INTERVIEW

3年前の自分に「今、幸せだよ」と言ってあげたい【後編】

3年前の自分に「今、幸せだよ」と言ってあげたい【前編】はこちら

2016/11/10/Thu
Photo : Taku Katayama  Text : Yuko Suzuki
上口 翔子 / Shoko Kamiguchi

1985年、北海道生まれ。筑波大学卒業後、Webメディアで編集記者を経験。観光・旅行業を経て再び、編集・ライティングの仕事に従事している。思春期に自らの性指向に気づきはじめ、27歳でレズビアンと自認。『OUT IN JAPAN』に参加したことを機に、少しずつカミングアウトしている。自他ともに認める ”IT&ガジェットおたく”。富士山が好きで、少なくても年に1回は登っている。

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INDEX
01 リカちゃんよりファイブマン
02 遊び仲間は男の子
03 進んだ高校は ”ほぼ男子校”
04 本当は女の人が好き
05 恋をしてはいけない?
==================(後編)========================
06 カミングアウトを始める
07 その時、家族は
08 恋人ができた!
09 もう、自分を否定しなくていい
10 ひっそり、静かに暮らしていけたら

06カミングアウトを始める

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信頼できる人には、受け入れてもらえた

怖くて怖くて、会社に行けなくなってしまった。

でも、仕事をしなくてはいけない。

この人なら信頼できると思った女性の上司に、事情をすべて話すことにした。

上司は、「つらい経験をしたね。でも、仕事とプライベートは分けなくちゃいけない。会社としても何かしら対応するから」と言ってくれ、先輩と席を離してくれた。

「この上司への相談が、実質上、初のカミングアウトでした。もっとも、その時点ではまだ、自分がレズビアンなのかトランスジェンダーなのか、はっきりしていなかったのですが」

先に少し相談をした男性の先輩には同性愛を嫌悪されたが、この女性の上司は親身になって相談に乗ってくれ、自分を受け止めてくれた。

「自分が信頼する人に受け入れてもらえたことは、幸運でした。その後、必要以上に罪悪感や自己嫌悪を抱かずにすみましたから」

話ができる仲間を探して

でも、だからといって心の傷が癒えたわけではない。

「女の人を好きになっちゃいけないんだろうか。このまま一生、好きな人とはつきあえないんだろうか、と不安になってしまって」

「とにかく話ができる人、話を聞いてくれる仲間がほしいと思いました」

ここなら胸の内を聞いてもらえるかもしれないと、あるカフェを訪ねた。
そこのオーナーがゲイだと聞いたからだ。

「新宿2丁目に行く勇気はなかったのですが、そのカフェはゲイが集まるだけでなくIT系のクリエイターも多く通っていると聞いて、だったら私でも行けるなあと」

そこで、会員制のLGBTコミュニケーションサロンを紹介された。

「サロンを主宰するお二人とも顔も実名も公表して、渋谷区の同性パートナー条例の1号を目指していらしたので、ここなら怖くない。友達を見つけられるかもしれないと、入会したのです」

07その時、家族は

妹は激しく拒絶、姉が味方に

ちょうどその頃、たまたまインターネット上で「OUT IN JAPAN 」のことを知る。

「入会したサロンのお二人も参加していて、興味を持ちました。その時、第2回撮影のためのクラウドファンディングを行っていたので、とりあえず応募して、もし撮影がGOとなったら声をかけてほしいとメールして。そうしたら連絡がきたので、応募することにしたんです」

応募する前、実は少しためらった。

写真はインターネット上に公開される。

自分はインターネットに詳しいからこそ、その危険性がわかる。

「撮影に際しては実名で、もちろん顔出し。その情報が一度ネット上に流れたら、消せません。自分は果たして、こういうところに参加していいんだろうかと一瞬、迷いました」

「でも、自分の、一度切りの人生。今やっておかないと後悔すると思って参加することにしたんです」

その写真を、自分のFB上でもシェア。

それは、姉や妹へのカミングアウトも意味した。

「ふたりとはFBでつながっていたのですが、妹には即ブロックされました」

妹の言い分は、こうだ。

両親はふたりともまだ仕事をしている。自分の子どもがLGBTだということが周りに知られたら会社に居づらくなるから、両親には絶対に言わないでほしい。

「実家は、地方にあるので東京ほどLGBTへの理解が広まっていません。嫁ぎ先の妹家族も実家の近くに暮らしているので、FBで私とつながっていることから、自分の姉がレズビアンだと周囲に知れたら何を言われるかわからないとも考えたのでしょう」

両親や妹の立場を考えれば拒絶されても仕方がない、と思いながらも、かなりショックを受けた。

一方、姉の反応は違った。

彼女は美術系大学出身で、学生時代の友人にLGBTもいたようで「変わってていいじゃん。おもしろいじゃん」と言ってくれた。

「でも、『地方ではまだLGBTへの拒否感があるだろうから東京で暮らしたほうがいいよ』って」

「その頃、実家に戻ってその近くで働こうと思っていたので、じゃあ両親には言わない。周囲にも黙っていることに決めました」

母は、気がついていた

だが、母は少し前に、うすうすながら気がついていたようだ。

「ようだ」というのは、姉からそんな話を聞いたから。

「一時期、三姉妹が一緒に東京で暮らしていたことがあって、母はそこに毎週のように遊びに来ていたんです。その頃ちょうど、私は会社の先輩を熱愛中で日記を書いていたのですが、母がそれを読んでしまったみたいなんです」

その後、両親と姉の三人でいる時、母親が「翔子って女の人が好きみたい。どうする?」と言い出して、家族会議のようになったのだそうだ。

「それを聞いて父親は、ゲゲっと驚いていたようですが、その場では何も結論が出なかったようです」

もっとも、父親は新聞でLGBTに関する記事を読んでいて、大手企業もLGBTを支援していることを知っていた。

「それでも、まさか自分の娘が当事者だとは思っていなかったでしょうから、戸惑ったと思います」

08恋人ができた!

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オフ会に出会いが待っていた

サロンに入り、LGBTに関するさまざまな情報を得るうち、自分はトランスジェンダーではなくレズビアンだということが判明。

自分の立場がはっきりしたことで、掲示板にも躊躇なく書き込めるようになり、オフ会にも参加してみようという気になった。

ある日、出かけていったオフ会に、運命の出会いが待っていた。

オフ会の幹事を務めていた8歳年上のその女性は、とても明るく、ほがらかな人だった。

話をしていると楽しくて、時間を忘れてしまうほど。

「すぐに好きになってしまいました。そして幸せなことに、彼女も私に好意を持ってくれて」

ただ、その時はすでに実家に戻ることになっていたので、遠距離恋愛となった。

「毎週、金曜日の夜、仕事が終わってから東京に向かい、月曜日の朝4時に起きて始発に乗って、その足で出勤するという生活を7ヶ月続けました」

「正直なところ月曜日は会社に行っても眠くて、つらかった。でも、彼女に会いたい。また東京で働きたいとも思い始めていたので、上京して、一緒に暮らすことにしたんです」

あらためて、両親にカミングアウト

上京するにあたって、両親にあらためて話をすることにした。

「いまつきあっている人と暮らそうと思っている。部屋を借りるとき、もし保証人が必要となったら、サインしてもらえるかな?と母に聞きました」

「すると、『まあ、いいけど』って」

娘がレズビアンであることを心から認め、パートナーと暮らすことに両手を挙げて賛成する、という感じではない。

LGBTに関する本を「読んでみて」と母に渡しても、いっこうに読んでくれた気配はない。

「LGBTであることを親に拒絶される人も少なくないなか、うちの両親は
頭ごなしに否定するわけではなく、いまや『好きにしてください』という感じです。でも、それでいいかなと」

家族4人がラインでつながっているほど、もともと家族の仲はいい。

姉も妹も、それぞれ家庭を持った今でも実家の近くで暮らしている。

「でも、私は高校から親元を離れていたせいか、それほど実家べったりではないんです。1年に1回、それも義務的に(笑)帰ればいいな、という感じで」

だから、両親とは今の距離感がちょうどいいと思っている。

ちなみに、パートナーの両親は自分の娘がレズビアンであることを、はなから受け入れていた。

「パートナーのお母さんは自由な人で、昔から娘に対しても寛容だったみたいです。むしろ、人よりちょっと変わっていたほうがいいんじゃない? という考えのようで、私のこともごく自然に受け入れてくれました」

彼女のお父さんが好物の寿司は、今も月に1、2回、4人で食べに行く。

09もう、自分を否定しなくていい

思いがけない壁

一緒に暮らし始めるにあたって、ちょっとした壁にぶつかった。
なかなか部屋を借りられなかったのだ。

「同性愛者だからということの前に、女性同士のルームシェアを嫌がる大家さんが多くて、10件以上、断られました」

その主な理由は、「女性同士はすぐにケンカ別れをして出ていくから」。

大家としては、一定期間住んでくれる夫婦や学生が「間違いがなくていい」のだという。

「必ず、『二人はどういう関係か』と聞かれました。姉妹とか親戚ならいいけれど、友達同士はNGだと」

「今暮らしている部屋は、保証会社を使うことが条件で借りることができたんです。それでも、連名での契約はダメ。私の名義で契約して、パートナーは ”同居人” ということになっているのです」

LGBTだけではなく世の中にはさまざまな弱者が存在していて、「女性である」ということも未だにマイノリティなのだ、ということを知った。

ケンカができる幸せ

パートナーと自分は、対称的な性格だ。

彼女は家事がきちんとでき、よく話し、もちろんガールズトークも好き。

対して自分は、家事はあまり得意ではなく、口数も多いほうではない。
お酒が好きで、飲んだら寝てしまう。

「彼女にはよく、『おじさんと暮らしているみたい』と言われます(笑)」

お金の使い方も違って、パートナーは洋服や香水などを買うが、自分がお金をつぎこむのはパソコンやスマホ、そのほかのガジェットだ。

「そんなこともあって、いまだに自分はトランスジェンダーなんじゃないかと思うことがあるのですが、彼女は『あなたは女々しいところがあるから、女性よ』って(笑)」

お互い、ひとり暮らし歴も長いので、生活習慣などの違いに戸惑うこともあり、そのことでケンカになることも。

「でも、そうやってお互いのダメな部分も含めて、一緒に暮らしてよかったと思っています」

パートナーと出会ったことで、女性を好きになる自分のことを否定しなくてよくなった。

自分が思ったとおり、感じたとおり、考えたとおりに行動できるようになって、ストレスが減った。

「好きな人と暮らせて、普通に働ける」

「悩んで悩んで苦しんでいた3年前の自分に、『今、幸せだよ』と言ってあげたい」

10ひっそり、静かに暮らしていけたら

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今の幸せを大切に、守りたい

現在、自分がレズビアンであることを積極的に宣言しているわけではないが、あえて隠そうともしていない。

だが、パートナーは両親とサロン以外の人には、自分のセクシュアリティについて公表していない。サロン内の人たちにも、実名は伏せたままだ。

「でもきっと、そのほうがいいのだと思います。私自身、今働いている会社で不安を感じないといえば嘘になります。以前、男性の先輩が言っていたように、同じ職場内に同性愛者がいることを嫌だと思う人がいるかもしれない、と思っているので」

「同性愛者に対して『嫌だ』と言う人は、たとえば太っている人に対しても『太っているから嫌だ』と言うんじゃないでしょうか」

「つまり、同性愛者に対してだけでなく、個人的に嫌だと感じることを『嫌だ』と公言できてしまう人って、いつの世の中にも一定数、いるような気がするんです」

その人たちに「理解してほしい、受け入れてほしい」と望んでも、とうてい無理なことだろう。

「普通に理解してくれる人が1人でも増えてくれたら」

「普通にというのはたとえば・・・・・・あの人は左利きだとか、あの人はちょっと変わったクセがあるよねとか、それと同じような感じでLGBTのことを受け止めてくれる人が増えてくれたらうれしいのですが」

でも、今のところは、心無い声に傷つけられたくない。

パートナーとの幸せな暮らしを、何者にも壊されたくない。

「先日の、一橋大学院生の一件にしても、同じようなことはあちこちで起きているかもしれない。と考えると、なるべくひっそりしていたほうがいいのかな、とも思うんです」

まずは自分を知ってもらうことから

多くの人たちにとって、LGBTはあからさまに否定するものではなくても、”めんどくさい存在” なのだろうと思う。

「それは、好き嫌いというより、LGBTにどう接していいかわからないからだと思います。たとえば、足にハンディがある人にはこういうケアが必要だな、こう接するのがいいんだろうなと想像できるかもしれません」

「でも、セクシュアリティは一見ではわかりにくいし、個人差もある。こうすればいい、こうしてはダメという明確な基準もないでしょう?」

人間も含め動物は、未知のものや、どう対応していいかわからない存在に対しては拒否したり、何かしら構えてしまうものだ。

先制攻撃をしかけることもあるだろう。

「だから、やはり知ってもらうことが大切。受け入れてほしいと相手に求めるだけでなく、根気よくコミュニケーションをはかって自分のことを知ってもらうことが必要なのだと思います」

「でも、私自身、周りに対して自分で壁を作っているのかもしれません。傷つけられたくないから、自分も他の人のプライベートなことは聞かないようにしてますし」

「自分のことを知ってもらうのって本当にむずかしい」

ただ、FBでつながっている人たち、さらにその先でつながった人から「カミングアウト、がんばったね」、「応援してる」、「自分にできることがあったら、何でも言って」・・・・・・と声をかけられるようになった。

「家族ぐるみでキャンプとかしたいよね、と言ってくれる友人もいて。勇気を出してFB上で公表してよかった、と思っています」

誰に何を言われるかわからない、つらいこともあるかもしれない。

そういう不安はもちろんあるけれど、一度きりの人生、思うように生きたい。

最愛のパートナーが側にいてくれる今、それができそうな気がしている。

あとがき
ある人が「レズビアンは、『女性』とのダブルマイノリティだ」と言った。教育、仕事、政治etc.男性用に作られた様々な場を変えようと、道を拓いた歴史上の人物も思い出せる。それは、[変える勇気]◆どの暮らしにも悩みや困難はつきない。翔子さんに感じたもの、それは[受容れる心の静けさ]だった。社会に向けられた言葉にも角はない。出会う人と自然に紡ぐひとときが、セクシュアリティの前に「翔子さん」であることを伝える。(編集部)