INTERVIEW

必要なのは、「等身大のロールモデル」【前編】

自分が同性愛者であることをずっと認められなかった。認めたく、なかった。心から好きになるのが女性ではないということが明確に分かってしまった時から、それでもなお、同性愛は治療できないのかと真剣に考えた。どんなに「異性愛者になりたい」と願ったことだろう。それでも、いま、宇野さんは笑う。まだまだ葛藤もあるし手探りの状態だけれど、少しずつ受け入れながら、前に歩みを進めようとしている。

2016/06/14/Tue
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Momoko Yajima
宇野 裕樹人 / Yukito Uno

1994年、茨城県生まれ。共学の中高一貫校を経て上智大学外国語学部英語学科へ進学。大学1、2年生でインドネシアで日本語を教えるボランティアを経験する。オーストラリアの大学へ1年間の交換留学を経て、現在日本でLGBT Youth Japanの活動に参加。大学では英語/日本語教育を学び、日本語教員を目指す。

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INDEX
01 長年の思いを言葉にして
02 「好きなのは同性」という気づき
03 異性愛者になりたかった
04 認めたくないから情報を遮断する
05 進まなくては、という思い
==================(後編)========================
06 自身のアイデンティティを正面から考える
07 緊張のカミングアウト
08 母に寄せる信頼と期待
09 同性愛者であることの縛りから自分を解放したい
10 未来へ

01長年の思いを言葉にして

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ずっと、誰かに話したかった

すらすらと淀みなく言葉が出てくる様子に、インタビュー慣れしているのかと思いたずねてみる。

すると、「いえ、まったく」とはにかみながら答える。話しぶりは丁寧で礼儀正しく、ひと言ひと言の言葉を大切にしていることが伝わってくる。

ずっと、誰かに話したかった。

頭の中で孤独に悩み続けてきた。

人に言えない期間が長かった分、身体から言葉があふれてくる。

「人間ってみんな話したいことを持っていると思います。自分を認めてくれる、否定されない安心感があるからこそ、自分のすべてを話せるわけで、それがうれしくてどんどん言葉が出てきてしまうのだと思います。普段はこんなに喋りません(笑)。友人たちの中でも大人しい印象だと思います」

実は、宇野さんはたまたまSNSでシェアされてきたオリビエ・ファーブルさんのインタビューを読んでサイト『LGBTER』を知り、最初はライターやインターン希望として問い合わせをしてきてくださったのだ。

「先の見えない将来への不安に押しつぶされそうだった高校生の時にこのサイトがあったら、どれほど心が救われたことかと思います。初めてサイトを見た時は、LGBTERが笑顔で写真に納まり、自分の人生と考えを堂々と伝えている姿に衝撃と安心感に包まれたのを覚えています。」

年齢も国籍も生き方も色々。

しかしそこにはステレオタイプのLGBTで一括りにされない、ひとり一人の「思い」が見えた。

「かっこいいと思える人も、目標にしたい人もいて、多様なモデルが示されていて本当に救われたんです」

道半ばではあるけれど

大学では、英語/日本語教育を学び、全授業が英語で行われる。

短期間だがインドネシアにボランティアとして行き日本語を教えたことがきっかけとなり、将来は日本語教師になりたいと考えている。

いまは日本語教員の資格取得を目指して勉強中だ。

「教えるのが好きなんですよ。インドネシアで30人ぐらいの子たちの前で日本語を教えたんですけど、ひとり一人の顔を見た時に、すごく楽しいと思って」

人と関わること、コミュニケーションを取るのが好き。

いまならはっきりとそう言えるが、決してすんなりと夢に向かって取り組めるようになったわけではない。

思春期、特に高校時代のアイデンティティクライシスを経て、ようやく自分自身を立て直しているところでもある。

そう、まだ道半ば、なのだ。

それでもこのいまの自分を、まっすぐに、誰かに語りたいと思う。

02「好きなのは同性」という気づき

うそをついているかもしれない予感

思い返せば、小学校高学年の時、算数が得意な男の子のことが気になる自分がいた。

しかしある時は別のクラスの足の速い女の子のことが気になったりと、まだ「人を好きになる」ということがどういうことかよく分からなかった。

「友だちとして好き」という感情、憧れの感情だったのかもしれない。

その境い目はとてもあいまいだったが、小学校は特に悩むことなく過ごした。

しかし中学校に上がり、徐々に自分の中に変化を感じるようになる。

年齢を重ねるにつれて、友だち同士の会話の中に「好きな人いるの?」「彼女できた?」という話題が出てくるようになるのだ。

「そこで自分も誰々が好きって言うんですけど、なんだか強制的に言わされているような気がしてきて、プレッシャーに感じるようになってきたんです」

うっすらと、自分はうそをついているのではないかと感じるようにもなっていたが、決して認めることはできなかった。

ずっと、「自分は女の子が好きだ」と思い込もうとしていた。

女の子と付き合ってみて

高校1年生の時、クラスの女の子から告白された。

「どこかで確認しようと思っていた自分がいるのかもしれません。女の子と付き合ったらどうなるのかな、自分、って」

その頃、気になる同性の友人がいたのだが、小学生の時のように友だちとしての好意と恋愛感情としての好意の境い目があいまいなまま終わるのだろうと思っていた。

だが、しかし・・・・・・。

彼女と付き合って1週間、自分から別れを切り出すこととなる。

「どうしても手をつなぐことができなかったんです。彼女は手をつなぎたい気持ちがあったと思うんですけど、自分は受け入れられなかった。このままではその子に申し訳ないという気持ちがあって、別れました」

同性の友人と異性の彼女への思いがまったく違うものであることにも気づいてしまった。

この経験で、確信した。

自分は男性が好きなんだと。

そこから、どん底の日々が始まる。

まず、友だちのことを好きになってしまったことがつらかった。仲良くしたいのに、これまでと違う意味で気になってしまうため、話がぎこちなくなる。

自分の中でどう折り合いをつけるか悩んだ。

そして、段々と人との距離を取るようになった。

03異性愛者になりたかった

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極力、他人と関わらないように

自分は同性愛者であると自覚した瞬間から、思考のすべてがそのことに縛られ始める。

友人たちと会話を交わしていても、異性についての質問をふられるプレッシャーで、毎日緊張をしていた。

「恋愛の話って秘密を共有する感じがあって、友だちとの絆が深まったりするじゃないですか。でも自分にはそれができない。どこかで本当の自分を出せないから友人とも距離を置くようになりました」

自分の恋愛話を聞かれるのも、他人の恋愛話を聞くのも嫌。

意識的に、恋愛話をしない友人たちと一緒にいるようにした。

それほどまでに、異性が好きな人間のそぶりをしなければならないことが苦痛だった。

だいぶ気持ちの整理ができてきた今でもまだ、人と距離を置いてしまう自分がいる。

セクシュアリティを明らかにしていない友人に対してはやはり少し敏感になってしまい、食事に誘われても、行きたい気持ちと行きたくない気持ちが半々だ。

行けば必ずそこでは「彼女」の話題が出るだろうと身構えてしまう。

異性愛者の仮面をかぶる

高校を卒業して大学に入ってからもずっと、自分が同性愛者であることが認められなかった。

異性愛者に生まれたらどれだけ楽だったろう、人生が変わっていただろうと考えてしまう。

自分が同性愛者だと気づいた日から、毎日そのことについて考える日々が始まり、異性愛者を装う演技もしなくてはならなかった。

「特に高校生ぐらいの年頃って、まるで学校が自分の世界のすべてのように思いませんか? もしここで失敗したらもう自分の居場所はないとか、同性愛者であることがバレたら先はないなどと考えて、もう、まったく、自分の未来が曇ってしまいました」

いま考えればそこまで自分を追いつめなくてもよかったと思うが、その時は毎日が必死だった。

不安と孤独と、ひとりで闘っていた。

医者になりたいという夢を抱いたこともある。

理由のひとつには、医者になって自分のセクシュアリティの治療方法を研究、発見しようと思っていたからだ。

そう、「同性愛は治せるのではないか」そんな期待を抱いていたのだ。

「でも、同性愛って、治らないんですよね?」

まっすぐに自分の言葉で語ってくれていた宇野さんが、質問のような返し方をする。

いまは仲間にも恵まれ知見も得て、私たちよりよっぽど知っているであろうに。

それは誰かへ、いや、自分へ向けた確認の言葉のようにも聞こえた。

それほどかつて、どうしても、異性愛者になりたかったのだ。

04認めたくないから情報を遮断する

LGBTに関する情報には触れたくない

自分の性に違和感を覚え始めた人たちはたいてい、自分の状態について情報を得ようと調べ始める。

特にこの時代、若い人たちにはインターネットがあるので、情報へのコンタクトはたやすい。

しかし宇野さんは違った。

LGBTに関する一切の情報に触れることを避けたのだ。

「たとえばいま、高校の教科書にLGBTのことを記載しようという動きがありますけど、高校生の自分が知ったらやめてほしいと思ったでしょうね。友だちがその話題に触れ、気づかれてしまったらどうしよう、知らないでほしいと願ったと思います」

家族でテレビを見ていても、家族の反応が気になり、オネエタレントが出てくるとそれとなくチャンネルを変えようとしてしまう自分。

「中学生ぐらいの頃ですけど、正月に親類で集まった時に、親戚のおじさんがテレビの中のオネエタレントを見て『気持ち悪い』って言ったのを今でも覚えています」

自分もそういう風に思われると思うと怖かった。

NHKの番組『ハートをつなごう』

同性愛者であることが嫌でたまらない。

その反動で情報も得たくなかったというのだが、何がそんなに嫌だったのだろうか。

「自分も当事者なのに、同性愛を嫌悪する自分がいたんです。そういう気持ちがどこから来るのかはわからないんですけど、テレビの中の同性愛者はいつも笑い者にされる対象だったので、その印象が強すぎたのかもしれません」

もちろん同性愛者の中にも、オネエな人もいれば違う人たちもいることをいまは知っている。

でも当時は他に知らなかった。

もし自分も同性愛者であることを認めたら、テレビの中のタレントのようになるのかもしれないと思って認められなかった。

見ないふりをしていた方が、まだ生きていけると思っていた。でも、認めないと次に進めないことも徐々に感じ始めていた。

そして、LGBTに関する情報を避け続けてきた宇野さんにも、ついにその時は訪れる。

NHKの福祉番組『ハートをつなごう』でLGBTが特集され、「13人に1人」という調査結果を知る。

05進まなくては、という思い

必要なのは、「等身大のロールモデル」【前編】,05進まなくては、という思い,宇野裕樹人,ゲイ

この扉を開けたらもう異性愛者には戻れない

『ハートをつなごう』を見たのは大学1年生の時。

たまたま自宅に誰もいない時にテレビをつけたらやっていたのだ。

そこで、13人に1人がLGBTであるというデータに触れる。

それまで、自分はひとりかもしれない、いたとしてもごくわずかだと思っていたので、日本にもこんなにいるということを知って驚いた。

それをきっかけに、横浜にあるNPO法人シップに相談に行くことを決意。コミュニティサロンを訪ねる。

「繁華街を抜けた住宅街を歩くと、窓のところに虹の絵が見えるんですね。心臓がバクバクと音を立てて、扉の前で、戻ろうかどうかすごく迷いました」

この扉を開けたら後戻りできない。

つまり、異性愛者にはなれないと認めることになる。

覚悟がいったが、それでも「進まなくては」という思いがあった。ここで戻っても、将来も見えず、いずれ自分は潰れてしまう・・・・・・。

グルグルと考えた。

「でもやっぱり、自分の気持ちを分かってくれる人と会いたかったんです。ずっとたったひとりで心細かったから」

そして、扉を開ける。

オネエタレントみたいな人はいなかった!

自分と同じような同性愛者に会うのは初めての体験だった。

印象を聞くと、「まず運営している方がオネエタレントではないので、それを見てすごく安心したのを覚えています(笑)」と語る。

本当に同性愛者はオネエタレントしか知らなかった、と言うから、生身のLGBTERを知っていく過程には新鮮な驚きがあったろう。

そしてここで、自分はひとりではないことを知った。

シップの利用者から同性愛者の出会い系アプリの存在も教えてもらった。

それは、同じアプリを使っている人がどこにいるかが分かるというもの。

アプリというとネガティブなイメージが強くあまり使いたいとは思わなかったが、どんな人たちが使っているのだろうという好奇心と、話を共有できる仲間がほしいという思いが勝った。

おそるおそるダウンロードしてアプリを開いて驚いた。

こんなにもいるんだ! しかも、半径1キロメートル以内にいるなんて!

シップの扉をくぐったことで、時間はかかったが、少しずつ、自分が同性愛者であることを受け入れることができるようになっていった。

初めての恋人もできた。

これまで同性愛であることを拒絶して生きてきた中で、最初は「好きになる」ということ自体がよく分からなかったが、恋人との幸せな時間を得たことは素晴らしい体験だった。

「人生が180度変わりました。人を好きになるという経験はできないと思っていたので、それができたときには、やっぱりすごくうれしかったです」

みんなが高校生の時に彼女ができたとうれしそうに話していたことが、ようやく共感をもって理解できた。

人を好きになるのは、本当に素晴らしいことだ。

「でもこれが異性愛者だったらもっと早くに体験できていたのかもしれない・・・・・・とも思ってしまうんです。当たり前のように人を好きになり、お互いが幸せだと感じられるような経験ができないまま年を重ねていくのはやっぱりおかしいという気持ちも芽生えてきました。付き合いの中で自分の自己肯定感も上がってきたからでしょうね」

シップに行き、多様な人に出会い、恋人もできて、自分に自信もついてきた。

少しずつ積み上げてきたタイミングでオーストラリアに1年留学をすることとなり、ここでまた、人間として成長する機会を得る。

<<<後編 2016/06/16/Thu>>>
INDEX

06 自身のアイデンティティを正面から考える
07 緊張のカミングアウト
08 母に寄せる信頼と期待
09 同性愛者であることの縛りから自分を解放したい
10 未来へ