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「レズビアン」「教員」である前に、私は「私」として生きる【後編】

「レズビアン」「教員」である前に、私は「私」として生きる【前編】はこちら

2021/01/06/Wed
Photo : Rina Kawabata Text : Koharu Dosaka
伊藤 唯 / Yui Ito

1986年、東京都生まれ。幼い頃からボーイッシュで、女の子が大好きだった。体育大学進学後に初めて女性と付き合い、レズビアンを自認するように。8年間の中学校教員生活を経て、北海道で地域おこし協力隊として活動するが、適応障害と鬱を患い退職。現在はスクールサポートスタッフとして働いている。

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INDEX
01 二卵性双生児の妹
02 強くて活発な女の子
03 女の子と付き合いたい
04 本気の片思い
05 レズビアンとしての生き方
==================(後編)========================
06 充実していた教員生活
07 プツンと切れた糸
08 地方で見た “現実”
09 母との衝突、探る距離感
10 誰もがただの、一人の人間

06充実していた教員生活

中学校の体育教師に

大学では体育の教員免許を取得。
卒業して1年が過ぎた頃に正規の教員として採用され、都内の中学校に配属された。

「仕事は楽しかったですね。みんなと一緒に泣いたり笑ったりして、青春を感じられました」

教員として大切にしていたのは、生徒を「個」として見ること。
「たかが中学生」とは思わず、一人の人間として接した。

「中学生って大人でも子どもでもない年頃なので、向き合うのは難しい。そのぶん、やりがいは大きかったです」

生徒の中には、おそらくLGBTQではないか、と思う子もいた。
だからこそ、なおさら「男だから」「女だから」という言葉は使いたくなかった。

「生徒に『先生って彼女とかいそうだよね』って言われても、あえて否定はせず、『どうだろうね? 私は人間にモテるから』って答えてましたね(笑)」

「『女なんて好きになるわけない』とは、絶対に言いたくなかった」

カミングアウトはできなくても、自分なりに「ありのままでいいよ」というメッセージを送り続けてきたつもりだ。

教員としてのやりがい

年齢が近く、話しやすいキャラクターだったためか、生徒から相談されることも多かった。

「以前、担任を持ってた男の子で、話し方やしぐさが女の子っぽい子がいたんです。その子が悪口を言われてるって、仲の良かった女の子が相談しに来ました」

「『その子のことが人として好きだけど、つらそうにしている彼にどう接したらいいのかわからない』って泣いてて・・・・・・」

偏見にとらわれず、目の前の友だちの素晴らしさをまっすぐ見つめる。
相手の苦しみに心を痛め、自分にできることはないかと必死に考える。

10代半ばにしてそんな強さと優しさを持った子がいることに、胸を強く打たれた。

「私も一緒に泣いちゃって。『あなたみたいな人がいることで救われてると思うよ。ただ黙ってそばにいるだけでいい。もし何か声をかけたいなら、私に言ってくれたことをそのまま伝えてあげて』って」

「いい子に巡り会ったな、これだから教師はやめられないなって思いましたね。私に相談しようと思ってくれたことも嬉しかった」

「教師冥利に尽きます」

07プツンと切れた糸

過呼吸で救急搬送

やりがいを感じていた教員の仕事だったが、6年目に休職する。

「先輩の先生が退職して、一人で学年全体の体育を担当しなくちゃいけなくなったんです。これが結構大変で」

「ちょうどその頃、顧問をやってた部活が荒れてたり、事務作業の負担が重くて生徒と関わる時間が取れなかったりして、どんどんストレスが溜まっていきました」

まだいける、まだいけると自分に言い聞かせながら頑張り続けたが、あるとき、プツンと糸が切れてしまう。

夜中にひどい過呼吸を起こし、救急搬送。そのまま3か月間の休みをもらった。

「周りの先生はみんな、『先生いなくても回るから!』『しっかり休んで』と言ってくれるような方たちで、すごく恵まれてました」

「ただ、そのあと異動になった先の環境が本当にキツくて・・・・・・」

異動先の上司と折り合いがつかず、ストレスで心が疲弊していく日々。

管理職に改善を訴えたが状況は変わらず、再び体調を崩し、1年間の休職を余儀なくされた。

「そのときに、教職はもういいかな、人生一度きりだし、違うこともやってみようかなって思って」

大好きだった教員の仕事を離れ、別の人生を歩んでみる決意をした。

地域おこし協力隊に応募

退職し、仕事を求めてハローワークに行ったところ、自衛隊の求人を発見する。

「自衛官は国家公務員だからお給料も安定してるし、LGBTQも働きやすいって聞いたことがあって。軽い気持ちで受けたら採用されて、入隊しました」

しかし、過去にスポーツで痛めた腰の調子を悪くしてしまい、3か月で退職することに。

次はどうしようか、と思っていた頃、インターネットで「地域おこし協力隊」の募集を見つけた。

地域おこし協力隊とは、都市部の若者が自治体の委嘱を受けて地方で生活しながら、現地でさまざまな地域協力活動を行う制度。

昔から地方が好きだったのに加え、見つけた募集の赴任地が父の出身地である北海道だったこともあり、ピンときた。

「北海道での生活に憧れがあったんです。お給料はそんなに多くないけど、住むところは家賃が1万円以下だし、いいなって」

「もしかしたら、地方でLGBTQに関する発信ができるかもしれない、って期待もありました。やっぱり、自分らしくいたい気持ちが根底にあったので」

面接を受けたところ見事採用され、2019年の10月から、北海道の田舎町で活動をスタートさせた。

08地方で見た “現実”

理想と現実のギャップ

役場の企画財政課に配属され、町の魅力を知ってもらうための仕事を行うことが決まる。

夢を持って始めた地域おこし協力隊の活動。
しかし、現実はそう甘くはなかった。

「実際には、当初思い描いていたような、自分で企画を立てて積極的にPRする活動はほとんどなくて。ひたすら座って、パソコンをカタカタするだけの仕事でした」

慣れないデスクワークに加え、役場内の空気もストレスになった。

「いつも真面目でピシッとしてて、困ったことがあっても『先輩、ちょっといいですか?』って聞くのも、はばかられる雰囲気で。だんだん息苦しさを感じてきて・・・・・・」

職場は自分を除いて全員が男性。
飲み会で生々しい下ネタが聞こえてくるのもつらかった。

「地方あるあるなのかもしれないけど、女性軽視のような空気を感じました。私自身も、歓迎会で『結婚してないのか? いい人はいないのか?』ってまず聞かれて」

「ずっと誤魔化し続けるのも面倒だったので、『女の人が好きなので、結婚とか男性とか考えてないんです』って言っちゃったんですよね」

否定や侮辱は受けなかったが、周囲は遠慮して自分に話を振らなくなった。
“腫れ物” のような扱いに、疎外感を感じる。

「他の男性社員同士のように、『最近どう?』みたいな気軽な会話をしたい気持ちもあったんですけど、『ああ、LGBTね・・・・・・。聞いたことあるよ』で終わり」

孤独だった。

ストレスが重なり、適応障害を発症

配属から1か月後。北海道全体の協力隊が集まる研修で、今後取り組みたいことを発表する機会があった。

「LGBTQに関する活動をしたい気持ちが強かったので、『地元のカフェを貸し切ってオフ会を開きたい。LGBTQだけじゃなく、いろんな人が自分らしくいられる第二の居場所をつくりたい』って発表しました」

研修担当者は、自分の考えた案をいいアイデアだと褒めてくれた。
にもかかわらず、「役場にいるならやめた方がいい」と釘を刺される。

「例えば、どこかの企業が主体になって開催されて、そこに参画するかたちならいい。でも、役場にいる以上は自分発信でLGBTQに関する取り組みを行うことは難しい、って」

厳しい現実を突きつけられて失望したが、「仕事を続けていればいつかは叶うかな」と前向きに考えるようにした。

しかし、仕事内容や職場の雰囲気のミスマッチ、極寒で日照時間が短く、雪がたくさん降る北海道の環境、腰痛の再発等、さまざまな要素が重なって、どんどん心を蝕まれていく。

年末には病気休暇を取って元の住まいに帰り、2か月間腰の治療を受ける。

そのまま辞めるのは嫌で、3月には北海道に戻ったが、心身の調子を大きく崩してしまった。

「眠れなくなって、呼吸が苦しくなることが増えて、どんどんネガティブな考えが湧いてきて・・・・・・」

「頑張ったけど、限界が来ちゃって。適応障害と軽い鬱だと診断されて、東京に帰ることになりました」

09母との衝突、探る距離感

似たもの同士の親子

実家に戻ってからは、ゆっくりと心身を休めることに専念した。
活動をやり遂げられなかったのは悔しいが、自分の体が一番大切だと考えての選択だ。

「けど、母には『3年間もいられないのか。情けない』って言われて・・・・・・」

母は完璧主義で、自分の選択が正解だと固く信じている人だ。

だからこそ、自身の思い描く “理想的” な人生とは違う道をゆく娘に、強く当たってしまうのだろう。

「心身の調子を崩して退職した今の私のことは、理解しているつもりでも、受け入れられない部分があるんでしょうね」

母に「もっと前向きに考えられるように、考え方を変えるようなセミナーに行きなさい!」と言われ、「お母さんこそ、人の気持ちが理解できるようになるセミナーに行ったら!?」と言い返したこともある。

「案の定、大ゲンカになりました。なんだかんだで、私と母は似たもの同士なんです(苦笑)。負けず嫌いで頑固で」

「自分の生き方は自分で決めたい」

母には5年ほど前、自分がレズビアンであることを伝えた。

「そのときは、『あんたの人生だから』って言ってくれたんです」

「けど、結局は『女に生まれたからには、結婚して子どもを産んでみてほしい』って思いが強いみたいで。つい先日も口論になりました」

母の中にある「結婚して出産して子育てするのが女の幸せであり、人生の正解」という信念。

自分の幸せを娘にも味わってほしいという親心と、世間体を気にする気持ちが複雑に混じり合って肥大したそれは、そう簡単には変わりそうにはない。

「人間って誰しも、自分の経験してきたことが正しいと思いたいものですよね。だから、私が母の考えを変えるのは難しいなって」

一人前に育て上げてくれたことには感謝している。
娘の将来を誰よりも案じているからこそ、強い言葉で責めてしまうのも理解できる。

しかし、こちらにも「自分の生き方は自分で決めたい」という譲れない思いがある。

「今のところは、ほどよい距離を保つのが一番いいと思ってます。そのためにも、早く自立して実家を出なくちゃな」

娘は自分で自分の道を選んで、その先でちゃんと幸せに生きている――。
いつかそう実感できれば、母も自分を受け入れてくれるのかもしれない。

「そう思ってもらえるように、今は準備の期間ですね。大きくジャンプするための助走だと思って、しっかり力を蓄えます」

10誰もがただの、一人の人間

いつかはまた、教員として働きたい

「最近は、自分の体や心とゆっくり向き合いながら、新しい仕事を探してます」

「やっぱり教育現場に戻りたい気持ちがあって、スクールサポートスタッフっていう先生の補助の仕事に応募しました。時短勤務なので、ちょうどいいリハビリになるかな」

「徐々に体を慣らして、いつかは正規の時間と週5勤務に復帰したいですね」

適応障害や鬱の経験については、教員の仕事にも活かせるはず、と前向きに捉えている。

「以前は、出会い系サイトとかで『精神的に落ち込んでいる状態です』とか書いてる人を見かけると、そっと『戻るボタン』を押しちゃってました。でも、今はすごく気持ちがわかる」

「もし教職に戻っても、心が不安定になってる生徒がいたら前よりももっと寄り添えるかな。そうなれてるといいな、と思います」

誰もがありのままで生きられる世の中を願って

子どもの頃から、「男だから」「女だから」という決めつけが嫌いだった。

今でも、誰もが自分らしく、自由に生きられる世の中になってほしいという願いがある。

地方で目の当たりにした現実、母からのプレッシャー。

反発を覚えながらも、完全に振りほどくことはできない “常識” という鎖との付き合い方は、これからも模索し続けていくことになるだろう。

「カミングアウトをする・しないとか、まだ答えが出せない問題はたくさんあります。けど、今後の人生も自分らしく生きていきたい、って気持ちは変わりません」

「今の子どもたちに対してもそう思います。学生時代の私みたいな思いをせずに済む子が、一人でも増えてほしい」

「SNSで同じ立場の人と繋がるのもいいけど、一番大切なのは、身近に話せる距離に理解してくれる人がいること。私もその一人になれたらいいなと思います」

この記事を読んだ子どもたちが、「学校の先生にもこんな人がいるんだ」と安心してくれれば、という思いもある。

「先生だって人間だし、子どもたちだって人間。うまくいかない時期もあるし、同性を好きになることだってある」

「肩書きとか性別の枠なんて関係ないって伝わったら嬉しいな」

今はまだ、心身ともに完全に回復したとは言いがたい。
それでもしっかり前を見据え、一歩一歩ゆっくりと歩みを進めている。

つらい経験も糧にして、いつかは子どもたちに、世の中に、そして母に、「私はありのままの自分で生きられて幸せ」と胸を張れるようになりたい。

これからの人生で、今日が一番若い。
長い旅はまだ、始まったばかりだ。

あとがき
自分のことを「気にしすぎる」と苦笑いした。ものは言いよう!対人感受性が高いことは唯さんの強みだ。それは優しさの素。感じないと始まらない。あとはキャッチしたものをほどよい加減に扱える図々しさを伝授したい(笑)■心身の調子が整わなかったことも、任期をまたずに決断した地域おこし協力隊のことも、唯さんに届けられたギフトだと思った。その経験がきっと唯さんを自由にしてくれる。たくさんの流れを束ねて新しい年も笑っていこう。(編集部)

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