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たかがセクシュアリティで、大きく人生は変わらない【後編】

たかがセクシュアリティで、大きく人生は変わらない【前編】はこちら

2018/06/14/Thu
Photo : Rina Kawabata Text : Kei Yoshida
佐野 祐太 / Yuta Sano

1986年、神奈川県生まれ。18歳で自分はバイセクシュアルかもしれないと気付いたが、19歳でゲイだと自覚、文化服装学院に通いながら新宿二丁目のゲイバーでアルバイトを始める。卒業後は、コールセンターの仕事や飲食店数軒で経験を積み、現在では店長としてバーを切り盛りしている。

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INDEX
01 少女漫画のモテ男子のように
02 母がくれたアメとムチ
03 オカマって誰のこと?
04 初恋の相手は年上の女性
05 バイセクシュアルかもしれない
==================(後編)========================
06 「おたくの息子、ゲイでした」
07 100%の理解は無理
08 口に出さなきゃ伝わらない
09 自死を選ぶなんてもったいない
10 離島で人生をエンジョイしよう

06「おたくの息子、ゲイでした」

最初のカミングアウトは両親

高校卒業後は、服飾の専門学校に進学。

その頃には知人の紹介から新宿二丁目のゲイバーでアルバイトを始めた。

そして、男性とのセックスを初めてまともに体験した。

それは、とても自然で、気持ちがよかった。

「あ、僕はこっちなんだ」

「完全にゲイなんだなって思いました」

自覚してから最初にカミングアウトした相手は、両親だった。

「もともと、新宿二丁目でアルバイトを始めることは伝えていました」

「で、しばらく経ってから『おたくの息子、ゲイでした』と、夕飯食べてる時に」

母は特に驚く様子もなく、「あ、そうなの。いいんじゃない」と応えた。

そしてすぐに現実的な未来を想像したらしく、「じゃ、いつか彼氏とか紹介されるの?」と訊いてくれさえもした。

ゲイでもいつかは女性と結婚を

しかし父は、まず “ゲイ” という言葉すら知らなかった。

恋愛対象が男性である男性のことだと説明された時、いつも通りに食事を続けていたが、実は落胆していたのだと、のちに聞いた。

「父は、僕が今は『自分はゲイだ』と言っていても、いつかは女性と結婚するんだろうと思っていたみたいです」

「最近では、もう諦めたみたいですけどね(笑)」

しかし、両親は決して息子を否定しなかった。

理解するまで少し時間が必要だった部分もあったが、あるがままの息子を受け入れてくれた。

両親の理解もあり、新宿二丁目でのアルバイトにも励んだ。

「でも、ゲイバーでの仕事も最初は慣れませんでした」

「たまに新人いびりをするお客さんもいて・・・・・・」

「時事ネタが分からないなら他の子と変わって、と言われたこともありました」

新宿二丁目のゲイバーに来る客はインテリも多い。

負けるもんか、と新聞を隅々まで読むようにした。

飲食店で働くのは楽しかったし、向上心をもって努力も重ねたが、専門学校を卒業し、就職するタイミングで、新宿二丁目からは離れた。

07100%の理解は無理

入社3ヶ月で吐血

就職先は広告代理店だった。

体育会系の体質の会社だったこともあり、すぐに「なよなよした態度を止めろ」と注意を受けた。

仕事自体がハードな上、風当たりもキツい。

しかし持ち前の負けず嫌いの性格から、なんとか踏ん張ろうとした。

しかし、入社して3ヶ月で血を吐いてしまった。

「ストレスから胃がダメになってしまったようで」

「退職して、時給がいいという理由からコールセンターで働き出しました」

「そして夜は、野毛のゲイバーを手伝い始めました」

古くから横浜屈指の歓楽街として知られる野毛は、寛容で落ち着いた雰囲気があった。

「二丁目よりも居心地がよかったですね(笑)」

その後、もっと酒について学びたいと思い、知り合いのショットバーでも働いた。

しばらくは、昼はコールセンター、夜はバーで働く生活を続けたが、次第に飲食業界にハマり、バー1本に絞った。

いい意味で諦めている

「ストレスを実感する時はありますよ」

「適度なプレッシャーはいいけど、限界を超えるとパンクしちゃいますね」

広告代理店で働いていた時のように、パンクしてしまった場合には、感情がオフになる。

怒られても凹まない、褒められてもうれしくない。

何にも感じなくなるのだ。

「ごはんの味も分からなくなっちゃうんです」

「今は、そうならないようにストレスが溜まりすぎないように、少しずつ毒抜きをするようにしています」

「友だちとお酒を飲むが一番手っ取り早いかな(笑)」

そもそも生産性がないことが嫌いで、ひとつのことについて長い時間をかけて悩むこともしなかった。

そのためか、自分がゲイだと自覚した時も、深く悩むことはなかった。

カミングアウトに関しても、躊躇せずに両親に打ち明け、続いて専門学校の友だちにも報告した。

受け入れられなかったどうしよう、理解されなかったら辛い・・・・・・、そんな風に考えることはなかった。

「初めから、自分を理解してもらえると思っていないのかも」

「自分が相手の気持ちを100%理解することができないように、相手が自分を理解できないのは当たり前」

「いい意味で、諦めているのかもしれないです」

すべてを理解することができなくても、相手に理解できる部分があるなら、ずっと付き合っていける。

「周りから何て思われてもいいけど、一緒にいてくれる人たちには迷惑をかけないようにしたいと思っています」

08口に出さなきゃ伝わらない

周りの人に迷惑をかけないこと。

それは母の教えだった。

「人付き合いにおいて、結局はみんな、メリットとデメリットを考えて、相手を選択していると思うんです」

「この人とだったら仕事が円滑に進む、とか、休みの日は癒されたいからこの人と一緒にいたい、とか」

「相手が自分にメリットを求めて一緒にいてくれるなら、それに応えたいと思っています」

迷惑をかけることは、きっと相手にとってのデメリットとなるだろう。

逆もまた然り。

「もしも自分が相手から何かを言われて傷つけられたら、なぜそんなことを言ったのか、理由を聞きたい」

デメリットとなる人や事柄においても、スルーせずに一度は向き合ってみる。

それは初めて会った相手だったとしても。

むしろ初めてだからこそ、最初に相手と自分との食い違いを確認しておく必要がある。

たったひとりの言うことなんて

「理由を聞いてみて、解決できないことであれば付き合いを止めればいい」

「仲良くできそうなら、さらに突っ込んで向き合います」

「ダメなら、70億もいる人間のうちの、たったひとりに言われたことなんだから、と諦めます」

人との付き合いには限界がある。

キレイゴトでごまかさず、はっきりとそう言える。

「会話は、へえ、そうなんだ、わかる、そうだよね・・・・・・、それだけ返しておけば成り立つと思うんです」

「でも、プライベートや友だちとの関係で、そんな上辺だけの会話はしたくない」

「自分の考えは口に出さなきゃ伝わらないから、ちゃんと口に出すべき」

それでも口に出せない人がいることも分かっている。

逆に自分の考えばかりを口に出す人がいることも。

人との付き合いを保つには、相手とのちょうどいい距離感を見極めることが大切なのだ。

09自死を選ぶなんてもったいない

一橋大学アウティング事件

2015年4月、一橋大学法科大学院のゲイの男子生徒が自ら命を絶った。

同級生によるアウティングが原因だとされている。

男子生徒は生前、その同級生と授業で同席するとパニック障害の発作を起こすなど、心身に変調をきたしていたという。

「会って話をしたかった」

「死んでしまうなんて、本当にもったいない」

これから自分の人生をいかようにでも歩むことのできる、前途有望な若者だ。

なぜ、未来を見つめて生き延びることができなかったのだろう。

「学校での居場所が、自分で選んだ場所ではなく、いさせてもらっている場所だと思い込んでいたんじゃないかな」

ここにいるのは自分の意思だ。

自分にデメリットとなる人がいる場所は選ばなければいい。

そう考えることができればよかったのに・・・・・・。

「アウティングするような同級生なんて、友だちとは言えない」

「そんな人に何を言われたって凹むことなんてないよ」

「僕のところに来てくれたら友だちになれたし、きっと大学にも他にゲイの生徒もいたはず」

居場所は自分で選んでいい

そもそも、「たかがセクシュアリティ」だ。

自分という人間を形づくる要素の、ほんのひとかけらでしかない。

「誰かに受け入れられなかっただけで、大きく人生が変わることなんてないと思います」

「法科大学院に通っていた彼が、将来は何になりたかったのか、今では訊くこともできません」

「でも、その同級生たちと一緒でなければなれなかったものではなかったはず」

友だちとは言えない同級生たちと一緒にいる今よりも、その向こうにある未来に目を向けさせてあげたかった。

人間関係における自分の居場所は、自分自身で選んでいいのだと伝えたかった。

そして、自分の居場所とは、つまり日本の社会のことであるとも言える。

「今の日本のLGBTに関する活動でも、良いのか悪いのか判断しにくいものがあります」

「発信することは大切だと思うけど、当事者の権利を守ってほしいと露骨にアピールするのって、どうなんだろう」

「まるで、ゲイを理解できないノンケの人が悪者みたいな風潮も好きじゃない」

もしも環境を変えることが難しいのなら、自分にとってより良い環境をもたらしてくれる別の場所へと移動するのもひとつの手だ。

一番大切なのは人間関係の平穏でも社会の常識でもなく、“自分” なのだから。

10離島で人生をエンジョイしよう

大変だけれど楽しい

「飲食店の仕事は、自分に向いていると思ったことはないけど、売り上げを伸ばすことは楽しい」

「新しいメニューを考えたり、イベントをやったり、どうやったら収益が上がるのかを考えるのも好きです」

「自分が考えたプロジェクトが当たると、すっごいうれしいですね!」

しかし、オーナーになることには興味がない。

あくまで現場にいたいのだ。

アルコールを扱う店には、たまに困った客もやって来る。

昼夜逆転の生活は体力的には、なかなか厳しい。

しかし、業界に足を踏み入れて13年が経った今も、まだ続けたいと思う。

「昨日も3時間しか寝てなくて」と困り顔で話してはいるが、やはり飲食店での仕事が好きなのだ。

考え方ひとつで人生が開ける

10年後も同じ仕事を続けたいと思っているか?

「うーん・・・・・・。10年後は、離島に移住したい」

「誰にも邪魔されずに寝ていたいです(笑)」

今、本気で頑張っているからこそ、未来にはゆったりと過ごせる暮らしを信じたい。

頑張っている自分に対するご褒美も期待したい。

今一番求めているのは、金でも名誉でもなく睡眠なのだろう。

「あと、まだ社会が変わっていなくて、居場所が見つけられず、自死を考えてしまう性的マイノリティの人たちがいたら、その島で一緒にエンジョイできるかも」

「その頃には、世界中どこでもWi-Fiがつながってるだろうし、お酒が飲みたくなったらドローンで運んでもらえるはず(笑)」

自分はセクシュアリティについて悩んだことがない。

それは、受け入れてくれる環境があったからもあるだろうが、何よりも自分という存在を一番に考え、行動してきたからだ。

大きな障壁に目の前に伸びていた道を阻まれたとしても、考え方ひとつで人生が開ける場合もある。

煩わしいことから隔絶された場所で、ビールでも飲みながら、前向きな言葉を交わし合うだけでも救われる。

だから、多くの悩みを抱えるマイノリティに言いたい。

「僕のところに来てみて」と。

あとがき
昼も夜も忙しいのに、祐太さんからの返信はいつも早い。そして、喜ばせてくれる言葉が散りばめられている■「相手からの良くないメッセージは、スルーするか、突っ込むか(笑)」という。小さなことを大ごとに育ててしまった自分の記憶があらわれた。何だか恥ずかしいし、痛い■感受性は大切にしつつも、たまに[受け流す]ことは、相手にも自分にも大切な対応かもしれない。受け流すときの作法は、祐太さんに習って軽快に、丁寧だ。(編集部)

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