INTERVIEW

人間が好き―― だから、ろう者もLGBTも、その間にある川を超え橋を渡す【後編】

人間が好き―― だから、ろう者もLGBTも、その間にある川を超え橋を渡す【前編】はこちら

2016/03/09/Wed
Photo : Mayumi Suzuki Text : Momoko Yajima
高野 幸子 / Sachiko Takano

1970年、神奈川県生まれ。手話フレンズ代表。手話講師。両親、妹ともに耳の聞こえない家庭に育つ。子どもの頃から心は男性、身体は女性のトランスジェンダー(FTM)だが、高校からは女性として振る舞い、一般企業に就職後はOLとして働く。31歳で性同一性障害と診断される。特技はモノマネ、趣味は旅。付き合って17年になるパンセクシュアルのパートナーと暮らし、2015年に世田谷区のパートナーシップ宣誓書の交付を受ける。「モンキー高野」というニックネームで、全国での講演やイベント活動を活発に行っている。

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INDEX
01 家族みんなろうのデフファミリー
02 「女の子として」という母のこだわり
03 息抜きは「テレビ局の裏方めぐり」
04 完全に女性として振る舞った高校時代
05 セクシュアリティの揺れと性同一性障害の診断
==================(後編)========================
06 封印していたモノマネパワーが炸裂!
07 即行動の、超ポジティブ&アクティブさ
08 ひとり旅、そしてパートナーとのふたり旅
09 家族へのカミングアウトと母からの抗議
10 異なる土台に立つ人たちをつなぐ役割として

06封印していたモノマネパワーが炸裂!

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ろう者の合コン全国行脚でモノマネを初披露

受け身でおとなしかった子ども時代から、活発で積極的な現在の高野さんに変わるきっかけには、何があったのだろう。

「ろう者の合コンに顔を出すようになったことですね」

合コン、と言っても、男女のそれである時もあったし、単に友だち作りのような場もあった。
「今の若い子たちはそういうのは、あまりやらないみたいだけど、昔は全国でろう者が出会う場が結構あったんですよ」

学校も卒業して、仲のよい部活の先輩たちともバラバラになった頃、ひとりで全国の合コンに顔を出すようになる。横浜ではサーファーたちと遊んだり、何でも参加して、色々なろう者の仲間と知り合うのが楽しかった。

たまたま大阪での合コンに参加した時、初めて人前でモノマネを見せた。すると、ウケにウケた。

「『どこから来たの?』と聞かれて、『東京』って答えると、『ほんまかいな!』って(笑)。もっとみんなの前でやればいいのにと言われたので、親が許さないからできないと答えると、『そんなの関係ない、関係ない!もったいないよ』って。そこからなんだか吹っ切れて、自分を出せるようになってきたんです」

お嫁にいけないと母から禁止され、封印してきたモノマネ。その封印を、21歳で初めて解いた。

「それから、すごく気持ちが楽になった」と今、振り返る。

自分を表現するよろこびを知って

以来、次々と人前でモノマネを披露するようになる。

アントニオ猪木、大魔神、志村けん、サル、ゴリラ、森進一、美川憲一、映画のシーン、そこら辺の彫像……。ジャンル問わず、とりあえずみんなの前でやってみて、どれがウケるかの反応を見る。

みんなからのアドバイスももらって、遊びながらマネをしていくスタイルだ。

表現することが、こんなに楽しいとは――。

押さえつけられていた本来のパワーが、モノマネ解禁をきっかけに爆発。その後、ろう者の劇団やアングラで過激な劇団に参加したり、落語にも挑戦するなど様々な経験を経て、表現の幅を広げていく。

現在、自身が代表を務める手話の学校では、時折、自分や講師陣によるコントや芝居、モノマネなどの企画を行うが、毎回満員御礼。自分と同じくトランスジェンダーを公表している講師との夫婦漫才も好評だ。

「今の自分はストレスがまったくないんです。30歳ぐらいまではあったんだけど、悩んでも無駄だなってある時気がついて。今日は今日、明日は明日と思うようになりました」

07即行動の、超ポジティブ&アクティブさ

新生・モンキー高野として

高野さんの話を聞いていると、耳が聞こえないというハンディキャップをどこにも感じることができない。

手話や表情で伝えてくる話しぶりが明るくパワフルなのはもちろんだが、その内容にも、度肝を抜かれる。とにかく活発で、刺激的な体験ばかりだ。

汚物もどきや液体が観客に飛んでくるようなアングラな劇団に客演していたかと思えば、スポーツもまたすごい。ボディボードやスキューバダイビング、バンジージャンプにトレイルランニングなど、何でも経験している。

よく調べずに「おもしろそう!」と思ってエントリーしたトレイルランニングの大会が、実は世界中のプロが参加する本格的な大会だったり(大会の前夜祭で有名な選手ばかりということに気がついて、チームメイトの友人たちには大ひんしゅく!)、水泳の試合に出るのに練習もせず出場してみたり(しかも、何の大会だったかいまだによくわかっていない)、津波に巻き込まれそうになったり、滝を登ったり飛び込んだりするシャワークライミングにはまったり……スポーツ経験についてのエピソードには事欠かない。

雪山であわや遭難!

しかしアクシデントもたくさんある。

特に、雪山で遭難しかけた時には、みんなが心配した。チームを組んで、みんなで鹿に会いに行こうと冬の登山を楽しんでいたのだが、鹿を見つけ追いかけているうちに、自分ひとりが違う方向に進んでしまう。気がつくとひとりぼっちになっていた。

「朝になって戻ってみたら、みんながちょうど捜索のヘリコプターに電話しようとしていた時だった。でも、もう行方不明になったと母親にも連絡がいっていたから、母も卒倒してしまって。当時、一緒に暮らしていた友人も、自分が死んでしまったと思って大泣きしていました」

思い立ったら、即行動する性格。

「今度は気を付けようって思ってても、忘れちゃうんですよね。ああ!失敗した!!みたいな感じで(笑)」

仲のよい友人からはADHD(注意欠陥・多動性障害)を指摘されたりもするが、それで悩んだりといったことも特にない。

ろう者で、トランスジェンダーで、もしかしたらADHDかもしれない…… それはトリプルマイノリティと呼ばれるものだろうけれど、まったく、だから何?と問いたくなるような、素直さと純粋さを持ち合わせた、不思議と人を引き付ける魅力のある人なのである。

しかし、2007年にはプロレスで脚を骨折。以来、スポーツはほとんどできなくなってしまったのが、もうひとつの趣味がある。旅だ。

08ひとり旅、そしてパートナーとのふたり旅

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病みつきになったひとり旅

スポーツも、表現活動も、とても好きな活動だが、あえてひとつ、自分にとって特別な経験を上げるとすれば、それは「旅」だ。

知らないところへ行き、知らない文化に触れる。旅は毎回、スリルと刺激に満ちている。

ひとり旅を始めたのは28歳の時から。それまでは友だちと一緒にツアーに参加していた。しかしその国の文化も何もわからないまま、友だちと喋って終わってしまうツアー旅行にだんだん物足りなさを感じ、ひとり旅をするようになる。

最初はタイで1か月を過ごすことから始めた。

相手にはこちらの意思が通じない。だが、逆にそれが面白い。どうやったら通じるかを考え試すことが楽しくて、写真を見せたり、タイ語を勉強したりタイ人に教えてもらったりと、コミュニケーションを取る楽しさにはまった。

もともとチャレンジすることが大好きな人間にとって、旅はかっこうのアクティビティだった。

一番インパクトが強い国はインド。

「すごいエネルギーとパワーに満ちていて、もう別世界。でも、インドは行くと嫌いになるんです。大嫌い!と思って日本に帰ってきて、そしてまた行きたくなる。インドは、楽しむのは難しくて、つらいだけなんだけど、でも何となく落ち着かなくてまたチャレンジしたくなる国なんです」

大嫌いで大好きなインドへは大切なパートナーと

インドには、17年の付き合いになる現在のパートナーとふたりで4回訪れた。

手話が通じないので、身振りや写真を見せてコミュニケーションを取る。「すごい音がしているよ」など、いろいろと音の情報はパートナーにもらう。

いつもたくさんの人に囲まれているが、1年に1回は必ずパートナーとふたりで旅に出るのが関係を長続きさせる秘訣だ。これまでにアジアやヨーロッパを中心に多くの都市を巡った。今年はトルコ、地中海への旅を計画中だ。

現在のパートナーにはほとんど一目ぼれだった。

当時高野さんには同じFTMの恋人がいたし、好きになった彼女は聴者で既婚者。ハードルは高かったが、すぐに猛アタックを開始した。当初は嫌がられはっきりと拒絶もされたが、粘り強く友人としての付き合いを続けた。

「自分にないものを持っているし、全然キャラが違うから惹かれるのかも」

何度断られても、チャレンジする。これはまるで、強敵・インドを何度も攻略しようとする姿と重なり、なんだか笑ってしまう。

09家族へのカミングアウトと母からの抗議

初めての相談相手は、中学3年生の妹

最初にカミングアウトした相手は8つ下の妹だ。

仲のよい姉妹だと思う。毎日ふたりでお喋りをして、たいてい妹が聞き役。彼女ならわかってくれるだろうという思いがあった。

「彼女が中学3年生の時、自分のセクシュアリティのことを伝えました。妹は、『ああ、そうなの? 別にいいんじゃない。もっとオープンにしたら?』という反応でした」

しばらくは二人だけの秘密で、こっそり話したりしていた。

父は、といえば、「ちょっと変わった人で」と前置きしたうえで、「父は何も言わない人。ああ、そうなんだ、ご自由にどうぞ、みたいな人で。娘をはじめ、あまり人の行動にとやかく言う人じゃないんです。もし父親らしい父親だったらもっと心配していろいろ言ってきたかもしれないけど、自分の世界が大好きな人なので。あの・・・・・・ UFOが好きなんですよ(笑)。なんかいいですよ、うちの父は」と笑う。

また、父親は人が大好きで、すぐに誰にでも話しかけてしまうのだ。その人懐っこい性格は、自分にも受け継がれていると思っている。

きっと、ずっと、母とは平行線

問題は、母だ。

幼い頃からスカートをはかせたがり、女の子らしさを求め、お嫁さんになれないからという理由でモノマネも禁止してきた母。

「とにかく母は、結婚しろ、結婚しろと、ずっと言ってきた。それである時、もう我慢できなくて、『無理! だって、自分は女の子が好きだから!』と言ったんです」

正直、母にはすごく嫌な顔をされた。

「気持ち悪い」「レズはダメよ」、そして「前の方がよかった」

自分は昔から変わってなんかいない、同じだと説明したが、母は高校生の時に男の子と付き合っていたことを引き合いに出し「男の子とも付き合えていたでしょ」と言う。23年経った今も、「昔はかわいかったのに、残念」と嫌味を言われる。

「母はどうしても『結婚』にこだわっていて。孫を産んでほしいみたいなんだけど、自分ももう45歳だし、どっちにしても年齢的に無理なんですけどね」

母はLGBTの人たちに偏見がある訳ではない。

トランスジェンダーの友人のこともよく知っていて、好いてくれている。しかし、自分の娘のこととなるとどうしても諦められないらしい。妹が子どもを産んでくれて、母を無事におばあちゃんにすることができたのがせめてもの救いだ。

10異なる土台に立つ人たちをつなぐ役割として

人間が好き―― だから、ろう者もLGBTも、その間にある川を超え橋を渡す【後編】,10異なる土台に立つ人たちをつなぐ役割として,高野 幸子,トランスジェンダー、FTM

パートナーシップ宣誓書

2015年は、大きな一年だった。

2015年11月に世田谷区の「パートナーシップ宣誓書」を申請、受領された。これは条例と違い法的な効力はなく、その実効力も未知数だが、LGBTの人たちが社会的に認知されるきっかけのひとつになればと願っている。

実際、高野さんはよくケガをする。

ちょうど1年ほど前にも自宅で転んで骨折し、ボルトを入れる手術をした。これまでは病院で手術が必要な場合は血のつながった家族の同意書が必要で、その度に母親を呼んでいた。

しかし、母と離れて暮らして長く、現在のパートナーとは17年も一緒に暮らしている。すでにパートナーは家族以上に家族になっているのに、同意書にサインすることはできなかった。

この宣誓書が書類としていずれ病院で採用されれば、パートナーが同意書にサインすることが可能になるかもしれない。

他にも、相手の住民票を取るにも委任状が必要な場合があったり、社会保障もすべて別々と、いろいろ不便さや不利益は残る。

だがこの一歩のために、政治の場で一生懸命動いてきてくれた人たちがいることも知っている。次の一歩に進むための、大切な、最初の一歩だ。

ろう者とLGBT

2015年4月には、それまで12年間勤めていた手話の学校が事業をやめたため、それを引き継ぎ、代表に就いた。
今後、やってみたいことは「ろう者が学べる場所をつくること」。

「聞こえる人と聞こえない人の情報格差ってすごくあるんです。そこを、聞こえる人ベースではなく、もうちょっとろう者視点での企画ができないか考えています。聴者とろう者の間にはまだまだ見えない壁があるので、ろう者はろう者だけ、聴者は聴者だけでかたまってしまう。でもだからこそ、両者をもう少し橋渡ししたいと思っています」

1階にカフェなどがあって、みんなでお茶をしながら、相談を受けたり、聴者とのつながりについて考え学べる場所。そんな場所が作れたらいいと思っている。

また、実感として、LGBTであるろう者は多いと感じる。

最近行われた調査では、日本におけるLGBTの割合は7.6%とも言われている(電通ダイバーシティ・ラボ「LGBT調査2015」より)が、高野さんがこれまでに通ったろう学校には、全学年に必ず1人はセクシャルマイノリティがいたという。

「ろう学校からLGBTについて話してほしいという講演会の依頼も来ることがあります。実際、ろう者のLGBTの子どもたちもたくさんいるから、そういう子たちをサポートしていけたらいいなと思っています」

ろう者も、聴者も、LGBTも、そうでない人も。共に笑い、手を取り合うことは可能だと信じている。笑いに勝る良薬なし――おなかの底から笑えたなら、きっとみんなが幸せになれる。そのことを一番よく分かっている高野さんは、だから、今日も得意のモノマネで誰かを笑顔にしているに違いない。

あとがき
撮影から始まった取材では、緊張した様子。「モノマネしていた方が緊張しない(苦笑)」の一言に、みんな爆笑。モンキーさんのエピソードには、過去にも現在にも、笑い声が溢れていた■小さい頃、探検して見たTV局の仕事。大道具、小道具、照明、音声etc… モンキーさんなら、どんな裏方スタッフにもなりきって、番組「笑顔の素(仮)」を創れるかも?と想像した。通訳さんにも恵まれて、音がないことを忘れてしまう賑やかな取材だった。(編集部)