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今、新しい命が宿っている。FTX、男と女の間で生きていく。【後編】

今、新しい命が宿っている。FTX、男と女の間で生きていく。【前編】はこちら

2017/06/03/Sat
Photo : Mayumi Suzuki Text : Yuko Suzuki
緒方 拓海 / Takumi Ogata

1983年、愛知県生まれ。ダイビングに柔道、空手、写真、ヴァイオリン、料理、ロシア語・・・・・・と多芸多才。「つらさから逃れるために、あれこれ手を出して夢中になっていただけ」と言うが、いずれもかなりの腕前だ。2003年からホルモン治療を開始(現在、休止中)し、2005年に改名。現在、妊娠中で秋に出産予定。

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INDEX
01 ずっと、ひとりぼっちだった
02 性への気づき
03 男、ではある。でも・・・
04 心が爆発してしまった
05 自立に向けて
==================(後編)========================
06 病気、再発
07 運命の出会い、そして妊娠
08 母になる
09 自分を縛っているのは自分
10 許すこと、認めること

06病気、再発

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仕事は順調だったが・・・・・・

居酒屋では副料理長まで務めたが、立ち仕事で腰と膝を傷め、仕事を続けられなくなってしまった。

そこで、次は座ったまま仕事ができるコールセンターへ。

ホルモン治療も進み、外見も男らしくなってきていたので、最初から男性として働くことができた。

「上司の1人にセクシュアルマイノリティの男性がいたこともあり、職場は自分のような人間にも理解を示してくれる、和気藹々とした雰囲気の職場でした」

ここでもチームリーダーを務めるまでになったが、さらにSE(システムエンジニア)の仕事に興味を持ち、1年半で転職。

先輩に教えてもらいながら、さらに自分でも勉強をした。

すぐに仕事をこなせるようになった。

自分のペースで働けるように

ところが、悪い上司に当たってしまった。

「かなりエキセントリックで、職場のみんなにとって ”困った存在” でした。自分の直属の上司になったので、もろに被害にあってしまって」

解離性同一性障害を再発。

なんとか3年間の契約満期まで勤め上げたが、その後、入院することとなった。

治療を受ければ、回復する。

自立するため仕事に復帰するものの、精神的にも身体的にも十分な状態ではないので長続きせず、いくつかの仕事を転々とした。

「次は、自分で会社を起こそうと思っているんです。そうすれば、自分のペースで働けるんじゃないかと」

「SEとしてのスキルを活かして、IT関係のビジネスを始めようかと考えています」

ただ、医者から「まだ仕事は休んで、リハビリに専念するように」と言われているので、現在は起業準備中といったところだ。

07運命の出会い、そして妊娠

揺れる自分をまるごと受け止めてもらえた

これまでけっこう大変な思いをしてきたが、ダイビングやその仲間たちとの出会いだったり、仕事を通して自分を理解してくれる人と知り合うこともできた。

「だからいつも、『この苦しみを乗り越えたら、次に楽しみが待っているかもしれない』と思うようにしてきたんです」

昨年の秋、とあるゲイアプリを通じて、7歳年上の男性と知り合った。

「その頃、まだちょっと悩んでいたんです」

「自分は女性の体に違和感がある。でも、だからといって完全に男性の体を手に入れたいわけではなかったんです」

「自分の中に、まだ女性的な部分があることを否定できないでいました」

そんな心の中の揺れを、なぜか彼には自分の気持ちを最初から話せた。

アプリを通じてのやりとりで、彼のやさしい人柄が伝わってきた。

自分はFTMのゲイなのか、それとも女性にも惹かれるFTXなのか。

それを確かめるためにまた、女性とつき合いはじめ2か月間一緒に暮らしてみた。

でも、どうもうまくいかない。

「彼には、その相談にも乗ってもらっていたのですが、結局、彼女と別れることになって。そうしたらそのタイミングで、ちょうど彼から連絡をもらって」

それをきっかけに毎日ラインでやりとりするようになり、実際に会うようになった。

自然とおつきあいが始まった。

「彼は、FTMのゲイなのか、それとも女性も好きになるFTXなのかと揺れている自分のことも、まるごと受け止めてくれたんです。『それが、あなたなんだから』って」

「がんばって生きているところが好きだ」

病気のことも、何度か自殺未遂をしたことも、すべて話した。

すると、彼はこう言った。

「病気があっても、男と女との間で揺れているFTXであっても、がんばって生きているところが好きだ。尊敬する」

心が震えるほど、うれしかった。

「いろいろな悩みを抱えていながらも、それまでは誰にも話せなかった」

「聞いてくれる相手がいなかった」

「でもやっぱり、誰かに話したい、自分のことをわかってほしいという気持ちはあったんです」

「一緒に暮らせたらいいね」と話していた矢先に、妊娠が発覚。

「男性ホルモン剤でアレルギー反応が出るようになって、ホルモン治療をやめていたんです」

「ただ、もともと自分は卵巣が小さく、10代の頃から医者に『妊娠はむずかしいかもしれない』と言われていたし、ホルモンを投与していたので、びっくりしました」

そして、うれしかった。

「ホルモン治療を受けている時も、体はまだ女性だから、妊娠の可能性がゼロでないないなら産みたいと思っていました。いつまでも男と女の間で揺れていたのには、そういう理由もあったんです」

彼も子どもが好きで、妊娠したことを告げると「やったー!」と大喜び。

その様子を見て、あらためて喜びが湧いてきた。

08母になるということ

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この子を守らなくては

出産は秋の予定だ。

子どもに会えることを、心から楽しみにしている。

が、その一方で、不安も。

「自分はFTXとして生きていく道を選んだけれど、それで果たして母親になれるのだろうかと」

「もちろん、自分がFTXであることは子どもに伝えますが、子どもはそれをどう受け止めるだろうかと」

子どもを産めるものなら産んでみたい、と思っていた時は、実は子どもの気持ちには思いが至っていなかった。

「でも、いざ身ごもってみると、この子を守らなくてはいけない、って」

「自分がFTXであることが子どもを困らせないだろうか、悩ませないようにするにはどうしたらいいか、ということを考えるようになりました」

それが、「母になる」ということなのだろうか。

最近、子どものいる友人たちから「変わった」とよく言われる。

「母親の顔になってきたね、って」

縮まった、母親との距離

妊娠をしたことを告げると、両親は複雑そうな顔をした。

父親は、「もう勝手にしろ」と。

「ただ、投げやりな感じの言い方ではなく、自分の生き方をようやく認めてくれた、という印象です」

母親は、最初はいろいろ言ったが、今は自分とおなかの中の子どものことを心配してくれている。

「母は、本当にやさしくなりました」

それは、自分の母親への接し方が変わったからでもあるだろう。

妊娠する前から、母親に対するわだかまりは少しずつ消えてきていた。

「高校から始めて24歳まで通った柔道の道場で、子どもたちに教える機会をもらいました」

「そこで出会う子どもたちと、その親御さんたちに接するうち、親心というものが少しずつわかるようになったんです」

「母親が、自分に厳しくあたっていたのも、わが子を心配するあまりのことだったのだろうと思えるようになっていました」

受けた仕打ちは忘れない。

それはとてもつらかったから、自分の子どもに同じような思いは絶対にさせたくない。

「でも、そうせざるを得なかった母親のことを、許せるようになりました」

09自分を縛っているのは自分

人の目=自分の目だった

今は、「FTXのパンセクシュアル」だと自認している。

「自分がFTMであることは絶対に確かだと思いながらも、恋愛の対象が女性なのか男性なのかということについて、ずっと答えが出せなかった」

「でも本当は、無理に答えを出そうとしなくてもいいんですよね」

それなのに答えを出そうともがくのは、「FTMなら、恋愛対象は女性でなければ嘘だ」「FTMのゲイなら、女性に惹かれるのはおかしい」などと周囲に言われるかもしれないから。

「それって人の目を気にしているようでいて、実は、『FTMならこうあるべき』という自分自身の思い込み」

「つまり自分で自分を縛っているんじゃないかということに、気づいたんです」

それは、男と女の間で生きている自分のことを、彼が受け止めてくれ、しかも尊敬してくれている相方のおかげだ。

セクシュアリティは人の数だけ存在する

「FTMとかFTXとか、好きになる相手が同性とか異性とか、そんな枠に縛られる必要はなくて、とにかく自分が自分らしくいられるのであれば、どんな形でもどんな関係性でもいい。そう思えるようになって、精神的にものすごく落ち着きました」

「FTMなんだから、自分で子どもを産むなんて、おかしい」と考える必要もない。

そう思えるようになっていたから、妊娠したことがわかった時は素直に喜ぶことができた。

「便宜上、FTMとかLGBTとカテゴライズするけれど、顔や性格がひとりひとり違うように、セクシュアリティだってひとりひとり違っていい」

「セクシュアリティには何種類ある、ではなくて、人の数だけあっていいと思うんです」

10許すこと、認めること

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「人と違うこと」で悩む必要はない

自分は、幼い頃から「人と同じことができない」「人と違う」ということに苦しんできた。

「でも本来、人はひとりひとり違うのだから、自分と他人とが同じなんてことはないんですよね」

「自分と他人は、違って当たり前」

自分自身、そう思えるようになってだいぶ生きやすくなった。

セクシュアルマイノリティも、「人と違う」からと周囲から特別視されがちだ。

それゆえ、自らも「人と違う」自分を責め、悩みを深めてしまう。

「でも、人と違う自分を許すというか、認めることができれば、他人の目がそれほど気にならなくなると思うんです」

さらに、そんな自分のことを認めてほしいと思ったら、まずは相手の人格、生き方を認めること。

自分を受け入れてもらいたかったら、まず相手のことを受け入れること。

それが、ダイビング仲間たちに教えてもらった、「自分らしく生きる」ための方法だ。

支えてくれる人がいるから

今のところ精神的も身体的にも安定しているが、病気が完治したわけではない。

「ホルモンバランスが崩れるせいか、たまにマタニティブルーになったりもして」

「でも、自分には相方、ダイビングの仲間、二丁目の友達がいるから何があっても大丈夫だと思うと、元気が出ます」

子どもが生まれたら彼と子どもと3人の暮らしが始まるだろう。

「子育てに慣れてきたら起業して、二人で一緒に仕事をしようねと、彼と話しているんです」

病気のこと、子育てのこと・・・・・・心配なことはいろいろあるが、彼がいるから心強い。

「何があっても自分は自分らしく、自分の生きたいように生きていこうと思います。子どもにも、そう生きていってほしいですから」

あとがき
正直であることは難しい、周りの声も気になるから。拓海さんは「・・・みんな、感じるように感じればいいんです」と■ “妊婦さん” の言葉は、性別を表すようで遣い方に迷った。でも、それは取材する私たちの偏見だと知った。何だか拓海さんが観音菩薩のように見える。柔和な容姿は慈母、それでいて性別はない■母子共に順調との知らせ。「あなたを待っている世界は、少しずつ優しくなっているからね (*˘︰˘*).。.:*♡ 」。拓海さんの全身に伝えたい。(編集部)

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