02 セクシュアリティと葛藤
03 中学でのほろ苦い恋
04 カミングアウト
05 両親の離婚と複雑な気持ち
==================(後編)========================
06 高校中退とアルバイト掛け持ち生活
07 居酒屋バイトでの出会い
08 初めての男性の恋人
09 FTMが男性と付き合うということ
10 治療と、今後のこと
06高校中退とアルバイトかけもち生活
突然現れた父の恋人
両親が離婚した後、小学校3年生の時に父親に恋人ができた。
相手の女性はまだ大学生と若く、髪の毛はドレッド、イケイケのダンサーだった。
「ある日急に家に知らない女の人がいて。紹介もされてなかったから、誰? って感じです(笑)」
後に父親から「彼女」として紹介を受ける。
「『ちゅーっす』みたいな、本当にそんなノリの人で(笑)。ドレッドも見たことなかったから、子どもとしては髪型をいじるのが楽しかったけど、子ども心に、コイツなんだよ、やべー奴が来たって、そんな感じでしたよね(笑)」
一緒に住むようになり、彼女は母親のように世話しようとしてくれたこともあるが、口うるさいことを言われるのは嫌だった。
自分たちにとって彼女はあくまで父親の恋人で、「母親」ではなかった。
中学を卒業し高校に進学したが、もともと高校には行きたくなかったので、1年生の途中で行かなくなってしまった。
朝は起きずに、夜はいつも地元の友だちと遊んだ。
「やっぱり、地元が一番居心地よかったから」
結局、そのまま単位が足りずに退学した。
「親は高校卒業ぐらいしてほしいというのがあったから、めっちゃ怒りましたよ。でもやりたいこともないし、将来の夢もない。高校行って得するの? ぐらいに思ってました」
ダンスとバイト漬けの日々でバーンアウト
しかしじきに、地元の友だちはそれぞれ高校の友だちと遊ぶようになり、ひとり、ふたりと減っていく。
「基本、みんなちゃんと大学まで行ってますね。僕は高校辞めてるし、朝も起きなくていいんだけど、何もしないぐらいなら働こうと思って、コンビニで朝と夜バイトして、昼間寝る、みたいな生活をしてました」
その頃、父の恋人がダンススタジオを経営していたのもあり、17歳でヒップホップダンスを始める。
インストラクターもやり、彼女の紹介で別のスタジオでクラスを持つ一方で、食べていくためにコンビニや居酒屋のバイトをかけもちした。
「朝までバイトして、帰ったら曲聞いて振付作って、またバイト行ってとか詰め込んでやってたら寝る時間なくなって、生活はめちゃくちゃでした」
それでもダンスは好きで辞めたくなかったが、21歳の時に辞めることになる。
きっかけは、父の彼女の言葉だった。
「当時、彼女さんも父と別れていて、新しい恋人ができたんです。それでうちの父との縁を切りたいけどお前がいるから切れないって言われて」
「だけど僕は自分でお金払ってレッスンも受けてるし、それは僕に言うことじゃないだろうと思って。そういうこともあったらだんだんダンスにも行きたくなくなっちゃったんです」
ただでさえ寝る間のない生活で心身ともに極限の状態で、無理やり続けていればダンス自体を嫌いになってしまいそうだった。
「結局起きれなくなって、別のスタジオの仕事をバックレちゃったんです」
それを機に、父の元恋人に関わることを終わりにし、ダンスも辞めた。
07居酒屋バイトでの出会い
「気にしてない」と言いつつ気にしている恋人たち
ダンスを辞めてからは、バイトは居酒屋一本に絞った。今も続けているからもう6年になる。
中学で彼女ができてから、それ以降も付き合うのはみんな女の子。
高1でできた彼女とは4年間付き合った。
「一番付き合ったのは長かったけど、一番苦労した子ですね。どうしてみんな、付き合ってること内緒にするんですかね?」
「 彼女は高校でも、男友だちに『彼氏いるの?』と聞かれると『いない』って答えてた。それを目撃したことがあって、なんなんだよお前!って」
「でも自分では『私は気にしてないよ』って言うんですよ。いや、気にしてるじゃんって(笑)」
その後もダンスで知り合った女の子と付き合った。
割とすぐに好きになる方だ。
「なんかふとした瞬間なんですよね。何かされたら『あ、好き』ってなっちゃう(笑)。軽いですかね(笑)」
「ただ、好きなだけだったら誰も傷つけないし、いいかなって。もちろん彼女ができたらちゃんとしますけど」
目が行くのはいつも女の子。
男となんて、気持ち悪い、ないないと思っていた自分が、まさか男性と付き合うことになるとは思ってもいなかった。
きっかけは、バイト先スタッフたちの気遣い
居酒屋で働き出した時、バイト先の人たちの間で自分をどう扱ったらいいか話し合われたようだ。
「名前は女の子だけど、見た目は男の子だし、どう接したらいいのかみんなが考えてくれたみたいで」
その時、自分に聞いてきたのが、後に付き合うことになる男性の先輩だった。
「『どう接してほしいですか?』って聞いてくるから、『僕はこうなんで』と話をしたら、さらっと『そうなんだ、分かった』と」
後から分かったことだが、実は彼はバイセクシュアルだった。
当時は自分も彼も女性の恋人がいて、お互いの彼女の話もしていた。しかも彼は彼女と7年も付き合っていたのだ。
しかしある時、彼から、実は昔に男性とも経験があるということを聞く。
「ちょっとびっくりしましたけど。それってどういうことですか? 女の人に飽きるんですか? みたいな感じで話してたんですよ。その時、向こうはまだバイだってことは隠してたからそんなに深い話はしなかったんですけど」
「自分もそうだったから、僕のことも別に変だとも思わず、さらりと受け入れてくれたみたいで。そういう話をしながら仲良くなっていった感じですね」
08初めての男性の恋人
週6で誘われ困惑
彼はファッションにもとても気を使うし、おしゃれで見た目はかっこいいタイプだが、中身はどちらかというと女性的。
「なよなよしてるって言ったら怒られるけど、仕草がちょっと女性っぽい(笑)。ご飯食べてる時の手の感じとか。だからよくゲイに見られるみたいです」
仲良くなるうち、先輩からはバイト終わりに毎日誘われるようになる。
「週に6日同じバイト先にいて、毎回家に呼ばれるんですよ」
「向こうは彼女いるし、お互い実家なのにめっちゃ誘ってくる(笑)。でも僕はランチもバイト入ってたんで寝たいから、明日もあるんでって断ってたんです」
「最初は後輩として好いてくれてるんだと思ってたけど、あまりに誘われるから、この人俺のこと好きなんじゃないかと一瞬思ったんですけど、さすがにそれはないなって(笑)」
「でもそこまでされるとちょっと興味わいてきて。ゲームとかアクセサリーとか色んなことを教えてくれるし、こういう人もいいな、俺も好きなのかな? という感覚に陥ったこともある」
「でも男だし、やっぱりないかなって、そういう感情は抱かなくなったんですけど」
それから自分がお酒を覚えて、バイト終わりに飲みに行ったりするようになってからは誘われることは減った。
それでもずっと好いていてくれたということは後から聞いた。
突然の告白
ある時、バイト先の友だちと4人でツーリングして静岡まで旅行をした。
ホテルの部屋は2対2で分かれ、その先輩と一緒になった。
「その時、僕は彼女もいなかったけど、別に先輩のこと何とも思っていなかったから、普通に寝てたんですよ。そしたらタバコ吸わない? って起こされて」
「こっちは寝てるんだから1人で吸えよって思ったんですけど、どうやら緊張して寝られなくなっちゃったみたいで(笑)」
「それから、実は好きなんだよねって言われて、そういうことを全部聞いて」
「こっちは寝起きでよく意味が分からないから、ずっとうなずいていたらその日は終わって。その後も変わらず普通にしてたんですけど、そこから、じゃあどうしようかみたいな話になって・・・・・・」
「僕はその時、正直そんなに興味なかったんですけど、男同士はぶっちゃけ楽だし、付き合うとか断定しなくてもいいなら、お互い気持ちの確認ということで、まあ、いいですかね・・・・・・みたいな感じで」
彼にはまだ彼女がいたこともあり、付き合う、付き合わないという話にはならなかったが、告白を受けとめたという意味で距離は縮まった。
その後、彼の方が彼女と別れたことで、きちんと付き合うことになった。
09FTMで男性と付き合うということ
自分の中の固定概念が覆される
「最初はちょっと複雑でしたね・・・・・・。正直、付き合おうとなった時、自分も相手もわけが分からなくなったんですよ」
「ん? これって変なのかな? って」
「だけど彼から、女と付き合わなきゃいけないっていうのは、自分が勝手に思い込んでるだけじゃない? と言われて。目の前の人間を好きになるだけで、それがたまたま男だったり女だったりするだけだから、気にしなくていいんじゃない? と」
「そう言われると確かにそうだなと思って」
女の子と付き合っていた時の自分は「男だったらこうあるべき」という思いが強く、どうしてもかっこつけてしまっていた。
だが、彼といる時は素の自分でいられて楽だ。
「彼は母子家庭だったので母性本能が強いのか、面倒見がいいんですよ。やってあげたくなっちゃう、お母さんみたいな感じ(笑)」
「だからなのか、自分も一緒にいやすいのかな。母親がいなかった分、そういうところにも惹かれるのかも」
付き合い始めてから、自分の中にあった典型的な性役割の意識が、ガラガラと音を立てて打ち砕かれていった。
「向こうも別に、僕に女になってほしいわけでもない。かと言って、男性ホルモンの投与もやめたければやめていいし、手術だってしてもしなくても自分はOKだからって。そのままでいいよって、そう言ってくれた人は初めてだったんで、すげえなあと思って(笑)」
実は先輩とは2年付き合って一度別れた。
自分が他の女の子から告白されて目移りしてしまったのだ。
「そんな自分でも、先輩はまだ好きだと言ってくれて。結局女の子とはすぐ別れたんですけど、戻っておいでよと待っててくれて、考えましたけどつい先日よりを戻しました(笑)」
「これからどうなるかは分からないけど、もう一度付き合うからには、彼を怒らせたり心配させたくはないので、よそ見せずまっすぐ行こうと思います」
人に言うのはまだ気が引けるけど
自分たちの中で、この付き合いに違和感はない。
「彼から教わることや学ぶことは多くて、話していて勉強になる。そういう人と会えてよかったし、この人と付き合うことは全然間違いじゃないと思ってます」
ただ、二人の間では自然でも、まだ周りの目は気になるし、怖いと思う自分がいる。
「子どもの頃は周囲から女の子として扱われて、でも本当の自分はこうなのに・・・・・・って言いたいのに言えないもやもやを抱えていた」
「でも今は、男として生きていくと決めたのに、なんでお前は男と付き合ってるの? ってツッコまれるのが嫌だから言えない感じ」
「自分を好きだと言ってくれて、固定観念を取っ払ってくれた人がたまたま男で、バイだったということだけなんですけど、FTMで男の人と付き合ってる人ってあんまり聞いたことがなくて」
「逆にいるのかなあって感じもあって、LGBTERに応募してオープンにしようと思ったんです」
「人に言えない理由が、『自分が変だから』で止まっちゃってる人も多いと思うんですよね。だけど、言ったら楽だよっていうのは伝えたいかな」
「変な目で見られちゃうのはもうしょうがないなって思うし、それを受け入れてくれる人に受け入れてもらえれば、それでいいかなと思う」
「でも、自分がそう思えるのも、『自分は自分』と思わせてくれる人がいたから」
「それに、『変だと思うなら変でいい。他人と一緒じゃつまらない。誰かに普通じゃないって言われたら、ありがとうって言えるぐらいの心境にまで行けばいいんじゃない』って彼が言うんで、やっぱコイツすげえなって思うんですよ(笑)」
10治療と、今後のこと
父への2回目のカミングアウト
治療は現在、ホルモン治療と胸オペまで終わっている。
20歳になってからGID診断のためのカウンセリングを受け始めたが、その中でひとつ、親へのカミングアウトというハードルがあった。
小3で「男になりたいと」言って泣かれて以来、父とは自分のセクシュアリティに関する話はしていない。
面と向かって伝える勇気はなかったため、手紙を書いて、父の部屋を出て見えるところに置いておいた。
父からは、メールで返信があった。
「『手紙読みました』から始まって、『お前の生活を見ていれば分かることだから、今さらどうした』みたいな感じでした」
メールには、「お前が女でも、男でも、俺の子どもに変わりはないから。元気に生きていてください」とも書かれていた。
もう泣かれることはなかった。
「最後に、『P.S.ゴミ袋買ってきてね。父より』ってあって。ちゃんと買って帰りましたよ(笑)」
性別問わず、自分の子どもだと言ってくれる親がいて、パートナーも、友だちもいる。
人は人だし、何も怖がる必要もない。
とは言え、まだ周りの目が気になることは少なくないけれど、隠さずに、前向きに生きていきたい。
「気を張って生きていくのも疲れるじゃないですか。僕みたいなのも “当たり前” な世の中になればいいなと思います。そのためにも、まずは僕らみたいなのもいるということを知ってもらえたらと思うんですよね」
子どもはほしい。けど、焦らない。
まだ、彼との関係がこれからどのようになっていくのかは分からないけど、漠然と、いつか子どもはほしいと思っている。
「一生、女のままで生きていたくはないので、戸籍は変えたいですね」
「本当は4月に性別適合手術も予定していたんだけど、お金の問題や、彼とも話して、別に急がなくてもいいんじゃないかという結論になりまして」
もともとこの生き方を選んだ時点で、自分の血の繋がりにこだわらなくてもいいと思っていた。
「でもまだ子宮も卵巣もあるということは、最悪、自分も妊娠、出産を経験できるってことじゃないですか」
「まあ、自分がお腹を大きくして痛い思いをして産むのも、見た目が男で産婦人科に通うのとか、周りの目もあるし、ちょっと無理だわーと思うんですけど・・・・・・」
生物学的には現在のパートナーとは男と女だから、婚姻関係も結べるし、子どもも産むことはできる。
産んだ後で性別適合手術を受けて戸籍を変更することも考えたが、現在の法律では、子どもが成人するまでは親の戸籍上の性別は変更できない。
制度の壁は厚い。
でも、いずれ日本でも制度が変わる可能性はある。
今、焦って手術をして、選択肢をつぶす必要もないだろう。
「お互い、まだそこまで願望があるわけじゃないですしね。向こうも夢追い人だし、本当にこれからふたりがどうなるかは分からないので(笑)」
「僕もね、自分で楽しみなんですよ!」