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「お母さん」と呼ばれることが、女性であることと同義とは思っていない。【後編】

「お母さん」と呼ばれることが、女性であることと同義とは思っていない。【前編】はこちら

2018/03/13/Tue
Photo : Mayumi Suzuki Text : Ryosuke Aritake
妹尾 陽 / Akira Seo

1969年、愛知県生まれ。兄と弟に挟まれて育ち、幼い頃から、父親の転勤で全国各地を転々としてきた。浪人中に出会った男性と、大学卒業後に結婚。一児の母となるが、33歳の頃に初めて女性に恋心を覚え、自身がトランスジェンダーであることを認識し、息子が幼い頃に離婚。2017年2月から、ホルモン治療を開始。7月に「陽」に改名。現在は、大学生の息子と二人暮らし。

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INDEX
01 家でも学校でも特別な存在
02 よくわからなかった恋愛感情
03 “良妻賢母” を目指した自分
04 トランスジェンダーという気付き
05 新たな人生を始めるための準備
==================(後編)========================
06 一人息子に打ち明ける時
07 歩くカミングアウトマシン
08 新たな道を歩んでいくための名前
09 “お母さん” としての役割
10 経験したから見えてきたこと

06一人息子に打ち明ける時

自分の訴えと兄の心境

「LGBTの家族と友人をつなぐ会」に参加するため、母親にしたカミングアウト。

離婚を決意したタイミングとほぼ同時期だったため、母親は「今は男の人が嫌なのよね」と受け止めていた。

「母は、兄と弟に『今は血迷ってるみたいだけど、気にしないで』って勝手に話してて(苦笑)」

離婚後、家族で集まった時に「同性を好きになる人間になってしまった」と、改めて打ち明けた。

兄は「そんなこと言わんでもいいし、母親やらんかい」と、声を荒げた。

「将来、好きな人ができて、紹介した時に、戸惑わせないためじゃないか!」と、食ってかかってしまった。

「家族には、何があっても味方でいてほしいじゃないですか」

10年以上が経った今、改名などの話を伝えても、兄からは反応がない。

「兄の奥さんは『改名したよ』とか連絡すると、『良かったね』って言ってくれるんですけどね」

「兄はただ面倒臭がっているのか、まだケンカムードなのかわからないけど・・・・・・」

息子の卒業式

LGBT当事者の集まりに参加するようになって、10年近くが経った頃。

「そのくらいには、自分が女子ではない自覚が出てきていましたね」

「だから、息子の中学の卒業式で、女性もののスーツは着れないなって思ったんです」

中学3年生の息子に、「ちょっと真面目な話がある」と声をかけた。

「息子は『再婚するの?』って言っていました(笑)」

「女の子の気持ちが持てなくて、卒業式に男性もののスーツで出席したい」と、打ち明けた。

「もし、息子に『それじゃお母さんじゃない』って言われたら、女性もののスーツを着ようって決めていたんです」

「でも、息子は『お母さんらしくいられるなら、いいんじゃないの』って言ってくれて」

息子の話を聞くと、同じ学年にもトランスジェンダーかもしれない子がいると教えてくれた。

「そういう子がいて、からかう人もいるけど、俺はほっといてるから・・・・・・」

「もしお母さんのことでいじめられたら、考えるわ」と、息子は素直に話してくれた。

「もっと子どもやと思ってたから、そう言われてびっくりしましたね」

安堵感に包まれた朝

息子に打ち明けた翌日、いつもと同じようにジーパンをはいた。

今日から何も気にせずにジーパンがはけるんだ、とホッとした。

卒業式の前に行われた二者面談で、息子の担任教師にも「男性もののスーツで出る」と話した。

「先生は『そうなんですか』で終わっちゃって、特に何も言われなかったです」

卒業式には、宣言通り男性もののスーツで出席した。

子どもの親たちには、遠目に見られた。

「『妹尾君のお母さんらしい人がスーツ着てるけど、何で?』って視線でしたね」

「その頃は、お母さんたちとつるんでいなかったので、気にならなかったです」

07歩くカミングアウトマシン

男性化していく過程

息子が大学に進む直前の2017年2月、ホルモン治療を開始した。

「半年ぐらいで、声も体格も変わってきました」

「目にくぼみができるくらい脂肪が取れて、それは嫌なんですけど、運動しなくても筋肉がつくんですよ」

「男の人に見られるようになって、陽子名義のクレジットカードを出すと『ご本人ですか?』って疑われました(苦笑)」

10年近く住んでいる地域、10年以上働いてきた職場。

生活を変えて、過去の自分をなくし、やり直す・・・・・・という選択肢はなかった。

「職場でも近所でも、自分のことを知ってもらって変わる方が、いいのかなと思って」

「犬の散歩仲間の人にも話すくらい、歩くカミングアウトマシンと化していました(笑)」

声が変わり始めた頃、近所の人から「風邪ひいたの?」と聞かれた。

「『実はね』って話すと、みんな『そうなの』って感じで、批判する人はいなかったです」

職場で過ごしやすくする方法

職場には、ホルモン治療を始める前に、自身がFTMであることと治療を始めることを伝えた。

「最初は、相手にしてくれないんですよ」

「『恋愛対象が女だから、女子更衣室で着替えるのも困ってる』って話しても、『考えておく』って」

「今みたいに外見も名前も変わって、ようやく更衣室を変えてもらえました」

今は、男子更衣室を使わせてもらえている。

「女子更衣室の頃は、体を隠しながら着替えてたけど、今は堂々と着替えられるようになりました」

もともと社内には多目的トイレもなかったが、最近作られた。

「僕の事例だけじゃなくて、体が不自由な方の採用も増えているので、作られたんです」

職場では、同じ部署の同僚だけでなく、更衣室で一緒になる男性社員にもカミングアウトした。

「女性社員は普段から一緒にいたから、話すことも抵抗なかったですね」

「ただ、あまり話したことのない男性社員に話すのは、やっぱりすごく怖かったです」

「でも、伝えていないまま体が変わって、陰で何か言われる方が嫌だったんです」

打ち明ける際の第一声は、決まっている。

「性同一性障害って、知っていますか?」

「『なんとなくわかります』って人が多いから、素直に『実は女性の自覚がなくて』って治療や更衣室の話をします」

打ち明けた相手に、非難されることはなかった。

「若い男の子からは、『ストレスフリーになって良かったですね』って言葉が出てくるんですよ」

「そう言えちゃう世代なんやな、と思ってびっくりしました」

「年配の方からは、『もうちょっとしたら元気になれるから』って違った励まし方をされたり(苦笑)」

08新たな道を歩んでいくための名前

「女性にしか見えないからダメ」

改名はホルモン治療を始める前、2016年の夏に申請した。

「陽子」から一文字とって、「陽(あきら)」にした。

しかし、裁判所の調査員の段階で、許可されなかった。

「家族がいると、借金から逃げるためじゃないかって疑われて、なかなか許可が下りない場合があるんですよ」

「ただ、その時の調査員は、LGBTのことをあまり知らなそうでした」

「『理由がよくわからないし、裁判官の許可も下りないだろうからダメ』って」

「子どもにも親にも話していて、真剣なんです」と訴えても、取り合ってもらえなかった。

「胸は取っているのか?」「当事者の団体にまず行きなさい」と言われた。

「知ってるし、行ってるし・・・・・・って感じでしたね」

最終的には、「性同一性障害の診断書もないし、どう見ても女性にしか見えないからダメ」と却下された。

堂々と名乗りたい名前

「陽」の名前で生活しているという、実績を出す方法もあった。

しかし、「陽子」と「陽」、2つの名前を並行して使いたくなかった。

「陽と名乗っていても、身分証は陽子だから、『どういうことだ?』ってなるでしょ」

「自分を隠すために使うみたいな気分にもなりそうで、嫌でした」

「正々堂々と名乗れないのも、引っかかったんですよね」

押し通した改名申請

約1年後、2017年の夏に、再び改名を申請した。

その頃には、診断書もあり、ホルモン治療も始めていた。

診断書にも「性同一性障害である。これから男性化していく予定である」と書かれていた。

「一回目の調査員とは別の人だったんですけど、そこでもまた却下されたんです」

「『予定は未定みたいなものでしょ』って」

ホルモン治療を受けていることを告げると、「注射を打ってる実績を見せて」と言われた。

しかし、ホルモン注射を打った際の領収書には、具体的な名目は書いていない。

「『ダメかもしれないけど、裁判官に渡して』って懇願して、無理やり通してもらいました」
数日後、裁判官の秘書から「許可が欲しければ、新たに診断書を書いてもらえ」と、連絡があった。

「結果的に、裁判官は『いいよ』って許可してくれたんですよ」

「調査員とのやり取りはなんやったんや・・・・・・ってガックリきましたね」

09“お母さん” としての役割

息子にとってのカミングアウト

初めて髪を短くした時、息子に「男やん」とツッコまれた。

服のサイズは、息子と同じ。

「お母さんと娘が、服を貸し借りすることってあるでしょ」

「同じことを、お母さんと息子がしてるみたいな感覚で、楽しいですね」

息子は、トランスジェンダーの話題を避ける部分があった。

それでも、たまにボソッと「LGBTのティッシュ配ってたで」と言ってくることがある。

「この曲のビデオは女の人同士がキスすんねんけど、『同性愛イェーイ』って意味やねんで」と教えてくれたこともあった。

「息子なりにちょっとずつ学んでんねんな、って感じますね」

息子と二人で外食した店が、大学の先輩のアルバイト先だったと聞いた。

あとから、先輩に「お父さんと来てたな」と言われた息子は、「いや、お母さんです」と返したという。

「同じようなシチュエーションで、『お母さんです』って返すのは、本当はしんどいみたいです」

「これからは、彼が悩む時期に入ってきたのかなって」

「息子が自分のことを誰かには話すのは、息子にとってのカミングアウトになるので、ちゃんと見守らなきゃいけないですね」

母親である自覚

中3の息子にカミングアウトした時、こう言われた。

「俺、お父さんとは呼べないよ」

唯一の息子の主張を、悲しく思ったことはない。

「お母さんと呼ばれることが、女性であることとは思っていないから、抵抗はないんです」

「あくまで役割の名前というか、お母さんの役目を背負っている自覚はあるので」

「むしろ、息子に対しての母性は強いみたいなんですよね(笑)」

息子が赤ん坊の頃、自分の母親が抱いているだけでイライラして、「返してよ」と言っていた。

今も、近所の女性と息子が二人きりで話していると、やきもきする。

「息子の恋愛は気になるけど、何も知りたくないですね」

息子には「彼女の話とかしなくていいし、なんなら結婚式も呼ばなくていい」と言っている。

「その辺は母性が強いから、わざと突き放してるんです(笑)」

10経験したから見えてきたこと

女に見られないための術

性別適合手術や戸籍変更に関しては、特にしなくてもいいと考えている。

「改名できたので、病院でも陽で呼んでもらえるし、今は過ごしやすいです」

「ただ、胸は取りたいですね」

外見はガラッと変わり、男性として見てもらえるようになった。

しかし、胸が出ていると、「女なんじゃ?」と思われている気がして怖い。

「男になりたいから取るというより、女に見られたくないから取るって感じかな」

世界を広げるための一歩

歩くカミングアウトマシンとしての経験は、若いトランスジェンダーに伝えていきたい。

「昔の自分を知られたくなくて、体も戸籍も変えてから就職する人も多いですよね」

「なるべくカミングアウトせずに、生活を変える人もいるけど、僕はしてほしいと思うんです」

周囲にカミングアウトしていなければ、小さい頃に生活していた場所に帰りにくくなってしまう。

帰れたとしても、話せていないと、周りの人から奇異の目で見られている気がしてしまう。

「過去の自分を隠せば、世界も小さくなるし、自信もなくなっていくから」

「変えた戸籍を人に見せられないとか、つまずく場面も多くなると思うんです」

「僕はカミングアウトしたことで、自分の居場所を自分で作れたと感じているんですよね」

周囲に打ち明けて、受け止めてもらったことで、自分に自信を持てるようになった。

「人って、自信で満ち溢れている人をいじれないでしょ」

「ただ、性同一性障害の診察では『性的虐待を受けたことはありますか?』とか聞かれるから、自信がなくなるんですよね」

ホルモン治療を始めれば、ホルモンバランスの影響で情緒不安定になることもある。

だからこそ、強い意志を持っていてほしいし、周囲にも協力を仰いでほしい。

「近くにいる家族や友だちが『辛い状況も乗り越えていこう』って雰囲気でいてくれたら、それも自信につながると思います」

過去を消すのではなく、自分が過ごしやすい環境や人間関係を築くことが、未来を開いていくと思う。

親として思うこと

病院の診察の意味や、ホルモンが体に与える作用など、もっとトランスジェンダーに関して勉強していきたいと考えている。

「当事者の話を聞くと『治療始めるって決めたよ』とか『胸取ったよ』とか、周囲には事後報告することが多いみたいなんです」

「親からすると、子どもが知らないうちに変わっていくって不安でしょ」

「だから、若い当事者やその親に対して、きっちり説明できる大人になりたいですね」

自分自身も親だから、こう考えるのかもしれない。

「ただ、僕は当事者だけど、もし息子がゲイだったらって考えると、戸惑いますね」

「反対はしないと思うけど、ストレートであってほしいって願ってしまうかな(苦笑)」

今は男性である前に、親である気持ちが大きい。

だから、恋愛は積極的には考えていない。

「これだけ独身が続くと、人と一緒に生活を送れないんじゃないかなって気もします(笑)」

「でも、好きな人と一緒に暮らせたら、楽しいでしょうね」

「息子から手が離れて、一人になったら、シニアの恋愛もいいのかな」

あとがき
なんて爽やかなハニカミ笑顔!!同世代の取材スタッフがたまたま揃った現場は、陽さんの生きてきた背景にうなずくばかり■不思議だった。陽さんの過去、もしかしたら泣いている場面でさえ幸せに感じた。それは、出会った人たち、愛する息子さんとの時間を大切に刻んでいるから■昔の恋を思い出すこと、新しい恋をさがすのはいいな、そんな気分になる。今は違う場所で生きている君、どこで誰といるだろう。これから出会う君、どんな気持ちを知らせてくれるだろう。(編集部)

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