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彼女の夢を叶えたい それが、私の夢【前編】

華やかな顔立ちの美人。一見するとクールな印象だが、性格はとても明るく開けっぴろげで、言葉の端々に周りへの気遣いと心根の純粋さがあふれている森田祐子さん。そして、部屋に飾られた愛息子からの手紙、笑顔に満ちた家族との写真、愛する彼女とのたくさんの思い出には、森田さんを想う周囲の人たちからの愛情が隙間なく詰まっていた。辛い体験を語っても暗くは聞こえない。微笑みながら語られたこれまでをじっくりと聴いた。

2016/03/02/Wed
Photo : Mayumi Suzuki Text : Henshu-bu
森田 祐子 / Yuko Morita

埼玉県川越市生まれ。18歳で結婚し、男児を出産。子育てをしながら嫁ぎ先の家業を手伝った。10年間の結婚生活に終止符を打ってからは、アルバイトをしながら暮らしを支えてきた。現在は、18歳になる息子にもレズビアンであることを伝えており、パートナーが経営する飲食店でマネージャーとして働いている。

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INDEX
01 自由奔放な愛されキャラ
02 中1で、初めてのキス
03 常に彼氏はいたけれど……!?
04 18歳で結婚、出産
05 10年間の結婚生活にピリオド
==================(後編)========================
06 アラサーで2丁目デビュー
07 愛し愛された生活の果てに
08 最愛の女性との出会い
09 家族からのあたたかな祝福
10 パートナーの一番の支えになるために

01自由奔放な愛されキャラ

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4人姉妹の明るい家庭で育つ

パートナーと住んでいる部屋にある、冷蔵庫に貼られた6人家族のスナップ写真。

説明を受けなくても、その6人の仲の良さがひと目でわかる微笑ましい一枚だ。“肝っ玉かーちゃん” という言葉がぴったりなお母さんと、みんなを笑顔で見守る父親、そして4人姉妹。森田さんは、その三女として健やかに育った。

「見た目からは想像つかないかもしれないけど、小学生までは毎日でも図書館に通うような、本と勉強が好きな子でした。ただ、ふだんから女性に囲まれて生活しているからか、物心ついた頃にはテレビを観ていてもキレイな女の人ばかりに目がいってましたね」

本人いわく “姉妹のなかでは一番の破天荒”。中学生のときは、ちょっとした反抗期もあった。

「家がすごく厳しかったから、中学に入ったら反動で少し道をそれちゃった(笑)。中2の時に同学年のなかでも目立つ、ちょっとワルなグループと仲良くなったんです。非行に走るというよりも、制服をオシャレに着こなして、目立ちたいから髪を少し茶色にしたり、短いスカートをはいたりする、かわいい感じの “それ方” ですよ」

笑顔が絶えない、みんなが遠慮なく主張し合う家庭に育ったため、本当のワルにはなりきれなかった。

人懐っこい彼女の原点がうかがい知れる。

初恋の相手はバレー部の先輩

男子と初めて付き合ったのは小学校4年生の時。

でも、初めての彼よりも初恋の女性の先輩の方がはるかに強く思い出に残っているという。

「中1でバレーボール部に入って、2歳年上のちょっと不良っぽい先輩にひと目惚れしました。すごくキレイで優しくて、私をかわいがってくれて。部活中は常にその先輩のことを見つめていたから、『体育館裏にタバコ吸いに行くけど、一緒に行く?』って誘われるとスゴく嬉しくて。タバコが吸えるように、ムリヤリがんばってました(笑)」

でもこの時は、まだレズビアンという言葉も知らなければ自覚もない。ただその先輩が好きだから追いかけて、たまに話せることを素直に喜んでいた。

「でも一方で、女友だちと『あの男子カッコいいよね〜』とか、キャピキャピ騒いだりもしてたし、フツーに彼氏もいたんです。その時はまだ、好きなのは女の子だけってこともなく、もちろん男の子がキライでもなかった。性別はあんまり意識せず、カッコイイ人やキレイな人が好きだったんですね」

02 中1で、初めてのキス

初めて感じた、キスしたい衝動

カッコイイ男性とキレイな女性が並んでいたら、最初に目がいくのは女性の方。

その想いが初めてあふれ出したのは、中1の時から仲の良かった女友だちに対してだった。

「友だちの家に遊びに行って、ふたりでいつものように話してると、ふと『私の唇を彼女の唇に押し当てたい』って衝動に駆られてしまって。自分から迫ることはないタイプだったんですが、その時は衝動を抑えきれなくて・・・・・・。友だちの唇にチュッ、と」

その女友だちとキスをしたのは、その時だけ。その後、とくに気まずくもならず、何事もなかったかのように毎日を一緒に過ごしていた。でも、それまで興味がなかった “性” に少しずつ興味が湧いてきたのは事実だった。

大人になりたい一心で

「当時の私は、背が小さくてガリガリで、性にはあんまり興味がなかったかも。周りのみんなは、男の子と付き合うことに興味津々だったみたいだけど。私だけ遅れてたのかな」

それでも、周りの女友だちと足並みを揃えるように、オシャレをしたり化粧したりしては背伸びをしていた中学生時代。

大人になりたい一心で、男性とも付き合った。

「でも、私から『キスしたい』って感情が湧き上がってきたのは、女友だちが初めてでした。男の子と一緒にしても、私からすることはなかったですし。逆に、されるのを待っている感じで。なんの知識もなく・・・・・・ “女の子と” が正真正銘のファーストキスでした」

大人の階段を上ることへの憧れが高まるこの時期。

自分の衝動の意味がわからないまま、周りの女子と同じように、“彼氏のいる女子” だった。

03常に彼氏はいたけれど・・・・・・!?

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彼氏よりも女友だちの方が大事

中学生の頃から常に彼氏はいたが、その存在は女友だちの二の次。

週に1回遊ぶくらいでよかった。対して、好きな女友だちとは毎日でも一緒にいたい。とくに、それがヘンだとも思っていなかった。

「一番好きだった女友だちは、同い年だった当時の親友。毎日一緒にいて、遊びも買い物も塾も全部一緒。正直言えば、彼氏よりも親友の存在の方が大きかった。でも、彼氏のことも好きで、会えばイチャイチャしたし。あの頃は毎日が楽しくて、男の人でも女の人でも、好きな人に囲まれていたいって感じでした」

女友だちも彼氏も、どっちも好き。でも決定的な違いはあった。

女友だちとは自分から積極的に手をつなぐけれども、彼氏にはしない。手をつなごうと促されたらつなぐ、その程度だった。

高校入学、そして中退を決断

楽しかった中学時代も終わり、高校へと進学した。

しかし、自由な校風に憧れ、どうしても行きたい私立高校があったのだが、学費が高かったため受験すらできなかった。そして結局、まったく興味のなかった県立高校に入学。入学できた安心感はあったが、一方でどうしてもヤル気が出なかった。

「高校へ進学させてくれたお父さんやお母さんには本当に申し訳ないけど、入学当初からいろいろうまくいかなくて、ヤル気をなくしちゃってた。一ヶ月が過ぎた頃、お母さんに『もう辞めていい?』って。そしたら『まだ夏服も着てないのに!? でもまあ、祐子がしたいようにしなさい』って言ってくれたんです」

自分の希望通りにさせてくれた両親には感謝しているが、この時、強く思った。

「もし自分に子どもができたら、その子が行きたい学校に行かせてあげよう」

04 18歳で結婚、出産

ある男性との出会い

その後、女友だちの両親が経営しているスナックで、住み込みのアルバイトを始めた。

毎日いろんなお客さんと話をするのが楽しかったという。

そして18歳の時、親友の彼氏が参加する成人式の打ち上げに誘われた。

「最初は気乗りしなかったけど、行ったら大盛り上がりで。ワイワイ騒いでる雰囲気が好きなんですよね。みんなが楽しく笑顔でいると私まで楽しくなる。その打ち上げで出会ったのが元夫です。楽しい人で、すぐに付き合うことになりました」

楽しいだけでなく、思いやりのある優しい人だった。

付き合い始めてすぐに「もしかしたら、この人と結婚するかもしれない」という考えもよぎった。

「彼と付き合っていた頃も、街を歩いていて美人さんを目で追ったりはしていました。でも、中学時代の先輩ほど夢中になる女の子はいなくて。基本的に一途な性分なので、特定の誰かと付き合ってる時はひとりで十分なんです。当時は彼のことが一番好きでした」

妊娠発覚、命の存在に感動した

そして交際半年ほどで妊娠発覚。突然のことだった。

「若さゆえの無計画かもしれないけど・・・・・・ 子どもは授かりものだから。妊娠検査薬を使って陽性反応の縦の線を見た時は、本当に嬉しかったし、生む以外の選択肢はなかった。彼に打ち明けたら、すっごい喜んでくれたのも嬉しくて。『じゃあ今すぐにでも結婚しよう』と言われ、籍を入れたんです」

18歳で元気な男の子を生んだ。

その後、子どもが生まれて数年間は、これまで何となく感じていた女性への興味を自覚することなく、ただ子どもが愛しくて、育児に明け暮れた。

05 10年間の結婚生活にピリオド

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育児と家事と家業手伝いの日々

結婚して出産してからの日常生活は、目まぐるしく多忙な日々だった。

昼間は家事と育児に加えて、夫の家業を手伝っていた。ゆっくり休む間もなかったが、子どもの成長を見るにつけ、幸せに浸っていたという。

「本当に子どもが可愛くて可愛くて。それに、若い私たち夫婦を周囲の人たちも受け入れてくれたんです。年上のママたちにもたくさんの助言をもらえて、恵まれた育児環境だったと思います。彼のお母さんも私のことをすごくかわいがってくれました。仕事の合間を縫って、よく一緒にランチに行きましたね。今でもすごく感謝しています」

天真爛漫で気遣いができて、愛想もいい森田さんだからこそ、どんな人間関係においても周囲と上手く付き合えたのだろう。

「息子が小学生になってサッカークラブに入ったんです。ほとんど毎週、週末にはお弁当を持参してサッカーの練習や試合に付き合ってました。その頃は子どもの世話が生き甲斐だったから、もう夢中でした」

しかしある時、幸せな結婚生活にも翳りが見えてきた。

離婚という苦渋の選択

悲しいことに、森田さんが外出がちになってからは、夫婦の間に溝が生じてしまった。

「今思えば、彼は寂しくて構ってほしかったんだろうなって思います。だけど、その時は普通に会話もして仲も良かったから、溝が深まっていることなんか気付かなかった。ただ、だんだんとお金の面でも口論が増えてしまって、頭がおかしくなりそうでした」

給料を持ち帰らなくなった元夫。家計を支えるために新しい勤め先を見つけることになった。溝を埋めることを何度も試みたが、どうしても修復することはできなかった。

「結婚10年目で離婚成立。長男の親権は私にあるけど、自分の生活費と養育費の両方を完全にまかなうのは難しいので、子どもは彼の実家に預けて、私は働き続けました。28歳の時です」

後編INDEX
06 アラサーで2丁目デビュー
07 愛し愛された生活の果てに
08 最愛の女性との出会い
09 家族からのあたたかな祝福
10 パートナーの一番の支えになるために

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