タイでの胸オペを無事に終え、2022年7月3日に帰国し、2週間経った。術後3週間が経過した今、特に大きな問題もなく過ごせている。胸オペ体験記inタイの2回目は、実際に病院で手術を受けるまでの過程を記していこうと思う。
※本記事はあくまで「ぼく」個人の胸オペ体験記である。ここに書かれている内容はすべての人に当てはまるものではなく、また手術の結果等を保証するものでもない。そのことを留意の上で、あくまでひとつのサンプルとして読み進めてほしい。
病院側に渋られまくる展開に
タイで胸オペを受ける決意をしたのはいいんだけど、実際に手術の予約を取るまでかなりのすったもんだがあった。と言うのもぼくは、あらゆる側面で「イレギュラー」な患者だったからだ。
ぼくが「イレギュラー」な患者ゆえに
まず、現在は一応のところ寛解済みであるといえ、ぼくは精神疾患持ちである。そのため減薬および断薬のためにいまだ精神科へ通院しているのだが、まあ別にそれだけだったら特に病院側も疑問には思わなかったろう。セクマイ当事者は、セクシュアリティの悩みゆえに二次的に精神疾患を抱えている人も多いし。
問題はそれに加えて、ぼくの仕上がりの希望だ。胸オペ体験記① で言及した通り、ノンバイナリーであるぼくの理想の身体は性別不詳なかたちである。それゆえに男性的なフラットな胸ではなく、うっすらふくらみを残した仕上がり──乳腺摘出術ではなく乳房縮小術を望んでいた。
全摘を望んでおらず、「うっすら残す」という想像が難しい希望。そしていわゆるわかりやすいFTMでもなく、男性的な身体を取り戻したいわけでもない。
しかしすごく大きな乳房をベストなサイズに整える「美容目的」でもない。そのために、病院側はぼくの「戻りたい身体のかたちとその理由」をしっかりと掴むことが困難だったのだ。「うっすら残すって、どういうこと? 手術を希望する理由は、本当に性別不合なの?」みたいな感じだろうか。
もしくはぼくの抱える性別違和が、精神疾患に起因する解離症状だとかせん妄だとかによるものなのではないかと疑われてしまったのかもしれない。もちろんこれは予想の話で、本当のところはわからない。いずれにせよそこが病院側からしたら不透明だったため、しっかりと確認する必要があると判断されたのだろう。
これらの理由により、もう一つの候補であったガモンクリニックからは手術を断られてしまった。そしてこれだけ「イレギュラー」(あくまで病院にとっての例外の意。ぼくらの存在自体は「イレギュラー」ではない)な患者をどうにか理解して受け入れようと動いてくれたヤンヒー病院には、きっと一生足を向けて眠れない。バンコクの方角、よくわかんないけど。
ノンバイナリーに対する理解度の浅さ
ただ、どれだけSRSの技術が進んでいようとも、トランスジェンダーの存在の認知が浸透していようとも、「ノンバイナリー」に対する理解度は日本とさして変わらないな・・・・・・と感じちゃって、準備段階ではちょっとだけがっかりしてしまった。「男でも女でもない、でも性別違和があるってどういうこと?」という疑問を持たれてしまうこと自体、正直任せる身としては不安も覚えた。
それでもアテンドサポートのランドホーさんと準備を進めていったのは、病院が「分からないながらも理解を深めて希望を叶えてくれようと努めてくれているのかな」と思える対応をしてくれていると感じたからだ。
実際に手術を受けたヤンヒー病院からの幾度も重ねられる質問には正直なところうんざりもしたけれど、一方で「いい加減な治療はできない」という真摯な想いも伝わってきた。
この向き合い方は、胸オペ体験記①で言及した(ぼくが実際に足を運んだ)日本の美容整形外科と大きく違う。こういう誠実さは、後ほど書くけど現地の診察でも感じられた。
「ノンバイナリーの証拠」を要求される
ヤンヒー病院に渋られまくりはしたものの、ランドホーさんの熱心な働きかけもあり、病院はなんとかぼくを受け入れる方向で動いてくれた。だけどやっぱり懸念が完全に解消されたわけじゃないから、ぼくがノンバイナリーである証拠? をとにかくたくさんあらゆる方向から求められた。
※以下の内容はあくまで「ぼく」個人に対して求められたものである。ヤンヒー病院で胸オペを受ける際に同じものが要求されるかは不明である。これらを提出すれば必ず受け入れてもらえることを保証するわけではないということを留意の上で、読み進めてほしい。
ジェンダー外来での性別不合の診断書の提出
FTMの胸オペではふつう性別不合の診断書を要求されることはないのだが、ぼくは提出を求められた。去年改名をした際にもう5年近く通院している精神科の主治医から診断書を出してもらっていたので、同じ先生に書いてもらったものを提出したのだけど。
どうやら病院側はぼくの主治医が「ジェンダー外来の医師」ではないことにも不安を覚えたらしく、「ジェンダー外来での性別不合の診断書」を再度提出してくれと渡航1ヶ月を切った時期に要望されてしまった。主治医は性別不合の人間を専門に診ているわけではないものの、言うまでもなくきちんとした精神科のお医者さんである。
それは無論ヤンヒー病院も承知していたが、より専門性の高い日本の医師からの診断も、自身の診断の手がかりにしたかったのだろう。念の入れようがすごいなあと若干辟易しつつ、ジェンダークリニックの予約を取ってセカンドオピニオンとしての診断書を出していただいた。一から自分史を書かなきゃならなかったので、かなりめんどうくさかった・・・・・・。
いっそNOISEで書いてきたエッセイやコラムを印刷して提出しようかちょっと迷ったくらい。
ノンバイナリーにも性別不合の診断は降りる可能性がある
ちなみにSNS上で「ノンバイナリーに性別不合の診断が下されるわけない/下されたとしたら誤診」なんていうクソリプが付けられているのを見かけたことがあるけど、それは誤りである。
ぼくの診断書には性同一性障害の項目のうちの「その他の性同一性障害」を示す「ICD-10F64.8」がきちんと記載されている。
主治医に訊いたところ、この「F64.8」というのは「出生時に割り当てられた性別と異なる性自認を持つ人間」に付けられる診断であるらしい。「ノンバイナリーやXジェンダーのような、男女二元論に当てはまらないトランスジェンダーに対する診断名なんだよ」と、ジェンダー外来の先生は説明してくれた。ちなみにFTM /MTFの場合は、「ICD-10F64.0」と診断されることが多いみたい。
以下、参考として「標準病名マスター作業班」のWEBページを記載しておく。
http://www.byomei.org/Scripts/ICD10Categories/default2_ICD.asp?CategoryID=F64
※ICD-10(WHOで定められた国際疾病分類の第10版)では「性同一性障害」の名称で「精神・行動・神経発達障害」に分類されていたが、2022年2月に発効されたICD-11(第11版)では「性別不合」という名称に変更され、「第17章 性の健康に関する状態(condition)」に分類されるようになった。ぼくがジェンダークリニックを受診した際はすでに後者へ変わっていたが、変更直後だったためICD-10 に基づいて「性同一性障害」と診断された。
出典:
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section4/2018/06/whoicd-11619.html
https://japan-who.or.jp/news-releases/2202-23/
普段生活している写真の提出
「普段の生活の様子を知りたいから」という理由で、スナップ写真の提出も求められた。どんなファッションでどんな友人と過ごしているのか、そのあたりからぼくのセクシュアリティを探りたかったんだろう。
国外の患者ゆえ、見立ては遠隔で行うよりほかない。イレギュラーな患者だからこそ、プロの医師として間違いがないように、少しでも多くの判断材料を要していたのだと思う。
男性よりのファッションや、男性の友人と遊んでいる様子だったりが見たかったのかもしれない。もしくは、ゴリゴリにメイクをしてフェミニンな服装を身にまとう日と、ノーメイクでマニッシュな服装を楽しむ日が混在する日常を見たかったのかも。
まあ、これらは予想に過ぎないし、実際のところ医師がなにを求めていたのかはわからないけど。
でもぼくは基本的に性表現において揺れはなく、ふだんずっとメンズ服を着ている。しかしながら、いわゆる社会において「男性的」とされる色味はあまり選ばない。というか単純に好きじゃないし、あと似合わない。赤とかオレンジとか緑とかわりかしポップな色合いを好むし、それ以外は黒か白ばっかりだ。加えて身長も低いから、いくらメンズ服を着ていようとも「ただ大きめのサイズの服を着ている人」にしか見えない。
それに成人するまではクローズドにして生きてきたため、友人も圧倒的に「女性(に見える人)」が多い。学生時代は男子に混ざって遊ぶこともあったんだけど、成人後は男性の集団に蔓延するあのホモソーシャル的な空気にほとほと嫌気が差してしまい、そのうち呼ばれても集まりに顔を出すことはなくなった。一対一で今も仲の良い男性の友人はいるんだけど。
ていうかそもそも論になっちゃうんだけど、ぼくは友人と旅行に行ってもほとんど写真を撮る習慣がない。だからこれを求められたとき、提出するものがなさすぎて困った。ただ一方で、振り返ってみるととても真摯な対応だったように思う。だって「よくわかんないし、できません」で切り捨てることもできたはずなのに、それをせずにどうにかぼくを受け入れようと努力してくれたゆえの要求だったから。
胸オペ前に受けた精神科の診察
ジェンダー外来での「その他の性同一性障害」の診断書、そして普段のスナップ写真。これらを提出してもなお、ヤンヒー病院からは「現地での精神科の診察の結果で手術不可となる可能性は高い」と言われてしまった。
※以下に記すのはあくまで、「ぼく」に対する問診である。ヤンヒー病院でぼくと似たような仕上がりを希望していると告げたとしても、まったく同じ質問を投げかけられるわけではない。そして「このように返答すれば必ず胸オペを許可してもらえる」と保証するわけでもない。あくまで参考として受け取ってほしい。
現地での精神科の診察
FTM /MTFの方でも、現地での診察で手術は不可とされてしまうことはときたまあるらしい。もちろんこれはタイに限った話ではなく、日本で胸オペを受ける場合も同じ。希望してる人みんながみんな望み通りの手術を受けられるわけじゃないっていうのは、国内・国外問わず当然である。
それでもぼくの場合は、不可となる可能性の方が極めて高かった。でもそんなこと言ったって、すでにランドホーさんにお願いしちまったし、何より必死で診断書やらなんやらをかき集めたのだ。もう引くに引けないし、当たって砕けろじゃないけど、NOISEの担当さんからの「最終確認なんですが」というお電話に「行きます!」と答えて2022年6月20日にバンコクへ飛んだ。
病院から徒歩2分のホテルに前泊し、翌日21日にヤンヒー病院で精神科の医師1人目(2人の精神科医からの許可を得る必要がある)の診察を受けたんだけど。予想通り「ノンバイナリーである」ことについてかなり細々といろんな方向から質問を受けた。
ちなみに診察には病院に在籍している日本語通訳のスタッフさんが付き添ってくれたので、英語でむりやり頑張る必要はなくてほっとした。細かいニュアンスを伝え切れるほどぼくは英会話能力に長けていないので・・・・・・まあ通訳のスタッフさんの日本語もぼくの英語とどっこいどっこいな感じはしたけど。
熱意ゆえの細かい質問
まずはジェンダークリニックでの診察時に求められる自分史と同じように、幼少期から年表的に性別違和を掘り下げていく形で診察は進行した。社会の中で「女性的」とされるスカートやピンクへの嫌悪感、第二次性徴時の身体の変化のおぞましさなど、できるだけ具体的に答えるよう心がけた。医師からは「わからないからこそ理解したい」という熱心さが感じられたので、こちらも誠実に素直に話すことができたように思う。
それからここでも、普段のスナップ写真を見せてと頼まれた。先生が特に興味深く見ていたのは、ぼくと夫のウエディングフォトである。ぼくは結婚式では普通のウエディングドレスを着たけれど、後撮りではパンツドレスを着用した。これが「男性にも女性にも当てはまらない」ぼくのセクシュアリティを理解するのに役立ったのかもしれない。
もうひとつまじまじと見られたのが、ぼくの耳にびっしりつけられたピアスたちである。比較的シンプルなデザインの、星だとか月だとかのモチーフのものを着けて行ってたんだけど(手持ちで取り外しがしやすいものを選んだだけ)、フェミニンな「ハート」とか「リボン」とかじゃないところもまた判断の材料にしていたのかな。
そして今後ホルモン治療をするのか、SRS(性別適合手術)を受けるのかについてもたずねられた。ここでも正直に「男性的な筋肉質な身体や低い声などはほしくないし、生殖器に関しては特別こだわりがないので両方とも望まない」と返すと、「だからフラットな胸は嫌なんですね」と頷いてくれた。
これまでの交際遍歴と、現在のパートナーについて
予想していたことだけど、これまでの交際遍歴──つまるところ性的指向についても問われた。率直にパンセクシュアルであることを伝え、「過去の恋人には男性も女性もいた」と答えた。
「性的指向への質問って、本当に必須なのかな?」という疑問も、ぶっちゃけその瞬間には浮かびもした。だってもし仮にぼくの性的指向が「男性」に限られていたとしても、ぼくの性自認には影響しない。
そのため反射的に、「じゃあFTMのゲイには胸オペ不可にするんですか」って思っちゃった。でもこの病院では、繰り返しになるけど「ノンバイナリー」であるぼくはイレギュラーな患者だ。ありとあらゆる方向からの質問によって患者本人の性自認を判断しようとする医師の診察の方法は、その前提ならむしろ適切だったと言えよう。ていうか専門のお医者さんなんだから、性自認と性的指向に関連性がないことくらい知ってるはずだし。
そして、ここでやはり性交渉のやり方を深く突っ込まれて、ちょっと微妙な気持ちになった。「ごめんなさい、失礼な質問だとは思うんだけど」と先生は前置きをしてくれたものの、不快感がなくなるわけではない。
トップかボトムか、それは相手の性別によって変わるのか。挿入の際は、膣と肛門どちらを使うのか。想定していたとはいえ、そして診察とはいえ、見知らぬ他人に自らのセックスを詳細に語るのってけっこうきつい。いや、必要な問診であるのは重々理解しているけど・・・・・・!
あとは現在のパートナー(シス男性)とぼくの関係性をどう捉えているのか──つまりは同性カップルとして生きているのか、異性カップルとして生きているのか、というもの。
この説明にはかなり苦戦した。以前にも何度か書いた通り、なんせぼくの「異性・同性観」はかなり特殊で込み入ってる。ぼくはすべての人間を無意識下でセクシュアリティ問わず「異性」「同性」に振り分けてるんだけど、ぼくが恋をするのは「異性」だけだ。「同性」と感じる人には絶対に恋をしない。
せっかくだからもう少し掘り下げてみよう。「異性」の中には恋愛・性愛対象となる人以外に、嫌いな人や苦手な人、友だちになりたい人、どうでもいい人がいる。そして「同性」の中にも同じく嫌いな人や苦手な人、友だちになりたい人、どうでもいい人がいるけれど、恋愛・性愛対象となる人は存在しない。つまり夫はぼくにとって「異性」であるから、夫とぼくは「異性カップル」である。
・・・・・・って通訳さんに伝えたら「ちょっと難しいです」と言われてしまった。そんなわけでぼくはつたない英語とGoogle翻訳を駆使し、20分近くこれについて説明するハメとなった。
無事に胸オペを受けられることに
「胸オペ可」とされ、形成外科の診察へ
1人目の精神科医がOKを出した場合、8割方はもう1人も手術可と判断するようだ。そのため1人目の診察が終わったあと、すぐに形成外科の診察を受けた。当初の見立てでは鍵穴切開か逆T字切開と呼ばれる術式が採用されるだろうとのことだったんだけど、いざ診察を受けると胸の下部を横一文字に切るI字切開に決まった。
念のため比較的傷跡が残りにくいと言われているU字切開では不可能なのかたずねたのだが、「乳腺切除(乳房縮小)術だったら乳腺と脂肪をすべて摘出するためU字切開でも問題ないけど、乳房縮小術で乳腺と脂肪を半分ほど残すんだったら表面がデコボコになっちゃうよ」と言われて却下された。
そして翌日2人目の精神科医からも「合格」をいただき、無事に胸オペを受けられることが決まった。正直だいぶ見込みは薄いと思っていたので、本当にほっとした。ここで不可を食らっていたら、これまでの準備も努力も航空券代ホテル代なにもかもが水の泡である。最終結果で「可」をもらったとき、思わず診察室でガッツポーズしちゃったもん。
次回、いよいよ手術本番の様子を語るよ!
精神科の診察のあと、わりとすぐに担架が来て手術室に運ばれた。NOISEの担当さんがちょうど他の方の現地サポートでバンコクにいらっしゃってたので、ヤンヒー病院にお見送りに来てくれたり、Twitterでフォロワーさんから「行ってらっしゃい!」の言葉をもらったりしていたので、あんまり緊張はしなかった気がする。
あとは運ばれる20分前くらいにぼくの関わってるクィアの写真プロジェクトがPinterestの主催するプライド月間のコンテストで入賞したっていう嬉しい知らせを受けたりしたので、運ばれているときも待機室でも比較的リラックスできてたように思う。なんなら前日から続く長すぎる診察の疲れで、ちょっと寝てた。
次回から、いよいよ手術本番の様子を語っていく。前後や入院生活についてできるだけ詳しく書くつもりなので、引き続き楽しみにお待ちいただければとても嬉しい。