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男女の枠にはまらない “自分”、それが私の答え【後編】

男女の枠にはまらない “自分”、それが私の答え【前編】はこちら

2017/08/06/Sun
Photo : Tomoki Suzuki Text : Mayuko Sunagawa
鈴木 信平 / Shimpei Suzuki

1978年、愛知県生まれ。立正大学社会福祉学部卒業。高校2年の時に自身の性別に疑問を覚え、大学卒業後24歳の時から自身のセクシュアリティを模索し始める。2015年3月、36歳で男性器を摘出。自身の半生をつづった作品が第23回小学館ノンフィクション大賞にノミネート。2017年3月に「男であれず、女になれない」を出版。

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INDEX
01 自伝的ノンフィクションの出版
02 幼い頃の自分
03 挫折を味わった高校時代
04 再び社会で生きていける環境を求めて
05 命がけの恋と大失恋
==================(後編)========================
06 セクシュアルマイノリティの自分
07 男であれず、女になれない
08 男性でも女性でもない “自分” を手に入れるまで
09 両親の愛情があったから
10 悩み苦しんだ先に、答えがある

06セクシュアルマイノリティの自分

自身のセクシュアリティと向き合う

もともと芝居や舞台が好きだった。

今の苦しい状況から、芝居で一時でも違う人になれたらという気持ちで、どんどん芝居にのめり込んで行った。

大学卒業後は就職せず、俳優養成所で演技のレッスンを受けた。

芸能の世界はセクシュアルマイノリティの偏見がなく、むしろ特異性としてポジティブに受け取られる。

セクシュアルマイノリティが否定的ではなく、肯定的に受け取ってもらえる環境がよかったのかもしれない。

大学卒業の時期に性同一性障害という言葉を知ったこともあり、自分のセクシュアリティにも向き合おうという気持ちになれた。

芝居の道へ一度は進んだが、やればやるほどこの道を究めていくのは難しいと感じた。

「誰かに成り代わってやる芝居に、私はお呼びじゃないと分かったんです」

セクシュアルマイノリティであるがゆえに、人から理解されていない自分が、芝居を通して人の共感を得ることは難しいと思った。

「文字なら性別を選ばない」

その後、自己表現の場を文筆の世界に移すことになる。

セクシュアルマイノリティの居場所

25歳の頃。

自分がセクシュアルマイノリティならば、その中での居場所はどこなのか、知りたいと思うようになった。

そこで、男性を好きになったことがあるということから、ゲイの会合にいくつか参加した。

すべてのゲイの会合がそうではないだろうが、参加した場では何もかも許さなきゃいけない、何もかも受け入れないといけないという空気があった。

「せめてこのコミュニティでは自由に、というのがあると思うんですが、だからと言って、挨拶もろくにせず誰彼構わずタメ口で話すのは違うと思うんですよね」

初対面の人があたかも何年来の友達というぐらいの距離感で接してくる。

普通のコミュニケーションでは考えられないことが起きていた。

それでも居場所を見つけたくて、その後もさまざまな会合に参加したが、どの会合も私には合わなかった。

どう頑張ってみても居心地がよいものではなかったのだ。

まだどこかに自分に合う居場所がある可能性を信じて、トランスジェンダーの集まりにも参加した。

トランスジェンダーの方がどちらかと言えばなじんだ。

でも、結局自分にぴったり共感できるセクシュアリティの人には出会えなかった。

「ここも違う、ここも違う・・・・・・。どこにも居場所が見つけられないことに落ち込みました」

「それでも私には、セクシュアリティとは関係ない普通の友達、自分をわかってくれる友達がいたので、それが本当に救いでした」

「居場所が見つけられなくても、いつもの友達のいる場所に帰ろうと思えたから」

「誰かがずっとそばにいてくれたので、とても心強かったです」

07男であれず、女になれない

子供を産めない自分。女になれない自分

「男の体で生まれてその後の行き先がないのだから、分類するなら私はMTXになるのでしょうね」

ただ、一般的なMTXが指すXとは性の揺らぎのことなのか、何を持ってXなのかよくわからない。

「私は男女の枠の外にいるからXなのかなという認識です」

「私の場合、自然な形でXになったのではなく、男ではないし女にはなれないからXだと自ら選択したということです」

女になれないというのは、生まれた時に男の子だったから。

女性に生まれてこなかったから、なりたい女性にはなれないという意味だ。

昔からすごく子供がほしかった。

自分に対しては、どれだけ女性に近づこうとしても「でも女性じゃないよね」と思ってしまうので、今のMTXというのがよい決着点じゃないかと思っている。

「しんぺいちゃんは、女性になりたい?」と聞かれることがある。

その時にはこう返事している。

「女の子に生まれたらよかったな、とは思うよ」と。

自分の考えが誰かの妨げになってほしくない

誤解してほしくないのが、私は男性から女性になることを否定しているわけではないということ。

男性から女性になることを選択せず、女性になれないとしているのは、あくまでも自分に限定しての考えだということ。

「男性にも女性にもなれない」という自分のセクシュアリティへの考えが、誰かの妨げになることはまったく望んでいない。

「私はただ男性でも女性でもない性のバラエティを、一つ増やしただけのこと」

「自分のセクシュアリティを追い求め頑張っている人を私は否定していないし、むしろ応援しているよっていうのを、声を大にして言いたいです」

08男性でも女性でもない “自分” を手に入れるまで

タトゥーは心の支え

『薔薇曰く、われを守るもの、それは棘にあらずして匂い』

この言葉は私の心に触れて、以来私の支えになっている。

「バラは棘があるから身を守って咲いていられるのではなく、香りがよいからみんなに愛されて咲いているんだっていう意味です」

「自分もそうやって周りに愛されて生きていきたいなって思ったんです」

その言葉が由来になり、4年ほど前に左手首に棘のない薔薇の花を刻んだ。

私の一番見える場所、自分を抱きしめた時にちょうど胸にくる場所に。

体に消えないものを残そうとした理由は、人生の確固たる支えがほしかったから。

もちろん今も支えてくれる家族や友人がいる。

でも、この年齢で両親が人生の支えというのもちょっと違うと思うし、友人には友人の人生がある。

これからの人生、家族や友人とも離れて一人になって時に孤独を感じることもあるし、妬みや嫉み、世の中への恨みが顔を出すこともあるだろう。

そんな時、自分の身一つだと揺れてしまうが、目に届く場所に棘のない薔薇の花が咲いていれば、いつだって自分を取り戻すことができる。

「棘のない薔薇の花を見れば、「私がしたいのはそうじゃないでしょ」「大丈夫、私は愛されているよ」と思い直すことができると思うんです」

棘のない薔薇の花が咲いていれば、いつだって自分らしく前を向いてしっかり歩いていくことができるのだ。

手術を決意した理由

36歳の時、男性器を切除した。

男性器への強い嫌悪があったわけではなかったので、もともと手術をする気はなかった。

しかし、40歳近くになり、将来介護される自分というのを漠然と考えるようになってきた時に、考えが変わり始めた。

「介護される体になった時に、私がどう生きてきたかを介護者の人が知らずに、ただの男の人だと思って接されるのはすごく嫌、屈辱だと思ったんです」

「何も表明できなくて弱った体になっても、私は私のままでいたい。何かにこだわりを持って生きてきたんだよっていうのを表明したかったんです」

歳をとることを理解し出すとともに、体力的にも下降しているのを実感し始めた。

そして、子供を持つことのあきらめがつけられたのも、ちょうどこの時期だった。

「子供があきらめられるんだったら、もう(男性器を)付けておく意味がないので、じゃあ今のタイミングかなと思ったんです」

男性器と決別することで、体へのこだわりと決別したかったという思いもある。

「もうほしいものもないし、いらないものもない。男女にこだわらずに生きていきたかったんです」

理想は男性器を切除せず、この生まれたままの体で、このキャラクターで生きていくことだった。

でも、それは無理だった。

「一時はこの体のままで生きていけると思ったんだけど、どこかで私の体は男なんだという思いがずっとあって。体を変えないと心も体もフラットになれなかったんです」

男性器を切除して「やっと自分になれた」と心から思った。

09両親の愛情があったから

全力で愛情を注いでくれた両親

ありがたいことに、私のことを好きだと慕ってくれる友人がたくさんいる。

「私、相手の嫌なところがあっても、他で好きな部分があればまあいいかなと受け入れられるんです」

「どんな人でもまず好きになって、自分が好きだということをちゃんと伝えるんです」

自分が普通じゃないから、他人を受け入れる器も大きい。

その安心感から、慕ってくれる友人や相談事をしてくれる友人が多いのではないかと思っている。

そんな人とのコミュニケーション法のルーツは、両親にある。

「親は私のことがとにかく大好きなんです」

「小さい頃から愛情をいっぱいに浴びて育ててもらいました。だから、自分もまずは人を好きになろうとするんだと思います」

高校を中退して引きこもった時も、大学で大失恋して半死半生だった時も、両親は常に自分に愛情を注ぎ、私が笑顔になれる道を見つけられるように見守ってくれていた。

親なりに私に期待していたこともあっただろうし、思い描いていた未来もあっただろう。

でも、それは隣に置いておき、精一杯の愛情を注ぎ見守ってくれていた。

子供の人生だから親の価値観を押し付けてはいけない。
子供が自分で生きていけるように、行く道を整備するのではなく、自らの道を歩んでいけるよう見守る。
ただ転んで立ち上がれなくなったら、いつでも帰ってくればいい。

そんなスタンスで、自分のことをずっと愛してくれていたんだと思う。

カミングアウトはしていない

小さい頃から自分らしさ全開。

「セクシュアリティに関してもダダ漏れで生きてきたから、カミングアウトなんてしたことがないんです(笑)」

昔から男女の性別の枠ではなく、自分は「しんぺいちゃん」枠として生きてきた。

「なんとなくオカマっぽい」と思っていた友人もいただろうが、友人関係においては何も支障がなかったから、あえてカミングアウトなんてしたことがないのだ。

両親にもカミングアウトはしていない。

「本が出版される前に、母親から『私っていつカミングアウトされたの?』って聞かれて」

「私もした記憶がないから、カミングアウトしていないんだと思う、って答えました(笑)」

書籍は両親も読んで、心から応援してくれている。

「母はそれこそ頑張れーって感じですね。父は『応援してる』の一言だけでしたが、きっと自分の言葉で感想を伝えると陳腐なものになっちゃうと思って、その一言に留めたんだと思います」

10悩み苦しんだ先に、答えがある

LGBTの現状とこれからについて

「LGBTの人たちの中には、ひっそり暮らしている方もいれば、自分のセクシュアリティを前面に出して法整備化などの活動をされている方もいます」

自分自身はあまり熱くなるタイプではないので、積極的にLGBTの人権問題や法整備などの活動をしていく気はない。

ただ、LGBT同士でも、そうでない人とでも、あらゆる人と人をつなげられる橋渡しができたらと考えている。

「法律とかはもちろん必要なんですけど、本来、なくて済むならその方がいいものだとも思うんですよね」

「だって、差別をしなければいい話なので、差別を禁止するのではなく、禁止しなくてもいい世の中になることのほうが大事だと思うんです」

「自分は昼間の一般企業に勤めているので、世の中にも私たちを受け止めるクッションが、少しはあるんじゃないかなと思っています」

それぞれができる範囲でできることをやっていき、少しずつ息苦しくない世の中をつくっていけたらいい。

「1人目は大変だけど、2人目の人はもう少し楽に社会に溶け込めて、3人目はもっとリラックスして過ごせてみたいな」

一人ひとりの積み重ねが、将来の差別なく生きやすい社会をつくることにつながっていくと思う。

セクシュアリティに悩むあなたへ

進むべき道をつくって「一緒だから大丈夫だよ」、なんて言ってあげることはできない。

なぜなら、ぴったりと個人に当てはまる枠なんてそもそもないのだから。

「私も含めていろんなセクシュアルマイノリティのサンプルが出てきているので、それを参考に自分なりのセクシュアリティを見出していってもらえたらなと思います」

自身のセクシュアリティを確立するには、生半可な思いではできない。

楽をして手っ取り早い道を選んでも、後々になって足元をすくわれることになる。

多かれ少なかれ規格外の生き方をするのは同じなので、本当に地に足を付けて一生懸命向き合って悩んでほしい。

「私も居場所を求めて、いろんな場所に出ていきました。いろいろ探りながら少しずつ自分になっていけばいい、答えが出るまで決してくじけずに進んでほしいです」

一方で、自分だけで抱えきれなかったら、周囲にちゃんと助けを求める勇気を持ってほしいとも思っている。

「親に言えなかったら、学校でも図書館でも交番でもどこでも駆け込んでほしい。誰か大人に助けを求めてほしい。中には助けてくれない大人もいるかもしれない。そんな奴はすぐに見限って、また別の大人に助けを求めればいい。くじけずに助けを求め続けて」

「必ず助けてくれる人はいるので、それだけは覚えておいてほしいなと思います。少なくとも世の中が、悪いものではないことは私が確認しているから、大丈夫(笑)」

あとがき
「(誰かの)子どもとして」でも、「性別がどうであるか」でもない。「信平さん」は、しんぺいさんだった。社会でつくられた型から自分を外して考えることができる人。でも、孤独なんて知らない。家族、友だち・・・取材中、背景には出会った人の愛情がずっと広がっていた■しんぺいさんは、文字や表情、色々な贈りもので喜ばせてくれる。恩返し?恩おくり?それは、大人になったらしたいことだった。今出来ることをしたい。出来ることをおくろう。(編集部)

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