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MFTとして埋没生活を送ったいまだから思う、これからの自分の役割。【後編】

MFTとして埋没生活を送ったいまだから思う、これからの自分の役割。【前編】はこちら

2022/09/29/Thu
Photo : Taku Katayama Text : Kei Yoshida
吉田 朱里 / Akari Yoshida

1979年、山梨県生まれ。祖母、母、そして厳格な父のもとで、ひとりっ子として育つ。小学6年生の頃、第二次性徴期を迎えた体に違和感を覚え始め、大学中退後に性別適合手術を受け、改名、戸籍変更を果たす。その後は女性として一般企業に9年間勤務。現在は、医療機関に勤めながら、クリエイターとしてLINEスタンプやウェブサイトを制作している。

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INDEX
01 近所でも有名な “カミナリ親父”
02 テレビも漫画も禁止
03 テレビも漫画も禁止
04 歴史漫画と御朱印巡り
05 自分の体をどうにもできない
==================(後編)========================
06 「女性として生きたい」と父へカミングアウト
07 ようやく性別適合手術を
08 埋没して不自由なく生きている後ろめたさ
09 反対意見にも「そうだよね」
10 新しいことを経験して世界を広げたい

06 「女性として生きたい」と父へカミングアウト

カミングアウトの思いがけないきっかけ

大学に進んでからは、実家を離れて一人暮らしを始める。

自分の体との向き合い方、これからの生き方、将来の夢。
大学入学時は、さまざまなことが、はっきりとしないままだった。

「人付き合いに関しては積極的なタイプじゃないので、大学でも友だちをつくらず・・・・・・そのうち授業も受けなくなっちゃって」

「入学してすぐの勧誘の圧に気後れしちゃって、サークルにも入らず、大学に行って、ずっと図書館で本を読んでいる毎日でした」

そして3年生のとき、とうとう大学から父に単位不足の連絡がいく。

「父から電話があって『おまえ、単位が取れてないらしいじゃないか』と」

「どうしよう、やばい、ってなって、もういっそのことカミングアウトしちゃえって、半ば勢いで手紙を書いて、父に送ったんです」

「自分がMTFであるという気持ちは揺らがなかったし、いつかは言わなきゃいけないなとは思ってたんですけど、なかなか踏ん切りがつかなくて」

このタイミングだ、と思った。

「実は、父から電話がある数ヶ月前に、ニュースで最初の性別適合手術が行われたって知って、すでに埼玉医大で最初の診察を済ませていたんです」

「あぁ、ようやく手術できる、ってタイミングでした」

中学生のとき、雑誌で知ったニューハーフと性別適合手術の存在。
手術に向けて、やっと一歩踏み出せた気持ちだった。

両親それぞれの反応

「父には、『女性として生きたい』って手紙に書きました。そのために大学を辞めて、別の道に進みたい、って」

父からも手紙で返事が届いた。

「手紙には、『すごいショックでした』と書いてありました。でも『自分の人生だから、自分で決めることだし、それは尊重するから』とも言ってくれました」

「で、その手紙を母が読んだらしくて、すっ飛んできたんです(笑)」

「手紙読んだけど、どういうことなの?! って」

「一人暮らししていたアパートで母に問い詰められて。でも、なかなか自分の口で言えなくて。『まぁ・・・・・・そういうことで』とだけ」

「母は、すごいショックで、もう憔悴してるって感じでした」

「その日は、そのまま帰って行ったんですけど・・・・・・」

後日、我が子のカミングアウトを受け止めきれなくなった母は、叔母に状況を打ち明けたらしい。

「要はアウティングしちゃったわけなんですが・・・・・。そしたら叔母たちが『それは、あの子の人生なんだから、認めてあげなよ』『カミングアウトしてくれたってこと自体がすごいことじゃん』って言ったそうで」

「母も『そっか・・・・・・』ってなったらしくて、結構すんなりと、じゃ、応援するって言ってくれたんです」

実は、両親の反応は想定内だった。

「父は、厳しい人だけど、芸術家だし、カミングアウトしても意外にすぐOKしてくれるだろうと思ってて」

「逆に、あんまり怒ったりしない母のほうが、なにか言ってくるだろうなと思っていて。やっぱり来たなって感じでした(笑)」

ともあれ、女性として生きることを両親に伝えたことで、また一歩、前へ進むことができた。

07ようやく性別適合手術を

戸籍を変えて女性として就職

「最初に診察してから、性同一性障害の診断が出るのが遅くて、すんごい焦ったんですが、診断が出たときは、これでやっとホルモン治療を受けられる、体を変えられるって、ひと安心しました」

大学を中退したあとは、都内のアニメーションの専門学校に入学。
卒業してからは、手術費を貯めるためアルバイトを掛け持ちした。

「でもちょうどその頃、海外旅行で散財しちゃって・・・・・・」

「また貯金しないと、と思ってたところで、執刀医の先生から『書類も揃ったし、いつでも手術できるけど、どうする?』ときかれて、思わず『します!』って言っちゃったんです(笑)」

「言っちゃったものの・・・・・・お金が・・・・・・」

悩んだ結果、母に助けを請い、30歳で手術を受けることができた。
その後、男性から女性へと戸籍を変え、名前も変える。

「で、小さな商社に就職しました」

「MTFだってことは言ってなかったです。健康診断も義務ではなかったので、バレるようなこともなかったですね」

「とりあえずは、欲しいと思っていたものは全部手に入ったので、あとは暮らしていくだけでした」

「そしたら、なんだか満足しちゃって、メイクもしないし、新しい服も買わないし、“干物女子” みたいになってしまったんです(笑)」

性別よりも人間関係の悩みが

むしろ、手術前のほうが、洋服やメイクにこだわっていた。

「給料もらえて、生活できたら、なんでもいいや。生きているだけで十分だわぁ、って感じになっちゃって」

「正社員になれたし、収入も安定してるし・・・・・・。ってなると、性別の悩みよりも、人間関係の悩みのほうが大きくなったんです」

会社では、ネットショッピングサイトの運営を担当していたが、次第に、上司との軋轢という問題が生じてくる。

「9年勤めましたが、会社のやり方に納得いかなくて、辞めました」

そしてクリエイターとして独立。
それもまたひとつの生き方だった。

08埋没して不自由なく生きている後ろめたさ

10年間の埋没生活のあと、自分の幸せを誰かへ

「いま、不自由なく生きられていて、なにか独り占めしているような、後ろめたい感覚があるんです」

「会社を辞めたあとから、そんな風に感じることがあって」

「とりあえず “幸せ感” もあるし、満たされているんだけど・・・・・・。それをどこかで誰かに返したほうがいいのかなぁ、とか」

「返報性の原理(人から受けた好意などに対して、お返しをしたいと思う心理)っていうか。それが、これからの自分の役割なのかなって」

中学生のときから、ずっと願っていた性別移行。
それが叶えられ、ひとりの大人として、社会に溶け込み、“埋没生活”を10年ほど送ることができた。

これまで、家族以外にカミングアウトもしてこなかった。

「会社を辞めて、失うものもないし、誰にも迷惑をかけないし、こうしてLGBTERのインタビューを受けて、オープンにしてもいいかなって思ったんです」

自分の存在をオープンにすることで、LGBTに関する情報のバリエーションが増えて、公平性や客観性を維持できるのではないかと考えている。

公平性。情報発信には、これがとても大切。
特に、ネットでのLGBT関連の情報は、不公平さが目立つように思えた。

「LGBTの話題がニュースなどで取り上げられると、当事者の意見は紹介されて、メッセージ性が強いんですが、もちろん反対意見もあるわけで」

「反対意見が紹介されないままだと、そうした意見をもつ人たちは不公平だと感じてしまう・・・・・・。そうすると、もうLGBT当事者の意見は聞きたくないって気持ちになる人もいると思うんです」

「だから、当事者も、こちら側の意見を理解してほしいのであれば、反対意見も聞いて、理解しなきゃいけないのかなって」

性別に関する言葉の定義

しかし例えばSNSなどでは、意見交換が難しいことがある。

「たまに、お互いに暴言の応酬になってしまってるのも見かけますよね。それは、やっぱりやめたほうがいいとずっと思っています」

「そもそも、言葉の定義が人それぞれでバラバラなのも良くないかなと」

「女性という言葉も、体の性別を指すって人もいれば、ジェンダーを指すって人もいて。どっちが正しいんだって議論になる」

「じゃ、きっちり定義したほうがいいのかなとも思うんですが、定義なんて曖昧なままでいいんじゃないって人もいるし、定義しないと話し合いができないタイプの人もいて・・・・・・難しいですね」

「自分もそういうところがあるかもしれないんですが・・・・・・LGBT当事者は性別へのこだわりが強すぎるから、反対意見を聞かなくなる傾向があるように思います」

「もっと広く、周りを見て、意見を聞くってことも必要かも」

09反対意見にも「そうだよね」

SNSでの意見交換に勝ち負けはない

人は誰しも、心地いいと感じるときがあれば、心地悪いと感じるときもある。

しかし、そのとき感じた感情を、そのまま表現するだけではうまくいかないこともある。

「反対意見ばかり言われると、私も感情的には『イヤだなぁ』って思いますよ(笑)。でも、なるべく相手を否定せずに、『そうだよね』って返事をするようにしています」

「感情のまま、『イヤだ』って言っちゃうと喧嘩になっちゃうから」

「まずは、対話することが大切だと思うんです」

喧嘩になって、お互いに言葉で相手を攻撃していては、なにも生まれない。

「以前、トランス女性からSNSで議論を持ち掛けられたんです」

「その方は、SNS上のトランス女性への反対意見を自分への攻撃だと捉えて、一つひとつ反撃しているような人で」

「いろいろとやりとりするなかで、『反撃しないと、負けそうな気持ちになるから、反撃せずにはいられない』と言っていて。でも、意見の交換には、勝ち負けはないと思うんです・・・・・・」

ストレス解消にはデスメタル

とはいえ、どうしたって、怒りや悲しみなど、ネガティブな感情が溢れ出しそうになることはある。

「常に穏やかでいるっていうのは無理なので(笑)」

「そもそも、穏やかじゃない部分もあっていいと思うんですよ。私はどうしても感情が収まらないときは、激しめの音楽を聴きます(笑)。デスメタルとかブラックメタルとか」

「音楽聴いて、ウォーーーーッ! って発散するとスッキリします。なんか、悪いもんが体の外へ出てく感じ」

「20代の頃は、鎖をジャラジャラつけて、バンドTシャツを着てたんですよ。いまはもう大人になったので着ませんが(笑)」

そんな一面を隠すこともしない。

「あんまり女性らしくしようとも思ってないんです」

「そこにこだわって、周りと比べてグジグジしちゃうのもイヤなので、自分ならではのスタイルをつくっていく方向です」

「足るを知るというか、過ぎたるは及ばざるが如しというか、ほどほどを心がけ
ていけたらなって思います」

「できたらラッキー、ってことにしていると、できなかったから不幸、ってことにはならないで済むから(笑)」

「いまがベストなんだよって思いたくて」

「やりたいことは、いつかやれたらいい。でも、いまは、いまでいいんだよ、いまも悪くないよ、って思うようにしてます」

10新しいことを経験して、世界を広げたい

楽しいからチャレンジする

“いまがベスト” は、現状維持という意味ではない。

チャレンジすることは楽しい。
大切なのは「楽しいからやる」ということだ。

「必要だからやらなくちゃ、ではなくて、楽しいからやる。いろんなことを遊びみたいな感覚でチャレンジしたいんです」

「いままでやったことのない、新しいことを経験すると、気分も変わりますしね」

LGBTERのインタビューを受けることで、家族以外にカミングアウトするのも、新しいことへのチャレンジのひとつ。

固定化された職場での仕事ではなく、より自由な環境を手に入れ、心までもオープンになったぶん、さまざまな意欲が湧いてくるのかもしれない。

チャレンジした結果、ネガティブな感情が生まれることもあるだろう。
そんなときは、またメタルを聴けばいい。

「メタル好きは、たぶん父の影響だと思うんです」

「小学生の頃、父が『おまえ、X JAPANは聴かないの? 俺、聴いてるけど。こんど聴いてみ』って言ってきたんですよ(笑)」

「そしたら、ちょうど歌番組に出演してて、すげぇ激しい! こんなの聴いたことない! ってなって(笑)。そこから聴くようになりました」

「12歳までに聴いた音楽が、好きな音楽のベースになるって話を聞いたことがあるから、きっと、そうなんです(笑)」

父が趣味仲間に

子どもの頃、恐ろしい存在でしかなかった父は、現在は良き趣味仲間だ。

「父も最近、御朱印巡りに興味があるみたいで、上京するたびに、一緒にあちこちの神社へ行ってます(笑)」

「もしかしたら、父も昔は私に対してどう付き合っていいのか、わからなかったのかもしれないですね」

「父とは、けっこう趣味が合うんですよ(笑)」

楽しみながらチャレンジする。
楽しいことは仲間と共有する。

「人生、楽しまないと損じゃないですか」

「楽しまないで死んでしまうのはもったいない。人生のなかで、どれだけたくさん楽しいことを詰め込めるかなって、そんなふうに考えてます」

 

あとがき
「足るを知る」「過ぎたるは及ばざるが如し」。物事を対局的にみて賢明な選択をする朱里さん。冷静さを表わす言葉。感情の浮き沈みもお話のように整理できると、心地よいペースとスペースを接する人にも渡せるんだな■御朱印巡りには、たくさんの魅力があるという。四季の移り変りを感じられることも一つ。今は、オレンジ色の小さな花をつけた金木犀。寺社を参拝して手を合わせると、スーッと静かな気持ちになる。昨日までをおもいながら、明日をおもいながら、甘い香りに包まれながら。(編集部)

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