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「セクシュアルマイノリティ」と「発達障害」。 “ダブルマイノリティ” の僕が見てきた世界【後編】

「セクシュアルマイノリティ」と「発達障害」。 “ダブルマイノリティ” の僕が見てきた世界【前編】はこちら

2017/04/27/Thu
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Momoko Yajima
桝屋 清則 / Kiyonri Masuya

1978年、新潟県生まれ。子どもの頃から壮絶ないじめ体験や転職、退職などを繰り返し生きづらさを感じてきた。31歳でASD(自閉スペクトラム症)、36歳でADHD(注意欠如多動症)の診断を受け発達障害であることを認識する。仕事のかたわら新潟のLGBT支援団体で活動し、大学で講演なども行う。現在MTFのパートナーと遠距離恋愛中。

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INDEX
01 「パンセクシュアル」に納得
02 セクシュアリティを他人にどう説明するか
03 発達障害が認知されていなかった時代に
04 壮絶ないじめ
05 「ふつうの幸せ」に憧れて
==================(後編)========================
06 目からうろこの「発達障害」診断
07 LGBTと発達障害
08 母へ、カミングアウトしたい
09 「マイノリティ」と「マジョリティ」の壁をなくしたい
10 ブレイクスルーを起こすのは自分自身

06目からうろこの「発達障害」診断

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「そうだったのか!」とホッとする気持ち

高校を出て就職したが上手くいかずに、退職や転職を繰り返した。

29歳の時にはうつ病も発症し、治ったと思い込んで働き始めるとまた発症、退職、という悪循環に。

「それで当時、知人に重度のアスペルガー症候群の息子さんを持つ方がいたんですけど、その人に言ったんです」

「『昔からこういうこと、何回やっても上手くいかないんだけど、なんでだろう』『本当に分からなくなっちゃった』って」

すると、その人は「もしかしたら発達障害かもしれないね」と、発達障害について書かれた本を貸してくれた。

「それを読んだら、そのまんま自分に当てはまるようなことがたくさん書いてあって、おお、これだこれだ、絶対間違いないって思いました」

それまでは、上手くいかないことがあると、自分の努力不足や、気持ちが弱いせいだと考えていた。でも、もしかしたらそうではないのかもしれない・・・・・・。

「安心、安堵の気持ちですよね・・・・・・。今まで苦しかったのはこれが原因だったのだと分かって」

「ADHDの特性で、自分にとってストレスになることは1秒たりともやりたくないということがあるんですけど、実際、周りからは怠けているように見えるんです。それは、嫌い、というレベルじゃないんですけど、なかなか理解されないんです」

精神科にかかり、紆余曲折あったが、31歳でASD、36歳でADHDの診断が下った。

「知る」を増やすことで物事の関連性を理解する

発達障害だと分かってから、自分でも本やインターネットで調べて勉強するうちに、少しずつ発達障害の特性が理解できるようになっていった。

同時に、セクシュアルマイノリティについても知り、その関連性を考えるようにもなる。

「発達障害の特性のひとつに、『想像性の障害』というものがあって、これを言ったら相手が傷つくというようなことが想像し辛いんです」

「私自身も想像するということがどういうことか、いまいち分からないという特性はあるので、だから、たくさん知らないといけないなって思うんです」

「知ることで自分の中に色々な物事をインストールしていった結果、物事にはちゃんと関連性があるんだということが、ある日突然、見えたんです。マイノリティが生まれるところには、何か必ず関連性がある」

それを理解できた今、発達障害の当事者たちに伝えているのは「色々なことを経験して、脳の中で物事の繋がりを理解していくこと」。

「繋がりが見えてくると、物事には関連性があることがだんだん分かってくる。そのためには、どんなことでもいい、失敗したって構わないからやれ、って言ってます」

「失敗しても『失敗しちゃった、どうしよう、どうしよう』と考えるんじゃなくて、『失敗したけど、次から失敗しないようにどうしようかな』になるために、自分で考えられなかったら、人に教えてもらえって」

07LGBTと発達障害

ダブルマイノリティを引き受ける受け皿がない

今は新潟県内のLGBT支援団体に参加している。

代表やメンバーが講演やセミナーを行う他、定期的にLGBTの交流会も行われる。

そこにも障がいを抱えるセクシュアルマイノリティの人が参加したいという申し出があるが、スタッフも手一杯な状況の中で、満足な支援ができないジレンマもあり、課題も感じる。

「代表からは、私が障害者とLGBTのダブルマイノリティの交流会をやれないかという話ももらってるんですけど・・・・・・」

発達障害とセクシュアルマイノリティ、両方を持つ当事者は、実はどちらのグループの中でも孤立しがちだ。

「やっぱり、色々な方のお話しを伺っていると、障害者の団体はその障害については詳しいけれど、セクシュアルマイノリティについての知識や配慮の仕方に関しては乏しいんです」

「だから、それもひっくるめて、一緒に面倒を見られるところが必要なんだろうなとは感じています」

診断名で判断せず、その人の “困り感” を見て

今お付き合いしている女性はMTFで、5年ほど付き合っているのだが、発達障害や精神疾患を持っている。

「セクシュアルマイノリティかつ発達障害という人は本当に多いと感じるんですけど、うまく治療に結びつけられている人は少ないと思います」

ダブルマイノリティゆえの課題も痛感している。

「発達障害はコミュニケーションの障害とも言われていて、友人を作るとか、情報を共有するとか、そういうことが難しい人が多い。人間関係を壊してしまうので、なかなか適切な支援に結び付けられないんです」

「この特性がセクシュアルマイノリティと合わさることでなおさらひどいことが起こる場合があります。相手を罵る、攻撃するということもあって、健常者がびっくりするようなことをやらかしてしまったり」

「もともとセクシュアルマイノリティの人で精神疾患を持っている人が多いことはご存知かもしれませんが、その理由も多重で、かさぶたが何重にも覆いかぶさるような感じです」

「幾重にも絡まった糸を、ひとつひとつほどいていって本当の原因にたどり着かない限り、治療は難しいと感じます」

しかし、できないことはないとも思う。

「フラッシュバックもトラウマも解離も、きちんとした医師にかかれば、全部治療できるんです」

パートナーも、強烈な虐待やいじめの経験から、解離性人格障害、いわゆる多重人格を発症していたが、信頼できる医師を見つけ、一番ひどい人格を統合してもらいGIDの診断をつけてもらった。

ただ、やはり医師選びは難しいと感じる。
「障害の診断名だけでその人自身が規定されるわけではなく、本来なら当然、その人が抱える “困り感” というのはひとりひとり違うので、そこをちゃんと見てほしいんですけどね」

08母へ、カミングアウトしたい

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母に嘘をつき続けたくないから

発達障害に関しては、確実に診断を受けるのに親の証言が必要と、母に病院についてきてもらったため、母も少しずつ受け入れてくれていると思う。

ただ、まだ自分のセクシュアリティについては告げられていない。

「母も子どもを3人産んでから更年期障害がひどくなって、だいぶ良くなったけど、またぶり返してきているので・・・・・・。だからちょっと、急にそういうショックを与えるようなことを言ってしまうとまた更年期の症状が重くなってしまうかな、と」

大切な母だからこそ、これ以上自分のことで心配をかけたくない。

しかし、自分のパートナーがMTFであることを隠し通すのもそろそろつらくなってきている。

遠距離で、彼女自身の生活も大変な状況なので、本当は近くに呼び寄せたいところだ。

「母には1回だけ会わせたことがあります。見た目は女性なので、言わなかったら分からないんですけど、ちょっと疑っているようなところがあったので・・・・・・」

「やっぱり、親に嘘をつくような付き合い方はしたくなくて」

彼女もいずれは性別適合手術をすることを望んでいるし、もし今後パートナーシップ条例のようなものができれば公的書類として活用したり、結婚も視野に入れたいと思っているので、なおさらだ。

母に一番伝えたいのは “感謝”

ただ、母に一番言いたいのは「あなたの育て方は何も間違ってなかった」ということ。

むしろ、多分よい育て方をしたんじゃないかと思う。

だから息子は、性別の垣根なく人を愛せることができるようになったのだ。

自分を責めないでほしい。

母親に楽をさせることはちょっと難しいかもしれないけれど、それでも、人として間違っていない人間に育ったんだと、思ってほしい。

「こんなことを自分で言うのもあれですけどね(笑)」

母は今も美容室を続けている。

「お客さんもお年を召されて足腰が悪くなったり、お亡くなりになったしているのが切なくて・・・・・・。もう少し新規開拓してほしいなとも思うんですけど(笑)」

彼女との関係も、とても大変なこともあるけれど、確実に愛をもらっている感じがするし、大事な人である。

どちらも大切にしたい。

やはり母には知っておいてもらいたいと思う。

09「マイノリティ」と「マジョリティ」の壁をなくしたい

マイノリティ側から見える景色

ずっと、マイノリティ側から世界を見てきた。

「ふつうの幸せ」を渇望したものの、それはマジョリティ側にあり、手の届かない世界だった。

自分は発達障害で生きづらさをかかえ、人間づきあいもうまく構築できず、凄惨ないじめ被害の当事者であり、うつ病経験者であり、仕事も上手くいかない。

父親はやはり人とコミュニケーションが取れず、生活はギリギリ。自分は性的マイノリティでもあり、非正規雇用で、恋人は精神疾患を抱え生活も苦しく支援が必要・・・・・・。

取りまく環境、状況だけ列記すれば、「どん底」ともいえる経験ばかりだ。

マジョリティ側とマイノリティ側の間に深く刻まれた断絶に、絶望も感じてきた。

「マジョリティの人たちには言うんです。あなたたちだって、今はたまたまマジョリティ側にいるだけで、いつでもマイノリティ側になる可能性があるんだよって」

マイノリティの人たちが置かれた状況や、構造的な問題を知れば、マイノリティとマジョリティの間の垣根は本当に低いことに気づくだろう。

だからこそ、両者に橋を架けるというほどではないけれど、自分にできることがあるのならやりたいと思っている。

講演で自分の話をすることも、発達障害のことで相談を受けることもそうだ。

お互いが歩み寄るために

「実際、発達障害当事者の方から相談を受ける中で、セクシュアルマイノリティに発達障害の人が多いことはすごく感じるんです」

理解してほしい、と願う当事者たちの気持ちはよく分かる。

だが、一方的に理解を求めるだけでは相手も引いてしまうだけ。自分たちも、マジョリティと言われる人たちのことを理解したいと思う。

「あなたがたのことも理解したいから教えてください。どうすれば私たちは歩み寄れますか、って」

マイノリティ側にいると、どうしてもマジョリティ側を恨み、文句を言いたくなる人もいる。

「うちらはマイノリティなんだから、もっと優しくしろ、大事にしろ、社会が悪いと。そういう人も結構いらっしゃいます(笑)」

「実際ね、そうなんです。確かに社会が悪い部分はある。うん、分かる。それも分かるけど、でも残念ながら今の現状では、世間がマイノリティ側に一方的に寄ってきてくれるということはたぶん難しいから、こっちからも少し歩み寄る必要がある」

「そうしないとどちらかが潰れちゃうんだよと、私も色々経験して、人からも言われてきて分かってきたので、伝えるようにしています」

10ブレイクスルーを起こすのは自分自身

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やりたいことはたくさんある

自分もまだまだ知らないことがたくさんある。

だから、知りたいと思う。

発達障害の診断を受けて、そうだったのかと安堵し、考え、知り始めた経験から、「発達障害の特性を理解すれば進める、動ける」ことが増えることも分かった。

これからやりたいことは、たくさんある。

「よく人に言われるんです。お前、身体はひとつしかないのにそれを全部やるつもりかと(笑)」

「しかも、物事をまとめるのが苦手な方だというのに、そんなにあれこれ抱えて大丈夫?って」

確かに、その通りだと思う。

「だけど、どれもこれも大事なんだよね、どうしようって(笑)」

今の夢は、まずは芸術家でもあるパートナーの作品が売れるようになること。

彼女の才能を信じているから、作品が売れるようになる後押しをすることで支えたいと思っている。

行動してこそ、変化を起こせる

こんな風に前向きな考え方は、10年前の自分ならできなかった。

今は、依頼があれば、自分の成育歴や発達障害について人前で話すこともある。

新潟市の障害者差別解消条例の条例制定時には、新潟市の検討委員会で発達障害当事者として委員を務めた。仕事も、障害者枠での雇用で色々と配慮をしてもらいながら4年続いている。

「知る」ことは自分に大きな変化をもたらした。

「ブレイクスルーは確実に存在すると思っています。でもそのブレイクスルーが起きるのは、自分が行動した時だけなんです」

「今、LGBTの人たちが自分たちの立場を少しずつ勝ち取っていっているのも、自分たちで動いていって、ブレイクスルーを起こした結果じゃないかと感じています」

発達障害やセクシュアルマイノリティに限らず、すべてのマイノリティに関して言えることがある。

それは、「結局、すべては無理解と不理解に起因している」ということ。

人間というのは、見えるところだけで判断できるものではないという思いが根底にあるから、その人自身を、中身を見ていきたいと思う。

「だからこその『パンセクシュアル』なんだと、自分としてはしっくりくるんですよね」

すべてのつらかった出来事も、いまだって不安な出来事も、決して意味がないものではない。

過去の自分も現在の自分も肯定できているからこそ、今こそ、産んでくれた母に感謝とともに伝えたい。
遠回りはしてきたけれど、これが自分の道だから。次は誰かのためにこの経験が役に立てばと願っている。

あとがき
「・・・彼女が亡くなった」と、桝屋さんから連絡を受けたのは昨日、夜だった。自ら命をたったと。どんな言葉も軽々しいように思えて、返信のメッセージがなかなか打てなかった■パートナーへの深いおもいが語られた取材だっただけに、「後編」の公開をためらった。でも「皆に冥福を祈ってもらいたい」と、続けられた長いメッセージには桝屋さんの “助けられなかった” という無念と、社会に対する強いおもいが込められていることを知る■結婚して子どもを授かり、MTFとして悩みながら生きた方だった。性同一性障害の他、解離性同一性障害、うつ病、パニック障害その他、複数の障がいを抱えながら、身体的にも疾病を、経済的にも支援が必要だったという■日本という国、行政、地域、個人・・・全ての立場から「平等」を、「幸せ」を実現するのは到底難しいだろうということは分かっている。だから、何から、どのようにすれば良いのか、あてどころのないうらめしさと、悲しみがこみ上げる■でも、おもう。メッセージが届いた昨日も、今日も、私たちは生きているという事実。的外れなことは分かっていても、「今日と同じように、明日も、明後日も生きていなくてはなりませんね・・・」とおくった。心よりご冥福をお祈り申し上げます。(編集部)

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