INTERVIEW

社会に、自然に溶け込んでいたいから【後編】

社会に、自然に溶け込んでいたいから【前編】はこちら

2016/10/21/Fri
Photo : Mayumi Suzuki Text : Yuko Suzuki
大沼 航平 / Kouhei Oonuma

1992年、神奈川県生まれ。大学中にアルバイトを始めた大手テーマパークで、準社員として働いている。父、母、妹の4人家族。トランスジェンダー(FTM)で、20歳からホルモン治療を開始。23歳で乳腺切除と性別適合手術を同時に受ける。その後、戸籍の性別も変更。趣味は、お酒とピアノ演奏、そして今は三線を特訓中。

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INDEX
01 普通に生きたい
02 変態な自分を治さなければ
03 誰かに話したい、わかってほしい
04 カミングアウト
05 保育士をめざす
==================(後編)========================
06 本当にやりたいことが見つかった!
07 これからどうやって生きていこう
08 ウソをつかなくていい人生
09 「理解しよう」という姿勢が大事
10 家族をつくりたい

06本当にやりたいことが見つかった

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恋人との別れ

進んだ短大の学生は、ほぼ女子だった。

ほがらかで、誰にでもフランクに接する大沼さんは、たちまち人気者に。

「女性だけという環境の中ではボーイッシュな人間が目立つから、『ぬまっち、かっこいい!』というノリで、ちやほやしてもらえたんですよ(笑)」

彼女とは同じ学部に進んだもののクラスは別々で、授業で一緒になることもなかった。

それでも二人の仲は続いていたが、クラブの部長やクラスのリーダーなどを務めていた関係で他の女の子と過ごす時間が多くなり始めると、彼女がやきもちを焼くように。

実際、彼女が心配していたようなことはなかったが、「二人とも、若かった。お互い、誤解を埋めるだけの冷静さを持てなかったんだと思います」

短大2年の時、4年間続いた二人の関係にピリオドが打たれた。

「好き」を仕事に

ちょうどその頃、大手テーマパークでアルバイトを始めた。
そこは、子どもの頃から年に数回、家族で出かけていた場所。

キャラクターや制服などにはもちろん魅力を感じていたが、何より心をとらえたのは、そこの世界観、空間の雰囲気だったという。

「そこにある物も人もすべて、訪れる人を楽しませ、夢を見させることに徹している。どの分野のスタッフもすばらしいホスピタリティで接してくれるから、私たちはすごく幸せな気分になるんですよね」

「この人たちはいったい、どういう人なんだろう。この人たちが勤めている会社って、どんなところなんだろうと、すごく興味があったんです」

アルバイトといえども狭き門。

それでも、熱い思いが通じたのか採用が決まった。

配属されたのは商品販売部門。おみやげの販売スタッフとして、週末のみ働き始めた。

「お客様から『ありがとう。また来るね』と言われると、うれしくて。
アルバイトの日は朝4時起きで、家に帰るのは夜遅く。それでも、楽しくてしかたがなかった」

「お金をもらっているのにこんなに楽しくていいの? という感じでした」

職場の上司や先輩はアルバイト生にもきちんと接してくれたし、彼らの仕事ぶりを見ていて「こういう仕事がしたい」「こういう人になりたい」と思い、やりたいことや目標がどんどん出てきた。

「子どももたくさん来て、みんな幸せそうな顔をして帰っていく。保育士にならなくても、ここなら大好きな子どもたちとも接していられると。そう、本当にやりたいことが見つかってしまったんです」

そこで、進路変更。

保育士になるのをやめ、短大卒業後はその会社で引き続きアルバイトとして働くことにした。

07これからどうやって生きていこう

20歳になって覚悟を決めた

恋は終わったものの、キャンパスライフもアルバイトも充実していた短大時代は「最高に幸せだった」。

ただ、それとは別に、心の中のもやもやは未解決のままだった。

「性同一性障害についてはいろいろ調べていて、20歳になるまでは何もできないことは知っていましたし、自分でもまだ『治るかも』と思っていたのかな。気持ちはつねに揺らいでいました」

この先、男として生きていきたい。
でも、手術をするなんて「あり得ない」。

「インフルエンザの予防注射1本打つのでさえ、こわくて震えるんですよ。そんな人間が手術なんて、無理だと思っていました」

ただ、20歳の誕生日を迎えても、自分の中では何の変化も起こらなかった。さて、どうしよう。

当事者に会って話を聞けば、何か変わるかもしれない。
そう考え、インターネットで調べて性同一性障害のサポートを行っている人を訪ねることにした。

親に黙ってその人に会いに行くのはダメだろうと思い、律儀にも母親にあらためて話をすることに。

「自分が男なのか女なのか、はっきりさせたいから病院で診断書がもらいたい。そのための話を聞きに行く」と伝えると、母親は「お父さんには言わない」という条件付きで、了承してくれた。

その時、父親は

病院で正式に「性同一性障害」と診断され、その結果を母親に伝えた。

母はとくにショックを受けたようには見えなかったが、「お父さんにはまだ言わないでね」という。

「でも、強行突破しました。これは、母のいうことを聞いてはいけない場面だって思いました」

「ホルモン治療を受け始めたら声も体も変わってくるから、父親だって気づきますよ。その前に、自分の口からちゃんと話をしたかったんです」

父親は「わかった」と受け止めてはくれたものの「まだ心の整理がつかないから、治療についての話はちょっと待って」と、母親が言っていたとおり動揺したようだった。

1週間たっても、父親は何も言ってこない。

しびれをきらした大沼さんは、「行ってくるからね」と言い残して病院へ向かった。

ただ、いざ治療が始まると、父親は意外な速さで事実を受け入れてくれた。

我が子の覚悟の大きいことがわかったのだろう。

家族で話をする時も、大沼さんのことを「彼」と言ったり、改名した後にもすぐに「航平」と呼んでくれた。

「父親は仕事でパソコンを使っているから、インターネットで調べて勉強してくれたんでしょう。あとから父親がポロッと言ってましたけど、夫婦で話をして『本人がいちばん苦しんでいる。もうラクにさせてあげよう』ということになったんだそうです」

3歳年下の妹は、最初から受け入れてくれた。

妹には、最初に母親にカミングアウトしたタイミングで伝えた。

ドラマの『ラスト・フレンズ』を一緒に見ていた時、性同一障害の女性を演じていた上野樹里を差して「自分も、これかもしれないんだよね」と、軽く言っていた。

「そうしたら妹はとくに驚くでもなく、『うん、そうだよね。そういう人がいてもいいんじゃない?』って」

だから、声や体つきが変わっていく自分を見ても、妹の態度は何も変わらない。

それは、今も同じだ。

08ウソをつかなくていい人生

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職場の人たちに公表する

父親とならんで、真実を伝えなければいけない人がいた。職場の上司、先輩、仲間たちだ。

「ホルモン注射をする前に、声や見た目が変わることなどについて上司に相談しました。女性だったのですが、『個人的にはあなたのことを応援する。上の人たちにかけあってみる』と言ってくれたんです」

会社としては「戸籍が変わるまでは、ロッカーや制服を女性用から男性用に変えることはできない」。

ただ、声や体つきが変わっていく途中で、周囲の人たちも違和感があるだろうからと、その上司は男女共用のロッカーを使わせてくれた。

そして名前を変えるタイミングで、さらに上の人たちに話をする機会をもらった。

まずは、アルバイトを取りまとめるリーダーの会議で公表。ただ、「この話はここだけに留めておいてほしい」とお願いした。

その後、下の階層のメンバー会議で公表、さらにその下の・・・・・・を繰り返していった。

「誰かから話を伝え聞く、という形ではなく、自分の口からきちんと話がしたかったんです」

職場の人たちはすべて「この話はここだけに」という約束を守ってくれた。

事情を知っても、離れて行ったり、態度を変える人もひとりもいなかった。

「ただ、僕のことを間違って『彼女』と言ってしまった、申し訳ないと、ものすごい勢いで謝りに来てくれた人がいて。いやいや、ややこしいことをして、謝らなければいけないのはこっちです、と」

自分の働く場所、活かせる場所はここだ、と思ったことに間違いはなかった。

あらためてそう思った。

家族に、会社に、社会に「お返し」したい

性別適合手術を受けたのは1年前。タイに行き、乳腺切除と子宮卵巣摘出手術を受けた。

手術を受けることについて、母親はもう反対しなかった。

日本を発つときには家族全員で空港まで見送りに来てくれ、帰国した際も迎えに来てくれた。

「それがものすごく心強かったんですが、いざ病院に行くとこわくて、待合室で泣いていました。その間、フラッシュバックというか、これまで出会った人たちの顔が次々に浮かんできて。その人たちに申し訳ないとか、助けてほしいとか、そういうのとも違って・・・・・・あれは、何だったのかな」

手術は、無事成功。

それまでできなかったことーーたとえば温泉に入る、海パン一丁で海に行くーーができるようになった喜びはもちろん大きかったが、術前と術後で自分の中でとくに何かが変わったということは、なかった。

「ただ、気持ちは引き締まりました。自分は好きなことを自分勝手にやってきて、それを家族や職場の人たちは認めてくれ、支えてくれている」

「だから、はやく一人前になってみなさんに恩返しをしなくては、って」

09「理解しよう」という姿勢が大事

マジョリティの人のことを受け容れる

自分は、周りの環境にも人間関係にもかなり恵まれているが、LGBTをとりまく状況はまだまだ厳しい。

「ただ最近、当事者は自分で自分の首を締めていないかな、とちょっと感じるんです」

「たとえば、『トイレもお風呂も、誰でも使えるようなタイプにしてほしい』と求めるのは、社会状況的にまだちょっと早いと思うんです。トイレはまだしもお風呂は、男女分けずに、というのはなかなかむずかしくないですか?」

「僕も、手術をする前は温泉に行けない、海に遊びに行けない、と不自由はしたけれど、だからといって一方的に被害者だ、と考えるのはちょっと違うような気がするんです」

差別をしないでほしいと声を上げるのは、もちろんとても大事なことだ。でも、相手(社会)にも事情があるだろう。

「だから、僕たちLGBTもまずはマジョリティの人たちを受け容れるというか、いまの社会のしくみを理解する必要があるんじゃないか。その上で、僕は、私はこう生きていきたい、と言うのは全然いいと思うんですけど」

「僕としては、LGBTとして特別視される人間ではなく、社会の一員として溶け込めるような人間でありたい」

そのためには相手の声に耳を傾け、そして自分も相手に素直に、誠実に接したい。

相手のことは絶対にわからない、でも・・・

「ただ・・・・・・」。

「ふだん、多くのいろいろな方と接する中で感じるのは、相手のことはわからないということ。自分のことだってきちんと把握できているとは限らないのに、自分以外の人が考えていることや本当の気持ちが100%理解できるはずはないですよね」

でも、だからこそ相手のことを知ろう、わかろうとすることが大切。

その姿勢が、相手との心の距離を限りなく近づけてくれるのではないか。

「自分のことを理解してくれる人が『いい人』『味方』で、理解できない人が『悪い人』『敵』じゃない。人はそれぞれ、いろいろな価値観を持っていて、誰もそれを否定することはできないと思うんです」

「こういう考え方の僕と話をして、話しやすかった、心が軽くなったと感じてくれた人が同じことをまた別の人にしてくれたら、うれしい。そうなれば、LGBTもそうではない人も、みんなが生きやすい世の中になるような気がします」

10家族をつくりたい

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男は経済力!

アルバイトを経て、いま、準社員として働いているが、何とか来年までには正社員になりたいと考えている。

「前々から僕は、25歳までには一人前になると決めていたんです。なぜ25歳なのか、自分でもよくわからないんですけど(笑)。僕の中には『男は経済力だ』という固定観念があって、その力をつけるにはアルバイトではなく、正社員にならなければと」

「自分の家族をつくりたい。そのためにも経済力が必要なんです」

大好きで、結婚したいと思う相手が現れた時、よしんばつきあい始めたとしても彼女の親御さんが「娘にはつらい思いをさせたくない」と言うかもしれない。

そして彼女も、親の気持ちをくんで自分から離れて行こうとするかもしれない。

「そりゃあ、親としてみたら自分の娘が『結婚したい』と連れてきた相手がFTMだったとなると、少なからず抵抗があるでしょう。その事実はしょうがない。でも、じゃあFTMと結婚したら必ず不幸になるのか。そんなことはない、と思うんです」

自分の大切な人は、必ず幸せにする。

その言葉を相手の親御さんに、そして愛する人にも信じてもらうには覚悟だけでなく経済力が必要だ、と考えているのだ。

夢に向かって

両親は「25歳でなくても、もっと先に延ばしてもいいよ」と言ってくれている。

「僕が毎朝寝坊することもなく4時起きで仕事に行くのも見ているし、『有言実行しているから、お前のことは信じている』って」

何よりも、我が子が生き生きと、楽しそうに仕事をしている姿を見るのが親としてはうれしいのだろう。

「でも僕としては、何とか25歳までに正社員になりたい。これまで多くのすばらしい上司や先輩たちに出会って、自分もそうなりたいと思うし、仕事をすればするほど次の課題というか、やりたいことが出てくるんです」

大沼さんは今、来春の正社員登用のための最終試験に受けて奮闘中だ。

あとがき
「友達に気づいて欲しい、でも気づかれたくなかった・・・」。家庭以外、残る子供の居場所はほんとんが学校だけ。航平さんの言葉にはいつも “今の関係が終わってしまったら” の不安な仮説がつきまとった■LGBTを認めるか否かという議論がある。論点は本当にそこなのか? LGBTは、そこに在るのだから■とは言え、世の中にある全てを受け容れるのは難しい。にこやかな航平さんが、キリリと口にした「相手のことを知ろうとする。まずは身近な人から理解したい」と。(編集部)