INTERVIEW
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世界は楽しいもので溢れてる! それを写真の力で伝えたい。【前編】

はじけんばかりの笑顔でポジティブオーラ全開の案納さんは、幼い頃から母子家庭に育ったパンセクシュアルだ。さぞかし苦労も多かっただろうと思いきや、「大変なことは全然なかった」「家庭やセクシュアリティについて、ほとんど悩んだことはない」と、あっけらかんと語る。その言葉に、決して嘘はないのだろう。案納さんの底抜けの明るさや前向きな思考は、いったいどうやって培われたのだろうか。24年間の人生を振り返る。

2017/06/30/Fri
Photo : Taku Katayama  Text : Mana Kono
案納 真里江 / Marie Anno

1993年、福岡県生まれ。幼い頃からアートへの造詣が深く、デザイン科の高校へ進学。高校卒業後は、ブライダル会社に写真編集兼カメラマンとして就職し、3年間の経験を経て独立する。フリーランスとしてブライダル写真を中心に撮影していたが、写真家レスリー・キーへの傾倒もあって、現在はアート作品に至るまで幅広く手掛けている。

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INDEX
01 マイペースな性格
02 母子家庭でもさみしくなかった
03 早く自立したい
04 夢はデザインの仕事に就くこと
05 初恋の相手は女の子
==================(後編)========================
06 写真をライフワークにしたい
07 カメラを通して人と繋がる
08 カミングアウトで現状を変えたい
09 ネガティブなのはもったいない!
10 否定的な意見も尊重したい

01マイペースな性格

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絵画好きな母

両親は幼い頃に離婚したから、別居している父の顔はほとんど覚えていない。

「両親の仲が悪かったなっていう記憶が、うっすらと残っているくらいです」

ひとつ上の姉と、3つ下の弟。

「離婚後、母はとにかくいっぱい働いていたので、姉弟3人でいつも一緒にいた記憶があります」

「みんなお母さんが大好きでした。でも、お母さんの手は2本しかないので、手をつなぐ時もいつも3人で取り合っていました」

母は昔から趣味でずっと絵を描いていて、自宅にも母の作品が飾ってあった。

「小さい頃、晴れた日は家族みんなで公園に行ってスケッチをしたり、雨の日も家で観葉植物の絵を描いたりしていました。楽しかった思い出です」

しかし、どうやってスケッチをすればいいのかわからない時でも、母には「人の絵を見て、真似して描いちゃダメ」と言われていた。

「母は絵がうまかったけど、描き方を私たちに教えるようなこともなかったし自由にやらせてくれていました」

「それぞれの視点を大事にしていたのはありがたかったです」

自分自身、絵を描くことは大好きだった。

姉弟の中では、自分が一番芸術方面への関心が強かったと思う。

お絵描き教室に通ったり、絵画コンテストにも積極的に参加して賞を取ったこともあった。

ひとり遊びが大好き

「もともとひとりの時間が大好きで、ひとり遊びとか黙々とやっちゃうタイプだったんですよ」

「だから、保育園ではひとりでいることが多かったです」

ひとりで黙々と泥だんごを作ったり、絵を描いたり。

「おじいちゃんやおばあちゃんみたいな時間の過ごし方をしていましたね(笑)」

友達がみんなで遊んでいるのを、外野からボーッと眺めているのも好きだった。

「自分はそれがさみしいとは全然思ってなかったんですけど、先生たちに『この子は輪の中に入れないんじゃないか』ってすごく心配されてたのを覚えてます」

「きっと、マイペースすぎたんでしょうね」

コミュニケーションはそんなに得意ではなくて、どちらかといえば大人しいタイプだったと思う。

「だから、小学校に上がるまでは自分の意見を発信するようなことは苦手でした」

家族と一緒にいても口数は少ない方だった。

「小さい頃は引っ込み思案だったこともあって、姉弟のヒエラルキーの中では一番下だったんですよ(笑)」

姉も弟は、かなり自己主張の強い性格だった。

「ただ、私はサバサバしたところというかドライなところがあって、思ったことをそのまま口にしたら『冷たい』って言われることも多かったんです」

「だから、何か思ったことがあってもあえて言わないでおこうと思って、口をつぐんでしまうこともありました」

02母子家庭でもさみしくなかった

恵まれた環境

小学校中学年の時に、父方の名字から母方の名字に変わった。

「そのタイミングで、学校の先生から『中村さんの名前が案納さんに変わりました』と、クラスのみんなに発表があったんです」

それまではクラスではあまり喋らず、ひとりでいることが多かった。しかし、そのことがきっかけで、話しかけてくれる子が増えた。

「案納という名前も珍しいので、それでまた会話が広がっていくんですよ」

「自分自身も『あ、話すのって楽しいな』って思って、コミュニケーションの幅が広がったと思います」

小学校時代は、すごく恵まれてたなと思う。

「学校全体で、コミュニケーションを大事にするような環境だったんです」

先生はもちろん、生徒たちも優しい子が多かった。

「いじめとかがあったらみんなで『おかしい』と言えるような、すごくいい環境でした」

「自分と違う子を排除する、というようなことは少なかったかなと思います」

それに、当時は市営団地に住んでいたから、まわりに母子家庭や父子家庭の子も多かった。

「小学校にはその団地から通っている子も多かったので、うちはそんなに特別ではなかったですね」

自分自身、母子家庭だからといって、さみしい思いをしたことはまったくない。

「父がいた時の記憶がほとんどないので、その環境が当たり前すぎたというのもあります」

「それから、母はあったかい家庭にしたいという思いがすごく強い人だったんです」

仕事の合間を縫って、授業参観や運動会にはいつも欠かさず駆けつけてくれた母。

「そういう母の努力もあって、両親がいる家庭との差みたいなものは感じたことはなかったと思います」

室内遊びもスポーツも好き

小学校高学年の頃は、“遊び研究クラブ” に入っていた。

「普通、一輪車クラブとかだったらずっと一輪車をやるじゃないですか?でも、同じことをずっとやるんじゃなくていろんなことをやりたいなと思って、遊び研究クラブに入ったんです」

けん玉などの昔のおもちゃで遊んだり、夏には流しそうめん、秋には焼き芋をしたこともある。

「小さい頃から、興味のベクトルはたくさんあったと思います」

読書や音楽、お絵描きのほかにスポーツも好きで、昼休みは男の子に混ざってサッカーもした。

「もともと多趣味だったし、やりたいことは全部やりたいと思ってたんです」

「文科系だけに範囲を絞っちゃうのはもったいないし、楽しまなきゃ損だと思って、6年生の時に剣道の習い事も始めました」

もともと母の勧めで姉と弟が通っていた道場に興味を持って、自分も通うことになったのだ。

幼稚園児の生徒からおじいちゃんの先生まで、老若男女が入り混じる道場だった。

「そこでも年の近い子にいろんなことを教えてもらったりして、すごく勉強になったなと思います」

03早く自立したい

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母に育まれた自立心

母が結婚したのは、23歳。現在24歳の自分よりも若い頃の話だ。

「自分の今の年の時に結婚して子どもを産んで、ひとりで育てていくってことを決めたっていうのはすごいって思うんです」

「でも、性格の面で見ると、母はすごく乙女だなって印象があるんです(笑)」

昔からさみしがりやで甘えん坊、かわいらしい性格の母。

だが、しつけに関しては意外と厳しかった。

「私はもともと自立心が人一倍強いんですけど、それは母の育て方もあったんだろうなって思います」

普通の家庭であれば親が助けてくれるような場面でも、我が家は「自分でできることなら自分でやりなさい」という教育方針だった。

たとえば、「携帯が欲しい」と言えば、「自分でバイトするなら買っていいよ」といった具合に。

「本当に全部好きにやりたいんだったら、自立して一人暮らししなさい」とも言われ続けていた。

「だから、私も中学生くらいの頃からずっと一人暮らしをしたいと思ってました」

運動部で培われた体力と精神力

地元の中学校に進学し、当初は道場に通いながら学校でも剣道部に入っていた。

「でも、せっかくなら違うことをしたいなと思って、途中から陸上部に入部しました」

「剣道だと相手ありきですけど、陸上はひとりでできるじゃないですか。練習も自分次第でいくらでも突き詰めることができるからいいなって思ったんです」

陸上で得意としていたのは、中距離から長距離走。

「昔からスポーツをして体力がついたことで、今すごく役に立っています」

現在の仕事は、フリーランスのカメラマン。

「カメラマンの仕事は体力的にキツいので、女の子はついていけなくて辞めがちな環境なんです」

「でも、私は剣道のおかげで腕にすごい筋肉がついたんです。その面ではかなり助けられていますね」

運動部でのトレーニングは、限界を突き詰めていくことや目的意識も鍛えてくれた。

「部活は上下関係もしっかりしていたので、自然と礼儀は身につきました」

「返事も威勢良く言う癖がついているので、今でも職場で『すごくいい返事するね!』ってよく言われます(笑)」

04夢はデザインの仕事に就くこと

引っ越しのストレス

体調を崩した祖父の面倒を母が看ることになり、中学3年生の時に引越しと転校を経験した。

「その時、引っ越すのがすごく嫌でした」

「人生で一番長く住んでいた場所で、地元が大好きだったし、環境にも恵まれていたので、ここよりいい所はないんじゃないのかなって思ってたんです」

案の定、転校先の中学はそれまで通っていた学校と比べて、先生たちもあまり教育熱心ではなかった。

「勉強は教えるけど、人としての在り方や道徳に関心を持って教えるような先生はいなかったように思います」

だから、ある種割り切って、1年間我慢して通学した。

「友達には恵まれていましたが、環境が大きく変わったので、そこで人生で初めて大きいストレスを感じたかもしれないです」

「なんだかんだ楽しんではいたんですけどね」

美術への興味

「転校する前の中学校では、美術の先生が面白くて大好きだったんです」

突拍子もない作品を作っても、「これいいね、面白いね」と褒めてくれる先生だった。

「作品のどういう部分がいいかもちゃんと説明してくれたし、どんなものを作ってもポジティブに見てくれる先生でした」

「だから、美術が好きな子は育ちやすい環境だったなと思います」

中学2年の時に同じクラスになった友達に、面白い絵を描く子がいたことも印象深い。

「その子に感化されて、絵やデザインについて色々語りました。『デザインとはなんぞや』みたいな話で盛り上がるんですよ」

「そんな子には今まで出会ったこともなかったので、デザインの道って面白いな、って興味を持ったんです」

それで、転校先の中学では美術部に入ろうと決めた。

「高校もデザイン科に進もうと思って、デッサンの勉強なども始めました」

「具体的にどんな仕事に就くかまでは考えてなかったんですけど、その頃からグラフィックデザイナーやイラストレーターの仕事に興味を持ち始めていました」

親がそういった仕事の本を見せてくれたりして、選択肢を作ってくれていたことも大きい。

05初恋の相手は女の子

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デザイン科の高校へ

そうして、無事デザイン科の高校へと進学する。

デザイン科は女子が多く、全体の9割ほどを占めていた。

「だから女友達は急に増えましたね」

「でも、女子特有のドロドロした感じはなくてサバサバしてる子が多かったです」

みんな物づくりを志していたこともあって、仲間意識も強かった。

1年生の頃は、色彩やデザインの基礎を学んだ。

「その頃は実技と普通教科が半分ぐらいだったんですけど、学年が上がるにつれて実技がどんどん増えていきました」

「自由に作品を作る課題とかもあって、すごーい楽しかったです」

絵とストーリーを自作する絵本の課題は、特に楽しくて印象に残っている。

「でも、課題はそこそこ大変だったので徹夜もしていました」

デザインを仕事にすることの大変さを、早い段階で学ぶことができたと思う。

遅めの初恋

小学生の頃から、恋愛にほとんど関心がなかった。

「男の子を見てかっこいいな、と思うことはあったんですけど、恋愛感情は生まれなかったんです」

「中学になっても人を好きになることがなかったから、私はこのまま恋愛しないのかなぁ、って思ってたんです」

しかし、高校1年でちょっぴり遅めの初恋を経験する。

「同じクラスに気になる子ができてずっと悶々としていて、『あ、これって好きなんだ』ってやっと気づいたんです」

相手は女の子。とにかくかわいい子だった。

「私、すごい面食いなんですよ(笑)」

彼女のことを好きだと認識した時、一瞬「でも相手は女の子だし」とも思ったが、すぐに「好きなら仕方がないじゃん」と開き直った。

同性を好きになったことに自分でも最初はびっくりしたが、比較的スムーズに受け入れられた。

「自分の中では、そのことで悩んだりはほとんどしなかったかなと思います」

しかも、彼女は「恋愛対象は女の子もいける」と、自身がバイセクシュアルであることを公言していたのだ。

「だから、最初から告白するつもりだったわけではないんですけど、可能性はあるかなって微かに思っていました(笑)」

ところが彼女には、自分が他の女子のことが好きなのだと勘違いされていた。

「勘違いされてるのは嫌だったから、『違う、私はあなたのことが好きなんだよ』って告白をしたんです」

見事告白は成功し、彼女と付き合うことになった。

「でも、私は顔に出やすいので、本当は最初から気持ちがバレてたのかもしれないです(笑)」

彼女は小悪魔タイプでずる賢いところがあったから、もしかしたら告白をうまく誘導されたのかもしれない。


<<<後編 2017/07/02/Sun>>>
INDEX

06 写真をライフワークにしたい
07 カメラを通して人と繋がる
08 カミングアウトで現状を変えたい
09 ネガティブなのはもったいない!
10 否定的な意見も尊重したい

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