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トランスジェンダーへの理解を広めるため、私は前へ出る。【後編】

トランスジェンダーへの理解を広めるため、私は前へ出る。【前編】はこちら

2017/10/19/Thu
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Kei Yoshida
中川 未悠 / Miyu Nakagawa

1995年、兵庫県生まれ。幼い頃から性別違和を感じており、2017年春に21歳で性別適合手術を受けた。その手術を受けるまでを記録したドキュメンタリー映画『女になる』が2017年秋に公開。ファッションに高い関心をもち、高校ではデザイン科アパレルコース、大学ではファションデザイン学科を専攻。2018年春からは社会人としての新生活が始まる予定。

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INDEX
01 「そうやで、オカマやで!」
02 むしろ進んで前へ出る
03 号泣の末のカミングアウト
04 自分の幸せと、両親の幸せと
05 ファッションは自己表現のひとつ
==================(後編)========================
06 トランスジェンダーの認知度
07 男として生まれたという記憶
08 MTFだからできること
09 当事者同士だから分かり合える
10 辛くても、うつむかずに顔を上げて

06トランスジェンダーの認知度

面接時には、あえてカミングアウト

現在、大学4回生。

来春の就職のため、面接に挑む日々だ。

「もともとはファッションデザイナーに興味があったんですが、いまはファッション企画について勉強中なんです」

「商品以外にも、イベントや雑誌を企画できるのが楽しくて」

「今年の春に手術を終え、戸籍も変えたので女性として就活しています」

とはいえ、面接時にはあえてカミングアウトしている。

「いまは女性でも、もと男性だということは伝えないといけないなと」

「隠していたとしても、いつかバレるんじゃないかとソワソワしながら働くのは嫌だから」

「いままでは周りの理解があったからよかったけれども、もしバレたら、批判されるかもしれない」

「そんな恐怖を抱えながら働くくらいなら、ちゃんと自分からカミングアウトした方がいいと思って」

「相手の反応は、意外に『そうなんですか! ヘェ〜!』くらいですね」

「びっくりはされますが、批判されたり軽蔑の目で見られたりすることはないです」

「LGBTの認知度が少しずつ高くなっているのかな、と思いました」

ゲイもトランスジェンダーも一緒くた

就職活動の一方で、トランスジェンダーモデルとして事務所にも所属した。

トランスジェンダーの存在を、多くの人に正しく理解してほしい。

そんな気持ちに突き動かされた。

「事務所からは、戸籍も女性だし、声も高い方ですし、女性として仕事した方がいいとも言われています」

「だけど、女性モデルの仕事は私がやるべきことではないかなと」

「メディアに出るなら、私はトランスジェンダーとして出たい」

「テレビではいまだに、ゲイの方もトランスジェンダーの方も、一緒くたにオネエとして扱われます」

「まだまだ社会の理解が追いついていないと思うんです」

トランスジェンダーとしての仕事は決して多くない。

しかし、社会の理解を促すためならば、少ない機会であっても、進んで前へ出て行こう。

その想いは、子どもの頃から揺らぐことはない。

07男として生まれたという記憶

やっと本来の自分に

女性として社会に出たい。

そのためには、在学中に手術をしなければ。

手術の費用は一生懸命バイトして貯めた。

そして、大学3回生の春休みに、性別適合手術を受けた。

「やっと自分に戻れた、と思いました」

「ほんまやったら、自分は女の子として生まれてこなあかんかった存在やと思ってるので」

「たまたま間違えて、男性器がついてきてしまっただけ」

「やっと本来の自分に戻れて、ホッとしました」

大学生になって、治療を始めてからは、戸籍が男性のままで女性の服を着て出かけていたため、わずらわしいことも多かった。

「病院では、保険証に“性別:男”という表記があるだけで、必ず『ご本人ですか?』って訊かれて」

「いちいち説明するのも面倒だし、もう何回めやろう・・・・・・って気が滅入ることも」

「説明したらしたで、軽蔑した目で見てくる人もいました」

「いまは堂々と女性として生きられるので、とてもラクです」

男性だった事実を映画に

その反面、気づいたこともあった。

「男として生まれた記憶は、私のなかから消すことはできない」

「一生残る事実だと思ったら、いっそ映像として残して、20年後とかに、こんなこともあったなって、笑って観られるようにしたいと思ったんです」

そして、ドキュメンタリー映画を撮ることを決意した。

監督は、服装倒錯やSM愛好家など、さまざまな性的嗜好をもつ人々を追ったドキュメンタリー映画「凍蝶圖鑑(いてちょうずかん)」の田中幸夫氏。

知人の紹介により何度か会話を重ねるうちに、自分から制作を依頼した。

「最初は、監督にも家族にも反対されました」

多くの人に観られる以上、賛成もあれば反対されることもある。

全員が温かく見守ってくれるような世の中ではない。

侮辱されることもあるだろう。

それを分かっているのか?

「でも、誰かがやらないと何も変わらない」

「MTFは、テレビの影響があるのか、どうしてもニューハーフとか夜のお店の印象が強い」

「その印象を変えたいんです」

「もと男性でも、ひとりの女性としてがんばってるんやでって」

「それに、私は一般人だから、より身近にリアルに感じてもらえると思う」

「私が変えていかないと」

ドキュメンタリー映画『女になる』は2017年秋から全国で公開予定だ。

08 MTFだからできること

勇気をもって打ち明けて

「映画にも出演してくれた大学の後輩は、出演をきっかけに両親にカミングアウトしたんです」

「映画に出たことで自信がついたみたい」

「ご両親も、最初は戸惑って居ましたが、今では理解してくれているそうです」

そんなひとつずつの変化が、いまはとてもうれしい。

「MTFとして何かできることはないかと、いつも考えています」

「ドキュメンタリー映画も、そのひとつ」

「私は周りから自然に受け入れてもらえるような、恵まれた環境で育ったと自覚しています」

「でも、私なりに勇気をもって前へ出て、自分を表現してきました」

「いま辛い思いをしている当事者の方も、勇気をもって周りに打ち明けることができたら、理解してくれる人がきっとひとりはいるはず」

「決して自分を責めないで」

「そんな気持ちが、映画を通じてたくさんの人に伝わればいいなって思います」

前向きに生きる姿に勇気づけられる

出演を機にカミングアウトできた後輩のほかにも、映画公開前から「勇気をもらった」「ありがとう」とメッセージを送ってくれる人がいた。

いままでのLGBTの映画は、辛い思いをしている部分ばかりに焦点を当てがちだったが、『女になる』は終始ポジティブで明るい空気を貫いている。

しかし、ただ明るいだけではない。

辛い思いを乗り越えてなお、前向きに生きている姿が描かれている。

だからこそ、観ている人が勇気づけられるのだ。

「当事者の方だけでなく、ストレートの方にも笑って観ていただけるんじゃないかなって思います」

ストレートからの反応としては、概して女性の方が理解を示してくれることが多いという印象だ。

「もと男性なんですって伝えたら、女性の方が親身になって話を聞いてくださることが多いですね」

性別など関係なく、誰もが相手のセクシュアリティを自然に受け入れられる環境が、やはり望ましい。

09当事者同士だから分かり合える

友だちは “がんばってきた証拠”

「すごく優しくて、自分のことよりも周りのことを一番に考える人」

2017年4月から付き合い始めたパートナーがいる。

実は、彼はFTM。つまり、もと女性だ。

「1月くらいに開催されたLGBTのセミナーで初めて会ったんです」

「彼の方が4つ上なんですが、SNSを通じて私から食事に誘いました」

それから何度かドライブや食事を重ね、お付き合いがスタートした。

「なんか、すごい恥ずかしがり屋みたいで」

「付き合おうってことも直接言ってくれなくて、LINEで(笑)」

「もう、『もっかいちゃんと言って』って、ソッコー電話しました」

その時に彼が言ってくれた言葉。

「当事者同士やからこそ、お互い分かり合えるやろうし、いろいろ乗り越えていけると思う」

その言葉がうれしくて、電話のあと、出会った時に、さらにもう一度言ってもらった。

「あと、もう一つうれしかったのが、私を『強い』と褒めてくれたこと」

「自分ではそんなつもりなかったけど、『こんなにたくさんの友だちがいるのは、いままで未悠ががんばってきた証拠』って言ってくれました」

手術の負担の大きさを実感

穏やかに日々を過ごすなか、当事者同士だからこそ、不安に思うこともあった。

「性別適合手術の合併症で、彼が腸閉塞になってしまって・・・・・・」

「付き合ってすぐのことでした」

「しかも、それが2回目の入院で」

「私は副作用も合併症もなく、比較的元気ですが、彼の入院を目の当たりにして、やはり手術の体への負担の大きさを実感しました」

「私たちは、ストレートの方とは違う人生を送っているんやって」

「でも、もちろん、それも覚悟したうえで手術しました」

“人生は一度きり” だから。

そんなふたりは、2017年10月17日に大阪で開催される「RAINBOW FEST! 2017」の平等結婚式にモデルとして出演。

周囲の人たちから、多数の推薦があっての出演だった。

「推薦していただいて、本当にうれしかったです」

「でも、出演が決まってから、みんなに『おめでとうございます』って言われてびっくりしました」

「まだ結婚していないのに(笑)」

「私はまだ学生で、これから社会に出て行く身ですし、結婚はまだまだ先だと思っています」

「社会勉強しながら、ゆっくり考えていきたいなと思っています」

10辛くても、うつむかずに顔を上げて

「気持ち悪い」「近寄るな」

いままでの人生で一番辛かったのは、手術代を貯めるためにバイトを掛け持ちしていた頃。

バイト先の店に来ていた客から、心ない言動を浴びせられることもあった。

「カミングアウトして、ウィッグをつけてバイトしてたんですけど、『気持ち悪い』とか『近寄るな』とか言われることもありました」

「ひどい時には、酔っ払ったお客さんにウィッグを取られることも・・・・・・」

「学校では体験したことのない辛さでした」

「これが社会の現状なんやな、と実感して」

「それでもお金を稼がないといけなかった」

「何をされても笑って応えていましたね」

「そのストレスは、買い物とかカラオケで発散していました(笑)」

それでも、自分は恵まれた環境で育った。

出会った人全員に感謝したい。

「キレイゴトのように聞こえるかもしれないんですが」

「家族にも、友だちにも、学校の先生にも、バイト先の人にも、みんなに感謝しています」

後悔は一切ない

「でも、一番感謝したいのは、やっぱり母親かなぁ・・・・・・」

「とにかく、産んでくれてありがとう」

「生まれてこなかったら、何も始まってなかった」

「性同一性障害をもって生まれたことに対しては、後悔は一切ないし、誰かを恨む気持ちもありません」

「手術してまで自分の体を変えることは、確かにしんどかったです」

「でもそれ以上に、こんなにたくさんの人で出会うことができた」

「本当に感謝しています。産んでくれてありがとう」

来春には、ひとりの女性として社会に出る予定だ。

同時に、いまよりもさらに多様な人たちに知り合っていくことだろう。

「実は、いままで周りにはストレートの人ばかりだったんですが、手術の前後あたりから当事者の方と会う機会が増えてきて」

「何か相談されたら、ちゃんと答えられるようにはしておきたい」

「21歳という早い段階で手術したからこそ、言えることもあるかも」

「辛いことがあっても、うつむかずに顔を上げたら、きっと明るい未来が待っていると思う。それを伝えたい」

「本当に性って多様ですね」

「当事者である私だって、知らないことだらけ」

「だったら、ストレートの方のほうがもっと知らないんだろうな、と」

「だからこそ、私が身近な存在として、トランスジェンダーのことを伝えていこうと思います」

あとがき
なんて愛らしく、淡い感じの柔らかさ。落ち着いた話しぶりの未悠さんは、ゆっくりと語った。気持ちが陰った経験も、抑揚を変えずに■何時間もかかったお母さんへのカミングアウト。“この子は人を殺したのかもしれない” と思いながら、急かすことはなかった。お母さんの大きな覚悟は、どれほど未悠さんを支えたことだろう■家族、友だち、そしてパートナー。人の愛を知ると強くなれる。難しい局面でも戦わず、向かえるようになるのかもしれない。(編集部)

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