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人間じゃなくても恋愛対象。僕はパンセクシュアルにも収まらないかも。【後編】

人間じゃなくても恋愛対象。僕はパンセクシュアルにも収まらないかも。【前編】はこちら

2017/12/29/Fri
Photo : Taku Katayama Text : Ryosuke Aritake
李 永晧 / Lee Yeongho

1988年、神奈川県生まれ。生まれてすぐ、父の祖国である韓国に移り住み、小学3年生の途中で日本に帰国。中高大と定期的にホームステイや留学を経験し、外国の言語や文化を学んできた。高校3年で双極性障害、26歳で広汎性自閉症スペクトラムと診断される。大学卒業後はIT関連の企業に勤め、現在は転職活動中。そのかたわら、月に一度LGBTバーでオーナーを務めている。

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INDEX
01 日本生まれ韓国育ちの利かん坊
02 多趣味で凝り性な “海外からの転校生”
03 恋愛を知らずに過ごした思春期
04 他国の文化を身につけていく喜び
05 不安定な状態で挑んだ大学受験
==================(後編)========================
06 世界を知るために学び続けた大学時代
07 大人になって知った恋愛感情
08 バイセクシュアルかもしれない自分
09 パンセクシュアルという新たな指標
10 限界を決めずに前向きに進むこと

06世界を知るために学び続けた大学時代

自身がマイノリティであること

大学では、国際的な分野に強い学部を選んだ。

ゼミでは、国内や世界におけるマイノリティ=少数民族について、研究を進めた。

卒論のテーマは「在日朝鮮人の若者のアイデンティティ」。

「僕も在日朝鮮人の血を引いているし、世の中的に見てマイノリティだから、少数民族に対して関心があったんです」

自分には “日韓ハーフ” という特徴があったが、身近な人から偏見を持たれたことはなかった。

しかし、ネット上で在日朝鮮人に対する偏見を目にすることは、少なくなかった。

「直接差別的なことを言われたことはないけど、気になりましたね」

人から指摘されたことはなかったが、自分自身がマイノリティであるという意識は持ち続けていた。

好奇心を満たすための留学

大学3年が終わってから1年間、フランス語を学ぶため、ベルギーに留学した。

フランス語に興味を持ったきっかけは、高校生の時。

1週間ほど、ホームステイで訪れたフランス人学生を家で受け入れたこと。

「その学生にフランス語を教えてもらって、彼の帰国後は独学で覚えました」

「高校2年生の時には、仏検3級を取りました」

大学3年で留学先を選ぶ時、フランスではなく、ベルギーを選んだ。

「ベルギーは南がフランス語圏、北がオランダ語圏。ドイツ語を使う地域もあって、いろんな言語に触れ合えるところが決め手になりました」

「多種多様な移民が共に暮らしているという点も、コスモポリタン(地球主義)的雰囲気に憧れる僕の心を強く刺激しました」

首都ブリュッセルにはEUとNATOの本部があり、 “ヨーロッパの首都” といわれるほど国際的に重要な場所であることも、選んだ決め手の一つだった。

現地の大学に通い、ヨーロッパの建築史や音楽史の授業をフランス語で受けた。

「もちろんフランス語の授業も取っていましたが、ついていくのが大変でした(苦笑)」

留学中の1年間、大学は休学扱いとなるため、就職が遅れることになった。

しかし、両親は引き止めず、「留学したい」という意思を尊重してくれた。

マイノリティを学ぶための進学

ベルギーから帰国し、大学4年になってからは、大学院への進学を考えていた。

「就活も少ししたんですけど、院に進むつもりだったので、社会勉強という感覚でした」

大学院に進んでからは、移民学を研究した。

トルコにおけるアルメニア人やクルド人、日本におけるアイヌ、そして移民など、各国のマイノリティと呼ばれる人たちの存在に興味が湧いた。

「マイノリティに対する興味は、変わらずに持っていましたね」

「さまざまな言語を学ぶうちに、少数民族の言葉も学んでみたいと思ったんです」

好きなことを学ぶ時間は楽しかった。

しかし、進学から半年が経った頃、体調を崩してしまった。

「それ以来、ずっと休学している状態です。随分月日が経ってしまったので、戻れるかわからないけど」

07大人になって知った恋愛感情

苦々しい初恋の思い出

学部生時代は、さまざまな国や地域のダンスを通じて、国際交流を行うサークルに入っていた。

留学生たちが、サルサやサンバなど、自国のダンスを教えてくれた。

そのサークルの中で、初めて人に好意を抱いた。

いわゆる、初恋。

「相手は、同じ学部、同じ学年の女性でした」

「恋するという感情は、気持ち良かったです」

「その子とずっと一緒にいたくて、これが恋の病なのか、って知りました」

彼女に、好きという気持ちを伝えた。

気持ちを受け取ってもらい、恋人になることができた。

「でも、すぐに別れました」

「原因はわからないです。連絡が取れなくなってしまって・・・・・・」

彼女はサークルを辞めてしまい、顔を合わせることも少なくなった。

「恋って辛いな、って思いました」

半年間続いた二度目の恋

初恋が悲しい終わりを迎えてから、少し時間が経ち、サークルの先輩が気になり始めた。

「もともと仲が良かった女性の先輩でした」

「その時も僕から告白して、なんとなくつき合い始めることになりました」

2人で渋谷や新宿に行き、買い物をすることが多かった。

一度、「私だけを見て」と泣きつかれたことがあった。

「僕が、他の人に留学の相談をしたんです」

「それを知ったみたいで、『私にも相談してほしい』って言われました」

恋愛の難しさを感じた。

つき合い始めてから半年後、彼女に別れを切り出された。

「大学時代に、一番長くつき合った人でした」

「『ほかに好きな人ができた』って言っていました」

「フラれたけど、今でも連絡は取っています」

08バイセクシュアルかもしれない自分

予期せぬ男性経験

大学4年の時、知り合いだった年上の男性と同じ部屋に泊まる機会があった。

無防備だった。

その男性から関係を強要され、性的暴行を受けた。

予期せぬ出来事だった。

「当時はセクシュアリティに関する知識がなかったから、その人の性指向はよくわかりませんでした」

「ただ、嫌悪感を抱きました」

行為が終わってから、謝られた。

「謝られたことの方が、辛かったです」

「謝るってことは、好きなわけでもないのに強要したってことですよね」

その男性の行為が悪いことなのだと、証明された気がした。

「おもちゃにされたことが、辛かったです・・・・・・」

初めて考えたセクシュアリティ

激しい嫌悪感を覚えた一方で、よくわからない感情も芽生えていた。

「暴行された相手が男性だったことよりは、性に対する価値観とか捉え方について、考えるようになりました」

それまではセクシュアリティについて考えたことはなかった。

ゲイやレズビアンという言葉も知らなかった。

「年上の男性との出来事が、自分に影響を与えたと思います」

嫌だと思ったが、絶対に男性とは関係を持てない、とは感じなかった。

「モヤッとした感情を抱いていました」

大学に入ってから、なんとなく人づてに聞いたことのあった言葉が浮かんだ。

自分は「バイセクシュアル」なのかもしれない。

大学の友だちと話している時、話しの流れで「僕はバイだよ」と口に出した。

その場にいた友だちは、一様に「へぇ、そうなんだ」と受け止めてくれた。

否定したり嘲笑したりする人はいなかった。

「周りの環境に、恵まれていたのかもしれないです」

当事者が集まる場所

意図せず、大学の友だちにカミングアウトしてから、自分のセクシュアリティを深く知りたくなった。

「周りが普通に受け入れてくれたので、特殊なことだと感じませんでした」

「その頃から、当事者の方が集まるバーに行くようになりました」

店に出入りしていた男性に、興味を持つようになった。

「いいな、と思って、僕から告白しました」

初めて男性と交際した。

女性とつき合った時と、感覚は変わらなかった。

09パンセクシュアルという新たな指標

異性装で得られた解放感

自分自身のセクシュアリティと向き合うよりずっと前、高校3年の時。

漫画で見た異性装に興味が湧いた。

特に大きなきっかけがあったわけではなく、スカートをはいてみたい、と思った。

「初めてスカートをはいた時、楽しかったです」

「女性の格好をすることで、自分自身を表現している感じがしました」

「解放的で、いままでとは違う新しい自分になったような」

女性になりたいわけではないが、自由になれるような気がした。

日常的に異性装がしたいと思い、歌舞伎町のオカマバーに電話をかけた。

「高校生ということは隠して、『働きたいんですけど』って電話したんです」

「電話に出たスタッフの人から『化粧はできるの?』って聞かれたので、素直に『できないです』って答えました」

スタッフから、「化粧はできないとダメ。タクシー運転手が運転免許持っていないのと同じ」と断られた。

気にならない人の視線

初めての女装以降、ときどき女性の格好をするようになった。

母からは「その格好で、近所を歩かないで」と言われた。

「母の気持ちもあるので、家から離れた場所でするようにしています」

現在、月に一度働いているLGBTバーでは、女装をしてカウンターに立っている。

高校生の頃の目標が、少し叶ったようだ。

女性の服を着て街を歩いている時に、好奇の目を向けられることもある。

「・・・・・・でも、人の視線はあまり意識していないです」

「女性だって、男性からじろじろ見られることがあるじゃないですか。それと同じ」

好きでやっていることだから、人からどう見られても気にならない。

「異性装をする人の中には、『トランスジェンダーと思われるのが嫌』って言う人もいます」

「だけど、僕はトランスジェンダーの方たちが受ける苦しみを知らないから、拒否するのは違う気がして」

「僕は当事者の方たちが抱く苦しみを、あまり感じてこなかったので、偉そうなことは言えないです」

母は「近所を歩かないで」と言うが、「女性の格好をしないで」とは言わない。

友だちもバイセクシュアルであることを、否定しないでいてくれた。

だから、生きづらさはほとんど感じたことがない。

しっくりきた “パンセクシュアル”

LGBTバーで、お客さんから教わった言葉がある。

パンセクシュアル。

「自分はバイセクシュアルじゃなくて、パンセクシュアルなのかなって思いました」

「意識の違いぐらいのものだと思うんですけど・・・・・・」

「男の性別と女の性別しか受け入れられないわけじゃなくて、僕は何にでも恋愛感情を抱くので」

「コミュニケーションが取れれば、人間じゃなくても恋愛対象です」

「ライオンに恋してもいい(笑)」

そう思えるのは、さまざまな国の文化をじかに体験してきたから。

「コミュニケーションって、口で伝える言葉だけじゃないって知ったんです」

「動物の会話は鳴き声だけじゃなくて、しっぽの動かし方も関係します」

言語を学んできたからこそ知れた、非言語のコミュニケーションの大切さ。

そして、誰もが恋愛対象になり得るという可能性。

「もしかしたら、パンセクシュアルにも収まらないかもしれません」

10限界を決めずに前向きに進むこと

スーパーフレンドリーな国

今、もっとも関心が高い国がトルコ。

「ベルギーに留学した時にトルコ人と出会って、トルコ語を勉強しようと思ったんです」

ベルギーの学校で、トルコ語の授業を取った。

言葉を学ぶうちに、トルコという国自体が気になり始め、留学を終えてからトルコに飛んだ。

「トルコ人ってスーパーフレンドリーなんです」

「道を歩いていると、知らない人に『君の靴かっこいいね』って話しかけられるんです」

「その場で15分くらい立ち話をする感じが、すごく好きでした」

「トルコにはアルバニア人もいて、ベルギーで少し習ったアルバニア語の挨拶を言っただけで、すごく喜んでくれました」

言語というツールを用いて、心を通わせることは、今でも大きな喜びになっている。

海外で知った日本語のおもしろさ

新たに行ってみたい国は、マダガスカル。

「マダガスカルに小学校を新設するためのボランティアに、携わらせてもらう機会があったんです」

「その時に興味が湧いて、マダガスカル語も勉強してみたいって思いました」

ボランティアの経験を通じて、言語の難しさを再認識した。

「通訳をすることがあったんですけど、相手の話しを翻訳して伝えるって難しいですね」

「日本語だと曖昧な表現で済むことも、海外ではきっちり伝えないといけない」

「逆に、日本語は細かい表現も多いから、現地の人の話をしっかり聞き取らないといけない時もあります」

例えば「sister」は、日本語だと「姉」と「妹」に分けられる。

どちらを指しているのか、細かいところまで聞いておかなければ、正確に訳せない。

「語順が決まっていないところも、日本語ならではの部分です」

「『明日、私はラーメンを食べます』でも『私は明日ラーメンを食べます』でも通じますよね」

「英語だと語順が定まっていないと伝わらないので、その違いがおもしろいです」

自分の幅を広げる術

現在は就職活動中。

世界に関わる仕事に就きたい、と考えている。

「いままで働いていたIT業界に限らず、芸能でも出版でも、グローバルな仕事なら何でも」

「業界や業種を変えた方が、自分の幅が広がると思っています」

得意なことばかりではなく、あらゆることに飛び込んでいきたい。

「苦手な部分があったら、克服していきたいです」

「何かと理由をつけて『これはダメ』って言っちゃうと、自分の可能性を狭めてしまうので」

自分自身に限界を設定したくない。

いつまでも発想を磨き続け、世界を広げ続けていきたい。

「化粧も、始めたのはここ2~3年ですが、もっと磨いていきたいです」

苦しみを感じてこなかったのは、自らを取り巻く環境を変えたいと願う思いの強さも影響していたのかもしれない。

関わる人やものを愛し、前を向いて歩いていけば、きっと世界はもっと明るくなる。

あとがき
初対面のヨンホさんは、好青年。取材は、スポーティーな異性装で少し動的な印象。どちらも自然で、生きていくフィールドの広さを感じた■ヨンホさんが感じた様々な国の楽しさを、一緒に味わえたひととき。語学力は、コミュニケーションをスムーズにする。外国語に限らず「通じ合えた!」は、大きな喜びだ■言葉も宗教も性別も超えて、枠のない感性で橋をかける。でも、きっと[かけ橋]になろうなんて意気込みはない。おもうままに、穏やかに歩く。(編集部)

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