INTERVIEW

何かになろうとしなくていい。【後編】

何かになろうとしなくていい。【前編】はこちら

2016/10/16/Sun
Photo : Taku Katayama Text : Kei Yoshida
時川 りお / Rio Tokikawa

1989年、秋田県生まれ。武蔵野美術大学芸術文化学科在学中に性別適合手術を受ける。同大学を3年生で中退したのち、医療系の大学の言語聴覚学科に進学。言語聴覚士の資格を取得し、補聴器のメーカーに就職する。また、FTMイベントを主催する友人から誘われてDJとしての活動をスタート。さらに友人のバーを手伝うことになり、勤めていた会社を辞めたあとは、DJのほかにもトランスジェンダーモデルやライターなどとして活動の幅を広げている。

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INDEX
01 テニスと水泳とバレーボールと
02 男性に ”反応” する自分
03 疲れ果てた末に更生施設へ
04 新しい生活、変わっていく体
05 女性として生きていこう
==================(後編)========================
06 彼の家族になるために
07 悩んでいる人の手助けを
08 やっと見つけた自分の居場所
09 これは全部、私が選んだこと
10 完璧ではないからこその美しさ

06彼の家族になるために

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この人のために生きよう

「19歳の時、本当に好きな人ができたんです。それまでは、付き合ってもすぐに終わっちゃってたし、ちゃんと好きになったことも、好きになってもらったこともなかった」

「初めてでした」

相手は、LGBTという言葉さえも知らないようなストレートの男性。最初は女性だと思って接しているようだった。

「好きだと言ってくれました。自分が男だということを伝えても、特に驚いた様子もなく、いいよって。りおは、りおだから好きになったんだって言ってくれたんです。それが本っ当にうれしくて」

「女には絶対になれないと思っていたし、男の自分は嫌だったし、どっちかだけじゃなくて、両方の私を見てくれたのがめちゃくちゃうれしくって・・・・・・」

「この人のために生きようと思いました」

戸籍を変えるしかない

彼には家族がなかった。両親を事故で亡くし、孤児院で育ったのだ。

そのことでいじめられたこともあり、コンプレックスだったということを、寂しそうに話すこともあった。

「そんな彼を見て、私が彼と結婚して、家族になろうと思ったんです。当時は同性パートナーシップ条例もなかったし、結婚するには私が戸籍を変えるしかない。それで、手術を決意しました」

「誰かのために手術するなんて、不謹慎だと言う方もいるかもしれません。自分の体なんだから、自分のために手術するべきだと。でも、私はどうしても彼の家族になりたかったんです」

事前に、彼にも手術について相談をした。

「しなくていいよ」と彼は言ってくれたが、決意は変わらなかった。

手術を受けたのは20歳の冬。大学2年生の終わり頃だった。

病院の待合室で同じく手術を受ける人と話すうちに、トランスジェンダーの友達もできた。

「今までは、LGBTの人たちと深く関わることがなかった。でも、手術をきっかけに友達もできて、仲間ができたという安心感はありました」

ずっとひとりで抱えていた痛みと不安が、少しずつ解放されつつあった。

07悩んでいる人の手助けを

断たれた夢

しかし、手術後の生活はラクではなかった。

傷口が痛み、再手術をすることになり、大学に復学することも難しく、そのまま中退することになってしまった。

大学を卒業したら、学芸員の資格をとって就職しようと思っていた。その道が断たれたのだ。

これからどうしよう・・・・・・。途方に暮れていたとき、ブログにコメントがあった。

「病院で出会ったMTFの人からでした。その方は、職場で女性として扱ってもらえないことで悩んでいました。自分の低い声が嫌だし、化粧もしたことないと言うので、お化粧をしてあげたんです。そしたら、すごく喜んでもらえて」

ブログには、匿名で「忘れているかもしれませんが、以前あなたにメイクをしていただいた者です。あのとき、私は救われました。辛い時期だと思いますが、お互いに頑張って生きていきましょう」と書かれていた。

「泣きそうになりました。喜んでもらえたことが、うれしかったんです。それからは、悩んでいる人のために何かしたいと考えるようになりました」

トランスジェンダー向けのセラピーを

メイクの道に行くか、声を高くする方法を探す道に行くか。

どちらも女性として生活していくうえで、普段から自分が実践していることだという自信があった。

考えた先に選んだのは、国家資格である言語聴覚士を目指す道。話すことのスペシャリストになれば、声で悩む人の手助けができると考えたのだ。

そして、医療系の大学の言語聴覚学科に進学。生活費と学費をアルバイトで稼ぎながら4年間通った。

卒業後は言語聴覚士の資格を取得し、補聴器のメーカーに就職した。

「働きながら、トランスジェンダー向けの声に関するセラピーを行なっている先生のところで、声の出し方や話し方など、そのメソッドを勉強させていただきながら、お手伝いをしていました」

しかし、師事していた先生がセラピーをやめ、その難しさを知ることになった。

ある程度の年齢を重ねてしまうと声質を変えることが難しい。医療行為としてセラピーを行なうにはドクターの処方が必要だがドクターが見つからない。

女性の声を手に入れても必ずしも女性として社会に順応できるわけではない。

様々な困難が見えてきた。

「声だけをどうにかできても、すべての問題が解決できるわけではない。そう思ってしまったんです」

そして、また進むべき道を見失ってしまった。

08やっと見つけた自分の居場所

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一ヶ月でDJデビュー

「突然、友達から電話がかかってきて『りおちゃん、来月DJやらない?』って言われたんです」

電話をかけてきた友達は、FTM中心のイベント「GRAMMY TOKYO」のオーガナイザーだった。

DJなんて、やったことはなかった。でも、鬱々した気分を変えるためにも新しいことに挑戦してみようと思った。

「やりますって答えてから機材を用意して、一ヶ月みっちり練習して(笑)。本番は、会場にいたお客さんがすごく楽しそうにしていたのが印象的でした。そこでは、トランスであることを隠さなくてもよくて、ありのままでいられる」

「いろんな生活をしている人が、同じ楽しさを分かち合って、ひとつになって盛り上がって、自分らしくいられるっていう姿を見て、私、これに関わりたい! と思って。それからは、毎回DJとして参加するようになったんです」

DJとしての活動を始めて、モデル事務所からスカウトされ、学生時代からアルバイトとしてやっていたモデル業を仕事としてスタートすることになった。

時川りおでいること

そして、人手が足りないという友人のバーを手伝うようになって、勤めていた会社は退職した。

しかし、自分の居場所をやっと見つけたという実感があった。

「どこに行っても自分を隠さなくてよくなったので、すごく気がラクになりました。以前の職場では、男だったことは言ってなかったので」

「トランスジェンダーであることを隠して、社会に馴染むようにして暮らすのがラクだという人もいるかもしれないけど、私にはオープンにできる環境の方が合っていました」

現在では様々なイベントでDJやモデルとして出演しつつ、トランスジェンダーとしての視点で執筆活動も始めている。

「仕事が何かと聞かれたら、”何でも屋” としか言いようがないです(笑)。強いて言うならば、”時川りおでいること” が仕事です」

「世の中を動かす力は私にはないし、特に大きなことをするわけではないんです。トランスジェンダーがDJとかモデルをしながら普通に暮らしているだけ。それが、これからトランスする人にとって何らかの参考になったらいいなと思っています」

09これは全部、私が選んだこと

セクシュアリティも個性の一部

「性的マイノリティの ”特別感” をなくしたいんです。例えばトランスジェンダーの人に対して、『この人は性同一性障害という病気だから、優しくしないといけない』と考える人もいると思うんです。でも、そういった ”特別な” 扱いは、当事者を傷つけるかもしれないし、お互いにプレッシャーを与えることになるかもしれない」

ただ、普通に接してくれればいい。

「これは全部、私が選んだことだと思っています。病気じゃないし、かわいそうじゃない。私が選んで、こうやって生きているだけだから」

「セクシュアリティも個性の一部。なにも特別なことじゃないんです」

普通に生きているだけだから、普通に接してくれればいい。

だから、SNSにも何も特別なことは書かない。普通に暮らしている様子だけを書く。

トランスジェンダーというジャンル

「FTMのイベントといっても、特別なことをしているわけではないんです。ストレートの人たちが集まるクラブイベントと同じように、当事者たちが面白いことをやろうと企画しているだけ」

セクシュアリティが関わるイベントは、とかく奇異なものと思われがちだが、根底はどこも同じ。たくさんの人とつながって、楽しみたいだけなのだ。

「トランスジェンダーって、単なるひとつのジャンルだと思うんです。ヒップホップのイベントやレゲエのイベントみたいに」

「イベントだけでなく、モデルもそう。赤ちゃんモデルやママモデルがいたら、トランスジェンダーモデルもいる。それが普通なんじゃないかなって思うんです」

時川りおとしての様々な活動を通して、いろんな反響がある。

それは必ずしもトランスジェンダーからだけではない。

「女装が趣味の方やジェンダーレスファッションが好きな男の子も、私の活動を見てくださっているようで、一つひとつの反響がとてもうれしいし、勉強になります。でも、時川りおは最後にいなくなればいいと思ってるんです」

「今は、まだまだ性的マイノリティのことは知られていないし、トランスジェンダーとしての私がコンテンツとして必要とされている時代だから、こうやって活動させていただいてますが、そのうち、トランスジェンダーが当たり前になって、こんな活動も必要なくなると思うんです。それが、社会として一番いい」

「そしたら、タバコ屋のおばちゃんでもやりますよ(笑)」

10完璧ではないからこその美しさ

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どんな自分でもいいんだよ

中学校一年生からずっと、誰にも言えずひとりで、痛みと不安を抱えてきた。

あの時の自分に、どんな言葉をかけてあげたいと思うか。

「何かになろうとしなくていい。何かであることに固執しない方がいいよって言ってあげたい」

「トランスする前なら、男であることばかりに固執しなくていいし、トランス中なら完璧な女になることに固執する必要もない。あの頃の私は、こんな自分は嫌だ、こうじゃなきゃ駄目だって、そう思い込んで苦しんでいた。そうじゃなくて、自分はどうあっても自分なんだから、どんな自分でもいいんだよって言ってあげたいですね」

自分の潔癖さが自分を苦しめていた。

今なら分かる。

「完璧じゃない自分も悪いもんじゃないなって、今の私は思います。完璧ではないからこその美しさがあるって分かったから。ボーイッシュな女性がいたり、フェミニンな男性がいたり」

「それって素敵なことだなって思うんです」

人との出会いで分かること

そういう風に思えるようになったのは、たくさんの人と出会うことができたからこそ。

相手から言われることで初めて気づくこともたくさんあるし、自分がコンプレックスだと思っていたけど、相手は長所と捉えていたりすることもある。

「だから、イベントに行ったりして、コミュニティに入ってみるのもいいと思います。会って、話してみると分かります。みんな、きっと悩みを抱えているって。完璧な人なんていないんです」

そして今後、コミュニティの内外で活動するにあたって、何がやりたいかと問うと「何でもやってみたい」との答えが返ってきた。

「時川りおというひとりのMTFが、小説を書いたらどうなる? 前衛芸術をやったらどうなる? そんな風に、いろんなことに楽しみながら挑戦していきたいと思います」

トランスジェンダーが普通に暮らしながら、いろんなことに挑戦し、世界中へ発信する。その活動はきっと、当事者にとってはもちろんのこと、そして当事者以外の人にも、ひとりの人間の等身大の生き方として、様々な可能性を見せてくれるはずだ。

あとがき
りおさんのインタビュー、心がヒリヒリした。名前よりも先に神様に決められてしまう「性」が、「生」をおびやかすことがある。神様の仕業ならば、その理由はたずねられない■人生で起こることは「必然」とも言われる。それがどうなのか、意味を考える機会になった■キレイな笑顔で「・・・・・・全部自分のチョイスなんです」という。「 “時川りお” を加えたらどうなるのか?」とも。さらに加速する、りおさん+○○の科学反応を楽しみにしたい。(編集部)