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もう決してあきらめない、ありのままの自分を【前編】

身体の性別に合わせ、長い間、周囲の期待に沿う「女性」を演じてきたというXジェンダーの丸山真由子さん。4年前の妊娠を機に性別への違和感に気づき、もがきながらも自分らしさの扉を一つひとつこじ開けてきた。静かに、でも思いを噛みしめるような丁寧な語り口からは、ありのままの自分を決してあきらめないという決意がにじむ。

2017/06/21/Wed
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Mayuko Sunagawa
丸山 真由子 / Mayuko Maruyama

1984年、福岡県生まれ。東京女子大学英米文学科を卒業後、お茶の水女子大学にてFGM(女性器切除)の慣習について研究。現在、性のあり方にかかわらず、一人ひとりの人が生きやすくなる社会を目指して、LGBTについて理解を深めるための絵本の読み聞かせや「ジェンダーニュートラルな育児」を伝えるワークショップなどを開催している。3歳の息子と夫と3人暮らし。

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INDEX
01 妊娠を機に抱いた性別への違和感
02 今、振り返ってみると
03 男性に評価されたい
04 Xジェンダーである自分
05 家族と生きていく
==================(後編)========================
06 性指向への気づき
07 理解してほしい、セクシュアリティのこと
08 ジェンダーレスな育児を
09 子どもが自分らしく育つように
10 いつでも自分らしくいられるように

01妊娠を機に抱いた性別への違和感

1

突き付けられた女性性

性別への違和感に気づいたきっかけは、4年前の妊娠だった。

「妊娠して、女性であることや母親であることを強く意識するようになりました」

「お母さんが育児をするということ、妊娠して変化する自分の体に違和感がありました」

自分の体ではないような、勝手に体が変わっていく感覚。

お腹が膨らみ始めた自分に対して、同僚が「母性が出てきた?」「肌がきれいになったね」という言葉にイラっとした。

自分に女性性を感じることが嫌だったし、そのように自分を見る周囲の目に屈辱を感じていた。

可愛い、きれいと言われるのも嫌だった。

妊娠してから、帚木蓬生が書いた「インターセックス」という小説に没入した。

大学院で研究していたアフリカのFGM(女性器切除)や、性同一性障害のことが取り上げられていた小説だ。

「もしかしたらインターセックスの子どもが生まれてくるのかも、って思うくらい何度も繰り返し読みました」

共感するとともに「なんでこんなに気になるんだろう」とも思った。

「本当は男性と女性って境界線はあいまいなこともあるのに、本当は2つに分けられない中間の人もいるのに・・・・・」

「でも、現実はきっぱり分けなきゃいけない世の中だし、性別を変えるなら手術をしなければいけないんですよね・・・・・」

「パパ」って呼んでほしい

出産した後も性に対する違和感は消えなかった。

女の体を持っているから、子育ては自分が主体になる。

自分が授乳もするし、幼稚園のお迎えもするし、毎日ご飯やお弁当も作る。

無論、家事や子育てをするのが嫌なわけではない。

“お母さん”の役割を突き付けられていくことに、怖さととまどいがあるのだ。

「“お母さん”として振舞わないといけないと思って子どもと接すると、心がザワザワするんです。そんな気持ちで子どもに接すると、それが伝わるみたいで、すぐ泣かれるし・・・・・」

「心の中で自分は男だよって思いながら、そのまんまの自分で接すると、子どもも素直に気持ちを話してくれたりします」

自分の気持ちの安定が、子どもにも伝わっているようだ。

家事や子育ては、“お母さん”ではなく“お父さん”としてやっていると思いたい。

子どもに「ママ」と呼ばれるたびに、「パパ」と言われたらどんなにうれしいだろうと思う。

子どもに「ママ」と呼ばれるたびに、心の中の違和感を消すようにしている。

「パパだったらよかったのに」

「パパって呼んでほしい」

でも、子どもから「ママ」と呼ばれるのは、正しいことだと頭ではわかっている。

だから今は、子どもを持った女性の総称であるお母さんではなく、自分の子どもにとっての“お母さん”として存在している。

02今、振り返ってみると

女の子らしく振舞うのは苦手

妊娠を機に性別への違和感に気づいたが、昔から女の子らしく振舞うのは苦手だった。

「学校行事の時とかフリフリのブラウス、プリーツスカートを着なきゃいけないのが嫌だったし、着物を着て女の子らしくしなきゃいけないのも嫌でした」

「しつけに関して母は厳しくて、行儀の一環として女性らしい振舞いを教えられていました。『膝の上で両手を合わせなさい』って言われていたのを覚えています」

親の期待に沿う「女性」を演じるために、大人になってからも、実家に帰省する時だけはワンピースや白いコートを着た。

「普段は古着をよく着ていたんですけど、その格好で実家に帰ると『そんな汚い恰好しないの』って父から言われるから・・・・・」

親の前では女らしくしなきゃいけないと思っていた。

女の子に興味があった

今になり、振り返って記憶をたどると、「そういえば女の子に興味があったんだ」と思い直す。

「4歳の時に隣のアパートに住むお姉ちゃんから『服を脱げ』って言われて変にドキドキしましたが、同い年の男の子に体を触られても何も思わなかったんです」

「恥ずかしいんですが、女の子の友達と一緒に人形の服を脱がせて遊んでいました。それをお母さんに見られてすごく怒られて、『お父さんに言うよ』って」

そんな親の反応もあって、小学校の頃から性的な興味は持ってはいけない、性的なものは隠さないといけないと思うようになった。

思春期になると、女の子に対して性的な興味を持つようになる男の子の気持ちが、自分にはよくわかった。

コンビニにあるアダルト雑誌の陳列棚の前を通るとすごくドキドキしてしまう。

恥ずかしくて見れない。けれど、すごく気になって仕方がない。

「ましてや女の子の自分が女の子に対してそう思うのはいけないことだと思っていたんです」

「だから、自分の気持ちを必死に隠しました」

中学くらいからだんだん周りを見て、女性として生きるために女性を好きだという気持ちに蓋をした。

ただ周囲の女の子みたいに、男の子を好きになる気持ちがよくわからなかった。

情や関係の近さみたいなもので、人を好きになると思っていた。

だから、自分のことを好きだと言ってくれる男の子とは生理的な嫌悪感を抱かなければ誰とでも付き合った。

「どちらかと言えば男性に対して仲間意識がありました。男女の関係を成立させるために、女の子を演じていた部分もあったと思います」

これまで男性としか付き合ったことはない。

しかし、今思えばもう思春期の時に抱いた女性への感情は、恋とか特別な感情だったんだと思う。

「女性に対しては、全身で好きだっていう気持ちが素直にわかるんですよね」

03男性に評価されたい

_MG_0381-2h3>女性は女性らしく

大学入学を機に福岡から東京に上京。

女子大に入学したこともあり、性別をあまり意識せずに過ごすことができた。

しかし、新卒で入社したコンサルティング企業では、「女性は女性らしくセクシーに」「男性から見て魅力を感じる振舞いをするように」という価値観が根強く、カルチャーショックを受けた。

女性社員には、自分の仕事を務める以上に女性らしい恰好、女性らしい振舞いが求められたし、それが自分の評価にも影響した。

「上司から普通に『スカートを履きなさい』とか『色気を出せ』とか言われるんです!」

セクハラだと訴える先輩の女性社員もいたが、孤立していた。

「自分も初めは、なんで女だからスカートを履かなきゃいけないんですか?っていちいち聞いていたんですけど、それを半年やったらどんどん自分の立場が悪くなっていって」

「なんで?」は禁止、大学までの価値観は捨てろと上司から言われた。

社会人として、会社組織の中で評価を得たかった。

女性は女性らしくあることが評価されるというのが会社の価値観であるとわかっていたから、次第に女性らしく振舞うようになった。

長い髪をカールさせて、化粧をバッチリして、タイトスカートを履いて出勤した。

今振り返ると、女装をして女性らしく振舞う演技をしているみたいだった。

「ストッキングを履く時になんか悪いことをしているなというような、罪悪感がありました」

「でも、スカートを履いてフリルの付いたブラウスを着て、透けた黒いストッキングを履いた時に、周囲からよい目で見られているのを肌で感じました」

会社に、上司に、そして男性に評価されたかった。

今振り返ると、当時の自分は男性から評価されることに執着していた。

男性、特に年上の男性と2人でいると脂汗が止まらなくなるくらい緊張していたが、同時に憧れも抱いており、男性に近づきたいと思った。

女の体である自分が男性に近づくには、会社組織の中で評価される人間にならなければいけないと考えたのだろう。

だから、どうしたら評価を得られる女性になれるかを考えた。

より女性らしくいられるように、女性らしい振舞いが上手な同僚を観察して、しぐさや食べ方を研究した。

「女性の振舞いができれば認められる」「男性から評価される」という思いだった。

女性らしさの研究

女性らしさとは、どういうことなのかまるでわからなかった。

「どうしたらあんなに滑らかに動けるんだろう」

「男性が喜びそうな話って何だろう」

社長から、「キャバクラで働いて勉強したほうがいいよ」と言われた。
女性らしく振舞えていないと指摘されたようですごく悔しかった。

だから3ヵ月間、キャバクラで働いて女性らしい振舞いを必死で学んだ。

キャバクラは自分にとって女性研究の場。女性になるためのトレーニングの場だった。

お客から体を触られることもあったが、何とも思わなかった。

女性の体を触られているとは思ったけれど、自分の体を触られている感覚はないし、嫌悪感もない。

何の感情も出てこなかった。

「むしろ普通の女性だとここで嫌がったほうがいいのかなとか、普通の女性の真似をしなきゃいけないなと思っていました」

キャバクラで働き女性らしい振舞いを研究したが、結局小手先のテクニックを身につけたところで板につくことはなかった。

04 Xジェンダーである自分

自分を示す言葉「Xジェンダー」

自分は何者なのか。

妊娠を機に性別違和に気づいてから、その答えを探し求め、
子どもが寝ている合間にインターネットで検索し続けた。

一昨年の秋、「Xジェンダー」という概念にたどりついた。

自分を示す言葉が見つかった。

男・女で振り分けられない自分、女性を演じなくてはいけない自分だったが、そうじゃなくていいんだ。

「生きていていいんだ」という思いが込み上げてきて泣いた。

「今は男性でも女性でもない。どちらかというと男性寄りだなと思うことが多いです」

女性の輪には入りづらい。
どちらかというと男性に対して仲間意識がある。

「自分のことを女性だと思っていると男性が怖いんですが、自分は自分だと思っていると、男性への恐怖心はなくてむしろ距離が近く感じるんです」

でも、今のところ完全に男性でいたいとは思えない。

「FTMの集まりに参加した時に、FTMの人たちは男らしさアピールをすごくしているように感じて」

「THE・男みたいな感じだったので、自分はそれとは違うなと思ったんです」

性が揺らぐ感覚

生理になると、体の感覚として女性っぽい自分になる。

性が揺らぐ感覚。それが何とも気持ち悪い。

これは、FTMの人が生理の時に感じる、女性性を突き付けられる嫌悪とはちょっと違う。

月に一度やってくる体の感覚の違和感。

自分は自分だと思っている中に、女性性としての体の感覚が入ってくる。

その時には“女性自認”という感覚がわかる。

「なんとも気持ち悪くて、死にたいって思うこともあります。でも、最近は、ホルモンバランスのせいだから、揺れるのはしょうがないかなと思えるようにもなってきています」

「Twitterで、自分と同じように揺らぐXジェンダーの人がいて。その人は、生理中、髪に男性のポマードを付けるようにして、男性性を調整していると聞きました」

自分も胸をつぶしたり、髪の毛を立ててみたりして、揺らぎの期間を過ごすようにしている。

「以前は常に安定した気持ちでいたいと思っていましたが、今は揺れちゃってもいいかなと思えるようになってきました」

揺らぐ自分も自分なのだから、と。

05家族と生きていく

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信頼できるパートナー

5年前に男性と結婚した。
一緒にいて自分らしくいられる人。

今は、3歳の息子と3人で暮らしている。

「夫といると人間同士でいられる。それが居心地よいんです」

昨年、夫にセクシュアリティのことを話した。

「夫は『中性的な、フラットな真由ちゃんを好きになったから』と受け入れてくれて。本当にありがたいです」

夫は元々女性らしい女性が苦手。

「私のことはニュートラルな感じがよかったみたいです。それを聞いて私も安心しました」

セクシュアリティのことを話してから、夫は男物のパンツや服をくれるようになった。

男同士だと思うと、もっと居心地がよい。

自分はおおざっぱでマイペースなタイプ。
一方、夫は几帳面で細かいところまで気にするタイプ。

「夫は洗濯物の干し方ひとつにもこだわりがあって。こっちからすると
なんでそんな細かいところを気にするんだろうって(苦笑)。夫のこだわりから外れたことをすると、すごく怒られます」

「でも、セクシュアリティは受け入れてくれている。重要にしていることの価値観が違うんでしょうね」

「だから一緒にやっていけるんだろうな、と思います。平行線でいられるみたいな」

一緒にいてお互い違うことがわかっている。

だから、お互いの価値観を受け入れられるし、理解できるのだ。

夫は何でも吐き出せる存在

今は子どもの世話や家事をする “お母さん” の役割を担っている。

しかし、家事や育児でストレスがたまってくると、夫に「女じゃないのに!」と怒りをぶつけてしまったり、「俺は・・・・・」と言ったりしてしまう。

「他のお母さんもストレスが溜まれば、夫にあたってしまうことがあると思うんです。それと同じだと思うんですが、自分の場合はセクシュアリティに寄った話を出してしまう」

「彼は『お互いに我慢しているところがあるよね。でも、子どもはちゃんと2人で育てていこうね』と言っています」

自分にとって夫は女だとか男だとか考えずに、人として向き合うことができるかけがえのない存在だ。

夫は性自認を抜きにして、人として好きでずっと一緒にいたい人。

自分にとって一番の理解者だ。


<<<後編 2017/06/23/Fri>>>
INDEX

06 性指向への気づき
07 理解してほしい、セクシュアリティのこと
08 ジェンダーレスな育児を
09 子どもが自分らしく育つように
10 いつでも自分らしくいられるように

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