INTERVIEW

LGBTに止まらず、あらゆる差別なき社会を【前編】

自分がバイセクシュアルで、なおかつMTFかもしれない。小さな頃から、うすうす勘付いてはいた、と話す阿井さん。大学生の時にタイで性別適合手術を受け、今は女性への戸籍変更も済ませている。さぞ苦労の多い人生だったのでは、と問えば「そんなこともないですよ」と笑顔の謙遜。どうしてそうも、自然に佇んでいられるのか。その思考と活力の源を探ってみた。

2016/06/01/Wed
Photo : Mayumi Suzuki Text : Koji Okano
阿井 束裟 / Tsukasa Ai

1986年、東京都生まれ。大学生の就職活動では、面接で自らがMTFであることをカミングアウトしながらも、数社から内定を獲得する。大手アミューズメント企業で正社員として、社会人生活をスタート。今は照明の専門商社の事務職として働く傍ら、休日は当事者やその家族の支援活動を行っている。

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INDEX
01 初恋は女の子、その次は男の子
02 心とは裏腹に、身体は大人びていく
03 テレビの中にあった自分の分身
04 インターネットが開いた社会への窓
05 男よりは、女として人生を歩みたい
==================(後編)========================
06  性同一性障害でバイセクシュアル
07 両親へのカミングアウトを前に
08 家族の支えを得て、いざタイへ
09 あるべき心と身体を得て社会人に
10 あらゆる差別なき社会を目指して

01 初恋は女の子、その次は男の子

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ロボットもお人形も

「ものごころが付いて幼稚園、そして小学校中学年あたりまで。思い返せば、いたって普通の男の子でした。当時の私がどんなだったか、母に聞いてみたら、おもちゃのロボットやスポーツカーで遊ぶのが大好きな子だった」と。

「外でも男女に偏ることなく、いろんな友達と遊んでいたらしくて。本当にその辺によくいる普通の子ども。それが当時の私でした」

幼かった頃の自分について、淡々と振り変える。

しかし他方で、周りの男の子とは違う志向があったことも、大人になって、母親に指摘されて気づいた。

「セーラームーンの人形やぬいぐるみも、大好きだったみたいなんですよね。それを母から聞いて、ああこの頃から、自分の中に女性の顔があったのかも、思います」

同い年の女友達と遊んでいて、こう感じたこともある。

「どうして自分は女の子の身体じゃないんだろう、って。嫉妬に近い心情だったかもしれません。自分は男なのに、なぜそんなふうに思うのか。少し悩みはしましたけれど、まだ幼かったから。それほど気にしていませんでした」

この嫉妬に似た感情が、今の自分に繋がる、その原点になるが、それはもっと先のこと。

20歳を過ぎてからの話だ。

男も女も好き?

小学校に上がって、恋心を知った。

初恋の相手は女の子、次の恋の相手は男の子。

両方の性を好きになったが、それほど戸惑いはなかった。

「初恋は小学校1年生のとき。好きになった女の子は、すごく色白で髪は長いストレート。本当に可愛らしい子でした。次の恋は小学校4年生のとき。スポーツ万能のサッカー少年で線は細くて、顔は、そうですね、今思えばキムタクに似ていたかもしれません(笑)」

「男と女、両性を好きになったのに、面食いという部分だけは共通していました」

小学校4年生のときの恋は、自分がその年に初めての引っ越しを経験し、環境の変化があったせいか、特に印象に残っている。

「転校して日の経たない私を、彼が自分の友達グループに入れてくれたんです。しかも放課後、別れる時『ちゃんと気をつけて帰れよ!』って、気を遣って声をかけてくれるんです。キムタクみたいな顔をした男の子がですよ。もう、好きになるしかないじゃないですか!(笑) 毎日、気持ちを高ぶらせながら、彼に会うために登校していました」

男なのに男を好きになる自分。

普通に考えれば風変わりかもしれないけれど、それはそれ、現実として受け入れることができた。

「これは今、自分が大人になって、小・中学生時代を振り返って言えることなんですが、男と女、片方しか好きになれないよりは、両方を好きになれる方が楽しい。当時からそんなふうに、やや楽観的に考えていたのかな、と思います」

「読書が趣味だったので本を通して、いわゆる男女の恋というのは理解していました。それでも自分が男なのに男を好きになるなんておかしい、女の子を好きにならないといけない、という強迫観念に悩むことは、あまりなかったんです」

「ずっと一緒にいて楽しいなら、それでいいんじゃないかな、と屈託なく考えていたんだと思います」

元々、自分のことをあまり話さない子どもだったので、その性志向を周りに言うようなことはなかった。
恋の方も、所詮は小学生のそれ。

告白もせず、ただ戯れあっているだけだった。

02心とは裏腹に、身体は大人びていく

変わり始めた声音

性志向に関しては、それほど悩むことはなかった。

むしろ問題だったのが、性自認の方だ。

「小学校6年生、音楽の合唱の授業の時のことです。ソプラノ担当だったのに、突然『お前は今日からテノールだ』と先生に言われたんです。ずっと女子と一緒に並んでいたのに、男の集団に混じって歌うことになって。もちろん、自分の声がだんだん低くなっていることには気づいてはいたけれど、本当にショックでした」

成長期を迎え、身体は大人の男性に生まれ変わろうとしていた。

「もちろん保健体育の授業で、人間の発育に関しては習っていました。でもそこもなぜか楽観的で、自分には関係がないと思っていたんです。なのに徐々に毛深くなるし、筋肉も付いてくる。この頃から、自分の身体を見るたびに強い嫌悪感を抱くようになりました」

追い打ちをかけたのが、中学校に上がると待ち受けている、男と女を区別する社会だ。

例えば体育。

男女別に着替え、授業中も分かれて違う種目を実施する。教育カリキュラムの上では当たり前のことが、徐々に自意識を苦しめ始めたのだ。

「分けられてみて、自分は女の子のグループに混じっていたかったんだ、ということに気づいたんです。なのにどうして、男の方に括られるんだろうって。それが学校生活には必要なこと、と頭では理解しているんですけど、気持ちが付いていかないんです。なんで男女一緒じゃいけないのって」

体育の授業でも、特にプールの時間は「地獄」以外の何者でもなかった。

さらしたくもない自分の男の身体をさらし、狭いプールで、ふざけた同級生に、ときには後ろから抱きつかれたりすることも。

男の自分を嫌悪していたから、男性同士で群れることも、苦痛だった。

「体育がプールの時は、だんだん休みがちになってしまいました。もともと身体が強い方ではなかったので、それをうまく言い訳にして、見学するようになったんです」

男友達と合わない

中学生になると、休み時間も教室では男女が分かれ、友達の輪を作るようになる。

「本当は女子の輪に入りたかったけど、そこは妙に空気を読む、うまく立ち回ろうとする自分がいて。クラスの中で浮いてしまうから、男子と仲良くすることにしたんです。でも話題に上がってくるのが、格闘技、野球、サッカーの話。自分は当時、推理小説のはまっていたので、本の話がしたかったけれど、全くできなくて」

当時、好きな女の子がいた。

ショートカットで運動ができる、ボーイッシュな雰囲気の子。その恋の相談を、友達にしてみたかった。

「でも中学生の男子なんて、やっぱり集まればエロ話。ヤル、ヤラない、みたいな話題が多くて。私は単純に、恋する気持ちについてどう思うか、意見を聞いてみたかっただけなのに。女子グループが恋話しているのを見るにつけ、あっちに行きたい、と思っていました」

中学校の部活は、袴姿に憧れて剣道部に入った。

しかし挫折して、2年生からは美術部員になる。

剣道自体は楽しかったが、男子部員のノリにも付いていけなかったのだ。

「更衣室で着替えているときの話の内容は、教室でのものとどっこいどっこいで、もう諦めていました。でも『帰りにみんなでラーメン食いに行こうぜ!』みたいな、学校の外でも集団行動を強いてくる、体育会男子独特のノリが、どうしてもダメでした」

男子の身体も嫌なら、ノリも嫌。

中学生になって襲ってきた男女を分ける社会と、成長期の変化に、気持ちが塞がることもあった。

03テレビの中で出会った自分の分身

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自分を探す日々

しかし毎日を無駄に生きていても仕方がない。

幸い、美術部の同級生や先輩は穏やかな人が多く、またクラスでも体育会じゃない、おとなしい男友達と親しくなることができた。

少しは状況が改善した学生生活だったが、今度は同級生から、違う理由で陰口を叩かれるようになった。

「『女みたいだね』とか『キモい』っていう言葉が、耳に入るようになってきたんです」

無下にそう言われて押し寄せた感情は、しかし意外なものだった。

「『女みたいだね』と言われて、別に嫌じゃないなぁ、と思ったんです。私は男の割に背も低かったし、顔の作りも柔和な感じだった。だから言われても仕方がないのかな、と。でも『キモい』っていうのは、ちょっと違うと思った」

「だから素直に言い返していました。『悪口はやめて』って」

性自認の悩みはあったが、元来が楽天的な性格、ずっと悩んで塞ぎ込んでいるわけではなかった。

言いたいことがあれば、内に籠らず、口にするようになっていた。

男子特有のノリから上手に離れて、考え方の近しい、穏やかな友達を得たことも自信に繋がったのだろう。

「あと女の子として綺麗になりたいっていう願望は、もう中学生の初めからあったんだと思うんですよね。でも当時は、ジャニーズにも綺麗な男の子がいるし、男もそういうふうに思うことがあるのかな、くらいにしか考えていませんでした」

しかし自分だけじゃなく、周囲からも「女みたいだ」と思われ、からかわれるようになると、自分の考え方がおかしいのか、と急に気になり始めた。

けれども、確信を持てないまま、中学を卒業する日が近づいていた。

やっと見つけた

そんなとき出会ったのが、2001年秋から2クールをかけて放送されたドラマ「3年B組金八先生」だ。

上戸彩が演じる中学生・鶴本直に心を揺さぶられたのだ。

戸籍上は女性だが、男性として生きたいと願う、性同一性障害を抱えた女子生徒の姿に。

「テレビ越しといえど、自分と同じ性自認の存在を、初めて知って。私が自分の身体や男女を分ける社会を嫌悪していたのは、本来あるべき姿、女性として生まれてこなかったからなんだ、と。今まで綺麗になりたいと思っていたのも、ジャニーズみたいにというのではなく、女になりたいという気持ちだったのだ、と気づかされたんです」

『あのドラマ、娘に要らないことを教えてくれちゃったな』。ひょっとして両親は、そんなふうに思っているかもしれない。

親不孝な行動のきっかけになってしまったかも、と今は笑いながら、当時を振り返ることができる。

とにもかくにもこのドラマとの出会いが、その後の自分を大きく変えてくれたのだ。

04インターネットが開いた社会への窓

その先を知りたい

自分が何者であるか分かれば、その先、どうすれば本来の姿になれるかが気になってくる。

「私、自分が男の身体であることに、違和感を抱いたことはないんです」

声が変わることも、胸が出ないことも、男性器があることも、どこかで既成事実として、整理して受け入れていた。

「けれど理解した上で、それでも嫌だった。でもそんな嫌悪感との戦いも理由が分かったら、ずいぶん楽になって。その先を知りたくなりました」

そんな持ち前の整理力と受容性は、高校に進学してから、性自認を深める上で役立つことになる。

自分と同じ人

性同一性障害という言葉を知ってから、図書館で本を探して調べるなど地道に知識を得ていたが、高校2年生のとき、携帯電話パケット定額サービスが始まったことが、大きな転機となる。

自由にインターネットにアクセスすることが可能になって、自分の本当の性別について、一気に理解が進んだのだ。

「初めは性同一性障害について、ただネットで検索するだけでしたが、そのうち掲示板に書き込むようにもなって。まずは自分の性の相談から始まって、そのうち学校が休みの日に、同じ悩みを抱えた人と会うようになりました。そういう交流を通して、女になりたいという欲望が、どんどん強くなっていきました。でも性別適合手術は高校生では現実的ではないと思ったし、かといって、それまでの ”間に合わせ” で化粧や女装をしたい、とも思えなかったんです」

「男の身体でそれをしても周りには『オネエタレントみたい』と思われるし、どうせやるなら、女として美しく装いたい。性別適合手術を得て女性の身体を手に入れるまでは、見た目は男のままで仕方がない、そう割り切りました」

しかしせめてもの反抗、服だけはこっそり、レディースを選んで着ていた。

誰に気づかれるわけでもないけど、そこはそうしたかったのだ。

05男よりは、女として人生を歩みたい

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女子との距離

進学する高校は、学ランが嫌だから、とブレザー着用の高校を選んだ。

「実はその高校、体育でプールの授業もない学校だったんです。それが進学を決めた、最も大きな理由かもしれません。本心をいえばブレザーも嫌だったんですけど、見た目が男だから、それは仕方がない、と割り切りました」

高校生になっても、やっぱり男子とつるむのは苦手だった。

休日には掲示板を介して、性同一性障害の人と接しているから、この頃には慣れもあって、学校では常に女子に混じっていた。

他の生徒から「あいつ、いつも女子といるよな」と好奇の目で見られていることは覚悟しながら、だ。

「女子の輪に入るようになってから、よく告白されるようになったんです。男の割に、ガツガツもしていないければ話もしやすい。女子との距離感が近かったのが、その理由かもしれません。告白されれば付き合うんですが、振るのも必ず向こうからで(笑)」

「もっと男らしくしてほしいっていうのが、いつもフラれる理由でした」

女子と付き合うたびに「可愛い服を着ているな」「私もそれを着たいな」と思っていた。

それに男らしく、と言われても困ってしまうのだ。

希望は決意に

学校では勉強と生徒会活動、休みの日は自分と近しい性自認の人と出会う。

高校生活を通して「女になりたい」は、やがて「女になる」という確信に変わっていった。

「性別適合手術という言葉が、ようやく現実味をもって頭をかすめるようになりました。でもお金もなければ、その後、どんな仕事に就けるのかもわからない。人生の展望が全く見えなかったから。それにまず、親へのカミングアウトも必要になってくるし」

「まだまだ現実味はないけれど、でも現実にはしたい。機を待とうと思いました」

そうしていよいよ、高校卒業後の進路を決める時が来た。

カミングアウトの前に、まずはある希望を両親に伝えようと思っていた。

<<<後編 2016/06/03/Fri>>>
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06 性同一性障害でバイセクシュアル
07 両親へのカミングアウトを前に
08 家族の支えを得て、いざタイへ
09 あるべき心と身体を得て社会人に
10 あらゆる差別なき社会を目指して