INTERVIEW
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失うことは怖くない。 またつくればいいから。【前編】

どうしてライターになったんですか? と、インタビュー中に突然こちらへ質問を投げかけた中津川昭充さん。「人の話を聞きたいんです。その人の気持ちは、その人の言葉で聞かないとわからないと思うから」。一時は自分の殻に閉じこもったまま、友達とコミュニケーションをとることさえできないでいた中津川さんが、今の考えに至るまでには、いくつもの大切な出会いがあった。

2017/04/07/Fri
Photo : Taku Katayama Text : Kei Yoshida
中津川 昭充 / Akimitsu Nakatsukawa

1973年、宮城県生まれ。専門学校を卒業後、保育士として保育園で働いたのち、飲食店数社に勤める。33歳のとき、縁あって静岡のニューハーフラウンジ「プリシラ」でダンサーを務めることになり、その後は東京でボディセラピストとなる。宣伝を行わず完全口コミで顧客を増やし、現在は静岡と東京で活動している。

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INDEX
01 何を話せばいいのか
02 ひとりぼっちの昼休み
03 淡い恋心と新宿二丁目
04 心と体がバラバラに
05 ゲイとして生きる覚悟
==================(後編)========================
06 新境地を目指して静岡へ
07 相手を癒して自分が癒される
08 掛け替えのない大切な友達
09 家族と環境に助けられて
10 自分も相手も知るために

01何を話せばいいのか

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男の子が好きだけど、女の子も好き

コミュニケーションをとるのが得意ではない子どもだった。

自分が女の子よりも男の子の方が好きだということは、物心ついた時から自覚していて、そのことに戸惑いはなかった。

しかし、口に出してはいけないことだとは感じていた。

「幼稚園、どうだった? 友達できた? 好きな子できた?」

周りの大人に聞かれた時、真っ先に浮かんだ男の子の名前ではなく、女の子の名前を挙げた。

小学校でも、好きな子として挙げるのは女の子の名前ばかり。

その子のことも好きだから、嘘はついていない。

自分に言い聞かせていた。

子どもの頃から漠然と思い描いていたのは、両親のように結婚して子どもが生まれて家族になって・・・・・・と人生を歩んでいく自分の姿。

男の子が好きだけど、女の子も好きだし、その将来の自分の姿に疑問を抱くこともなかった。

友達の恋愛感情を知って

中学校では男子3人と女子2人の5人グループで遊んでいた。初めは男子も女子も意識せず、みんなで仲良く遊んでいると思っていた。

しかし、中学3年生にもなると恋愛への興味が浮上してくる。

ある時、女子2人が、同じグループの男子1人を好きだということを知ってしまった。

そして、自分も彼のことが好きだった。

自分のなかの “好き” は「一緒にいたい」という気持ち以上のものではなかったが、どうやら女子2人の “好き” はそうではない。

「彼のことを考えると夜も眠れない」「恋人になりたい」

今まで一緒に遊んでいた仲間なのに、まったく違う感情をもち始めた女友達2人を前に、どのような距離感で接すればよいのかわからなくなってしまった。

「夜の学校に集まって、みんなで花火しようよ、プール行こうよって言っていたのに、みんなこんなこと考えてたんだって、もうびっくりでした」

何を話せばいいのかわからない。

それからは、友達と普通に会話することが難しくなってしまった。

02ひとりぼっちの昼休み

自分の世界に閉じこもって

高校はグループのなかで自分だけ別の学校へと進んだ。

友達とコミュニケーションがとれなくなってしまった状態は続き、高校3年間で友達ができることはなかった。

中学3年生で女友達の思いもよらぬ感情を知り、自分と違って人間はとても深いものだと感じた。

人間は深いから、深い話をしなければ。

しかし、出会っていきなり深い話はできない。そう考えると言葉を失ってしまった。

「あの頃は、自分の世界に閉じこもっていて、周りをシャットアウトしていました」

「普通は馬鹿話して、だんだん仲良くなってから、深い話をして友達になるのに、僕の場合はまず深い話をしなければ、と思い込んでしまっていたんです(笑)」

「高校3年間で知ったのは、お弁当をひとりで食べるのは寂しいということでした(笑)」

昼休みだけではない。文化祭も修学旅行もひとりだった。

「周りにたくさんの人がいるなかで、ひとりでいるのは寂しかったけど、それはそれでいいや、自分は自分で “やりたいこと” をやろうって思っていました」

「プライドが高かったんでしょうね。学校にもあまり行かず、久しぶりに現れては金髪になっていたり耳にピアスをつけていたりしていました(笑)」

学校にはあまり現れない、クラスでも浮いた存在。

周りから声をかけられることもなく、いつもひとりだった。

やりたいこと。

それは自己表現だった。

金髪もピアスも自分らしさを見つけるための手段のひとつだったのだろう。

ゆるぎない “自分”

「でも試験だけはちゃんと受けていました。学校に行かないで野原で寝ていても、試験でいい点数をとっていたら何も言われないだろうと思っていたので」

「要領がよくて小狡いヤツだったんです(笑)」

「兄のほうがヤンチャだったこともあって、僕は兄の陰に隠れて上手くサボってました(笑)」

友達がいなかった3年間、ひたすら自分の世界に閉じこもっていた。

しかし、それは自分自身と向き合うことでもあった。

自分のなかに揺るぎない “自分” を確立することもできたし、周りを見ていて友達の作り方もわかってきた。

普通に話して、少しずつ仲良くなればいい。笑顔で話しかければ、笑顔で応えてくれる。

高校卒業後は保育士になるという目標をもって、東京の専門学校に進学。

あたらしい世界であたらしい自分として、友達をつくろうと固く心に決めた。

03淡い恋心と新宿二丁目

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やばいバイトって何?

東京の専門学校では無事に友達ができた。

そして、その頃には、中学生のときは理解できなかった恋愛感情もわかるようになっていた。

「同級生の男の子のことが好きだったんです。でも彼には彼女もいたし、一緒にいられるだけで満足でした」

「でもね、僕の気持ちを知っていてくれたみたいで、一緒に屋上でお弁当食べているときに突然『チューする?』って言ってきたり、僕の誕生日にクラスのみんなの前で歳の数だけのバラの花束をプレゼントしてくれたり、『付き合ってんの?』ってくらい仲が良かったんです」

「幸せでした(笑)」

仲良く一緒にいられればいい、それ以上は望まないし、その先に何があるのかも知らなかった。

しかし、その先への扉を開けてくれたのは、他でもない彼だった。

「その大好きな彼が、『新聞の折り込みチラシを見て、やばいバイトした』って言うから聞いてみたら、新宿二丁目のゲイバーのアルバイトだったらしくて。それで、そういう場所があることを知ったんです」

「そのあとはゲイ雑誌で情報を集めては、出会いを求めて二丁目に行くようになりました」

“好き” の先にある大人の恋愛をようやく知ることができた。

しかし、新宿二丁目に行ったことは誰にも話せなかった。

5年かけて保育士になったが

もちろん、専門学校では恋愛だけでなく、保育士になるための知識と技術を学んだ。

「親戚の子どもと遊ぶのが上手だと親戚から言われて、自分には向いているのかも、と保育士になろうと思ったんです。専門学校に3年間通って、卒業してから2年かけて国家資格を取りました」

「その後、保育園で働いたんですが、3ヶ月で辞めてしまいました(笑)」

周りから言われて “向いている” と思っていた仕事が、本当は自分に向いていなかった。

実は、そのことは専門学校の実習で自覚していたのだが、保育士になる道を途中で諦めるわけにはいかなかった。

「やっぱりプライドが高かったんです(笑)。途中で諦めるようなかっこ悪いことはしたくない、と自分が言った言葉に責任をもとうと思っていました」

3ヶ月で辞めたことを中途半端だと言う人がいるかもしれない。

しかし、短い期間とはいえ保育士として働くことができ、自分が納得して決めたことだから後悔はしなかった。

04心と体がバラバラに

わたしの気持ちはわたしにきいて

専門学校に通っている頃、同級生の彼に淡い恋心を抱きながらもアルバイト先で知り合った女の子と付き合った。

初めての彼女だ。

「中性的なところが好き」と言ってくれた彼女との交際は、5年間続いた。

「キスはよくしていましたが “そういう行為” はほとんどしませんでした」

「同級生の彼に性欲を覚えることはあっても、彼女に対してはなかったんです・・・・・・。彼女も『一緒に寝られるだけでいいよ』と言ってくれていて」

「彼女は、僕に愛される安心感を教えてくれた人。体のつながりよりも、心のつながりが大きかったですね。大好きでした」

彼女は千葉で実家暮らし、自分は東京で一人暮らしの遠距離恋愛。

彼女の誕生日の日には、友人にも手伝ってもらいサプライズを企画。

午前0時ぴったりに彼女の母校に呼び出して、お祝いをした。

しかし、その時間では東京に帰る電車はない。彼女の実家に泊まるしか術がなく、両親の許しを得て実家に泊まることになった。

「彼女の部屋で布団に入ってから、彼女から言われました。『今の状況をどう思う?』と」

「『誕生日を祝ってくれる気持ちはうれしいけど、自分の娘が夜中に彼氏と帰ってきたら親はどう思う』ときかれて、『そうだよね、ゴメン』と返す言葉を失いました」

「そして『0時ぴったりじゃなくても、日にちが変わっても、祝いたい気持ちだけで私はうれしいよ。だから、わたしの気持ちはわたしにきいて』とやさしく言われました」

確かにそうだ。

自分は自分の思い込みで彼女を困らせることをしてしまった。そんな風に、たくさんのことを彼女は教えてくれた。

男性と恋愛をしよう

彼女と付き合いながら、同級生に恋心を抱きながら、その頃には新宿二丁目に行くようになっていた。

彼女とは得られない体のつながりは、二丁目にあった。

「心は彼女に、体はほかの男性に。心と体がバラバラになっていく、どうして自分はひとりの人と心も体も同時につながれないんだろう」

「どうすることもできず、自分を否定して苦しんでいました」

「彼女と別れたあとは、心と体を一緒にしようと決心しました。体がつながる相手と一緒になれば、心がつながる可能性があるかも」

「男性と恋愛をしよう」

「それがカミングアウトのきっかけです。25歳のときでした」

05ゲイとして生きる覚悟

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自分から距離を詰めていこう

男性と付き合う決心をし、カミングアウトをしようと思ってから行動に移すまでは早かった。

新しい職場に移るタイミングで、スイッチが入った。

「職場の女の子に笑顔で『おはようブス、もうちょっと努力したほうがいいと思うよ』なんて毒舌モードで話しかけました」

「新人の男の子が入ってきたら『あのコかわいくね?』って言ったりとか(笑)」

「周りは笑ってました。特に女性は受け入れてくれていましたね」

「いままで周り人たちとの距離のとり方に戸惑っていたのは、ゲイであることを隠して生きてきたからじゃないかな、と思ったんです」

「その距離がずっと寂しかった。だったら、もうオープンにして自分から近づこうと」

ゲイであることをオープンにしたことで、周りもオープンに対応してくれた。

「同僚の女性から『ちゃんと仕事しろよ!』と叱られたりとか(笑)。ほんと距離が縮まったと思いました」

「相手が何を考えているのか深読みしなくても、相手が何かを言ってくれる関係になったから」

自分の世界の常識は自分でつくる

「ゲイとして生きていく覚悟をして、カミングアウトするときに考えたことがあります」

「僕はずっと、将来に不可欠な要素として “結婚”と “社会的地位”、“子ども” の3つを考えていて、それを叶えるには女性と一緒にいなければならないと思っていました」

「でも、それって、誰かが勝手につくった世界の常識だよねって。自分の世界の常識は、自分で枠組みをつくればいいやって思ったんです」

「結婚は信頼できるパートナーがいればOK。社会的地位は自分が一生懸命働けばいい。子どもは愛情を注げる存在があれば」

「自分のなかにしっかりとした価値観があれば、僕は強くなれる」

誰かがつくった常識に沿った生き方をできない自分を否定するのはもうやめた。

これからは自分の価値観に従って、自分の常識をつくって生きていこう。

そう固く誓った。


<<<後編 2017/04/09/Sun>>>
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06 新境地を目指して静岡へ
07 相手を癒して自分が癒される
08 掛け替えのない大切な友達
09 家族と環境に助けられて
10 自分も相手も知るために

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