INTERVIEW
等身大の「私」を、まだ出会っていない人たちへ届けませんか?
サイト登場者(エルジービーター)募集

何かになろうとしなくていい。【前編】

パンツにヒールで颯爽と現れた時川りおさん。長めの前髪の奥で漆黒の瞳が揺れる、ミステリアスな美女だ。「でも、男の格好もするんですよ。戸籍は女だけど、それは単なる社会的な記号だから。自分のセクシュアリティがMTFなのかMTXなのか・・・・・・、最後まで答えは出ないかもしれないと思ってます」。ふわっとしていて掴みどころがない。第一印象でそう感じたのは、きっと、これまでの人生で彼女が培ってきた、極めてバランス感覚に優れた客観的視点による言葉からだったのだろうと、インタビューの終わりに思った。

2016/10/13/Thu
Photo : Taku Katayama Text : Kei Yoshida
時川 りお / Rio Tokikawa

1989年、秋田県生まれ。武蔵野美術大学芸術文化学科在学中に性別適合手術を受ける。同大学を3年生で中退したのち、医療系の大学の言語聴覚学科に進学。言語聴覚士の資格を取得し、補聴器のメーカーに就職する。また、FTMイベントを主催する友人から誘われてDJとしての活動をスタート。さらに友人のバーを手伝うことになり、勤めていた会社を辞めたあとは、DJのほかにもトランスジェンダーモデルやライターなどとして活動の幅を広げている。

USERS LOVED LOVE IT! 95
INDEX
01 テニスと水泳とバレーボールと
02 男性に ”反応” する自分
03 疲れ果てた末に更生施設へ
04 新しい生活、変わっていく体
05 女性として生きていこう
==================(後編)========================
06 彼の家族になるために
07 悩んでいる人の手助けを
08 やっと見つけた自分の居場所
09 これは全部、私が選んだこと
10 完璧ではないからこその美しさ

01テニスと水泳とバレーボールと

何かになろうとしなくていい。【前編】,01テニスと水泳とバレーボールと,時川りお,トランスジェンダー、MTF

「女みたい」と言われても

歌を歌うのが好き。空想するのが好き。放課後にみんなでテレビゲームをしたり、野球をしたり。

普通の男の子だった。

「自分としては、男の子だから女の子だからと意識しないで、みんなで一緒に仲良くしているつもりでした。でも顔も中性的だったし背も小さかったので、周りから『女みたい』とからかわれることもありましたね」

からかった子を、いつか見返してやろう。

そんな想いから、背を伸ばすために牛乳をせっせと飲み、いろんなスポーツに挑戦した。

挑戦したスポーツはテニス、水泳、バレーボール、そして陸上も少し。一番長続きしたのはテニスだった。

「母が私にスポーツをやらせたかったようで、いろいろ習わせてくれたんですが、気を遣いすぎる性格のせいか、団体競技は向いてなかったみたいで続きませんでした」

「でも、テニスは小学校4年生から高校一年生くらいまで続けましたよ。自分が頑張れば成果を出せる個人競技だったからかな。最後の方は部に所属しているだけだったけど、今でも機会があったらやりたいですね」

恋愛については考えないように

ある日、自分がひとりの男の子を特別に意識していることに気づいた。

おそらく、それは ”好き” という感情だった。

それが友情としての ”好き” なのか、恋情としての ”好き” なのか、おそらく理解してはいなかったけれども。

「気の合う女の子と一緒にいても楽しいし、男の子と一緒に騒いでいても楽しいし。そこを区別しようとは思っていなかった。でも、周りの友達が恋愛について話していても、自分はあまり口に出しませんでした。無意識に避けていたのかも」

友情なのか恋情なのか。

理解はしていなかったが、自分のその感情は男の子が男の子に対して抱くものとしては少し異質なのかもしれない、と感づいていたのだろう。

「これって言っちゃいけないことかもって思ってて。あの頃は、自分の恋愛については言わないように、考えないようにしていました」

02男性に ”反応” する自分

異常だと思われたくない

中学一年生の時、時川さんが「すべての発端」と呼ぶ事件が起こる。

家族みんなで出かけた温泉で、ひとりでいる時に見知らぬ男性から声をかけられた。

話しているうちに脱衣所のトイレに連れて行かれ、体を触られた。

「嫌だったし怖かった。なのに自分の体が反応してしまったのがものすごくショックで・・・・・・」

「同性に対して特別な感情を抱くことはあっても、今までは自分のセクシュアリティについて考えることはなかったのに、そこで初めて自分は男に反応するんだということを自覚して・・・・・・ショックでした」

家族にはとても言えなかった。

どう説明したらいいのか分からなかったし、自分が異常だと思われたくなかった。

このことはひとりで抱えていかなければ。

もっともっと汚れてしまえば

やがて、家族に求めることができなかった救いの手をインターネットに求めるようになった。

男性が男性に特別な感情を抱くってどういうこと? 同性愛とは何? 調べ続けた先で、ゲイの掲示板にたどり着いた。

「その頃はLGBTの支援サイトもなかったし、情報を得るには出会い系みたいなサイトしかなくて。そこで、いろんな人と知り合いました。同年代の子もいたし、大人もいた。会うと性的なことをしてくる人もいました。でも、それでよかったんです。そういうことをされることで、あのことを忘れたかったから」

「自分がもっともっと汚れてしまえば、いつか、あのことも気にならなくなるかもしれないと思って」

しかし、掲示板を介して出会った人たちは、救いも安心感も与えてくれなかった。

そして、出会った誰かを好きになれるはずもなかった。

「嫌いでした。なんでみんな、こんなことをしたがるんだろう。私の体をなんだと思ってるんだろう。いつも憤りを感じながら、そういうことを繰り返していました」

自分の体を汚さないと、抱えている痛みと不安に耐えられなかった。

03疲れ果てた末に更生施設へ

何かになろうとしなくていい。【前編】,03疲れ果てた末に更生施設へ,時川りお,トランスジェンダー、MTF

両親とは喧嘩ばかり

「ちょうどその頃から両親が別居するようになって、私も家に帰らなくなってしまったんです」

「幸いなことに友達はたくさんいたんで、友達のところに泊まったりとか、掲示板で知り合った人のところに行ったりとか。だんだん素行が悪くなっていったんですよね・・・・・・」

両親とは、顔を合わすたびに喧嘩ばかり。

しかし、次第に何も言われなくなっていった。

「父方の祖父が自己破産したり、うちに借金取りが来たりして、親も私だけにかまっていられない状態だったんだと思います」

親からも離れ、孤独のなかで自分を汚し続け、そのたびに傷が増えた。

ある日、警察に補導された時には、もう傷だらけだった。

「中学を卒業して、高校に入るか入らないかくらいの時期でした。ようやく親も、私の精神状態が危ないってことに気づいて。・・・・・・全寮制の更生施設に入れられました」

「私はその頃には疲れ切ってしまっていて、もう好きにしてくださいという状態で、無抵抗でした」

もう死んでしまおう

朦朧とした状態で入った施設だったが、カウンセラーともほかの寮生とも仲良く過ごすことができた。

そして、好きだと思える男性とも出会うことができた。

「一個年上の人でした。彼の悩みを聞いてあげるうち、一緒に寝たり、キスをしたりするようになりました。でも、その関係がバレて、私が退寮させられちゃったんです」

「合意のうえでそういうことをやっていたはずだったんだけど、彼はストレートだったし、あとで後悔したのかな・・・・・・、悔しかったですね」

そのタイミングで、同性が好きであることを両親に知られることになった。

「『男が好きなの?』って確認されて、『たぶん、そうだと思う』と答えました。そしたら、『そうか』って。賛成も反対もなかった。それで、あ、だめだ、自分のことは誰も理解してくれないって思ってしまって」

「もう死んでしまおうと、家にあった薬を手当たり次第に飲んで川の方へ歩いていった・・・・・・らしいんです。覚えてないんですけど。目が覚めたら、病院のベッドの上でした」

閉鎖病棟での3週間の療養ののち、やっと病院の外に出た。

「これからどうしよう。とても不安でした。でも、外がすごいキレイだったんです。太陽がキラキラしてて。それで、どうにでもなるような気がして、もうちょっと頑張ろうって思うことができたんです」

それが、高校1年生の夏だった。

04新しい生活、変わっていく体

高校からはオープンに

学校に行こう。

病院を出た時に見た美しい外の景色は、前向きな気持ちにさせてくれた。

「怖いものが何もなくなっちゃって、自分が生まれ変わったようでした。高校からはもう、男性が好きなこともオープンにしました。周りからは ”ちょっと変わっている人” って感じだったのかな」

「大人しい子が多い進学校のなかで、私は髪染めてピアスしてたし、バンドを始めてからはメイクもしてたし。からかわれたり、嫌なことを言われたりすることはなかったですね。高校生活は、わりと楽しかったです」

オープンにしていたおかげか、周りにはセクシュアリティに対しても理解のある友達が多く、バイセクシュアルの友達もできたし、気の合う先輩と付き合ったりもした。

しかし、ずっと抱えていた自分の体に対する嫌悪感がここに来て一層膨れ上がってきた。

このまま男になりたくない

「自分の体が徐々に男っぽくなっていくのが嫌で。ヒゲが生えたり、筋肉がついたり。いずれそうなると分かってはいたんですが、受け入れられなくて。自分の体が汚いという気持ちは、ずっと払拭できないままだったんです」

「このまま男になってしまったら、自分をレイプしたおじさんと同じような人間になってしまうんじゃないかって・・・・・・」

それでも体は、男の体へと成長していく。

「それに抗うように、過激なダイエットをしたり永久脱毛したりしました」

それでも成長は止められない。

そんな時、メディアではニューハーフブームがきていた。

「はるな愛さんや椿姫彩菜さんがテレビに出ていて。男の人でも、こんなにきれいになれるんだ、と希望がもてました。自分もこういう風に生きていこうと」

「このまま、あのおじさんみたいになるくらいだったら、女の人として生きようと思ったんです」

05女性として生きていこう

何かになろうとしなくていい。【前編】,05女性として生きていこう,時川りお,トランスジェンダー、MTF

資金を稼ぐために

それからは、学校の長期休みは友達の家で寝泊まりさせてもらいながら、両親や学校に内緒でバイトをした。

女性として暮らすための資金が必要だったからだ。

「まずは全身を永久脱毛するためにお金が必要だったし、当時は整形もしたほうがいいのかもとか、胸も大きくしないといけないかなとか、いろいろ考えていたので」

その頃にはまた、長期間実家に戻らなくても、両親は何も言わなくなっていた。

「家出は何回もしていたし、もう今更って感じでした。でも一度だけ、母が心配してバイト先があった新宿二丁目まで来たことがあったんです。突然、『今、新宿にいるんだけど、あんたどこにいるの?』って。びっくりしました」

そして、お母さんとは二丁目のカフェで会うことになった。

「でも、女として生きたいと思っているとも言えないし、そのためにお金が必要だからバイトしているとも言えないし・・・・・・」

「適当にごまかして『元気でやってるから大丈夫』って言いました」

自己責任で生きていく

しかし、女性として生きるために病院でのカウンセリングもスタートしていた。

そのうちに両親にも言わざるを得なくなり、高校3年生の半ばで自分の想いを打ち明けた。

「男が好きなのはいいとしても、体をいじるのは負担が大きいから止めてほしい」

両親は同じことを言った。

「自分たちが仲良くなかったせいで、お前のために十分な時間を割けなかったことは申し訳なかった。止める権利はないから、自己責任で生きていきなさい。健康でいてくれさえすれば、それでいいから」

それは、両親からの精一杯の言葉だったのだろう。

その言葉をそのまま受け取り、自己責任で女性として生きることを決心した。

高校を卒業し、美大への進学と同時に上京。そして、治療が始まった。

「上京とともに、服を男物から女物へ全部買い換えたんです。初めはストッキングって何、ブラジャーってどう着けるのって状態でした。女友達に手伝ってもらったり、雑誌で勉強したりして、手探り状態でした」

女性としての生活が始まることは、うれしさよりも緊張の方が先にあった。

しかし少しずつ慣れていき、バレないかとヒヤヒヤする気持ちも薄れてくる。

当初は整形や手術も考えていたが、治療が進むにつれて、このままでもいいかなと思うようになった。

 

<<<後編 2016/10/16/Sun>>>
INDEX

06 彼の家族になるために
07 悩んでいる人の手助けを
08 やっと見つけた自分の居場所
09 これは全部、私が選んだこと
10 完璧ではないからこその美しさ

関連記事

array(2) { [0]=> int(32) [1]=> int(33) }