1つの方法だと思います」

「ツラいことがあるなら、1人で抱え込まずに、誰かに話してほしい」
「もし誰も見つからないなら、私に聞かせてほしいです」

「答えは探し求めなくてもいい。ただ、『ツラい』って言うだけでも、心は軽くなるから」

私の経験が、あなたの救いになることを願って――。

あとがき
輝くような笑顔、と言ったら “大げさな” という人がいるだろうか。大奈さんは[しあわせを感じるのが上手な人]。苦しいおもいを抱えるしかなかった日々は、変えようもないけど、これまでのあれやこれやも懐かしがれたらいいな■LGBTERで、はじめて大奈さんの軌跡を知った人が多かったかもしれない。「LGBTは知ってるけど、自分の周りにはいない」は、よく聞く発言。マイノリティが安心して打ち明けられない社会の話なんだ。92%側、マジョリティの問題とも言えるんだ。(編集部)

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