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FTMとしての自分の経験が、同じ悩みを持つ人の役に立てば【前編】

そのスリムなボディには、中学の陸上部を主要大会の常連にしたという驚異の跳躍力を秘めている星晴樹さん。高校時代に始まる「根暗のトンネル」を抜けて、すっかり自分らしさを取り戻りことができたのも、生来のしなやかな心の跳躍力のなせる技かもしれない。少し前から一人暮らしを始めて、ねこ2匹と暮らしている。

2018/01/12/Fri
Photo : Taku Katayama Text : Ray Suzuki
星 晴樹 / Haruki Hoshi

1992年、栃木県生まれ。国際自動車・ビューティー専門学校美容師学科卒業。美容師を経て現在は居心地のいい憩いの場のようなカフェのオーナーを目指して修行中。高校3年からGIDカウンセリングに通い、治療を中断する時期を挟みながら、2016年改名。「自分の経験が悩みを抱える人の役に立てば」と講演活動等も開始。

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INDEX
01 4人きょうだいの末っ子として可愛がられて
02 スポーツの才能が開花、野球部と陸上部で活躍!
03 失恋で、男性になりきれない自分に気づく
04 男性とは付き合えないと実感
05 暗黒の高校時代をサバイブする
==================(後編)========================
06 自分の “正体” と向き合って
07 暗いトンネルを抜けて、明るいところへ
08 周りの目と、家族の関係と
09 早過ぎた姉の死をきっかけに、FTMをオープンに
10 暗黒時代の自分に伝えたいアドバイス

01 4人きょうだいの末っ子として可愛がられて

兄は、14歳も年上!

自分は、どんな子ども時代を過ごしただろうか。

あの頃、どんなふうに遊んでいたか、記憶を手繰り寄せる。

「うちの中にずっといるタイプでもなく、おままごともするし、外でボール遊びもする」

「内気でもなく、外でも活発に遊ぶし、どちらも、という感じでした。お絵かきも好きでしたね」

姉、兄、兄の4人きょうだい末っ子だ。

年の一番近い兄で、14歳離れている。

そのせいか、きょうだい喧嘩をした記憶はない。

記憶にあるのは、遊びに連れて行ってもらったり、お菓子やおもちゃを買ってもらった、楽しい思い出だ。
みな面倒見がよく、末っ子の自分を可愛がった。

「当時の遊び相手は、近所の子たちでしたね。男女の比率も、同じくらい。5歳くらいまでは、特になにも気にしてませんでした」

「仮面ライダーやウルトラマンが好きで、そのへんは男の子寄りでしたけど、これはきょうだいの影響というよりも、テレビの影響ですね」

小学校に入学する頃、あのモヤモヤが始まる。

ランドセル問題だ。

赤が嫌だった。

小学校は、モヤモヤの始まり

「学校となると、色とかでどうしても、男女のくくりが出てしまいますよね。そういうもので男女の違いが出てきて、ここから徐々に、年々、違和感が高まっていきました」

「そのピークは高校時代だったんですけど・・・・・・」

しかし小学生だった当時、この違和感をうまく言語化することなど、もちろんできなかった。

「赤いランドセルが嫌だと、親に訴えてはないんです。ただ、なんとなくモヤモヤしたのを覚えています」

ちなみにこの頃の髪型は、おかっぱ。母の言う通りの髪型にしていた。

「3年生くらいの時に、短くしたいって言って、短くしてもらいました。そこからずっと短髪ですね」

そう、髪型にはこだわりがあったのだ。

のちに方向転換をするものの、一時は、美容師を自分の職業に選んだほどだった。

02スポーツの才能が開花、野球部と陸上部で活躍!

小4で野球部にスカウトされて

体を動かすのが好きで、体育が得意だった。

周りの子と較べても頭抜けていた運動神経、身体能力は誰の目にも明らかで、教師の間でも評判になっていた。

そのため、部活が始まる小学校4年になると、野球部にスカウトされる。

顧問の先生に、すでに目星を付けられていたのだ。

「体力テストや体育の授業を見てくれていて、スカウトされたんです」

「学校で会うたびに『野球部来い、野球部来い』ってすごかった(笑)。そんなこと言ってくれる先生もなかなかいないし」

自分ではバスケット部に入るつもりだったが、請われて男子野球部に入部。

兄弟が野球部だという同級生の女子も2人、一緒に入部したことも心強かった。

もちろん、女子が入部したのは、学校始まって以来のことだった。

それまで野球には、別段の思い入れはなかった。

父が昔、野球をしていたので、家でテレビの野球中継を見るくらいで、実際にやったのは、初めてだった。

そして、すっかり野球に夢中になる。

完全にはまった。

「休みの日には『キャッチボールしよう』って友だちを誘ったり、バッティングセンターに行ったり。部員の女の子とも、男の子ともですね」

ともに練習するうちに、男子部員も自然と、女子部員の存在を認めるようになっていた。

「ポジションは、最初はサードやセカンドなど内野をやっていましたが、最終的にはライトに。熱中してやっていたので、今も鮮明に覚えているシーンがあります」

男子にレギュラーの座を譲ることはなかった。

野球三昧の日々を送った。

クラスメートがアイドルの「嵐」に夢中になっている時、憧れはジャイアンツの高橋由伸だった。

と同時に、陸上部でも活躍!

「小4から小6まで野球部でしたが、陸上部にも所属して、二足のわらじを履いていたんです」

陸上は、小学校の部活に加え、地域のクラブチームにも所属。

短距離、幅跳び、ハードル、リレーなどで活躍、県大会や全国大会の常連に。

小6の時には幅跳びで約4メートル80センチを記録し、全国優勝した。

「スポーツもそうだけど、学校の勉強もガクンと落ちたりしないよう、ちゃんとしてました」

学級委員をやるような、いわゆる優等生タイプとはまた違う。

スポーツで否応なく目立つ、ボーイッシュな子。

バレンタインデーには、当然のように女子からチョコをもらった。

レズビアンじゃないの、と言われたこともあった。

小学校では、そんな存在に成長していた。

03失恋で、男性になりきれない自分に気づく

初めて彼女ができた陸上部

進学した地元の中学では、部活を陸上部一本に絞った。

「野球か陸上かで悩みましたが、やはり体格の差も出てくる。だから陸上に切り替えたんです」

専門は得意の幅跳び。中2の時に、関東大会で2位になった。
さらにハードルやリレーの選手にも選ばれた。

県大会では四種競技のベスト8の常連と、変わらず活躍していた。

部活に打ち込んだ中学時代、初恋の舞台も、陸上部だった。

自分は中2で、相手は中1。

女子と初めて付き合った。

「可愛かったのと、素直だったのと、一生懸命部活をしている姿に惹かれて、付き合い始めたんです」

この時、セクシュアリティについて、意識はしていなかった。

「相手も別に気にしていなくて。お互い好きっていう思いがあって付き合った感じ。どっちが男女、というのはなかった」

「自分のことは『優しい』って、彼女から言われていましたね」

中学時代の失恋が、尾を引いてしまう

だがこの関係は、1年ほどするとギクシャクし始める。

「彼女に浮気をされて、かなり衝撃を受けて、ドンと落ちちゃって」

様子がおかしいなと思い、彼女を問い詰めたところ、彼女が同級生の男子とも付き合っていたことを白状する。

これはダブルにショックだった。

「彼女が浮気を隠していたことがひとつ、そして男性と付き合っていたということ」

「彼女は、僕にはないものを求めていたんだと思って。男性になりきれない自分が嫌だ、という気持ちになりました」

彼女の心変わりは、なにが原因だったのか。

「彼女のほうが先に違和感を覚えて、同性と付き合ってること、僕と付き合っている彼女自身のことを、自分で気持ち悪いと思っちゃったみたいです」

「人に見られたくないとか。それで逃げるように・・・・・・」

彼女と付き合い始めて、自分の意識にも変化が現れていた。

「付き合っていくうちに、彼女を守らなきゃっていう気持ちが芽生え始めてていました」

「でもそんな矢先に、自分は叶わないんだな、っていう諦めにも似た気持ちが出てきてしまって」

中3の秋、受験を控えた大事な時期だったので、これは余計に辛かった。

精神的に自分を追い込んでいた。

「授業中も思い出して泣きそうになったり、家に帰って受験勉強しても思い出したり、もうちょっと彼女の話を聞いてあげればよかったと、激しく後悔したり・・・・・・」

失恋の悲しみは無論、誰にも言えなかった。

「自分の女性的な成長も嫌になっていました。生理だとか胸だとか、そういうものに対する嫌悪感もあって」

いろいろが織り混ざった感情だった。

追い討ちをかけるような宿命的な悩みにも、悶々とするしかなかった。

この中学時代の失恋が、その後の人生に、思いのほかに長い間、ほの暗い影を落としてしまう。

04男性とは付き合えないと実感

1ヶ月だけ、男子と付き合ってみた

失恋のダブルショックで、ごはんが食べられない時期もあった。
それでも必死に受験勉強をして、無事、志望校に合格できた。

高校の陸上部にはもちろん誘われたが、断った。
中学時代で、燃え尽きた。

そんな思いだった。

入学してすぐ、気の合うクラスメート同士で遊ぶようになる。

「入学当初は、新しくできた友だちとも楽しく遊んで、中学時代の失恋を忘れられた時期もあったんです」

気の合う仲間の男子と、付き合ってみたのもこの頃、5月か6月だった。

休み時間を一緒に過ごしたり、放課後遊びに行ったり。お互いの家にも行き来した。

「初めて彼氏として付き合ってみたんですけど、まあ仲いいし、いいかと思って。いちおう家族もクラスメートも公認でしたね」

「でも、1ヶ月しか続かなかった。本当にちょっとだけなんです」

やはり、違和感しかなかったのだ。

女性扱い、されたくない!

「彼氏ができたってなった時に、自分がなんか、すごくモヤモヤしちゃって。なんだこれは!?って」

「ありがちなことなんでしょうけど、さりげなく道路側を歩いてくれるとか、重いものを持ってくれるとか。あ、相手の方は優しかったですよね(笑)」

「自分が社会的に女性に見られたり、女性扱いされるのがものすごく嫌で、女性扱いが嫌でしたね。ちょっと前までもあったんですけど」

男性と付き合ったのは、軽いノリだったのかもしれない。

だが、今思えばこれは、自分がトランスジェンダーだということに気づくための、大切な契機だった。

「自分のセクシュアリティが確立していなかったので、自分を試す感じでした。するとやっぱり拒否症状が出てしまって、ああ、だめだって」

男性とは付き合えない。そう実感した1ヶ月だった。

05暗黒の高校時代をサバイブする

自分が何者なのか、まったくわからない

しかしこの交際は、無邪気な戯れでは、済まされなかった。

元彼氏もメンバーに含むクラスメートのグループのある女子が、自分の悪口を言い始めたのだ。

仲のよい子だったのに。

深く傷ついた。

「ギクシャクして、グループから自分だけ孤立してしまって。それと同時に自分の身体への嫌悪感もガーンと高まってしまいました」

「学校も行きたくない、制服も着たくない、誰ともしゃべりたくないっていう時期に入っちゃって、それで引きこもったんです」

暗黒の高校時代の始まりだ。

そして、不登校。当然、家族は心配した。

「本人が頑なに登校を拒否してますから(笑)。理由は、最初は言えなかったですよね。体調悪いとか、とりあえず言い訳を作って」

「でもあんまり行かないんで、母に布団を剥がされて蹴られたりもしました(笑)」

自室に引きこもり、布団に潜ってガラケーを手に、必死に検索した。

同じ悩みを抱える人や、心の症状を相談できる人や場所を探した。

「まだ検索ワードもよくわからなくて。最初は栃木県とか近くの人を調べたり、学校に行けなくなった人、不登校、そういう感じで調べて行ったら、だんだんセクシュアリティのことも、キーワードに入れていけるようになったんです」

自分が何者かまったくわからない状態だった。

「小学生のころから、レズビアンじゃないかとか言われてたんですけど、なんか違う気がしてました」

3ヶ月の引きこもり後、学校生活に復帰

同じ時期に「このままじゃ自分がおかしくなる」と思い、心療内科にも通った。
「なんとか学校に行かなきゃ」と自分を奮い立たせた。

「負けず嫌いだったので、必死になりました。自分を変えなきゃという思いもあったし、卒業だけはしたかったから」

保健室登校から始めた。

そして、その年の秋も深まった頃、再び教室に戻ることができた。

「学校を辞めると思われてたみたいで、『あ、来たんだ』っていう冷ややかな視線を感じながら、席に着きましたね」

その頃、救いだったのは、ネット掲示板の存在だった。

悩みを抱えているのは、自分だけじゃなかったことがわかった。

「掲示板からは情報をもらうことのほうが多かったんですが、その中で情報を選び、自分はこれじゃないか、という目星をつけていきました」

「すると、だんだん自分の正体がわかってくるんです」

当時はまだ、LGBTの用語をまったく知らなかった。

ひとつずつキーワードを調べて比較して、自分の中に当てはめ、「自分はこうだからこうなんだ」と整理していった。

そしてついにGID(性同一性障害)という言葉に、出会った。


<<<後編 2018/01/15/Mon>>>
INDEX

06 自分の “正体” と向き合って
07 暗いトンネルを抜けて、明るいところへ
08 周りの目と、家族の関係と
09 早過ぎた姉の死をきっかけに、FTMをオープンに
10 暗黒時代の自分に伝えたいアドバイス

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