INTERVIEW
等身大の「私」を、まだ出会っていない人たちへ届けませんか?
サイト登場者(エルジービーター)募集

「レズ」といわれて悩んだけど、私は私。胸を張って、そういえるようになった【前編】

好きになった女の子に告白をすると、「男じゃないから」と断られた。「私って何?」「男にならなきゃダメなの?」。失恋を繰り返して迷い込んだセクシュアリティの迷路。そして、ようやく出会った大切な人。悩み続けた疑問にも、明快な答えを見出した。他人の目ばかり気になっていた女の子が、胸を張って歩き出した。

2020/12/23/Wed
Photo : Mayumi Suzuki Text : Shintaro Makino
荻野 佳織 / Kaori Ogino

1986年、群馬県生まれ。小学校のときに始めたテニスを中・高と続け、大学ではフロアボールの日本代表となる。女の子ばかり好きになる自分に疑問を抱き、大学では心理学を専攻。オフ会を通じて初めて恋愛を体験すると、俄然、自分に自信が持てるようになった。現在、障害者雇用に特化した人材サービスでキャリアを積んでいる。

USERS LOVED LOVE IT! 50
INDEX
01 小学校の目標は、友だち100人!
02 女の子3人組の冒険
03 レズじゃないの、といわれたショック
04 女の子との恋愛は悪いこと
05 心理学に問う、私って何? 
==================(後編)========================
06 フロアボールで日本代表
07 思いもかけない出来事
08 振り袖をめぐって、20歳のカミングアウト
09 オフ会デビューでパートナーと出会う
10 SOGIという言葉を知ってほしい

01小学校の目標は、友だち100人!

泣き虫だった幼稚園生

群馬県高崎市生まれ。9つ年の離れた妹がいる。

「私が、弟か妹が欲しい、と頼んだら生まれたんですよ。すごいでしょ(笑)」

妹が赤ちゃんの頃は、おむつを替えたり、ミルクを飲ませるなど面倒をみていた。

「でも、妹が小学生になってからは、姉妹というより、一人っ子がふたりいるという感じでした」

幼稚園までは、人見知りで、いじめて泣かされることがよくあった。

「泣きながら家に帰ったら、ちょうど母が外出から戻ったところで、家のドアをバタンと閉められて。それを締め出されたと勘違いして、また泣いて・・・・・・」

そんな娘を見て、母はとても心配してくれた。

「母はとても明るくて、シャキシャキした性格なんです。母親の性格とか、生き様を追いかけたところはあったと思います」

こちらが正論でも言い負かされてしまう、強さとたくましさが母にはあった。
他人の目を気にする娘を心配し、母は前向きに生きる姿勢を示してくれた。

「小学校に上がるとき、明るくなろうと心を入れ替えました」

友だちを100人つくると、目標を大きく持った。

「『一年生になったら、友だち100人できるかな』という歌がありましたよね。それくらいやればいいんだ、と開き直りました」

テニス・スクールに通い始める

まず、心がけたのは、積極的にみんなに話しかけることだった。

「特に、転校生が入って来たときに、一番最初に声をかけるようにしました」

その甲斐あって、徐々に友だちが増えていく。

「友だちは、女の子が多かったですね」

低学年の頃の思い出に残っているのは、マッサージ屋さんごっこ。

「いらっしゃいませ〜、ってお客さんを迎えて、マッサージをしてあげるんです(笑)」

教室で遊んでいると、先生もお客さん役で入ってくれた。

「子どもなりに、コミュニケーションの取り方を手探りに学んでいたのかもしれませんね」

テニス・スクールに通い始めたのは、小学生高学年のときだ。
お母さんが、新聞に載っていた広告を目にとめて、「やってみる?」と誘ってくれた。

「週末だけのクラスでしたけど、楽しかったですね」

けっして運動が得意なほうではなかったが、高校までテニスを続けるきっかけとなった。

02女の子3人組の冒険

カラオケボックス、行ってみようぜ!

幼なじみ3人組は、よく一緒に遊んだメンバーだ。

「気が強いリーダー格の子と、もうひとりおとなしいタイプの子。それに、私でした」

住んでいたのは、高崎から少し離れた住宅街。ある日、高崎駅まで電車で行ってみよう、ということになった。

「小学生にとって、高崎は大都会だったんです。でも、帰りに逆方向の電車に乗ってしまって・・・・・・」

3人で電車に乗って、高崎の街をウロウロ。そんな冒険も、今は楽しい思い出だ。

「プレハブ建てのカラオケボックスに行ったこともありました」

勇気を出して入ったが、1、2曲歌うと「もう、帰ろうか」と尻すぼみになった。

「いろいろなことをやってみたかったんでしょうね。おませな3人組でした(笑)」

周囲に気を使うタイプ

友だちを作り、おませな遊びにも興じたが、基本的には人の目を気にするタイプだった。

「幼稚園でよく泣かされたのを、引きずっていたのかもしれませんね」

クラスで浮かないように、みんなと同じように振る舞う。

「5年生くらいになると、好きな男の子の話が出るようになりました」

ジャニーズや芸能人の話題にはついていくことができたが、本当に好きな子はいなかった。

「でも、バレンタインなんかのイベントには乗っかってましたね。けっこう、周りに気を使っていたんだと思います」

みんなと違うと思われたくない、嫌われたくない、という気持ちから、チョコを渡した。

03レズじゃないの、といわれたショック

好きになったのは、女の子

中学生になると、大きな変化があった。

「初めて人を好きだなーって意識しました。一緒にいるだけでドキドキしていました」

問題なのは、相手が同じ学年の女子だったことだ。
相手を好きだ、という光線をビンビンに出していた。

「告白したわけではないけど、気持ちはなんとなく伝わっていたでしょうね」

あんまり仲良くしているので、「お前ら、レズなんじゃないの」とからかわれた。

「そういわれて、ショックでしたね。あせりました」

「レズなんじゃないの」とは、世間一般とは違う、異常だと非難されているように聞こえたのだ。

「どこで覚えたのか忘れましたが、レズという言葉は知っていました」
「人と違う、と思われるのは、やっぱり嫌でした」

女の子を好きになったのは、思春期にありがちな“迷い”で、いつかは普通に男子を好きになって結婚するんだ、と自分の気持ちを収めようとした。

異性との交際を体験

結局、好きな女の子には告白せず、片思いのまま終わらせた。

「女同士じゃうまくいくはずない、って諦めの気持ちでした」

そうこうするうち、中学卒業の直前に男子とつき合うチャンスが訪れた。

「私に好意を持ってくれた人でした。この人なら好きになれるかも、と期待しました」

いつも学年で一番の成績を取る、頭のいい子。とてもいい人だった。

実は、小学校5年生のときに、嫌な体験をしてから、男子に対するもやっとした気持ちがあった。

「同じクラスの男の子と音楽室で授業の準備をしているときに、突然、胸を鷲掴みにされたんです」

成長が早く、すでに女らしい体になっていた頃。

「驚いて、振り払いました。でも、強烈な印象で、かなり記憶に残っていますね」

相手はヘラヘラとバツが悪そうにしていたから、ただ、ふざけてやったことだとは思う。
結局、先生にもいわず、そのままになってしまった。

「そういうことをされた自分が恥ずかしくて、それと同時になんだか悔しかったですね」

不誠実なつき合い

そのあと、好意をもってくれた男子と交際をはじめた。

「映画を見に行ったり、それなりにデートはしました」

幼なじみ3人組のリーダーが、高校でも同じテニス部に所属していた。

「手をつないじゃいなよ、とか、デートに誘いなよ、とか、彼女には随分、けしかけられましたね(笑)」

ところが、交際にのめり込めないうちに、ほかに本気で好きな人が現れてしまった。
またしても、女の子だった。

「つき合っていた男の子には、『部活に専念したいから』と嘘をついて、別れました」

男子との恋愛に憧れて始めた交際だったが、成果がないまま、1年ほどで終止符が打たれた。

「今にして思えば、不誠実なつき合い方で、本当に申し訳なかったと反省しています」

04女の子との恋愛は悪いこと

やさしい拒絶の言葉に絶望

高校で好きになった相手は、とにかく優しい女の子だった。

「考え方や感じ方がなんとなく私と似ていて、とにかく話が合いました」

一緒にプリクラを撮ったり、出かけたりしているうちに、どんどん好きになっていってしまった。

「つき合っているんだか、いないんだか、中途半端な状態のまま、3年間、想い続けた感じでしたね」

意中の彼女には、当時「ごめんね」と泣きながら告白をした。

「断られた理由は、『女だし・・・・・・』『親友でいたかった』でした」

やさしい言葉だったが、恐れていた言葉でもあった。

「私が男だったら、恋人になれたのか。私は男じゃなきゃダメなのか」

「当時、男子に対してはlikeまで、loveの対象になるのは女子だけ。それをはっきりと自覚しました」

失恋は、絶望をともなってのしかかる。

「世間一般のカテゴリーから外れた」と思うと、ますます苦しくなった。

「人一倍、人から嫌われたくないと気を使ってきたのに、取り返しのつかないことになったと感じました」

それも、また「絶望」を重くした。

「テレビや漫画に描かれる恋愛は、全部、男女の間のことじゃないですか」

女の子との恋愛はタブー。
口に出してはいけないこと、と戒めを強くした。

髪を切ってリフレッシュ

高校3年のとき、バッサリと髪を切った。

「友だちも、いいね、といってくれたし、気持ちが明るくなりました。ああ、短くしてもいいんだ、という感じでした」

母親は、うるさく口を出すタイプではなかったが、髪型は自由にさせてもらえなかった。

「母なりに、女の子らしく育てようという意識があったんでしょうね」

髪を短くしたら、スカートが似合わなくなった。

「それまでも、スカートや制服に違和感を感じたことはなかったんですけどね。自然に似合う服を選ぶようになっただけですけど、ズボンを履くことが多くなりました」

髪型に合わせてジャージ通学をするようになり、私服の雰囲気も変わった。

05心理学に問う、私って何?

指定校推薦で進学

高校卒業後は、大学進学を希望した。

「心理学を勉強したい、と思うようになりました」

心理学を志した理由は、苦い失恋の経験が関係していた。

私って何だろう?
人の心って何だろう?
普通って何?

いくつもの「?」に対する答えが、心理学のなかに隠されているように思えた。
指定校推薦で行ける学校のなかから、埼玉県にある大学を選ぶ。

「両親は一人暮らしに反対だったみたいですけど、もう決めちゃったから、といって許してもらいました」

大学では心理学科へ入学し、臨床心理学が学べるゼミを選択する。

「学んでみると、統計の要素が多くて、思ったより数学的な学問でしたね」

私って何だろう?
その答えは、卒業後、かなりの時間が経過してからわかることになる。

フロアボールを始める

大学でもテニス部に入部するつもりでいたが、あいにく肘を痛めて、テニスを続けるか迷っていた。

「どうしようかな、と悩んでいたとき、部活の勧誘を受けました」

フロアボールは北欧発祥の室内球技で、バスケットボールの2面分のコートを使って得点を競うスポーツだ。

「プラスチックのボールをスティックで打ってゴールを狙います。20分1ピリオドで、3ピリオド戦います」

そのほか、周囲の壁を利用してボールをバウンドさせる点など、アイスホッケーに似た競技だ。

「勧誘のポイントは、『あまり激しくない』と『すぐに日本代表になれるよ』でした」

マイナーな競技とはいえ、日本代表という言葉は胸に響いた。

 

<<<後編 2020/12/28/Mon>>>

INDEX
06 フロアボールで日本代表
07 思いもかけない出来事
08 振り袖をめぐって、20歳のカミングアウト
09 オフ会デビューでパートナーと出会う
10 SOGIという言葉を知ってほしい

関連記事

array(1) { [0]=> int(87) }