INTERVIEW

ゴールはここじゃない これからを生きるために【後編】

ゴールはここじゃない これからを生きるために【前編】はこちら

2015/10/16/Fri
Photo : Mayumi Suzuki Text : Kei Yoshida
山﨑 健吾 / Kengo Yamazaki

1988年、東京都生まれ。高校卒業後に印刷会社で働いた後、数度の転職を経て、現在は障碍者のための就労移行支援事業に従事。18歳で性同一性障害の治療のためのカウンセリングを受け、のちにホルモン治療を開始。その後、性別適合手術を受け、23歳で戸籍変更を果たす。KNG名義での音楽活動にも力を入れており、2014年には子どもを授かることができない複雑な想いを込めた曲『幻』を発表した。

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INDEX
01 レゴとシルバニアファミリー
02 レズビアンではなくトランスジェンダー
03 心の支えは、睡眠薬と “自殺ノート”
04 20までに注射、30までに戸籍変更を
05 男として会社で働くということ
==================(後編)========================
06 解雇の理由は “性同一性障害だから”
07 彼女との結婚までの距離
08 等身大の想いをリリックに込めて
09 今を “消したい過去” にしないように
10 人とつながって、広がっていく未来

06解雇の理由は “性同一性障害だから”

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次第についてきた自信とは裏腹に

性別適合手術を無事に終え、改めて就職活動を開始した。今回は、履歴書に女子校の名称も明記し、一切の嘘がなかった。

「手術を終えたことで、男としての自信がもてたので、過去を知られて、どのように扱われてもいいやと思ったんです。もしも、前回のように高校の名前を突っ込まれたから、正直に話すつもりでした」

しかし、手術後に就職した2社目の初出社日、会社から電話があった。

「朝、会社に向かおうとしたら『自宅待機してくれ』と言われたんです。さらには、話がしたいので、会社ではなく別の場所で会えないかと。会って、話を聞いてみたら、解雇の宣告でした」

今回の職種は営業職。性同一性障害への理解が乏しい人が多い、年配者と接する機会も多いので、仕事に差し障りがあり、このまま入社するのは難しいというのだ。

「もし僕のことを理解できない人がいたとしても、話せば理解していただけるはずだと言いました。でも、会社側はごめんなさいの一点張りで。何を言ってもダメで、結果的に解雇されてしまったんです。その日はショックのあまり、なにもできなかったんですが、後日、不当な解雇であると会社に訴えて和解金を支払っていただきました。僕としては、その会社に就職するつもりで準備してきたので、そのタイミングで解雇されることは相当の痛手でしたね・・・・・・」

性同一性障害ってなんですか?

就職活動の現場では、別の会社の面接の場面でも、性同一性障害への理解度の低さが垣間見える発言がいくつか聞かれたという。

「ときには、性同一性障害ってなんですか、説明してもらえますかって言われることもありました。多くの人と接する仕事だと、理解のない人と接することもあるだろうから、僕が嫌な思いするんじゃないかと、僕のことを心配してくれる面接官もいましたね」

それでも、性同一性障害に対する明らかな偏見があったのは、ただの一回だけ。何社かの面接を経て、今夏から新しい会社で、障碍者の就労移行支援を行うことになった。

この就職を機に、山﨑さんはひとつの関門の突破を目指している。プロポーズをした彼女の家族に、改めてご挨拶に行こうと思っているのだ。

07彼女との結婚までの距離

人見しりな僕を変えてくれたのは

彼女との出会いは同性愛サイトの掲示板。ネット上でやりとりするなかで気があったので、実際に会ってみたことから始まった。

「彼女は、ひとことで言うなら “自由な人”。自分らしく生きている感じの女性です。逆に僕は、自分に自信もなくて、常に人の視線を気にするタイプ。男になりきれていない自分の声を気にするあまり、レストランでオーダーするのも一苦労なほどです。そんな僕に、『なんで、そんなこと気にしてるの? 普通にしてればいいじゃん!』って言ってくれる人なんです。彼女と付き合い始めて、そうか、そのままでいいんだって気がラクになりました」

何事にも積極的にチャレンジできるようになり、人の視線を気にせずに堂々と行動できるようにもなった。「彼女と会っていなければ、人見知りな僕は、このインタビューだって受けられなかったと思う」とも。

結婚に向けて歩き出したふたり

そんな彼女に、1年前にプロポーズした。返事はイエスだった。

しかし、ふたりの前には大きな壁が立ちふさがっていた。彼女の家族だ。

「特に彼女のお姉さんが僕らの結婚に反対していて。もう『信じらんない、気持ち悪い』って言うほどだったんです。彼女の話では、お母さんも『もし、お姉さんが結婚したときに、相手があなたの素性を知って、離婚することになったら困るでしょ』と言っていたそうで。それを聞いたとき、とても辛かったんですが、彼女にとっては大切な家族からの言葉なので、彼女もかなり傷ついたんだろうと思います。そんな風に、初めは僕となんか会いたくもないという感じだったんですが、彼女がなんとか説得してくれて、会って話をすることができたんです」

“会いたくない”という段階から、何度か会ううちに普通に話をするまで進歩はあった。しかし、結婚の話になると平行線のまま。

「今は、僕の心がすこし折れちゃっている状態です(笑)。でも、新しい仕事に就いたわけだし、ご報告がてら、もう一度結婚の話をしに伺おうと思っています」

08等身大の想いをリリックに込めて

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本当にリアルな想いを伝えるには

山﨑さんは、彼女への愛をはじめ、様々な想いをラップにのせて歌う。KNGというアーティスト名で活動しているのだ。中学生のころからラップに興味をもち、高校では軽音楽部でドラムを担当しながらも、どんどんハマっていったのだという。

「子どものころから作文は得意で、中学生のころは詩を書いたりしていました。ラップは、リリックで生々しい感情を伝えられるところに魅力を感じたんです。実は長い間、FTM(Female to Male)であることには触れずにリリックを書いていましたが、戸籍を変更してからは、本当にリアルな想いを伝えるには、そのことを隠していくのは不自然だと思い始めました」

そして昨年、作った曲が『幻』だ。手術を終え、戸籍を変更した今、結婚したとしても父親になって子どもに会うことができないという、切ない想いを歌った曲である。

街行く度 目に映る光 一度と俺の元に 舞い降りない天使
それが本心 だからもういい 誰の同意があっても
会えない醜い 自分 神が憎い 届く声もすべて幻 孤独と眩しい 世界が前に
この夢が覚めたら また誰も居ない朝 俺は一人この歌を歌う それは独り言
頬を伝う 涙が拭えぬ明日 空を見上げては願った たった一度でもいい
夢の中でもいい 君と手をつなげたら

山﨑さんは、そう歌う。“君” とは、きっと、我が子という幻を指しているのだろう。

「僕は父親になるのが夢だったんです。でも、性別適合手術をした今となっては、血のつながった子は授かることはできない。僕としては、精子提供を受けて、彼女が産んでくれた子を自分の子として育てたいとも思っていたんですが、彼女自身の気持ちは微妙だろうし・・・・・・ 難しいですね」

事実を隠さずに歌いたい

その彼女に会いにいくのが待ち遠しい、という素直な気持ちを歌ったラブソングもある。

「彼女に聞かせたら、『へー』って感じで、別に感動した様子もなく(笑)。今は、とにかく等身大の想いをリリックに込めたいと思っています。つまり、FTMとして苦悩した過去を含めての曲を作っていきたいと。それが、もっともリアリティがあると思うから。それを隠していたら、自分じゃない。今は男性として生きているけど、女性として、FTMとして生きてきたということは事実なので」

以前は、その事実さえ消したいと思っていたと話す山﨑さん。戸籍変更を経て男性として生きているという自信と、彼女との出会いのおかげで、ようやく自分自身と向き合うことができたのかもしれない。

09今を “消したい過去” にしないように

男にも女にもなれなかった自分

「手術をした二十歳までは、ずっと自分の殻のなかに閉じこもっていました。友だちと呼べるのは、ネットなどでつながったFTMだけ。もともと人見知りなので、本当に友だちがいなくて。でも、今は、いろんな人と関わりたいと思っています。いろんな人と会って、話をして、影響を受けてこそ、長い人生が楽しくなるんじゃないかと思えるようになりました」

男でも女でもない自分にコンプレックスを感じていて、特に男性には強い劣等感を抱いていた思春期のころ。男性に話しかけられたら、声が出ないくらいに萎縮していた。

常に人と自分を比較し、その度に自分を卑下し、外部を隔てる殻は厚く固くなっていた。

そのころの写真は、もう一枚ももっていない。カミングアウトをしていない同級生との縁は、ほぼ切れてしまっている状態だ。

「僕は、戸籍変更という性別適合手術としてのゴールばかりを見すぎていたのかもしれません。注射、手術、戸籍変更、誰にも相談をせず、ひとりで道筋を決めて、それをひたすら辿ってきました。だから、もう、それ以前の人生は消したいと思ってたんです。でも、そうなってしまっては、生きていてもったいないと」

友だちを大切にしてほしい

ただひたすらに、脇目を振らず、男として本来の姿に近づけるために走り続けた過去。そのなかで、取りこぼしてきたものも多いと、山﨑さんは言うのだ。

「彼女とは、僕がFTMとして生きていたから会えたんだと思います。でも、だからといって、FTMとして生まれてきてよかったとは思えないんです。やっぱり、男として生まれたかった。彼女に会えなかったとしても。それだけ、僕の過去は後悔や悔しさばかりなんです。でも、もし今、性同一性障害を抱えて悩んでいる人がいたら、目の前の環境を大切にしてほしいです。今、つながっている友だちを大切にしてほしいんです。そうしないと、友だちがいなくて過去を消したいと思う、僕のようになっちゃう。そうならないでほしい」

人生は思いのほか長い。特に、学生時代は得るものが多く、さらに長く感じられるかもしれない。その大切な時期に、殻に閉じこもっていてはもったいない。

「女子にも男子にも馴染めなかったら、ネットでFTMやMTFや、同じ境遇の人を見つけて、共感できる仲間と関わって、自分を見つけていけばいい。僕は、手術以外のことは考えられなかったけど、いろんな人との関わりから、筋トレすればAカップの胸くらいなら胸筋で隠しせるし手術しなくていいやって、思ったりするかもしれないし。僕のように、自分の身体に抗うことに必死にならなくても、友だちとの付き合いや大学での勉強を大切にしながら自分の体と向き合ったほうが、きっと人生は楽しくなるはず」

その言葉は、これからの自分自身に語りかけているように聞こえた。

10人とつながって、広がっていく未来

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男として自然に生きる

今までの人生で取りこぼしたものを丁寧に拾い直すかのように、積極的に人と会い、世界を広げようとしている山﨑さん。最近では、FTMとして苦悩することは、ほぼなくなってきたとも言う。先の不当解雇の折に、久しぶりに思い出したくらいだと。

それくらい自然に、男として今を生きられているのだろう。

現在の仕事は精神または知的、発達障碍をもつ人の就労移行支援であり、不特定多数の人と接する仕事だ。以前は、人と関わる仕事はしたくないと思っていたのだから、そんな仕事に就くことも、大きな変化だといえるだろう。

「やっと自分と向き合えるようになったと、僕自身でも思います。今の職場には、面接の際にカミングアウトしてあって、現場に伝えるかどうかは会社に委ねているんです。今のところ、利用者の方も一緒に働く職員も知らないようですね。でも、オープンにしてもいいと思うこともあるんです。トランスジェンダーの人は、マイノリティゆえの悩みで精神疾患を患うケースも多いと聞くので、もしも利用者にそういった方がいれば、むしろ伝えたいと思っています」

自分の過去を誰かのために

自分自身が悩みを誰にも打ち明けられず、睡眠薬と “自殺ノート” を握りしめていた過去があるからこそ、力になれることがあると信じているのだ。

「僕にとってマイナスでしかなかった過去ですが、それを生かして仕事してもいいかなって、今になって思うんです。ちょっとキレイごと過ぎますかね(笑)。とにかく、今は仕事を頑張りたい。そして、もう一度ちゃんと彼女と、彼女の家族と向き合って、結婚したいんです。2回目のプロポーズ、今度は成功させないと」

山﨑さんは、まだ26歳。これからの人生、多くの人と出会い、多くのことを経験して、未来が広がっていくはずだ。そして、その出会いと経験のなかから、新たな想いが生まれ、曲となり、ネットや人のつながりを通じて、きっと世界中へ届けられるのだろう。

あとがき
「FTMであることを考えもしない程、男として自信があった」矢先の解雇。これまでの道のりの幾分かを、他の言葉に紛れて[ろくでもない自分]と静かに笑う。ご自身を卑下した訳もなく、誰かを強く批判するでもなく。でもそれは、LGBTERの存在をないことにしてきたこの国に佇む健吾さんだった■少女時代から時が経ち、今は26歳の健吾さん。取材後のメールには「これを読んだ人が、新しいステップへ進めれば」と。強い眼差しで空をあおぐ姿が見えた。(編集部より)