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「あなたはトランスジェンダー」。そのひと言で、目の前の霧が晴れた【前編】

「小さい頃からかわいい服が好きだった」と話す、山﨑あおいさん。肌寒い日にもかかわらず、お気に入りだというノースリーブのワンピースをまとい、笑顔で撮影に応じてくれた。長いこと性別違和を感じてきたが、山﨑さんの若い頃は、セクシュアリティに関する情報があまりに乏しかった。そのため、「いつかは自分の女性らしさを治さなければならない」と考え、暗いトンネルを歩き続けてきたという。38歳で性同一性障害の診断を受け、自分らしい生き方をつかむまでの半生を語ってもらった。

2019/08/01/Thu
Photo : Rina Kawabata Text : Sui Toya
山﨑 あおい / Aoi Yamazaki

1970年、大阪府生まれ。兄姉の行動を観察しながら、要領良く育つ。31歳のときに結婚したが、関係がうまくいかず3ヵ月で離婚した。職場の部署異動をきっかけに、鬱を発症し、2年間引きこもり生活を送る。ネットを通じて知り合った女性のおかげで社会復帰を果たし、性同一性障害の診断を受けて以降は、女性として仕事に従事。現在は、本業の傍ら、LGBT当事者をはじめ、悩みを抱える人たちへの支援活動を行っている。

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INDEX
01 トンネルの入口
02 タブー視される性
03 苦しい6年間
04 いつかは治るはず
05 憧れのアイドル
==================(後編)========================
06 恋愛
07 不穏な空気
08 雪解け
09 トランスジェンダーの就活
10 トンネルの先の光

01トンネルの入口

■長く暗い道

幼少期から、かわいらしい服が好き。
小学生のときは、かわいいブラウスやスカートが着たくて仕方なかった。

しかし、周りの男の子から、「かわいい服が好き」などという言葉を聞いたことはなかった。

「中学生になると、体は男なのに、かわいいものが好きなんておかしい、と思うようになりました」

「女性的な仕草や嗜好を、がんばって治そうって、努力し始めたんです」

男性らしい職業に就いたら、彼女ができたら、父親になったらーー。

いつかは男性として、悩まずに生きていけるだろうと思っていた。

自分の本当の姿をようやく知ったのは、38歳のとき。

長く、暗いトンネルを歩き続けてきた。

兄からかばってくれた姉

生まれたのは大阪府。両親と兄・姉の5人で、団地で暮らしていた。

兄は4歳上、姉は2歳上。
兄弟の言動を見習って失敗を回避する、要領のいい末っ子だった。

「兄からはすごくいじめられました(苦笑)」

「当時、プロレスが流行ってて、しょっちゅう技をかけられてたんですよ」

「それがすごく嫌でしたね」

兄が自分を乱暴に扱うたびに、姉が「何するの!」と止めてくれた。

最終的には、兄と姉のケンカが始まる。

両親から「やめなさい」「そんなに叩いたらダメでしょ」と怒られるまで、ケンカは続いた。

「かわいい」と言われるのが好き

兄からは乱暴に扱われた一方で、姉からは可愛がられたと思う。

「姉や姉の友だちと、縄跳びやリリアンで遊ぶのが好きでした。姉と一緒に、少女漫画も読んでましたね」

「特に好きだったのは、少女向けの漫画雑誌『りぼん』です」

「りぼん限定の全員プレゼントが欲しくて、姉に応募券を譲ってもらったこともあります」

姉から「あんたは男でしょ」と言われることはなかった。
自分になついてくれる弟が、かわいかったのだろう。

「姉からも、姉の友だちからも、『かわいい』って甘やかされてました(笑)」

「かわいいって言われると、嬉しかったですね。かっこいいって言われるよりも、しっくりきたんです」

02タブー視される性

親を困らせたくない

父は、物流会社でドライバーとして働いていた。
母は、パートに出て家計を支えていた。

子ども3人を抱え、生活は決して楽ではなかったようだ。

「子どもたちのために頑張る親の姿を、ずっと見てきたんです」

「母は、パートから帰ってすぐご飯の支度をして、終わってからまたパートに行くことも」

「親に迷惑かけたくないって、子どもながらに感じてましたね」

何か悩みごとがあっても、親を困らせたくないあまり、相談することができない。

「ぐっとこらえて、ストレスを内に溜め込むことが多かったんです」

「両親は、子どもに対して、過度な干渉をしないタイプなんです。小さい頃は『冷たい親やな』って、感じることもありました」

「でも、私らが困ったときは、すぐに駆けつけてくれましたね」

マスメディアでの性の扱い

両親の帰宅を待つあいだ、兄弟でバラエティ番組をよく見ていた。

「私が子どもの頃は、カルーセル麻紀さんが、お笑いのネタにされたりしていました」

「男性から女性になった方をバカにするような表現が、ごく普通に行われていたんです。そういう番組は、見るのが苦痛でしたね」

「でも当時は、なぜそう感じるのかわかりませんでした」

いまのように、多様なセクシュアリティが認知されていなかった時代。

男性が女性の服を着たり、女性的な振る舞いをしたりすることは、タブー視されていた。

「男性が女性らしい一面を見せると、すぐに『変態』『気持ち悪い』などと言われました」

「そういう人は、からかったり、邪険に扱ったりしていいっていう雰囲気があったんです」

「私はひ弱で、男らしくなかったので、小学校ではずいぶんいじめられましたね」

03苦しい6年間

同級生からのいじめ

小学校に入学してすぐ、同級生の男の子や女の子からいじめを受けるようになった。

「女の子には、気持ち悪いと言われて『近寄らんといて』って、ばい菌扱いされました」

「席が隣の子に、あからさまに机を離されることもありましたね」

「男の子からは、殴ったり蹴ったり、暴力を振るわれました」

学生時代を振り返ると、最もつらかったのはこの小学生時代だ。

耐えきれず、小2のときに、自殺を考えたこともある。

「当時住んでいた団地のベランダから、何度も飛び降りようとしました」

「身を乗り出して、地面をのぞいて、怖くなって・・・・・・」

「つらくて、自分があわれで、ベランダでよく泣いてましたね」

先生からの評価

担任の先生は、いじめには気づいていないようだった。

おっとりしていた自分は、先生から見れば、どちらかといえば厄介な存在だったのだろう。

「シャキッとしなさい」「早く行動しなさい」と、叱られることが多かった。

「家庭訪問のとき、『ちょっと男らしくないかな』って、先生から指摘されたこともあったと母に聞きました」

「母は、私のそういう部分をわかっていたので、『なんでそんなこと言われなあかんの』って、怒ってましたけど」

「母が怒る様子を見て、自分は悪くないんだって、安心しましたね」

いじめは6年間続いた。それでも、不登校にはならなかった。

親に迷惑かけたくないという一心で、学校に通い続けた。

姉のスカート

体が大きくなっても、かわいい服を着たいという気持ちは膨れ上がるばかり。

その欲望は誰にも話さず、心に秘めていた。

しかし、小4か小5のとき、とうとう姉の服をこっそり着てしまう。

「家族がみんな出掛けてて、留守番をしていた日があったんです」

「今がチャンスと思いました」

「めちゃくちゃ罪悪感を覚えながら、姉のスカートを履いたんですよね」

スカートに足を通した瞬間、嬉しさがこみ上げてきた。

このまま外に出掛けたいと思ったが、何とか気持ちを押さえた。

「服だけじゃなくて、姉が持っているかわいい物は、何でも試してみたかったですね」

「りぼんのついたヘアゴムとか、キラキラしたヘアピンとか」

「でも、当時は短髪だったから、ヘアアクセサリーをつけられなかったんです」

「だから、つけているつもりで、そっと髪にのせたりしてましたね(笑)」

04いつかは治るはず

女子グループと野球仲間

中学生になっても、男の子からのいじめは相変わらず続いていた。

しかし、女の子たちは逆に、そんな自分を守ってくれるようになる。

「休み時間は、女の子のグループに交ざっておしゃべりしてました」

「ノンノなどの雑誌を見ながら『この服めっちゃかわいいよね』って言い合うのが楽しかったですね」

かわいい服が好きという気持ちは変わらない。

その一方で、自分は男だから、この気持ちは治していかなければいけないとも感じていた。

「中学生になってから、姉の服をこっそり着ることはなくなりました。みずから禁止したんです」

「そうやっていれば、いつかはかわいい服に惹かれる気持ちが薄れていくだろうと思ってました」

中2になると、趣味の合う男友だちが数人できた。

“野球好き” というのが、彼らとの共通点。

昼休みには、校庭に飛び出して行き、彼らと一緒に野球をするようになる。

ダボダボの水泳着

中学校の3年間は、小学校のときよりはるかに楽しかった。

しかし、どうしても堪え難い時間があった。

毎夏恒例の、プールの授業だ。

「体のラインが見えるのが、何より嫌だったんです」

「男性器の膨らみが目立たなくなるよう、できるだけ大きいサイズの水着を履きました」

「明らかにダボダボで、端から見たら変だったと思います。それでも、膨らみが強調されるよりはマシだと思ってました」

男性らしくなっていく自分の体に、嫌悪感を覚えていたが、誰かに相談しようとは思わなかった。

この気持ちは、一過性の風邪のようなもの。

「いつかは治るはず」と、呪文のように自分に言い聞かせていた。

05憧れのアイドル

心を満たす方法

中学生になると、女の子は胸が膨らんだり、体つきが丸みを帯びてきたりする。

自分には訪れない体の変化が、うらやましくてたまらなかった。

「中学生くらいになると、女の子はどんどんおしゃれになっていきますよね」

「当時は、化粧をしている子は少なかったけど、色つきリップを塗ったりして、皆おしゃれを楽しんでました」

「彼女たちが持っているアイテムの一つひとつが、私には憧れの対象だったんです」

自分は、女の子のようにおしゃれをすることはできない。

そんなふうに、暗いほうに傾きがちな気持ちをなぐさめてくれたのは、アイドルだった。

「自分を人気の女性アイドルに置き換えて、心を満たしてたんです」

「一番好きだったのは、南野陽子さん」

「大人びた雰囲気の、年上の女性アイドルに憧れてました」

冬眠期間

高校は、男子の多い工業高校を選んだ。

男ばかりの環境なら、自分の中の女性的な気持ちがなくなるんじゃないかと考えたからだ。

高校卒業後は、建設関係の会社に就職。

職人として、流し台やキッチンなど衛生設備の配管工事、クーラーなどの空調設備の工事を次々こなした。

「私の中では、職人=男の仕事っていう印象がありました」

「男らしい仕事をして、女性的な部分を早く治さなきゃって、必死だったんです」

幸いなことに、ものづくりは性に合った。

やり甲斐のある仕事に、どんどんのめりこんでいく。

「かわいい服や、女の子のカルチャーには、相変わらず興味がありました。でも、仕事がすごく忙しかったから、気持ちが紛れていたんです」

「しばし冬眠、という感じでした」

<<<後編 2019/08/01/Thu>>>
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06 恋愛
07 不穏な空気
08 雪解け
09 トランスジェンダーの就活
10 トンネルの先の光

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