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自分の人生は自分で拓く。【後編】

自分の人生は自分で拓く。【前編】はこちら

2016/09/02/Fri
Photo : Mayumi Suzuki Text : Kei Yoshida
添野 沙蘭 / Saran Soeno

1990年生まれ。神奈川県川崎市で生まれたのち、3歳から長野県長野市で育つ。持ち前の運動能力の高さを活かして、小学校4年生から陸上を始め、高校、大学とスポーツ推薦で進学する。現在は看護師の資格を取得し、都内の救命救急センターに勤務。2016年6月に性別適合手術を受け、女性から男性へ戸籍を変更している。ブログ「the ugly duckllng*」にて、時々のおもいを表現した添野さんの作品(画)を観ることができる。

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INDEX
01 好きだから一緒にいたい
02 充実した生活、ザワつく心
03 10年続けた陸上との決別
04 死と隣り合わせの現場で
05 女性であるという現実
==================(後編)========================
06 ”本当の自分” と向き合うとき
07 このままの体で死にたくない
08 家族へのカミングアウト
09 「息って、こんなにしやすいんだ」
10 怖がらずに一歩を踏み出すこと

06“本当の自分” と向き合うとき

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死にたいという気持ち

自分は自分。好きな人と一緒にいたいからいるだけ。

中学生で初めて女の子を好きになって、高校生で彼女ができた。

自分が周りの女の子とは違うかもしれないということは気づいていたが、それはどういうことなのだろう、自分は何なんだろうという自らの問いを、「何が悪いの?」と払い除けてきた。

「あの頃は、自分に向き合おうとしていなかったんだと思います。陸上もがんばってたし、”何でもできる” と思われていたし。でも、そんな華やかな表の自分がある反面、裏では不安というか恐怖をいつも抱えていて、トラックに轢かれて死んでしまいたいって思ったりしたこともありました」

「周りの目を気にして、華やかな表の自分であろうとして、その死にたいという気持ちを解決しようとしていなかったんです」

しかし、男性として生きられない悔しさが積み重なっていくうちに、自分の真なるセクシュアリティは男なのだという自覚が、より強くなっていった。

自分で動かなければ

では、どうすればいいのか。”本当の自分” と、どう向き合えばいいのか。

「自分の考えのなかで、体をつくり変えるという選択肢は排除していました。性別適合手術という手段があるとは知っていたんですが、親にカミングアウトすることができない、そもそも手術を受けるお金がない、と何かのせいにして積極的に調べようとはしませんでした」

「やっぱり、性別を変えることは勇気がでなかった・・・・・・怖かったんです」

それでも、やっぱり男になりたい。

でも、どうしようどうしようと堂々巡り。

そんな状態だから、仲のいい職場の先輩に相談したところで「まだ決意できていないなら止めときな」と言われるだけだった。

「いつか体が変わっていて、自分が生きたいセクシュアリティで生きている未来がくるんだ。そんな風にぼんやりと夢見ている自分がいました」

「でも、そんな未来はこない。自分で動かなければ。そのことに気づいたのが25歳でした」

07このままの体で死にたくない

胸の膨らみと生理

自分の体に対する嫌悪感は、確かにあった。

「風が吹くたびに嫌でした。服が体に張り付いて凹凸が見えてしまうから。胸を押しつぶすナベシャツを着てましたけど、それでも多少は膨らみが表に出てしまうので」

「生理はもちろん嫌だったし、体のラインが女性らしくなっていくのも、すんごい嫌で。風呂場で服を脱ぐたび、鏡を見て『あぁーーー・・・・・・っ』って。だから、体を鍛えまくってたのもあると思います」

そんな風に自分の体を疎ましく思っていながら、思春期から25歳まで性別適合手術を受ける勇気がでなかった。

自分で動かなければ望む未来はこないとようやく気づいたとき、さらに強く背中を押される想いがあった。

「自分で動かなければ、このままの体で死ぬんだって思って愕然としました」

「それは嫌だ。女の体で死にたくないって思ったんです」

男になる決意

看護師として約3年間働いて貯金もできたし、実際に手術を受けたFTMの友だちから話を聞いて羨ましさを感じていたし、悩んだとしても仲間はいっぱいいるし、何より将来を考えると、女性と結婚ができる自分になりたいと思った。

本当に好きな人と、自分が女性であるせいで結婚できないのは嫌だ。

どんなに男性として生きようと思っても、今の社会がそれを認めてくれない。

このままでは、将来のパートナーとの夢にも手が届かない。

「オレ、男になる」

決意を固め、まず最初におこした行動は、お母さんへのカミングアウトだった。

「いい思い出はそんなにないけど、両親のことは好きだから……。自分がカミングアウトすることで、どれだけ悲しむんだろうと思ったら、言うのが怖かった。でも、このままではダメだと思って」

今から自らの手で切り拓こうとしている人生。

その目標が勇気となった。

08家族へのカミングアウト

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お母さんに知っていてほしい

「実は16歳のときに一度、母に『女の子が好きなんだ』と伝えたことがあるんです。でも、そのときは、『私も小さい頃、従兄弟の女の子が好きだったわよ』なんて言ってきて、へー、そうなんだ、って話が終わってしまいました。母は、それを恋愛感情とは受け取っていなかったみたいで」

初めての彼女と付き合い始めた頃だった。

自分は女の子と恋愛をしているんだ、そのことをお母さんにも知っていてほしかったのだが、そのときは伝わらなかった。

そして、26歳になったとき、お母さんにカミングアウトする日が再びやってきた。

「母は16歳のときの告白を覚えていてくれました。『あぁ、あんた女の子が好きだって言ってたよね』って。それで、『性同一性障害って知ってる? たぶんオレはそれだと思う。それで今、男になろうと思ってる』と打ち明けました」

気づかなくて、ごめんね

自分の体が嫌でたまらなかったこと。死にたいと思っていたときがあったこと。

今まで、怖くて言えなかった気持ちを伝えた。

気持ちが伝わるうち、次第にお母さんの唇が震えてくる。

「今までちっともいい思いをさせてやれなかったのに、そのうえ、長いあいだ誰にも言えないまま、ひとりで苦しませていたなんて。気づかなくて、ごめんね」

お母さんの涙に、添野さんも泣いた。

「『一番の理解者でありたいと思ってるから』、母はそう言ってくれました。本当は母も怖かっただろうと思います。女の子として一生懸命に育ててきた子が、いきなり男の子になるって言うんです」

「我が子を愛しているからとはいえ、すぐに受け入れられるはずがないですよね。それなのに、そんな風に言ってくれて・・・・・・本当にうれしかったです」

09「息って、こんなにしやすいんだ」

家族からの理解

お母さんには男になるためにオペをする予定であることは伝えたが、その内容までは詳しく説明しなかった。

“子宮を取る” といった具体的な方法を説明することで、お母さんを傷つけたくなかった。

しかし一ヶ月後、再び実家を訪れたときには、性同一性障害について、性別適合手術について、お母さんはいろいろと調べていてくれたようだった。

「父にも伝えておいてくれたみたいで、顔を合わせたときに『あ、お前、男になんのか。生きたいように生きたらいいぞ』って言ってくれました。意外なほど、あっさりとしたもんでした(笑)」

お兄さんとお姉さんも、男になるという娘の希望を受け入れてくれた。

ただ、お兄さんからは「手術するなら、親が元気なうちはやめてくれ」と言われた。

「親を心配させたくないという気持ちからだったんだと思います。でも、ちゃんと親に気持ちを伝えて、認めてもらったうえでの判断なので、兄もきっと理解してくれるはずです」

そして、ホルモン治療を開始したのち、2016年6月、性別適合手術を受けるため、タイへと渡った。

やっとできたという解放感

「オペを受ける前は、『帰国したら、きっと世界は180度変わるんだ』って思ってたんですよ。でも、実際は、そこまでの変化はなかった(笑)。ちゃんと親にも伝えられているし、職場にもすでに受け入れられているし、仲間もたくさんいるからですかね」

「でも、確かに、ずっとモヤモヤし続けていた自分の気持ちに向き合って、やっと決意して、行動することができた解放感はありました」

それは、嫌だった自分の体からの解放でもあった。

「息って、こんなにしやすいんだ。そう実感しました。以前はナベシャツで胸を押しつぶしていたから息苦しかったってこともあるかもしれませんが、ナベシャツを取って、息苦しさはなくなっても、自分の体を見て辛くなっていたし」

呼吸をする、という無意識の体の活動。

そんなささやかな変化について話す添野さんの言葉に、喜びがあふれていた。

10怖がらずに一歩を踏み出すこと

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将来に向かって

戸籍の変更が完了すれば、いよいよ男性として生きることができる。

トイレだって気まずい思いをすることなく男性用を使用できるし、今まで大切にしてきた人間関係の中で、自分が思うように再出発ができる。

将来、女性と結婚することも可能なのだ。

今、添野さんは自分で切り拓いた人生を自分の足で歩き始めた。

だからこそ、社会に向けて何か行動を起こしたかった。LGBTERのインタビューも、そのひとつだ。

「絵本を描きたい。仕事をがんばりたい。結婚もしたい。僕には、いろんな企みがあるんです。それで手術したあと、とにかく何かしたいという気持ちが強くなって」

華やかな表の自分と、不安と恐怖を抱えていた裏の自分。

その狭間で苦しんでいた過去から抜け出して心も体も軽くなった今、”本当の添野沙蘭” として動きたいのだ。

「自分は、本当に周りに恵まれていて、セクシュアリティについてそこまで苦しむこともなかったけど、誰もがそうじゃないと思います。深く悩んでいる人もいるだろうし、自分から行動を起こせない人もいると思うんです」

「僕が発言することで、そんな人たちの力になれたらと思って、このインタビューに応募しました」

自分の言葉や行動が、誰かの力になれるはず。

そう、信じている。

過去の自分に

最後に、モヤモヤとしていた頃の自分に言ってあげたいことはありますか、と聞いてみた。

「もっと自分を見ろ、本音で生きろよ、と言ってあげたいです。ただ夢見ているだけでは人生は変わらない。怖がらないで、自分が一歩踏み出さないと」

その声は、やっと、その一歩を踏み出せた確かな自信に満ちていた。

あとがき
悩みの正体も分からない、分かっても気づきたくない。10代からずっと続いた混沌とした沙蘭さんのおもい―― 大きな歩幅で颯爽と現れた、初めて会った日とは異なる、ちょっと神妙な面持ち、揺れ動く気持ちが感じられた取材だった■サイトLGBTERへエントリーして下さった理由は、自身への決意表明でもありそうだ。でも、誰かに伝わりやすい言葉を用意することはない。先に行って、たとえそれが思い違いだと知っても、「いま思う私」を進む沙蘭さんを追いたい。(編集部)

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