INTERVIEW

私と私の大切な人が 幸せになる方法【前編】

アパレル業界に長く勤めたのち、一念発起して自身のバーをオープンした木戸麻衣子さん。昼夜逆転の生活ゆえ「昼間のインタビューは起きられるか心配」と話していたが、当日の午後1時、そのショートカットの金髪よりも眩しい、弾ける笑顔で颯爽と現れた。そして、語られた言葉。それは、“今を生きている”実感に満ちていた。

2015/08/28/Fri
Photo : Mayumi Suzuki Text : Kei Yoshida
木戸 麻衣子 / Maiko Kido

東京生まれ。グラフィックデザインの専門学校を卒業後、アパレルブランド3社やコンサルティング会社に勤める。アパレル業界では、現場での経験のほかにセミナーを受講するなどして、コミュニケーションスキルを高め、ストアマネージャーとしての業務を長く担当。2015年3月、新宿三丁目にミックスバー「Bar M’s factory」をオープン。レズビアン寄りのバイセクシュアル。

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INDEX
01 レズビアンとして、会社員として
02 ありのままの自分で生きるための店
03 親友に伝えた「好き」という気持ち
04 両親とレズビアンである自分との距離
05 社会を不満に思う前にできること
==================(後編)========================
06 自分を偽る苦しさからの解放
07 レズビアンカップルと結婚と出産
08 未来のための新たな仕事
09 セクシュアリティで悩まないで
10 人生に必要なのは一歩を踏み出す勇気

01レズビアンとして、会社員として

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自分も、皆も、盛り上げたい!

「先日、大阪の “レディキラー” っていうレズビアンのイベントに行ってきたんですよ。その前に、お酒を飲んでいたせいもあって、会場に着いたら、勝手に『もっと盛り上げなければ!』って使命感に燃えちゃって、マイクスタンドをぐるぐる回したりなんかして。終いには、服のままプールに飛び込んだりして、もうアザだらけで(笑)」

そんな風に、お茶目な武勇伝を話す木戸麻衣子さん。そのテンポのいい話しっぷりに、インタビューが行われた部屋にいた全員が大ウケだった。しかし、実は、そんな行動にも、実は彼女の生き方が強く表れているのだと、インタビューを終えた今、大きく頷ける。

がむしゃらに突っ走っていたアパレル時代。

東京生まれ、東京育ち。ご両親とお姉さんと木戸さんの4人家族。曰く「ごく普通」の家庭で、健やかに成長し、高校を卒業したあとは、グラフィックデザインを学ぶため、専門学校へと進学。卒業後は、外資系アパレルブランドに就職した。

「もともとファッションが好きだったので、天職だと思いました。現場にいるときも、すっごく楽しかったです。自分が着たいと思えるものをお勧めして、お客さんが喜んでくれると、本当に嬉しくて。もっともっと販売のコミュニケーションスキルを学びたくて、トレーニングセミナーを受講したりもしました。自分のスキルが上がると、売り上げも上がることを実感できたんです。そしてストアマネージャー職に就いて、9年ほど働きました。今思うと、上へ上へと突っ走ってた時期ですね、あのときは」

スタッフを束ね、担当店舗の売り上げを伸ばす。目標が明確で、やりがいのある仕事だった。しかし、頭のどこかでチラつく言葉があった。

「これって、私が本当にやりたいことなのかな」

自分が本当にやりたいこと。それに挑戦するきっかけは、当時一緒に暮らしていた女性パートナーとの別れだった。

02ありのままの自分で生きるための店

ひとりになったとき、自分に向き合えた。

「会社員として働いていると、毎月安定した収入を得られて、常に組織に守られているので、ある程度、安心して仕事もできるし生活もできる。でも、“本当にやりたいことって何だろう”って気持ちが常にあって。そんなとき、一緒に暮らしていたパートナーと別れることになって、ひとりになったんです。寂しさもあったけれど、ひとりになったことで、自分のやりたいことにちゃんと向き合うことができました。そして、以前から興味をもっていた、飲食店経営を今こそやってみようと行動を起こしたんです」

候補地として選んだのは新宿三丁目。飲食店が連立する激戦区だ。やっと見つけた物件には、すでに5件の申し込みがあったという。借りられる可能性は低いが、「そこ以外考えられない」ほどの好物件。無理かもしれない、でも諦められない。どうしても、ここでバーをしたい。そんな熱意がオーナーに通じたのか、木戸さんは見事その物件を借りられることになった。

「これからレズビアンとして生きて行くことを決心し、だったら、ありのままの自分でいられる仕事を、と始めた店。そうなると、場所はやっぱり新宿二丁目から近いほうがよかったんです。でも、二丁目だと、どうして同性愛者向けの店としての印象が強くなってしまいますよね。三丁目なら、レズビアンだけでなく、サラリーマンの方も一般のOLの方も来てくれます。私は、このバーにいろんな人に来てほしいと思っているんですよ。セクシュアリティは関係なく、誰もが楽しめる空間にしたいんです」

自分を解き放つことができる街。

それでも、木戸さんにとって、やはり二丁目は愛すべき特別な街だ。通い始めてから10年以上。二丁目で知り合った友人も数多いという。

「レズビアンとかゲイとか、同じセクシュアリティのなかで過ごす時間は、解き放たれた感じがして、とってもリラックスできます。二丁目は、人目を気にすることなく、自然体の自分でいられる場所なんです。会社員だったころは、組織に属している立場もあって、カムアウトするのは難しかったけれど、今では二丁目だけでなく、三丁目の私の店でも、どこでも、訊かれたら答えてます。レズビアンですよって」

03親友に伝えた「好き」という気持ち

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彼氏よりも親友と一緒にいたい。

今では、訊かれたら隠さず、自らのセクシュアリティを伝えている木戸さん。しかし、その自覚は23歳。それまでは男性とお付き合いしていたのだという。

「高校のときから、専門学校に入って、卒業するまで、長い間付き合っていた男性がいたんです。なんと、そのときは結婚まで考えてたんですよ。彼のことは好きだけど、本当に好きなのかな、本当に好きってどういうこと? って自問自答している自分がいて。で、そのころ、すっごく仲のいい親友がいたんです。一緒にいると、なんだかとても居心地がいい。あれ、これが本当に好きって気持ちなのかも、と思った瞬間、『好き』って言っちゃったんです。私、直球なんですよね。友だちも『えっ』ってビックリしつつも、『まぁ、でも一緒にいると楽しいよね』って言ってくれて。付き合うってことはなかったんですが、とにかく毎日一緒にいました。今まで付き合っていた男性には、ここまでの感情をもったことがなかったんです。そこで、やっと自覚したんですね。私、女性が好きなんだって」

ボーイッシュだった少女時代。

では、高校生まではどうだったのかというと、やはり、周囲の少女たちとは、やや違った嗜好をもっていたらしい。

「他の子たちと一緒に、おままごとをしていたんですが、私はいつもパパ役。『おい、メシはまだか?』みたいな。父に憧れていて、大きくなったらネクタイをして仕事に出かけるんだって周りに言ってたらしいです。小さなころから、ピンクより青が好き、スカートよりもパンツが好きって感じで。でも、物心ついたときに、あれ、私、付いてないや、男の子じゃないんだって気づいたんですよね。母にも『麻衣子は、お母さんのお腹のなかに忘れてきちゃったんだね』なんて言われてて(笑)」

小さなころから、男の子のような格好をして、ヤンチャばかりしていたという木戸さんを、愛情をもって育ててくれたご両親。彼らには、まだカムアウトはしていない。

04両親とレズビアンである自分との距離

大切な人です、と両親に彼女を紹介。

「両親に、私、実はレズビアンなんだよね、と直接は伝えてはいません。でも、以前お付き合いしていた女性のパートナーを紹介したことはあります。『私の大切な人です』って。細かく説明もしなかったから、両親はきっと『ん?』と理解できなかったと思うんですが、目の前で手をつないでるし、イチャイチャしてるし、次第に分かったんじゃないでしょうか。特に『あなた、そうなの?』と確認することもなく、『最近、彼女とどうなの? うまくいってんの?』って訊いてくるようになったんです」

はっきりと確認しなくても、娘のセクシュアリティに理解を示してくれている。そこから、木戸さんへの両親の愛情が感じ取れる。そんな両親のもとで温かく育てられたからだろうか、その言葉はポジティブさであふれている。

両親の期待に応えられない自分。

そんな木戸さんも、自らのセクシュアリティについて、一度だけ深く悩んだことがあるという。彼女を紹介する前、両親から「結婚しないの?」と言われたときだ。

「ああ、自分はなんて親不孝なんだ、と。娘として申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。そのときは、本気で悩みました。じゃあ、レズビアンから足を洗って、男性と恋愛をして結婚すべきなのかな、と。男性も好きになれるし、大丈夫かな、なんて。それでも、やっぱり好きな人は女性だったし、それも無理で」

自分をごまかして生きること。それは、とても苦しい。本当に求めているものが分かっているのに、手を伸ばさないでいることは、苦痛だ。やりがいを感じて、がむしゃらに働いていた会社員時代も、その痛みを感じることはあった。

05自分を偽る苦しさからの解放

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職場で隠し通した自らのセクシュアリティ。

「勤めていたブランドは、どこも外資系だったので、比較的セクシュアリティに関してはオープンだったし、ゲイもレズビアンもいたと思う。それでも、公言はできなかった。『もしかしてレズなんじゃない?』って聞かれることがあっても、『そういえば、その気もあるのかな〜(笑)』なんて言って、ごまかしてました。仕事は大好きだったし、職場は楽しかったけれども、そこだけは、自分を偽っているようで精神的に辛かったですね。ただ、信頼できる同僚ふたりだけには、勇気を出して、そっと打ち明けたんです。そしたら『いいじゃん、麻衣子らしいじゃん』って言われて、救われました」

仕事とプライベートで、オンオフをはっきり区別しておきたいという気持ちもあり、オープンな職場であっても、広くカムアウトはできなかった。でも、そんな仕事のつながりから、木戸さんの人生を大きく広げてくれる出会いがあった。

ゲイの友人と、初めての二丁目。

「私が勤めていたブランドと同じモールで働いていたゲイの友だちができたんです。『あなたソッチじゃない? なんかニオイがした』『ちょちょちょちょっと、シーッ!』って。彼は職場でもカムアウトしていたし、二丁目にも詳しかったんです。で、私が行ったことないって言ったら、連れて行ってくれたんですよ」

当時は現在のようにSNSが普及しておらず、ネットの掲示板で友だちを募集することが出会いを広げていく主な方法だった。そんなとき、初めて訪れた新宿二丁目。

セクシュアリティを公言できる二丁目には、たくさんの出会いが待っていた。現在のパートナーと知り合ったのも、やはり。

後編INDEX
06 自分を偽る苦しさからの解放
07 レズビアンカップルと結婚と出産
08 未来のための新たな仕事
09 セクシュアリティで悩まないで
10 人生に必要なのは一歩を踏み出す勇気