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40代に入ってから、夢ができたし、毎日がキラキラし始めた。【後編】

40代に入ってから、夢ができたし、毎日がキラキラし始めた。【前編】はこちら

2019/12/14/Sat
Photo : Mayumi Suzuki Text : Ryosuke Aritake
井上 美乃 / Yoshino Inoue

1970年、北海道生まれ。2歳の頃、養子として現在の両親に引き取られ、網走市で育つ。高校卒業後、市庁、警備会社、建築会社、書店などで働き、30代半ばでうつ病のような症状に悩まされる。環境を変え、徐々に症状が落ち着いていくのと同じタイミングで、自身のセクシュアリティに気づく。現在は、パン製造の仕事をしながら、LGBT当事者向けイベントを開催。

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INDEX
01 性別も恋愛対象も自由でいいはず
02 漫画家を目指すマイペースな少女
03 突如明かされた “養子” という真実
04 すれ違ってしまった親子の愛情
05 目標もないまま無気力に過ぎる日々
==================(後編)========================
06 なかなか巡り会えない運命の仕事
07 理由もなく折れてしまった心
08 Xジェンダーという気づきがもたらす変化
09 大切にしたいものは支えてくれた友だち
10 やっとキラキラし始めた世界

06なかなか巡り会えない運命の仕事

思い込みが生み出す不安

高校を卒業し、臨時職員として市庁で働き始める。

「初めて社会人として働くことのストレスに、耐え切れなかったんですよね」

働き始めて少し経つ頃、風邪で体調を崩し、休暇を取ることに。

「風邪くらいで休んで申し訳ないって気持ちが強くて、次の日に職場に行くのが、すごく嫌だったんです」

そう感じたのは、両親の言葉の影響が大きい。

「風邪を引いて寝込むと、親から『お前のせいで仕事に行けなかった』とか、言われてたんです」

親にとっては何気ないひと言だったかもしれないが、自分に非があるのだと思い込んでしまった。

「結局、自分が迷惑をかけた気がして辛くて、市庁の仕事は1カ月で辞めました」

「職場の人には、誰からも『迷惑だった』なんて言われてないんですけどね」

憧れのネクタイ

市庁の仕事を辞めた後は、警備会社に就職する。

「実は、高校生の頃から、ネクタイを締めて仕事したい、って思ってたんです」

当時、読んでいた小説に、3ピースのスーツを着た男性探偵のキャラクターが出てきた。

「この探偵、すごくかっこいい! と思って、3ピースのスーツに憧れましたね」

「男性になりたいわけじゃなくて、その服が着てみたかったんです」

警備員は、男女ともに同じ制服で、ネクタイも支給される。

「制服を着て、ネクタイを締めるってだけで、すごく楽しかったですね」

しかし、制服の喜びだけではモチベーションが保てないほど、ハードな仕事だった。

「冬場の道路警備の仕事がきつくて、雨が降ろうが雪が降ろうが、立ってなきゃいけないんです」

「担当している間は、トイレにも行けなくて、体的に辛かったな」

念願のネクタイも、半年ほどで手放した。

長続きしない暮らし

同じ頃、友だちとのルームシェアも終わりを迎える。

「1人でいる方がラクだった自分が、急に他人と暮らすって、無茶だったんです」

2人で借りた部屋は狭く、寝る場所も食事をする場所も共有。

「友だちはすごく気まぐれな子で、すぐ不機嫌になるし、振り回されたんです」

ある日、「炊いておいたご飯を相手が食べすぎた」というくだらないことで、ケンカが勃発する。

このケンカがきっかけとなり、自分は家を出た。

「その後、職業訓練校で建築の勉強をして、建築会社に入りました」

「でも、そこも2年ちょっとしか続かなかったんです」

ワンマン社長の振る舞いに、しびれを切らしてしまったのだ。

「腕のある社長で、ガンガン仕事を取ってくるやり手だったんですけど、日常的にセクハラをする人だったんです」

「社員のほとんどがうっぷんを溜めてて、自分が代表して反抗した感じでした」

社長から「いっそのこと辞めてくれ」と言われ、そのまま退職。

何度目かの就職活動が始まる。

07理由もなく折れてしまった心

ようやく出会えた天職

幼いの頃から、本が好き。

「本に関わる仕事がしたい。それだけが自分のやりたいことだ、って気づいたんです」

「だけど、市内に本屋さんは2、3件しかなくて、『働きたい』って言いに行っても『募集してないから』って断られました」

図書館でアルバイトを募集していたが、1日数時間、週に数回では、暮らしていけない。

「とりあえずスーパーに勤めて、本屋さんが採用を始めるのを待ったんです」

募集が始まると、すぐに応募。無事に採用され、書店で働くことができた。

「最初はレンタル担当だったけど、働き始めて1年が経った頃に、コミック担当に回してもらえました」

「やっぱり好きなものに関わる仕事だから、楽しくてしょうがなかったです」

「職場の人もみんな仲良かったし、上司もいい人で、環境も良かったんですよね」

「これこそ天職だ! って感じながら働いてました」

きっかけのない虚無感

書店の仕事を始めて10年、30代に入ってなお毎日楽しく働いていた。

そのはずが、ある日突然、虚無感に襲われてしまう。

「天職とまで思っていた仕事も、全然やる気が出なくなっちゃったんです」

「漫画を読んでも、映画を見ても、ゲームをしても、全然楽しめなくて・・・・・・」

大好きだったはずのものが楽しめず、興味もなくなっていく。

テレビで事故などの悲しいニュースが流れると、涙だけがあふれてくる。

「仕事のプライベートも順調で、きっかけらしいきっかけがなかったから、自分はどうしちゃったんだろう、って戸惑いました」

「もともと生きる希望はなかったけど、さらになくなっちゃった感じで・・・・・・」

その頃は、家計が苦しかったこともあり、実家に戻っていた。

しかし、親には相談しない。

「市の相談窓口に電話したんですけど、『どうしたらいいんでしょうね?』って、質問で返されちゃいました」

「病院にかかろうにも、田舎だから精神科とかがなくて、どうしたらいいかわからなかったです」

失われていく感情

何事にもやる気が出ず、感情も失われていく。

「喜怒哀楽の “哀” 以外の感情は、まったくなくなっていたと思います」

「自分の隣で人が死んでも、何も感じないかも・・・・・・って、想像できちゃうくらい」

「そんな自分にじんわりと怖さを感じて、ネットで改善法を調べたんですよ」

「うつ病に近い症状が出ている場合は、環境を変えること」という情報を見つける。

「思い切って本屋さんの仕事を辞めて、1カ月くらい札幌で暮らしてみよう、と思ったんです」

「このままだと本当に死ぬだけになっちゃう、って危機感はあったんでしょうね」

「親に『札幌で遊んでくる』って言ったら、『好きにしなさい』って言ってくれました」

最後の力を振り絞り、1人も知り合いのいない札幌に向かう。

「最初の1週間くらいは、部屋に閉じこもってたんです」

「でも、せっかく知らない街に来たのに、何もしないのはもったいない、って思い直しました」

毎日違う目的地を決めて、3時間ほどの散歩に出かけ、街の景色を眺める。

「ただ歩くだけなんで、劇的に変わることはなかったけど、気持ちは落ち着きました」

「相変わらず、やる気は起こらなかったけど」

08 Xジェンダーという気づきがもたらす変化

救いとなった「パン作り」

あっという間に1カ月が経ち、実家に戻る。

「ボーっとしてるわけにいかないから、仕事しなきゃと思って、パン屋でバイトを始めました」

「モノ作りが好きだったから、パン作りなら楽しめるんじゃないかなって」

やわらかなパン生地に触れると、心が落ち着いていく気がした。

少しずつ、パン作りに楽しさを感じ始める。

「後から知ったんですけど、パンを作ると、精神的に安定しやすくなるらしいんですよ」

「だんだんパン作りに対して、やる気が出てくるようになりました」

しかし、大好きだったはずの本や映画への興味は、失われたまま。

「この期間で、趣味がガラッと変わりましたね」

「とにかくパン作りが楽しくなって、今もパンの製造の仕事をしてるし、パン作りの教室にも通ってます」

受け入れたXジェンダー

「パン屋の仕事を始めた頃から、セクシュアリティに関する知識が増えていったんです」

始まりは『3年B組金八先生』。このドラマで、性同一性障害という言葉を知る。

そして、新井祥氏の漫画『性別が、ない!』を読み、さまざまなセクシュアリティがあることに驚く。

「図書館で性別に関する本を読むようになって、ネット上に当事者のコミュニティがあることを知りました」

「徐々にネット上で知り合いを作っていって、札幌で開催されているLGBTのイベントに行ったんです」

学生の頃の経験や感覚から、自分もセクシュアルマイノリティなのではないか、と感じていた。

イベントはレズビアン向けのものだったが、参加者の中には自分と近しい雰囲気の人がいた。

「その人は、『シスジェンダーではない』って話していたんです」

「よくよく話を聞いて、中性っていうものがあることを知りました」

「女性として意識されることが嫌だけど、男性とも思っていない自分は中性なのかな、って自然と受け入れられましたね」

「戸惑いや不安はなくて、こういうのもありなんだ、って飛び込んだ感じ(笑)」

普通に存在する人たち

イベントに参加して気づいたことが、もう1つある。

「セクシュアルマイノリティの人って、至って普通に存在してるんですよね」

イベントに行くまでは、オネエタレントのような目立つ人たちが、たくさん集まっているのだと思っていた。

しかし、会場には、自分となんら変わりない、普通の人たちがいた。

「あまりにも普通すぎてびっくりしたし、自分の中の偏見に気づかされましたね」

イベントに頻繁に参加するようになり、1年後には札幌に引っ越した。

YouTuber・かずえちゃんの動画にも出演し、公にカミングアウトをした。

「友だちに面と向かって話すより、動画で広げる方が気楽だと思ったんです」

動画を見た友だちや創作人形教室の先生は、ポジティブなリアクションで受け入れてくれた。

「カミングアウトしたのは、知ってもらっていた方が生きやすいから」

「あと、セクシュアルマイノリティを世界に浸透させる手立てになりたかったからです」

「自分はこういう人です」と言える人が、率先して表に出ていくことが大事。

「私を通じて、現実に当事者がいて、当たり前に生活していることを知ってもらえたらなって」

イベントに参加したのは、40代半ばを過ぎてから。

ここ数年で、自分の生き方は変わり始めている。

09大切にしたいものは支えてくれた友だち

恋愛感情を抱く相手

札幌のイベントに参加する前から、女性に好意を抱くことには気づいていた。

「初恋は男の子だったけど、男性に強い恋愛感情を抱かないことは、薄々感じてました」

「一緒にいたら面白いし、話も盛り上がる男性はいたけど、友愛に近い感覚だったんです」

「逆に、女友だちに対してはヤキモチを焼いたし、執着もしてたんですよね」

学生の頃は、男女の恋愛しかない、と思っていたから、女性への好意に気づかなかった。

結婚に興味が湧かなかったのは、育った環境のせいだと思っていたが、セクシュアリティが関係していたのかもしれない。

「初めて女性を好きだと感じたのは10年くらい前で、相手はネットで知り合った子でした」

趣味の話で盛り上がったその女性は、彼氏に振られたばかりだった。

顔は見えない関係だが、彼女が甘えてくるような雰囲気があり、いつしか好意を抱くように。

「先に彼女から告白されて、それからわたしも好意を持ったんですが、会うこともなくメールのやり取りだけだったので関係はすぐに終わりました」

否定されたセクシュアリティ

イベントで知り合った中性の人と、いい雰囲気になったことがある。

「生まれ持った体は女性で、明確に女性が好きな人でした」

「だから、私にも女性性を求めてきたんです」

日頃から、「女性はこうあるべきでしょ」「女性なのにこうじゃないの?」と、言われた。

「相手の期待に応えられたら良かったんだけど、私は中性だと自認していたから、徐々に拒絶反応が出てしまって・・・・・・」

好きな人から、自分のセクシュアリティを否定されることは、辛い。

「40歳で死ぬ、と思っていた学生の頃に匹敵するくらい、悶々として辛かったですね」

その人との関係は、長くは続かなかった。

人生の優先事項は “友情”

「セクシュアリティを否定された時期は、毎日泣いてましたね」

「友だちが一緒に悩んで、励ましてくれたから、立ち直れたんだと思います」

だから、恋人よりも友だちが大事。

「恋人に『会いたい』って言われても、友だちと約束してたら、友だちを優先します」

「約束を破ることが、すごく苦手なんですよ」

それはきっと、親や友だちにドタキャンされた経験が多いから。

「予定をキャンセルしたら、相手に迷惑がかかるから、一度約束したことは守りたいんです」

「『何があっても恋人を優先するべき』って言われても、それはあなたの考えでしょ、って感じです(苦笑)」

10やっとキラキラし始めた世界

自由に生きていい

突然の無気力から10年ほどの時が経ち、今はむしろやる気に満ちあふれている。

「趣味は変わったけど、やりたいことはいっぱいあるし、社交的になりました」

「気持ちを素直に言えるようになったから、職場では煙たがられてると思うけど(笑)」

今の自分になれたのは、札幌に引っ越してきてから。
札幌の街には、いろいろな人がいて、それぞれの人生を歩んでいる。

「地元を離れたことで、自分は何事にも引け目を感じる田舎体質なんだ、って気づいたんです」

「自分自身を好きなように表現すればいいし、自由に生きればいいんじゃないか、って思えましたね」

「この年になって恥ずかしいけど、将来の夢もあるし、毎日がキラキラしてます」

「40歳で死ぬ、という予感はもしかしたら当たっていて、40歳で生まれ変わったのかも」

今だからわかる愛情

札幌に出てきてから、両親とは離れて暮らしているが、心配事も多い。

「80歳を超えても元気なんだけど、本人たちは弱気なんですよね。『寂しいから帰ってこい』みたいに言われます」

地元の網走は、雪が降ると家から出られなくなるような土地。

交通の便のいい場所に引っ越してほしいが、両親は家を手放したくないという。

「放っておけないけど、私にも私の人生があるから、悩みどころです」

昔は、親の愛を感じられなかった。

時が経ち、自分の性格が変わると、受け止め方も変わってくる。

「特に母親は、子育てしながら仕事をしてたすごい人なんだな、って感じてます」

「今なら、母親なりに愛情を注いで、私を育ててくれたんだってわかります」

世界中でもっとも尊敬できる存在は、母。

「意外とマザコンなんですよね(苦笑)」

安心して立ち寄れる場所

ようやく思い描くことのできた将来の夢は、カフェを開くこと。

「今はLGBT当事者向けのイベントを、月1回くらいで開いているんです」

「でも、月1回だと、来たくても来れない人が多いんですよね」

「それなら、いつでもやってて、行きたい時に行ける場所があるといいなと思って」

日常生活の中で、自分と周りは違うんだ、と疎外感を持って暮らしている人はたくさんいるだろう。

そんな人たちが、安心して来られる場所を作りたい。

「嫌なことがあった時や調子が悪い時に立ち寄って、同じ思いを抱えた人とおしゃべりできたら、気持ちが軽くなるんじゃないかな」

パンやスイーツの教室に通いながら、夢に向かって邁進中。

「行動力の “こ” の字もなかった私が、ここまで変わるとは、自分でも想像してなかったです」

「人って変わるもんだな、ってつくづく感じますね」

だから、きっとあなたも大丈夫。そう伝えたい。

あとがき
美乃さんは、文字にするエピソードよりもずっと軽やか。「今は、色々笑い話です」という。どのメールにも心が通っていて、やり取りはまるで会話のよう。心のすみで考えていたことも、つい口にしてしまいたくなる美乃さん■「たくさんの人に伝えたい言葉は “あなたは1人ではない” ということ。同じように悩んだり苦しんできた仲間がいて、私にはとても支えになりましたから」。世界のバランスはいつも同じとは言えないけど、そう、あなは1人じゃないよ。(編集部)

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