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誰にでも、新しい朝は絶対に来る。だから、生きてほしい【後編】

誰にでも、新しい朝は絶対に来る。だから、生きてほしい【前編】はこちら

2021/03/24/Wed
Photo : Yoshihisa Miyazawa Text : Ryosuke Aritake
石川 多香美 / Takami Ishikawa

1977年、静岡県生まれ。物心がつく前に千葉県に引っ越し、現在も在住。中学・高校で壮絶ないじめを経験する。高校時代に出向いた新宿二丁目で女装家の存在を知り、女装に興味を抱く。30代で「MTF」という言葉を知り、自身のセクシュアリティを意識し始め、ホルモン治療を開始し、名前を「多香美」に変更。現在の目標は、性別適合手術と戸籍変更。

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INDEX
01 やさしくて個性の強い家族
02 気持ちが安定しなかった幼少期
03 幼心に抱いた疑問と違和感
04 “恐怖” を感じるほどのいじめ
05 生き抜くことで見える未来
==================(後編)========================
06 新宿二丁目で開いた新たな扉
07 男でも女でもない自分
08 きっと私は「MTF」
09 カミングアウトで知った家族の信頼
10 私が見つけた「新しい朝」

06新宿二丁目で開いた新たな扉

自分の居場所

高校の再受験は、無事に合格し、新しい高校に進む。

「大学みたいなシステムの学校で、席が固定されていなくて、自由に座っていいんです」

「授業もそれぞれ選択するスタイルで、いじめはありませんでした。本当に落ち着いた日々で、まったりと高校生活を満喫しましたね」

ある日、友だちから「帰りに新宿に寄っていこう」と、誘われる。

友だちにつき合って訪れた場所は、新宿二丁目。

「予備校には通っていたけど、新宿の街を散策したことはなかったんです。だから、その日に初めて二丁目という場所を知りました」

初めて足を踏み入れた街では、男性同士、女性同士が手をつないで歩いていた。

「とてつもなく新鮮な世界だったけど、初めて来た気がしなかったんです。独特な雰囲気があるんだけど、自分の居場所のような感覚がありました」

衝撃的な出会い

二丁目を歩いていると、「ニューハーフ」と呼ばれる人とすれ違う。

「すごくキレイな方で、かわいいな、って思ったんです」

「友だちから『あの人、男だよ』って聞いて、驚きました。その瞬間に、私もあの人みたいに変われるのかな、って思ったんです」

自分の個性を出していいんじゃないか、と考え、髪を伸ばし始める。

「校則が緩い学校で、髪型も自由だったから、まずはあの人みたいに伸ばしてみようって」

「でも、当時『ロングバケーション』ってドラマがブームだったから、髪を伸ばし始めると『キムタク意識してるやろ?』って、言われました(笑)」

徐々に生え始めるヒゲやすね毛が、気になるようになってくる。

「ちょっと嫌悪感があったので、剃ったりしてましたね。男でも女でもない中性的でありたい、って思いが強くなっていました」

女性ものの服

友だちとの二丁目散策は、恒例になった。

「ある日、たくましい見た目の女装家の方を見かけたんです。ニューハーフの方とは、持っている雰囲気が違いました」

「その女装家の方が妙に気になって、私も女装がしたいのかな、って感じたんです」

それまで以上に肌の手入れやムダ毛の処理を、マメに行うようになった。
女性ものの服にも興味が湧き、二丁目のアウトレット店でこっそり購入。

夜中、一着だけ買った服を、自分の部屋でこっそりと着てみる。

「自分の姿を見て、『なんだこれ、気持ち悪いな』って、思いました(笑)」

「ウィッグもお化粧もしてなかったから、仕方ないですよね(笑)。でも、毎日こっそり着てたら楽しくなってきて、小物や靴も買いそろえました」

07男でも女でもない自分

女性としての姿

高校卒業後は、アルバイトを始める。

「志望していた大学が不合格になってしまったこともあって、ひとまずアルバイトでやっていこうかな、と思って」

「当時は、いずれハローワークに行けば正社員になれるだろう、って考えてました」

働き始めれば、当然高校時代より金銭的な余裕が生まれる。

「お金が貯まったら、ちょっとずつ女性ものの服を買い足していく感じ。ネットが普及し始めたばかりの頃で、まだネット通販がないから、引き続き二丁目で買ってましたね」

「社会人になってから、お化粧にも興味を持ち始めたんです」

見よう見まねで、ファンデーションを塗ってみる。

「お化粧し始めた頃は、人前にはさらせないほど、ひどい仕上がりでした(苦笑)」

「ようやくお化粧した顔を人に見せられるようになったのは、30代後半くらいかな」

20代の間は、自分の部屋の中だけで、メイクやファッションを楽しんだ。

「初めて女性の格好で外に出たのは、30代中盤になってからです」

「女性としての姿の自分がどう見えているのか、客観的に見てみたくて、麻布の女装サロンに行きました」

そこから少しずつ、女性の格好で街にも出るようになっていく。

中途半端な立ち位置

20代後半から、男性として働く自分と女性の格好を楽しむ自分のギャップに、悩み始めていた。

「結局、私はどうしたいのかな、って自問自答してました」

「仕草は女性っぽいし、女性の服も好きなのに、普段は男性でいる自分って中途半端だなって」

その悩みを抱え、30歳になった頃、職場の上司にこう言われる。

「男なんだから、しっかりしろよ。仕草もやってることも、ほぼ女性なんだよ」

仕事でミスをした時に、かけられた言葉。

「何気ない言葉だったけど、すごく衝撃を受けたんです」

男性として扱われているとともに、女性としても見られていた事実。

「自分では、男らしくしようとも、女性らしくしようとも、意識してなかったです」

「でも、その言葉がきっかけで、中途半端じゃいけない、変わらなきゃ、って思いました」

「もともと男性の雑な振る舞いが苦手だったから、女性に寄せた方がいいのかな、って意識し始めましたね」

08きっと私は「MTF」

「MTF」かもしれない私

30代中盤から、女性の格好で街に出始めた。
最初は、慣れ親しんだ新宿の街から。

「いろんな街を散歩して、自分に度胸をつけていった感じです」

同じ頃、「性同一性障害」「MTF」といった言葉を知る。

「最初は、他人事のように聞いていたんです」

「でも、はるな愛さんたちがテレビに出てくるようになって、自分もそうなのかなって」

「自分にも女性的な部分があるし、もしかしたらMTFの要素があるのかも、って感じました」

どうしたら女性になれるのか、キレイになれるのか、二丁目で情報を集める。

「その頃には堂々とデパートの化粧品売り場に行って、販売員さんにお化粧の仕方を相談してました(笑)」

女性になる方法

女性ホルモンの注射を打つことで、女性らしい体つきになることを知る。

「さっそく診断を受けて、ホルモン注射を打ち始めましたまず変わったのは、胸が少し膨らんできたことですね」

「あと、いままで以上に涙もろくなって、感動する映画ですぐ泣いちゃうようになりました」

うまく言葉にできないが、感受性など、精神的にも変わってきたように感じる。

「ただ、女性ホルモンは2週間に1回しか打てないので、効果が切れちゃうんですよ」

「もっと持続させたいと考えていた時に、知人から『睾丸を取れば、注射の効果が続きやすくなるよ』って、聞いたんです」

睾丸摘出手術を行うか、真剣に考えた。

睾丸を取ることで、男性ホルモンの分泌量は減るが、取ってしまえばもとには戻せない。

「取りたくない、って思いもありました」

「怖かったんです。手術をしたら、身体的にも精神的にももろくなっちゃうんじゃないかって」

手術という決断

自分と向き合った結果、ここで踏み出せなければ先に進めない、という気持ちに傾く。

「睾丸を取った方が、自分がより前に進めるんじゃないか、と思いました」

手術を受ける病院を探していると、睾丸摘出手術のスペシャリストの医師が愛知県にいることを知る。

「日帰り手術で、麻酔で眠っている間に、あっという間に終わってました。傷口もすごく小さくて、そのまま千葉に帰れたくらいです」

手術を終えてから、気持ちがラクになった気がする。

「くよくよすることが減って、だいぶ前向きになれていると思います」

09カミングアウトで知った家族の信頼

フランクな姉の反応

30代後半で、家族にカミングアウトしようと考えるようになった。

「まずは、姉に伝えました。私が女性の格好をしている写真を見せたんです」

姉は、「これがお前なの? 悪くないじゃん」と、ケロッとしていた。

「身近で頼れる存在は姉しかいなかったので、その反応にホッとしました」

「姉はLGBTに関して、テレビなどでよく見ていたようなので、理解してくれたんだと思います」

その後、女性の格好で、姉と買い物に出かけた。

特別扱いせず、フランクに受け入れてくれたことがうれしい。

「姉に話しておけば、後々両親に話す時も大丈夫かな、って感じました」

両親と見るテレビ

両親へのカミングアウトは、なかなか決心がつかなかった。
だから、根回しから始めてみることに。

「オネエの芸能人が出てる番組やLGBT関係の企画を、見せるようにしました」

月1回くらいのペースで、「見たい番組あるんだけど、一緒に見ない?」と、誘った。

両親はLGBT当事者に対して、批判的な反応を見せることはなかった。

「2人とも『こういう人がいるんだね』って、笑いながら見てました」

「母は『あんたはこういう番組、好きだね』って、ちょっと勘づいていたのかな」

番組を見ながら、「仮に私がトランスジェンダーだったらどうする?」と、聞いたことがある。

「母はちょっと嫌がってたけど、『LGBT自体には興味がある』って言ってました」

「その頃はまさか、私が当事者だとは、親も信じたくなかったのかもしれませんね」

「仕方ないね」

40歳を過ぎ、改名することを決める。

「名前を変えるには、いろんな書類を出さなきゃいけないし、その前に親に言った方がいいかな、って思ったんです」

ついに、両親にカミングアウトをする時が来た。

「改名しようと思う」と告げる。

両親は呆れ顔を浮かべつつも、「仕方ないね」と、受け入れてくれた。

「母の方から、『女性だと思ってたの?』と聞かれて、MTFであることも話しました」

「父も、『そっか、それならしょうがないな』って感じでしたね」

母はさらに『女性になるんだったら、とことんやりな』と、背中を押してくれている。

「母は中途半端がキライな人だから、私の今の状態もイヤみたいで(苦笑)」

「両親ともに応援してくれているけど、内心では迷いがあると思います」

「だから、きちんと認めてもらえるように、私も必死に頑張らないと、って気合が入りますね」

10私が見つけた「新しい朝」

自分らしく働ける場所

昨年まで続けていた仕事を辞めなければいけなくなった理由は、髪の長さが就業規則に違反したから。

「当時は髪を短くしてたんですが、また伸ばしたくなったんです」

「その時の上司に、『髪を伸ばすなら、別のところに行け』と、言われてしまいました」

職場では、MTFであることを打ち明けていなかった。だから、上司の言葉はもっともだといえるかもしれない。

「私は、我慢して働き続けることより、自分自身を大事にしたい、と思いました」

その仕事を辞めてからは、心がスッキリしている。

現在のアルバイト先では、MTFであることを話し、同僚も受け入れてくれている。

「今の職場は多目的トイレがないので、男性トイレに入らなきゃいけないことが、若干苦痛です(苦笑)」

「でも、個性的な方が多いので、私が男子トイレに入っても、何も言われません」

大切な人の支え

いずれ性別適合手術や戸籍変更をしたい、と思っていることは、両親にも告げている。

「母は物事をはっきりしたいタイプなので、『やるなら本格的にやりなさい』って」

「私がお化粧している時も、『もうちょっとキレイにしたら』って、口出してくるんです(笑)」

母は日頃から、「あんたを否定はしないけど、髪の毛もキレイにしなさい」など、気にかけてくれている。

「口うるさいですけど、応援してくれてるのかなと思うと、ありがたいですね」

「ただ、少し世間体を気にするところがあって、『親戚には言わないでね』って、言われます」

「私は、もう気にする必要ない、って思うんですけど、まだ引っかかる部分があるんでしょうね」

生きるという選択

「中高のいじめの話は、あまり人にしたくなかったんです。でも、もし私みたいな細々と生きている人の話が、誰かの役に立てば、と思って」

もし、学校や職場のことで悩んでいる人がいるなら、「逃げ出してもいいんだよ」と、言ってあげたい。

「苦しい状況から逃げ出すって、自分を大事にすることだと思うんです」

逃げずに我慢して、命を投げ出すくらいなら、逃げてもいいから自分の命を大切にしてほしい。

「せっかく生まれてきたんだから、もったいないじゃないですか」

「未来は誰にも予想できないけど、生きていたら偉業を成し遂げるかもしれないし、私みたいに変身してるかもしれない」

「生きてさえいれば、誰にでも、新しい朝は絶対に来るんです」

自分自身が、生きる道を選んだことで、希望を見つけられたから。

「そして、自分の足で歩いて、いろんな情報をつかんで、行動に移してきたから、今の自分があるのかな」

「いろんな人の支えがあったから、今があって、さまざまな出会いに感謝ですね」

そう笑って言えるのも、今日まで生きてきたから。

あとがき
原稿について「インタビューでは、なにか優しく迎え入れられている感じがあって・・・」とメッセージが届いた。それは鏡のようなもの。優しくあたたかなのは多香美さん自身だった■いじめについて、私たちはただただ静かにお聴きするばかり。「話せてよかった。聞いて頂いてありがとうございました。過去の自分に向き合うことができた」と安堵の表情を向けてくれた。つらい時期を生き抜いた経験が、これからを生きぬく自信になったらいいな。(編集部)

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